寅子が振り回すだけ振り回し、勝手に満足して去った後のことだった。
「本っ当に!リーダーには困ったもんったい!」
「わかるばい。」
その橙色のロングの髪を揺らし、伊木山吟子が呟けば、隣を歩く花上茉莉が答えてくれる。幼馴染である自分達が何度も繰り返してきた、そんな会話だ。
「自分で初めて自分で納得・・・らしいと言えばらしいったいね~。」
「雄英受験すると言い出した時もそうだったと。」
まだ中学の制服に身を包んでいた自分達。今と変わらないスケバンスタイルにいつもの屋上。そんな場所で、気合い十分いつものように寅子は咆哮を上げていた。今度の喧嘩は受験だ!やるからには、トップに殴りこむったい!
「まぁ正直、本当にやるなんて思わなかったったい。」
「そうたいね。」
それこそ当時は勉強なんて芋臭いことやってられるかと、拳に個性に蹴りになんだとやりたい放題やっていたのだ。今更勉強なんてできたもんじゃない。それこそ高校なんて行かずに、適当にバイトでもして今まで通り生きていくのだと思っていた。
「でもま、なんだかんだ、」
「やるって決めたらやり切っちゃったばい、うちらも!」
雄英高校といえば偏差値80を越える、日本屈指の超超超超ッッ名門校だ。それをこんな自分達が目指すなんて。喧嘩に明け暮れ、彼等に補導されたことがある『博多弁天』が今更ヒーローになるなんて。本当に、どの面下げてと笑えたものだ。
「まぁそれでも、恋する乙女は強かったったい。」
「本当ばい!」
本人はこそこそ隠していたが、彼女が熱心な爆心地のフォローなのは、とっくに子分二人にバレていた。爆心地のためにそこまでできるか、というか受かる訳がないだろう―――そう思っていた自分達に向けた寅子の言葉は、ただただ真っ直ぐだった。
「『いつまであたいら!こんな世間に舐められることばっかしとったい!』」
「『人生やり直すつもりで、どいつもこいつも黙らせるばい!』」
だから私について来いったい!――――そう言い切ってくれた彼女の言葉とその瞳は、ただただ男のケツを追うだけの女の物ではなかった。合格通知が届いた時、三人で泣いて喜んだのは一生の宝物だろう。これからも三人一緒だと笑顔を浮かべた寅子の姿は、今でも子分二人の目に焼き付いている。
「一人でここまで来るのが寂しいなら、最初っからそう言えばいいったい。」
「本当ばい。」
どこか強がりな癖に乙女で夢見がち。そして周囲を振り回す癖に寂しがり屋な、自分達にとっては大切なヒーローであるリーダー。吟子も茉莉もそんな彼女が好きだったりするのだ。少なくとも、関東くんだりまでついてきてしまうくらいには。
「まっ、振られて腐ってるのも今のうちったい。」
「そうたいそうたい。」
最後にそう締めくくった二人は、それこそ子供の時と同じように、慣れた仕草で微笑むのだった。
「あ、あれ?あの子。」
「?どうしたったい?」
リーダーのことを愚痴ともつかず話していた二人。そんな彼女等が歩いていたのは、めっきり数が減ったとされるゲームセンターがある区画。全国的に数が減ってきたゲーセンは、関東でもその影響は大きく『博多弁天』の三人は最初なかなか見つけられなかった。ようやく見つけた一店舗。最近は放課後そこで時間を潰しているのだが、はっきり言って場所が場所。控えめに言っても薄暗い通りであるここで、子供が歩いていたら嫌に目立つ。それも―――
「イガグリ坊主と同じ歳ぐらい?」
「迷子か何かったいねー。」
件の悪戯小僧は聞くところによると幼稚園児らしい。似たような背丈を考慮すると、推定迷子の少年も同じ年頃という訳だ。
「どうしたー?坊主。」
「ママとははぐれちまったのかい?」
スケバンで地元が修羅の国とはいえ、そこは吟子も茉莉もヒーロー科である。困っている幼稚園児を捨て置けるような人間ではない。勿論―――
「ひっ!!」
