その日の授業は、第一グラウンドに集合ということだった。
近接格闘---そう銘打たれた科目に対し、生徒達は担任達が現役だった時から変わらないジャージに着替えて、少し気怠げながら、しかしどこか自信に満ちながら現地へと向かっていく。
「しっかし、近接格闘なんか意味あんのかよ?」
金髪のモヒカンに同色の瞳、その2m近い筋骨隆々とした体躯は、街を歩けば確実に相手の方が避けて通る。ジャージを肘の辺りまでまくった少年、八賀根鉱哉がそう呟いた。
「基本はあくまで、肉体を使った動きだからな。基礎を疎かにするものに先はない、っといったところだろう。」
その呟きに答えたのは髭面の男。身長は180センチもない程であるが、高校生らしからぬその風貌が、威圧的な雰囲気に拍車をかけている。刈り上げた金髪の男、一応現役高校生の漆原亜依磁だ。そして実は蔭で武将とあだ名されている、亜依磁の言葉を継いだのは、まるで骸骨のような姿をした異形型の生徒だった。
「基本は大事でよいちょまる~ぅ!Here we go!!」
しかしその外見に反し出てきた言葉はチャラッチャラのパーリーピーポーだった。どちらかと言えば昭和ヤンキーな鉱哉と、「武将」と言われる亜依磁。この2人の組み合わせはわからないまでも、このパリピな生徒---骨川煙煉ととも一緒にいることが多いのだから、人間というのはわからないものである。
「まーた一緒にいるよあの三人。」
そんなある意味時代を超越している三人を揶揄するように、離れたところから嘲笑する声。本人達からは決して聞こえない位置で話をするのだから、日頃からこの手の話をするのには慣れているようだ。
「無駄に騒がしい骸骨とか本当にうるっさいよね!あの外見でパリピとか、年中ハロウィンしてろよって感じだよ!ねぇ~?」
アホ毛と八重歯が特徴的な赤毛の少女。愛らしいと言えるその外見には、必ず黙っていればという形容詞が付いて回っていることには気づいていないらしい。久野一子。毒を操る個性の彼女は、その発言でも周囲に毒を振りまいているらしい。
しかし周囲もわざわざそのことを指摘するつもりはない。あくまで当たり障りなく、また言ってるよと思いながらも適当に話を合わせている。そんな今日もまとまりのないクラスへと向けて、どこか自信無さげに呼びかける姿があった。
「み、皆さん、このままだと集合時間ギリギリになってしまいます!も、もう少し、い、急いでグラウンドに!」
見た目だけで言うのならスポーツ少年のように爽やかな彼。それはこのクラスの委員長をやらされている――――多数決で負けた少年、塩田弾道だ。その外見に反し常に弱気な彼の声は、クラスメイトの誰にも届かず、依然としてその歩くスピードに変化はない。どこか悔し気に歯を食いしばる姿でさえ、もう誰の視界にも映っていないようだった。
そんなどこか緩い高校生独特の空気の中で、嫌な予感がするとその視線を尖らせる、孤城姫子と嵐島飛天。姫子はその狐耳をピコピコさせながら、隣を歩く飛天に声をかける。
「なんかさ、とっても嫌な予感がするんだけど・・・嵐島君、どう思う?」
「確かに・・・。なんだろう、俺はカレーが嫌いなんだが・・・今日の晩御飯はカレーのような気がする・・・。」
こいつ空気が読めないんじゃなくて、人の心がわからない病気なんじゃないか?思わず口から出そうになったその言葉を寸でで押しとどめた姫子に、飛天はさらに言葉を重ねた。
「孤城さん・・・晩御飯のメニューが気になる・・・今のうちに、電話してきていいだろうか?」
姫子の狐火が飛天の顔面に炸裂したのは、仕方のないできごとだったのかもしれない。
「本日授業を担当してくださる、尾白さんだよ。みんな挨拶。」
案の定集合時間ギリギリにやってきた生徒達(うち一名は顔面が焦げている)に、挨拶をするよう声をかける担任の取蔭切奈。そしてどこかめんどくさそうに挨拶をする彼等の様子を見て、紹介された猿夫は思わず苦笑いを浮かべていた。比較するのは、もう思い出の中でしかないかつての1年A組。何かあれば毎回、お祭りごとのようにキタァ!!と騒いでいたあの頃。自分の若い頃はなんてセリフ、できれば使いたくないなと思う。・・・本当に、おっさんになってしまったものだ。
