「はあああああああ!!」
裂帛の気迫-----その咆哮はサバンナを統べる雄か、はたまた密林で生きる狩人の王か。そのどちらもが有する爪牙を纏い、しかしその覇者の印は、両者が決して得ることのない雪色をしていた。気持ち十分経験そこそこ。そして努力だけはやってきた。アカデミアという舞台から飛び出した博多弁天の「白虎」は、チンピラではない本物に初めて勝負を挑む。
「ふんっ!」
対峙する本物が振るう巨大ハンマー。向かってくる寅子を相手に、情け容赦無く振るわれる破壊の一撃。逆袈裟気味に振り上げられたそれは、一介の女子高生を叩き割らんと迫りくる。
「とろい!!」
しかし、相手はただの女子高生ではない。あの雄英高校1-Aの女子高生だ。全身に氷の鎧を纏う彼女は、全身のバネを生かし犯罪者の追撃を躱す。空を舞う虎の眼光。銀髪の輝きとともに見下ろすそれは、もはや受精卵のものにあらず。一端の戦士の瞳。
「があああああ!!!」
そのまま体幹を使い、その爪を獲物の首へと突き立てる。カウンター気味に放たれた肉食獣の一撃。死角から狙ったそれは、そこらのヴィランやチンピラ程度なら一撃で墜とせる程のもの。博多弁天、リーダー兼任近接担当しろつめ寅子。その真骨頂にして面目躍如だ。
「甘い!!」
しかし相手もまた、そこらの有象無象には当てはまらない本物の部類。狙われた首、まるでそこに来るのを読んでいたかのごとくハンマーヘッドが生成される。それを盾代わりに、寅子の爪は防がれる。返す刀というより返す鉄槌で、再び寅子を狙う大槌の使い手。着地と同時にしゃがんでそのまま後転。一つ回ったところで大きくバックステップし、銀髪銀眼の虎は格上の強敵から距離を置く。
「難しいったいね・・・。」
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる博多のレディース。子分たちの惨状を見て、明らかに只者ではないことぐらいわかっていたが、あぁも簡単に爪を防がれるとは思わなかった。
「せめて三人揃っていれば、もうちょっとやりようもあるばい!」
近接で打撃を与え、囮になる寅子。あらゆる距離に対応でき、相手を引っ搔き回す茉莉。そして遠距離から、数多のブレスで敵を叩く吟子。それが三人での連携で、修羅の国福岡を生き抜いていた博多弁天の常道だった。しかし現実はそうもいかず、そしてそんな常道ばかり自分達だって歩いてきたわけじゃない。
「行くばい!!」
気迫とともに再度駆け出す近接担当。その闘志に燃える銀眼に揺るぎはなく、仲間が動けないタイマンであっても戸惑う様子は見られない。当たり前と言えば当たり前だ。リーダーである以上、寅子はチームの名前を背負った一対一の喧嘩だって何度もやった。可愛い子分達の前で、こんな自分を信じてくれた可愛いくて仕方ない仲間の前で、死んでも負けられない闘いだって何度もあった。
「これもそのうちの一つったい!!」
言葉と共に再び宙を舞う、氷河を纏う猫科の狩人。月光を浴びて煌めくそれは、彼女の銀髪のためにしつらえたかのようで。
「二度も同じ手か!?」
しかし相手は武を極めた生粋のアウトロー。はためく銀や月明りに映える『白虎』の鎧-----その美しさに心惑わされることはなく、空へと舞った寅子へと迫ろうする。その刹那いきなりその口を開く、漸く殻が取れ出した雛鳥。
「があああああああ!!」
未だ身体は空にあれど、咆哮と共にその口から放射される冷気のブレス。己の身体に兜を作れる程のそれを、今度は武器として敵へと吹きつける。
「くっ!」
氷そのものではなく、至近距離からの冷気は流石に嫌がったらしい。突然の不意打ちに、思わず顔を庇う大槌の担い手。それもそうだ。白虎のそれは、仲間が放つものに比べて明らかにブレスの種類も少なく射程もないが、対象の目を狙ってきちんと放てたのは本人の練度であろう。
「しっ!」
顔を庇った腕を狙い放たれる虎の爪。中空にありながら、天性のバネを活かして放たれるその一撃は、確実に大槌を狙う腕を抉らんと迫る。響き渡る破砕音。落下の勢いすら乗せたそれは本来なら必殺の領域。対峙した相手がそこらのチンピラ崩れだったならば、その腕はもはや槌を持つことすらできなかっただろう。