オレンジ色のロン毛にジト目で丸印マスクな吟子と、まるで力士のような体で植物のツルのような髪が生えた茉莉は、とりあえず男の子から怖がられた訳である。
「おっと、こんな格好してるけど一応雄英なんだぜ?」
「そうたいそうたい、スケバンだからってビビらないでおくれよ。」
博多弁混じりの共通語で話しかけてくる、迫力満点の女子高生。怖いのは無駄に長いスカートのせいではないのだが、雄英の名前だけで少年の心をノックすることはできたらしい。少し涙目になりながら、おずおずといった様子で返事をし始める。
「・・・雄英の人?」
「そうそう!」
「天下御免の、雄英高校って奴よ!」
やはり学校のネームバリューというのは偉大だったらしい。誰がどう見たって体育祭がテレビ放映されていた学校の生徒とは思えないが、それでも学校の名前といささか装いがおかしな制服だけで、なんとか子供の信用を勝ち取ることができたようだ。
「・・・お母さんと、はぐれちゃって・・・」
どうやら安心できたことがきっかけで涙腺が崩壊したらしい。次々と溢れ出す涙を止めるために、手で拭うだけでは足りず服まで使って顔を拭き散らしている。しかし相手は泣く子も黙らす『博多弁天』だ。九州男児が基本の二人、なよなよしていいのは百歩譲って胎児だけだ。
「泣いとる場合やないっと!!」
「!」
暴走族やレディース相手に切り続けた啖呵。たかが子分の二人だったかもしれないが、それでも
なかなか堂に入ったものを魅せてくれる。
「クヨクヨしたら舐められるばい!舐められてしまったらバカにされるだけったい!」
揺れるオレンジ色の髪。ジト目と通称されるその目線は決して鋭いものではないはずなのに、マスク越しに響くその咆哮は、俯く幼稚園児の背筋を伸ばすのには十分だった。
「バカにされたらいじめられるだけったい!はぐれた母ちゃんに心配かけないためにも、涙はこらえて頑張るばい!」
吟子と同じく言葉尻が厳しいのは変わらないが、茉莉のそれにはどこか優しい響きが含まれている。飴と鞭のバランスは、お互いきちんと弁えているらしい。その効果が果たしてどこまであったかはわからないが、それでも泣きじゃっていた少年の目に、光を取り戻させるには十分だったようだ。
「ぼ、僕、泣かない!お母さん、探しにいく!」
「その意気ばい!」
「付き合うったい。ここいらはなかなか物騒ばいね。」
焚きつけたからには、前を向く少年を手助けすることは当然とばかりに吟子と茉莉が答えを返す。
いつものようにゲーセンで遊ぶつもりだったが、自分達がしてもらったように、彼の手を引くことをどちらともなく決めていた。
もしこの時速やかにゲーセンに行っていたら。そんな仮定は意味をなさない。なぜならどう転んだって、一介の幼稚園児を見捨てることなど、義理人情に厚い二人にできる訳がないのだから。
「どうやら本当にヒーローはいないようだな。」
やけに周囲へと響いたそんな独り言。吟子と茉莉、一拍遅れて反応した少年がそちらを見てみれば、どこから湧いて出たのか2m近い身長の大男がそこに立っている。筋骨隆々としたその身体。前線タンクの肉体勝負が基本なクラスメイトが彼女達にもいるが、鉱化の個性を持つ彼よりもその肉体は一回り大きい。マスクを兼用できるインナータイツが鼻先まで覆い、かと思えば肩から先に袖はない。スキンヘッドの頭部には個性の関係のなのだろうか、金属の杭が無数に刺さっているように見える。黒のカーゴパンツに同色のブーツ。姿からして異様な男は、その瑠璃色の瞳を女子高生二人と幼稚園児一人に向けた。
「先立つものが無くてな。とりあえず手短なところから、人身売買の材料を調達させてもらうことにしよう。」
異様な雰囲気と共に未成年者達へ向けられたその右手。そこから生えてくる、これまた異様なほど大きなハンマー。個性の発動。誰がどう見たって堅気の人間とは程遠い、突然の急襲。男が身の丈以上ハンマーを、そのまま右手で振り上げたところで------
「吟子!!」