「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」
見れば副担任として現1-Aを睨みつけている、かつてはクラスのエースと言われた爆心地様。見た目だけは確かにあの頃より成長したようだが、生徒を睨む姿はチンピラが高校生に絡んでいる絵面にしか見えてこない。中身のヤンキー気質は、あまり変わっていないようだ。同じクラスメイトだった気安さから、気軽に彼のことを評価する猿夫。あっ、爆豪がこっちを睨んでいる。どうやら考えていることがバレたようだ。相変わらずみみっちい。
「彼はかつて神野戦線でも戦った近接格闘のエキスパート、当時の怪我が原因で今は無個性なんだけど、今日はこの後、彼と組み手をしてもらって」
「ちょっと待ってください。」
引き続き尾白の説明をしていた切奈を遮ったのは、茶色の目と髪をした地味目の生徒だった。手を挙げて、発言の許可を求める体裁だけは整えた受精卵以下の少年は、誰の注意もないことを良いことに、そのまま勝手に言葉を続けていく。
「この超人社会で、今更ただの近接格闘が必要な理由さえわからないのに・・・それも実質無個性な方とやりあう必要があるのでしょうか?」
「言葉には気をつけなよ土屋。」
あまりと言えばあまりの指摘に、切奈からの注意がそこでようやくもたらされる。しかし以前の失敗から、まるで学ぶ気のない少年は、再び言葉を続けていく。
「事実を述べているだけです。このご時世、無個性なんて言ってしまえば障害者と同じ。ハンディを抱えている方に個性を向けるのは、僕たちも本意ではありません。」
車椅子に乗っている人と、短距離走で勝負しろと言っているようなものですよ?
最後にそんな言葉で締めくくり、土屋は周囲の生徒を見渡していく。否定も肯定も出てこないのは、言い過ぎではあるが、間違ってはいないということを皆言いたいのであろう。だからと言って、こんな直接的な言い方をする奴と、仲間だなんて思われたくもないのだろうが。しかし沈黙は肯定だと捉えたのだだろう、土屋大地は本日も絶好調な口撃を続けていく。
「そもそも近接格闘術なんて時代遅れも甚だしいんですよ。今時、無個性が当たり前だった時代の格闘術で何ができるって言うんですか?そんな時間があれば、それこそ個性伸ばしやサポートアイテムの使い方の勉強とかした方が、大変有意義だと思えますね。それこそですね」
もはや演説会と言ったところか。それこそ爆豪が来る前は、このように授業を受け持つ教員の上げ足を取り、やりたい放題やっていたのだ。最近は定期的に凹まされて、時々は大人しくはなるものの、たまにこのように爆発する。周囲の生徒はまたかと思いつつも、率先して止めには入らない。---授業時間が少しでも潰れるなら御の字だ。正直、どこにでもいる高校生の意識ならそんなものだろう。
「なるほど、これは大変だ。」
そんなクラスの雰囲気を見て尾白は思う。別に一般の高校生の意識がこれでも何も問題はない。どこにでもいる一般人。それこそ守るべき対象。何気ない日常を何気なく過ごすそんな子供達。一般の高校生が先生に生意気を言えるのだって、平和な証だ。勿論、ヒーローとは無縁の、そんな形容詞が付く子供たちであるならば。
いずれ自分達の後輩になってくれる連中としては些かどころか、大変心許ない限りだ―――果たしてどうしたものか、尾白が考えを巡らそうとしたとき、遂に副担任が口を開く。
「ならおめぇらは、絶対にこいつに負けねぇんだな?」
響いたその声。普段の荒っぽい奇声暴言とは違うその声に、一瞬だけ。一瞬だけ周囲が静かになる。狐耳と尻尾が見える少女が頭を抱えているのが見えた。隣にいる薄化粧をしている黒髪の女の子が、背中をさすり励まし始める。猿夫は知らない話だが、当人達は嫌な予感が的中したと思っている。
「当たり前ですよ、比較するのさえ失礼です。」
ハンデを抱えて懸命に生きている人に失礼じゃないですか。そこまで皮肉を言い切った彼は、どうやら第六感を母親のお腹の中に忘れてきているようだ。ニヤリと表情を変えた爆心地は、というよりもはや爆殺卿は、決定的な一言を彼らに向けて投げかける。