「生憎だな。」
砕けたのは腕ではなく白虎の爪。
腕から生まれたハンマーヘッドが盾となって、かの両腕を守り切っていた。
「くっそ!!」
悪態一つ、着地とともにバックステップ。しかしその慣れた回避の動きですら寸でのところ。一瞬でも遅れれば、砕けるのは鎧や爪どころではない一撃。氷の冷たさとは違う寒気をそれから感じて、寅子は更に後ろへと下がる。
「やはり甘い!!」
距離を取り立て直す-----そんな彼女の思いを踏みにじるように飛び込んでくる、異様の鉄槌。足から生成した反動により急加速。取ったはずの距離を取り切れず、慌てて身を捩る『博多弁天』近接担当。風すら圧殺する鉄の塊。努力とセンスと経験と、持てる全てで掠めるだけに留めたリーダーは、学校ならまず確実に優等生だ。
「がぁっは!!」
しかしここは慣れ始めたアカデミアではない。及第点のないデッドオアアライブ。掠めただけの一撃は彼女の鎧を砕き、その衝撃をアバラを穿った。たたらを踏みそうになる足を気合で叱咤して、大きく後ろに飛ぶ雛鳥。瞳に映る戦意が衰えることはなくっても、事実今の一撃が全てだった。
「さっさと諦めてくれると助かるんだが。」
こちらの攻撃は通じない。必殺のそれにしても届かない。しかも敵の攻撃は一撃で自分の命に届いてしまう。二人を抱えて逃げるか?いや、機動力でさえ今軽く追いつかれた。敵の気まぐれか拘りか知らないが、追撃があれば避け切れた自信はない。
勝てない------寅子の脳裏をよぎる現実。明らかにひびが入ったであろう胸部の痛みが、刻一刻とその事実を裏付けていく。砕けた鎧のごとく、挫けてしまいそうになる心。一人ならとうに諦めていたレディースのヘッドに言葉が届いたのは、そんな時だった。
「リーダー・・・。」
それは本当に小さな声。いつもマスク越しに自分を呼んでくれた声。後方支援を任せることが多かったから、突っ込み気味な自分をよくフォローしてくれる視野の広い子だ。
「リーダー・・・逃げてくれったい・・・。」
それは悲しく縋るような声。主張するというよりいつも寄り添ってくれた声。無茶苦茶跳ね回るリーダーの穴を埋めてくれた、オールラウンダーの気遣いさんだ。
自分が振り回したのに、こんなところまで付いてきてくれた。
「大切なアタイの子分・・・落とし前をつけるばい!!!」
見据えた相手は溜息で答える。当たり前だ。明らかに勝てない相手に粘るなど、彼等ダークサイドの住人からしたら理解できないものなのだろう。戦闘技術は読まれっぱなしだったが、そうでないものを持っているというだけで意趣返しができた気分だ。もっとも、
「それで何が変わる訳でもないったいね!!」
「ふん!!」
言葉ともに飛び込む白虎。骨に影響が出ているのは明らかで、頭の中にまで痛みが響いてくるのがわかる。砕けた鎧はもう一度冷気で作り直し、悲鳴をあげる胸部は冷やしてそれを麻痺させる。
頭部を狙ってくる一撃、紙一重で躱す。右肩を狙ってくる一撃、寸でのところで躱す。横薙ぎにくる足払い、最低限のジャンプで躱す。四の手五の手六の手を、躱して躱して躱して躱して。
「があああああああ!!」
呼気を吐き出す際に精一杯冷気を乗せる。煙を操るクラスメイト程ではないが、僅かでも目くらましになってくれたなら。そんな僅か願いも靄と一緒に払われて、再び襲い来る連撃。一撃二撃と繰り返し浴びせられる鉄槌は、形は違えど断頭台の刃のごとく、未来ある雛鳥の命を奪うだろう。だが------
「っし!!」
「これも躱すか!!」
上下のコンビネーション。頭部を狙ったそれを紙一重で避けて、返す大槌で振り回された脚部への打撃は、僅かに飛んで躱し切る。野生生物でもここまで備わってはいないであろう、絶対的な避け感。追い詰められたこの状況が、個性とは違う天分の才をより輝かせ始めた。何せ-----
「後ろで子分どもが見てるとぉ!!!」
「まだるっこしい!!」
未来の、確実に大成するであろう雛鳥の翼。まだ荒削りしかないそれを、瑠璃色の瞳は苛立ちを持ってにらみつけて距離を取り------必殺の大槌を大上段に構える。大技の予兆。