「わかってるばい!!」
治安が悪い地域とはいえヴィランと突然の邂逅。何が起こっているのか分からない男の子とは違い、ヒーローへと通報するため雄英生二人はスマホを取り出す。
「ッシ!!」
「痛っ!」
「速い!!」
鋭い呼気と共に、男が左手から投擲したのは、その場で生み出された小型のハンマー。どうやら初手で巨大なそれを生成したのは、意識をそちらに誘導するためのブラフらしい。
「連絡手段を最初に狙って・・・」
近接が主体だと見せつけて、スマホを手元にわざと取らせた。出てきたところにハンマーをぶつけて、外部への連絡手段を断つ。手慣れた犯行、明らかな格上。園児を背に庇いつつ、吟子が悔し気に臍を嚙む。
「まんまと引っかかってくれて助かる。ついでに降参してくれると手間が省けて助かるのだが。」
気迫でも殺意でもなく、なんの感情もないただの確認。負けるはずがない強者の余裕、それを浴びせられた博多弁天の二人は―――
「吟子!!」
「あいよ!坊主!逃げな!!」
速やかに前に出るのは子分その2の『花咲マリー』。遠中近距離を満遍なくこなせる彼女は、ヴィランを前にその個性を発動させる。
「行くったい!!『キメラプラント』!!」
言葉共に、背中側の制服を食い破り現れる、人間の頭ほどの大きさの食虫植物。そして両肩にそれぞれ咲き誇るラフレシア。ひとまとめにしている蔓でできた髪がほどけて、威嚇するように放射状に広がっていく。
1-A出席番号17番 花上 茉莉
個性:キメラプラント 体内に沢山の植物を飼育し操れる。
「そこの通りを真っ直ぐいけば大通りに出れるばい!ともかく逃げろ!!」
目の前で起きる突然の闘争。それを前に腰が砕けそうになる少年を叱咤し、吟子は彼へと逃げ道を指示する。
「うえ、でも!でも・・・」
「早くしろったい!!一緒に行けるほどの余裕は無いばい!!」
目の前に対峙しているのは、恐らく二人掛かりでも抑えきれないほどの相手。彼我の実力差を読み取る能力だけは、レディース時代に散々鍛えられている。
「邪魔だからとっとと行けって言ってるったい!!走れ!!!」
「ぴぃ!!!」
とてもじゃないが優しい言葉遣いはしていられない。真っ向から怒鳴り散らすことでなんとか少年を走らせて、吟子も個性を発動させるためにそのマスクを剝ぎ取る。個性発動の予兆。ジト目と言われるその目は吊り上がり、獅子のごとくその髪が逆立つ。耳まで裂けたその口から放たれるブレスは、果たして目の前の圧倒的強者相手にどこまで通じるだろうか。
1-A出席番号2番 伊木山 吟子
個性:七色吐息 7種類のブレスが吐ける
「あまり賢い選択とも言えんがな。」
そう言いながら、その身の丈ほどあるハンマーを大上段に構える偉丈夫。一見隙だらけに見えるその構えから放たれるプレッシャーは、先日対峙した『無個性の武神』や副担任である『№2』から感じるものと同質のもの。しかし、それでも。
「『博多弁天』ジト目のお吟!!」
かつて自分達が助けてもらったように。
「同じく!花咲マリー!!」
ここだけは、死んでも引く訳にはいかないから。
「せめてその名だけは、覚えておいてやろう。」
言葉と共に踏み込んでくる、圧倒的質量を振りかざす絶対的強者。どうせなら掲げた看板に恥じないように散ってやろうと、吟子と茉莉は絶望的な戦いに身を投じることになったのだった。
第二次神野戦線。ようやく崩壊から復興した街が再び瓦礫と化したあの日の出来事。死柄木達を制圧した後も、ヒーロー達はその後始末に奮闘することになる。詳しく言うならそれは被害者の救助と------そう、遺体の回収だった。
『まずったな。』
鋭児郎は当時、ヴィラン連合が有するギガントマキアと死闘を繰り広げ、かのヴィランを撃退。三奈と協力して編み出した新必殺技が決め手になったのだが、烈怒頼雄斗はその時の負傷が原因で一時戦列を離れることになる。ようやく回復したころにはヴィラン連合も解放戦線も鎮圧され、後は前述の通りの後始末になったのだが、
