爆豪、母校へ帰る   作:秋編

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不壊と善意の一般人
切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その1


 「そういやこの前尾白の道場に行ってさ。」

 そんな言葉から始まる赤い髪の彼との会話。高校時代から続けてきたせいか、気安くもありどこか惰性のように感じてしまうそれ。しかしお互い懲りもせずこうして顔を合わすのだから、なんだかんだ腐れ縁といったところだろう。

 「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!! 」

 「それ言いたいだけでしょ!!」

 それこそ高校時代、果ては挨拶がそこそこだった中学時代から、どこか耳にしていた彼の口癖。時には女子である自分にさえそう声をかけてきて、失礼だと笑ったのはいつの日だったのだろうか。

 「てか爆豪が先生だなんて想像できないけどね!」

 「そうか?案外上手くやってんじゃね?!」

 「切島のその適当な感じも、いくつになったって変わんないよね~。」

 そうやって笑う黒目と角、そして生まれながらに紫がかった肌の色が特徴的な自分。この歳まで、その外見を特別気にすることなく過ごすことができた。それは多くの人達からの愛であったと今では思う。目の前にいる旧友も、そんな愛をくれた一人だった。

 「三奈だってそんな変わってねーぞ?」

 赤い逆立つ髪にギザギザの歯。そして三奈のことを下の名前で呼ぶ彼―――剛健ヒーロー烈怒頼雄斗。本名・切島鋭児郎。三奈がそんな彼と定期的に過ごすいつもの居酒屋での時間。個人的な事情から飲酒を控える彼女は、彼相手に浮かべる作り慣れた笑顔を、今日も今日とて繰り返すのだった。

 

 

 

 

 「待つんばい!このイガグリ坊主うううぅぅぅぅぅ!!」

 「うっほほぉ~い!!」

 学生達の制服が完全に夏服へと切り替わってから、それなりに時間が経った頃だろう。学生達は夏休み前の空気に浮かれて、定期考査とへと怯えるそんな時期。雄英高校の制服を纏う女の子が、なぜか子供を追いかけ回していた。

 「もう師匠ったら!そんなお顔をしてると小じわが増えるゾ!」

 「小じわとかうるさいったい!!」

 夕焼けが彼女の銀髪を照らす時刻。どうやら九州の出身の生徒らしい。一つ結びにした腰まで届く銀色のそれは、夜空の下ならまるでシルクロードのように映えるのだろう。そんな彼女が使う博多弁。関東ではなかなか聞かないそれを面白がっているのか。イガグリ坊主と言われた少年が、特徴的なニヤけ顔を浮かべている。

 「さっすが漫才グループ『博多便座』の師匠!今日も突っ込みが鋭いゾ!!」

 「レディースグループ『博多弁天』だっつーの!!」

 それこそ雄英高校ヒーロー科に所属する生徒である彼女――――氷川寅子がほとんど全力で追いかけているのに追いつけないのだ。最近の悪戯坊主は侮れない。

 「くっそ!」

 いい加減寅子が汗まみれになり唸り声を上げ始めた頃には、かの幼稚園児は手を振りもう帰る時間だと伝えてくる。・・・気がつけば50m以上離れている。何かしら移動系の個性でも持っているのだろうか?そうでないと説明がつかない。

 「師匠今日も遊んでくれてありがどうだゾ!母ちゃんに怒られるからそろそろ帰るゾ!!」

 「とっと帰れクソガキ!!!」

 幼稚園児に振り回される女子高生。今時レディースにしてスケバン。寅子は一つ大きな溜息をついて、何をやってるんだかと呟くのだった。

 「「リーダー!!」」

 中学時代、いや、もっと前から聞き続けてきたそんな二人の声。それに反応して振り向くことだって、いつから続けているのか思い出せない程だった。振り向き様に揺れるそのスカートの長さは地面すれすれのそれ。視線の先にいる二人もそこは統一されている。中学時代から続く三人の、いや、『博多弁天』のこだわりだった。