「槌振り」
僅かに視線を背後に寄越す。誰よりも信頼してきた二人の姿を、本当に一瞬だけその目に入れて。鉄槌がかすったあばらが悲鳴を上げて頭がガンガンする。それでも背負い信じる博多弁天リーダーしろつめ寅子。
「地均し」
放たれれば、大地を揺るがし周囲を吹き飛ばす絶対の一撃。そう、あくまで放たれれば。
「『キメラプラントオオオオオオ!!!』」
瑠璃色をその目に纏うヴィランはその表情を驚愕に染める。当然だ。己の足元から地面を堀りあげて、突如として極太の蔓が出現したのだから。
「!」
驚いている間など与えない。まるでそんなメッセージを伝えるかの如く、その蔓はその身を幾重にも分散させて、まるでネットのごとく歴戦の戦士へと絡みつく。一瞬だけ目をやれば、先程薙ぎ倒した植物を操る生徒------茉莉の指先から地面へと、一本の蔓が伸びていた。
「地面を掘って、この奇襲を!?」
「くらえったい!」
そして再び猫科のごとく空へと舞い上がる、博多弁天近接担当。奇襲からの連携に、思わず意識を取られる大槌の使い手。それこそ一つの誘導だということに、彼はこの時点で気づけない。
「最後の一息ったい!!『七色吐息』ライトニングブレス!!」
肺を損傷したのか、はたまたその喉だけなのか。はっきりしたことはわからないが、宙へと舞った吟子の空いた空間を通して、博多弁天遠距離担当が命懸けでブレスを届かせる。吐血で口から溢れ出すそれは、己のブレスで一瞬にして空へと帰る。使えば己の喉も痺れてしまうライトニングブレス。重症の今使えばどうなるか分からないが、命の懸け時だと死力を尽くす。
「ぐぅ!!」
避けようもない雷速のそれは、大槌のハンマーヘッドでは防げない。蔓で縛られ、雷の貫かれ、例えその瞬間が刹那でしかなかったとしても、博多弁天がそろえば格上にだって噛みつけることを証明しきった。そんな最後を彩るは、宙を舞う氷結の白虎。銀髪を空に広げながら、猫科の狩りが如く全身のバネを活かしたそれ。何度防がれても諦めることを忘れない、社会に歯向かってきたレディース総長---反逆のカリスマたりえるものだけが放てる、そんな一撃。
「くらえったい!!!!!!」
寸分違わず放たれたそれは、大槌のヴィランの喉元へと、確実に吸い込まれていくのだった。
逃げていいと言われたから逃げた。道なんて、実はもうとっくに迷って訳が分からなくなっているのだが、それでもともかく走り続けた。逃げた上に道に迷ってなんてと責めるには、幼稚園児である彼は若すぎた。むしろ恐怖に負けず走り出せたことだけでも、彼の年齢を考えたら素晴らしいことだった。
「えぐ、うっぐ、ひっぐ!!」
それこそ何度か転んでしまったのだろう。その膝小僧や掌は傷だらけで、しかしそれでも彼自身にできることは走って逃げるだけで。
「でも、怖いけど、でも、誰か呼んで!!」
残してきた怖いけど優しいお姉さんたち。雄英高校だと言ってた、あまりパパやママからは目を合わせたらいけないと言われた類の、そんな風貌のお姉さんたち。自分だって雄英高校に憧れて、デクやエンデヴァーのヒーローごっこだってやっている。ならせめて、誰かを呼んで、お姉さんたちを。
「誰か、誰かお姉さんたちを、」
「どうしたのさ男の子!?」
最後の一言を言い切る前に降ってきた、優しくも明るい声。もうその声の主は『善意の一般人」でしかないのだけれど、かつての職業柄、泣きながら懸命に走る男の子を無視なんてできる訳がなかった。繫華街の裏道。もはやただの旧友になってしまった彼と食事をした帰り道。優し気に少年を見つめる黒き瞳は、きっと現役の頃から変わりなくて。
「雄英の、僕を、逃がし、えぐ」
「落ち着いて、深呼吸して。大丈夫!!」
元リドリーヒーロー・ピンキーこと芦戸三奈がそこに居た。
pixivにて連載中のものを再掲載しております。
何卒宜しくお願い致します。
次話→切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その5
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