「じゃあこいつと組手やって負けたら、お前ら除籍だな。」
一瞬にしてクラスの空気が変わった。
「ちょちょちょよっと待つでござるよ先生wwwwww」
慌てたように前に出る黒人の生徒。どこか堪に触るようなしゃべり方をしながら、彼はいきなりの話に当惑している。
「某達が負けたら除籍ってそんな横暴でござるよwwwwww」
「・・・別に構わへんけど、急すぎひん?」
どこか無気力そうに声をあげたのは、紫の髪に羊の角を持つ、ハッと目を引くほどの美青年であった。出身が関西なのだろう、なまりのある言葉で爆豪に向けて言葉を続ける。
「そもそも先生等にそこまでの権限なんてあるん?」
「あるんだよ、残念だったな。」
周囲を睥睨するその瞳は、強面の異形型を平気で上回る迫力である。№1は伊達ではない。無論ビルボードではなく、ヴィラン側に間違われるランキングの話であるが。
「俺たちがガキの頃の担任は、容赦なく1クラスまとめて切ったこともある。ぬるま湯に使って、頭溶け死んでんじゃねーぞ糞ガキども!!」
「いくら何でも横暴ですよ。教育委員会に訴えて、」
「ちょっと上手く行き始めれば調子に乗るようなガキの意見なんざ、まともな大人は相手なんかしねぞ?」
「シュガーマンさんの時とは違います!!僕らだって結果は出してる!!」
「だったらやってみたらいいじゃねえぇぇぇぇか!?必ず除籍にするとは言ってねえ!!勝てばいいんだからよ!!」
すると爆豪はそのままクラスの生徒達を睥睨する。その瞳に宿るのは、飽くなき勝利への飢えと信念。そして、「助けて勝つ」ことを己に定めた、ヒーローの生き様だった。
「どっちにしろなぁ!ヒーローなら負けたら終いなんだよ!!!糞みたいなヴィランが来た時、てめぇが負けちまえば後はやりたい放題やられるだけだ!!そん時教育委員会に助けてって言うんかい!?なんともできまちぇんでした、たちゅけてぇってか!?寝言は寝て死ね!!!!」
その剣幕・迫力を前に、受精卵達は言葉を話せない。そして切奈も猿夫も、決して間違ってはいない爆豪を止めるような無粋は働かない。ここは、雄英高等学校なのだから。
「実力伴わねぇのは目つぶってやる!!だがな!!心意気まで近づく気がないなら、帰ってハロワでも行って他の職業探しに行け!!時間の無駄だ!!」
やんのか?やんねぇのか。
最後にそう言葉を続けた副担任相手に、生徒を代表するように、土屋はなけなしプライドを振り絞って言葉を繰る。
「わかりましたよ。そこまで言うなら、やってやりますよ!」
「ルールは簡単だよ。個性は使い放題、一人ずつ尾白と組手をして、勝てば」
「あの――――」
ルールを説明しようとした切奈を遮ったのは、今まで黙っていた渦中の人物であるはずの猿夫であった。周囲の「あれ?この人居たの?」という視線がなんともいたたまれない。なぜか同情を宿すものまである。どうやら地味キャラの同志が居るらしい。強く生きろよ。
「一人ずつってのも時間もったいないからさ。」
出鼻をくじかれた感もあるが、なんとか存在全員の様子を見ながら言葉を紡いでいく元ヒーロー。
その内容は、そんな地味な印象を消し飛ばすほど鮮烈なものだった。
「全員で来てよ。」
言葉の意味が浸透した瞬間膨れ上がる、圧倒的な怒気。頭を抱えていた狐耳の少女やぼんやりしていた翼の生徒でさえ、その目を怒らせ猿夫を睨んでいる。
「言い切ったねー。」
「これぐらいの実力でこの人数なら、どうとでもできるよ。」
いきなりの啖呵に切奈が声をかけるも、猿夫の方は「太陽がどちらから登るのか」と聞かれた時のように淡々と答える。
「それで?みんなどうする?」
その答えにまだ文句がある生徒は、ここに一人も居なかった。
pixivにて連載中のものを再掲載しております。
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次話→尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その3
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