 「イガグリ坊主、捕まりやしたか?」

 一人はオレンジの髪と丸印模様のマスクが目立つ女子生徒。その髪はリーダーである寅子に負けず劣らずの長さで、腰まで達する程のロングヘアー。そしてその特徴的なマスクは、顔の下半分全てを覆う程の大きさだった。

 「しつけーっつーかなんっつーか、逃げ足が早くなる個性でも持ってんすかね?」

 寅子の様子を見て、どうやら逃げられたことを悟ったらしいもう一人の女子生徒。タラコ唇にがっしりとした力士体系。もじゃもじゃとした髪は植物のツルのようだ。それを後ろでひとまとめにした彼女は、言葉と共に溜息を吐いた。

 未だ暴走族文化が残る、九州に在りし修羅の国。そんな博多で女だてらに三人だけで頑張ってきたのだ。それが今やなんだかよくわからない子供に日々からかわれているのである。溜息だって出る。

 「あぁもう!!暗いよあんたら!!」

 メンバー達の暗い様子を見てリーダーが声を上げる。そもそもの原因は子供に振り切られた寅子本人なのだが、どうやらそんなことはお構いなしらしい。部下二人の目線が冷たいような気がする。でもきっと気のせいだ。気のせいったら気のせいだ!!

 「いつもの奴やるよ!!」

 寅子はそんな周囲の目線を、名前の如く虎のような咆哮で黙らせる。気合十分。責任転嫁も勿論十分。メンバー達はまるで雷に打たれたかの如く、『いつもの奴』を遂行する。

 「しろづめ寅子!!」

 その個性から得た二つ名を名乗り、寅子が威風堂々と腕を組む。

 「ジト目のお吟!!」

 オレンジ色の髪をした先ほどの生徒―――伊木山吟子が寅子の右側に回り、右手を鳥の翼のように広げるポーズを取る。

 「花咲マリー!!」

 残った最後の一人であるタラコ唇の生徒―――花上茉莉がリーダーの左側に回り、吟子と鏡写しのように左腕を上げた。

 「「「三人揃って、『博多弁天』!!!」」」

 ヒーローショーならここで足元から色とりどりの爆発でも起きてくれたのだろう。勿論ここは夕暮れの帰り道だ。色とりどりなのは周囲からの冷たい目線だけなのである。しかし、それでも振り回すだけ振り回したリーダーは満足したらしい。吟子と茉莉に向けて、明日も舐められるんじゃねーぞと言葉を残し、一人帰路につくのだった。  

 「もう手遅れったい・・・。」

 「本当ばい・・・。」

 気が抜けたり感情的になると出てしまう博多弁。今回は確実に前者であることをお互いに察して、

同じタイミングで溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 こんなはずじゃなかったのだ。

 そう、こんなはずじゃ。

 幼い頃テレビで見たヒーローはとても輝いて見えた。とってもとっても輝いて見えた。そこそこどころか実はかなりのお嬢様だった自分。共通しているといえばクリエティだったし、両親も品のある黒髪の彼女に憧れて欲しかったようだったけど、残念なことに私の目線の先にいたのは、荒々しい爆弾男だった。

 『殺すぞクソがぁぁぁぁぁあああ!!』

 一に暴言。二に暴力。三四は奇声で五に爆発。そのド派手なバトルスタイルに素敵なフォルム。粗暴な言動だってここ博多では日常茶飯事で聞きなれた物だ。特に違和感はない。だからではないけれど、当時少女だった自分の目に映った彼の姿は、とっても輝いて見えたのだ。それこそ彼の物真似をして、ヴィランに見立てたいじめっ子を倒したりいじめっ子を倒したり、やっぱりいじめっ子を倒したり。