『こいつはなかなかにヤバいな・・・。』
周囲の瓦礫の山に所狭しと立てられた赤い旗。それは遺体のあった場所に立てられる、人が死んでいた目印。砕かれた家、ひっくり返された地盤。文字通り『崩壊』させられた街並みの中で、大量に掲げられることになった血の色。それは廃墟になってしまった神野市を、異様な存在感でもって彩っていた。
確かに鋭児郎はこの時嫌な予感がしたという。
パートナーでありサイドキックである三奈は、ずっとここで作業していた。鋭児郎とは違い軽傷だったこともあり、AFOの鎮圧後も率先して被害者救出に協力。しかし鋭児郎が現場に戻ってきた時には、彼女の姿はどこにもなかったのだ。
『くそ、どこに行ったってんだ!?』
スマホの電源はずっと落ちている。鋭児郎の意識が戻ってからずっと連絡が取れていない。てっきり現場の電波塔がへし折られたことが原因かと思ったが、それは大手の携帯会社が非常用の電波車や、その手の個性持ちに依頼し事なきを得ている。止まらない嫌な予感。その嫌な予感を現実のものにしたくないがために、他のヒーローに仲介してもらうことも躊躇われ、独力で会うしかなくなり、今もこうして一人で三奈を探し回っている。
今はただただ心臓の鼓動が痛い。
『見つけた!!』
思わず声を上げてしまうほど、心配していた大切な人。彼女を見つけた場所は霊安室。多数のご遺体が簡易ベッドに寝かされる中で座り込んでいた、世界で一番大切な人。
『何やってんだよ三奈!どれだけ心配したと思っ・・・』
『死んでたんだよ。』
鋭児郎の声を妨げる。底冷えするような暗い声。高校時代から明るさの代名詞だった彼女からは到底想像もできないほどの。
『瓦礫の下で。家の中で。みんなみんな、死んでたんだよ。』
気がつけば酷いクマに、真っ白な顔色。ここにいる誰かに憑りつかれてしまったかのようなそれは、まるで同じ姿の別人のようにしか見えなくて。
『抱き合うように死んでて。庇うように死んでて。血塗れで死んでて。土気色で死んでて。首から上が見つからなくて死んでて。逆に首しかなくて死んでて。本当に本当にただただみんな死』
『三奈!!!』
壊れたように誰かの死を呟く、そんな恋人を繋ぎ止めるかのように、鋭児郎は三奈を強く強く抱きしめた。
『死体だった死体だった死体だったみんなみんなみんなみんな死体で死んでて死体で死んでて』
『三奈!!!痛っ!!』
壊れてしまったピンキーを抱きしめる、間に合わなかった彼氏の身体に痛みが走った。自身を確認してみれば、彼女の個性が発動し酸が漏れ出している。精神の崩壊から、個性の制御ができなくなってしまっていた。恐らくそれが、誰も彼女が一人きりでいることを止められなかった理由。
『くそ!!』
自身の身体が痛むのを硬化の個性を発動して無理矢理抑え込み、なんとか三奈を霊安室から引きずり出す。
『あはははははははははははは、あはははははははは!!!あははははははっは!!みんな死んでてみんあ死んでて!!あはははははははははははは、あはははははははは!!!あははははははっは!!』
現場から後方への精神病院へ運ばれた彼女に下された診断は、PTSD。
この日を最後に、リドリーヒーローピンキーが現場へと戻ってくることは二度となかった。そして、ギガントマキアを倒した功績から、烈怒頼雄斗は、
ビルボード№10に、ランクインすることができたのだった。
pixivにて連載中のものを再掲載しております。
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次話→切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その3
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