 「こんなはずじゃなかったんだけどな。」

 スマホの画面、某大手の動画サイト。そこに表示されていたのは「爆心地バトルシーン集」と書かれたページだった。幼い頃の憧れのままに高校生になった自分。憧れにちょっとでも近づきたくて、彼が居た高校だった雄英を受験した。その頃にはとっくに、幼い憧れは恋心へと変わってしまっていた。街で偶然出会ってなんて妄想、枕に抱きついて何度ベッドの上で転げ回ったのだろうか。

 「偶然、出会えたのは良かったんだけどなあ。」

 助けた友達とレディースチームを作って。そしてそんな二人を巻き込んで受験した雄英高校。合格した時は三人で死ぬほど喜んだ。いざこの町で、イヤホンジャックと並んで歩く爆心地を見てしまうまでは。

 「せっかく副担任で来てくれたのにさ・・・。」

 そもそも爆心地とイヤホンジャックの仲は公表自体されていないものの、目撃情報の多さから半ば公認のようになってしまっている。どこから出てきたのか学生時代のバンドの写真まで流出している始末だ。わかってはいたんだ、わかっては。ただそれでもと歯を食いしばれるほど、寅子は強い女の子にはなれなかった。

 「あぁダメだダメだ、しっかりしろったい!」

 例えここにいるのは初恋に破れた抜け殻だとしも。実は授業についていけていない劣等生でも。あいつらを巻き込んで連れてきてしまったのは自分だから。

 「イガグリ坊主にもクラスメイトにも、舐められ続ける訳にはいかないったい!!」

 両頬を両手でパシッと叩いて気合を入れる。あたいは誰だ?そうだあたいは!

 「『博多弁天』しろつめ寅子!!明日こそ気合入れてがんばるけん!!」

 冷気を纏う個性を持つ彼女は、その心をなんとか熱く燃やして、己の義務を全うしようと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 『俺たち最高のコンビだよな!!』

 『あっったり前じゃん!!』

 お互い自然と笑みを浮かべていたあの頃。数えるならそれは、第二次神野戦線が起きる二ヶ月ほど前のことだった。誰よりも固い男と溶かして戦う女ヒーロー。上をみれば切りがなかったけれど、それでも破竹の勢いと言われるくらいには活躍することができていた。

 『だからさぁ、三奈!!』

 『んー?何よ、改まって?』

 ファットガム事務所から独立した鋭児郎。お前が必要だと二つの意味で三奈を口説いて始まった、新進気鋭のヒーロー事務所。喧嘩もしたし辛いこともたくさんあった。全部乗り越えて軌道に乗っていた当時は、そんなこともあったよねぇなんて、二人で笑い合えていた。

 『いや・・・あの、さ・・・えぇーとぉ・・・。』

 『なーにっかな?なーにっかな?』

 今でも鋭児郎は夢に見る。公私共にまさに絶頂期だったあの頃。あの日あの時あの場所で、悪戯っ子のような笑顔を浮かべる、世界で一番大切な人のことを。そして、今でも鋭児郎は後悔している―――

 『いや、その、やっぱりもうちょっと先の方がいいよな、よし決めた!』

 『何よ!パートナーに黙って何を決めたのよ!』

 本当に大切なことは、先延ばしになんかしちゃいけなかったんだって。

 『ビルボード十番以内に入れたら!三奈に聞いてほしいことがある!!』

 赤くなって照れたように笑う彼女の存在は、本当に大切な宝物だったのに。

 『それって・・・。でも、えと。』

 『まだ言わねー!目標叶えねーのに言っちまうのは、漢じゃねーからな!』

 そんなちっぽけな格好付け。何もかも上手くいっていたから勘違いしていた、あの頃の自分。

 『それ言いたいだけでしょ!!』

 永遠なんてないんだって、本当は知っていたはずなのに。

 『仕方ないな!待っててあげる!約束だからね!』

 この手から取り零してしまった彼女との時間は、本当に大切だった時間は―――

 『あぁ、待っててくれよ!!』

 もう二度と、戻らなかった。




pixivにて連載中のものを再掲載しております。
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次話→切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その2 
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