「小町ちゃん聞いて!」
「何よ?」
肩までの金髪の髪に狐耳。元気溌剌といった具合に、今日も気分は高く、孤城姫子は小野田小町に声をかけた。それは期末テスト当日。学科の試験を三日間に分け、最終日に実技の試験があるという時間割り。その初日のお昼休憩でのことだった。
「数学が赤点でも、みんなきっとヒーローになれるんだよ!」
「ヒーローにはなれるかもしれないけれど、二年生にはなれないわよ。」
最終的にどうにもならなくて徹夜明けなのだろう、充血して真っ赤になった目で言い切る姫子相手に、苦笑しながらも、小町はやんわりと彼女の話を否定する。艶のあるロングの黒髪。その様は正に、現代に甦った大和撫子。中身はともかく薄化粧が映えるその姿は、男子生徒の良い目の保養なのだろう-----チラチラと盗み見てくるそれは、敢えて無視しているのだが。
「気分の良いものではないけどね・・・。」
「ねぇだって小町ちゃぁぁん!!」
「はいはい。」
それこそ姫子だって、男性受けするに違いない外見なのだ。金髪の狐耳に少し幼げな風貌。整った顔立ちに、猫目と評される大きな瞳。素材の良し悪しでは、小町とどっこいに違いない。
「何で大学に行く訳でも無いのに、こんな学科試験が厳しいの!?」
そんな美少女がお昼休憩中ではあるものの、試験を前にがなり立てている。なるほど、確かにこれではせっかくの素材もタイムセール、三割引きが妥当であろう。
「確かにヒーロー科の大学に行く訳ではないけどね・・・。」
「でしょう、だったら別によくない!?」
現在、ヒーローになる者のほとんどが、大学を出てから職務に従事するのではなく、高校を卒業してから、サイドキックないし事務所を開いて生活していくのが通例だ。実際に大学のヒーロー科は研究職の色合いが強く、現場から遠ざかることから、あまり歓迎されないのが本当のところだ。だったら勉強なんてしなくていいんじゃないかと思うのも、わからない話ではない。
「だからって勉強しなくていいとは違うよ。」
「出水君・・・。」
女子二人の間に割って入ったのは、出水洸汰だ。水流を放出する個性を有する、硬い髪質の黒髪男子。小町の本性は未だ見抜けず、というか未だに好きは好きなので、なんだかんだ会話に参加しようとしてくる。いつの世も、馬鹿なのは男の方だ。
「実際に現場に出たって、災害救助の場面で物理や数学の知識を使うことが無いわけじゃないよ・・・それこそ、事務仕事だってやらなきゃいけないんだから、全然できませんじゃすぐ首になっちゃうよ?」
「でもけどだって!?」
「言い訳しないの。」
「うがああああ、サインとコサインとタンジェントさんが頭の中でブレイクダンスしてるよー!!」
余りにも喚き散らすので注意はしたものの、小町自身も雄英の試験レベルの高さには些か辟易していた。何せ定期考査で出てくる問題の難易度が、難関大学の二次試験レベルなのである。気が狂っているのかと、そう疑わずにはおられない。
「そもそも勉強する必要があるのか?問題なんて、見ればわかるだろうに。」
と、突然そんなことをぶっこんだのは、姫子の後ろでその様子を見ていた嵐島飛天だった。そのかつては神童と言われたオッドアイの天才は、どうやら勉学の面でも才能を煌めかせているらしい。
「うがああああああ!燃やしてやるぅ!!」
「わーもう姫子ストップ!!嵐島君も煽らないでよ!?」
いつも通りと言えばいつも通りなのだが、『風しか読めない大馬鹿野郎』『周囲の雰囲気からも飛んでる君』の発言に、悩める大妖怪である姫子はブチ切れた。狐火で燃やしに行く前に、抱きついて動きを止めた小町も飛天に注意するが、有翼の風使いは、今日も頭の中まで暴風警報だ。
「そもそも日頃の実力を見るためのテストなのに、勉強したら意味がないんじゃないのか?」
「嵐島君はそろそろ黙って!!孤城さんだけじゃんくて、小野田さんもキレそうだから!あれ怒ってる時の笑顔だから!」
そんな四人で、騒がしくも仲良くしているいつものメンバー。それを離れた席から、どこか羨まし気に、しかし苛立ちも含んだ表情で、茶髪の地味目な生徒-----土屋大地が見ていたことは、終ぞ四人とも気づかなかった。
「あのぉ~・・・。」
「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」
内輪で騒いでいた所に、視界の外から声がかかり慌てる四人。見れば地味目とはまた違った意味で影が薄い-----見た目は美少女、武藤遊次がそこに居た。
「武藤君・・・びっくりさせないでよ!」
「いや割と結構前から居たけどね!?普通に声とか掛けてたからねボク!」
そのトレードマークのカチューシャと、アッシュ色の髪が生えるなかなかの美少女なのに、君付けで呼ばれているのはそういうことだったりする。
「こっち来るなんて珍しいよね?どうかしたの?」
日常的に影が薄く、探しても見つからないどころか、居たことすら忘れ去られてしまうことが多い遊次。そんな彼は、日頃は大空大和や大江ノ山外道丸と一緒にいることが多いのだが、珍しく姫子達の所に顔を出してきた。
「いやぁ~・・・まぁ、なんというか気まづくて・・・。」
「「?」」
首をかしげる姫子と飛天。クラス内で自分のグループにいるのに、それを気まづく感じるなど、喧嘩でもしたのかと思うお狐様に、誰か腹でも痛いのかと、人類の思考回路から飛び去ってしまった飛天。そんな二人を放置して、小町と洸汰は件の方向を見やり渋い顔をしている。
「あれね・・・。」
「なるほどなぁ・・・。」
思わずそう呟いてしまうほどの醜態。そこでは久野一子が、野開未来や十礎聖の静止を完全に無視して、クラスきっての美男子-----大空大和と大江ノ山外道丸に猛アタックしている最中だった。日頃二人と仲が良い遊次は、空気の気まずさに逃げてきたようだ。ついでにアタックしているとは言っても、噂話と陰口を垂れ流しているだけである。巻き込まれている未来も聖も、勘弁してくれといった様子だった。
「でも別に気にしなくてもいいんじゃない?そりゃ、武藤君は一子ちゃんの対象外だろうけど・・・友達なんだし、堂々としてたらいいじゃん!」
小町達の視線に気づき、遅ればせながら現状を把握した姫子が、気後れする必要はないと訴えかける。見れば洸汰も頷いている。小町は少し、思案顔だ。
「いや、その実は、ボク聞いちゃってさ。」
気まずそうに笑う、地味で押しが弱く、存在感すら常に怪しい男の娘。その儚げに笑う様子が、無理したものだということを如実に物語っていた。申し訳なさ気に揺れる、アッシュの髪。
「その、一子ちゃん、僕のことあんまり好きじゃないみたいで・・・。外道丸君や、大和君に絡む男女って言われてて、その…」
気持ち悪いって。
その言葉を聞いた瞬間、飛び出そうとしたのは、九つの尻尾を生やしたお狐様。その理性よりも感覚で飛び出してしまう性は、まさしく余計なお世話を生業とするヒーローにはうってつけの性格だ。しかし、ただ飛び出して解決するかと言えば、疑問が残る話だから。
「だからまだダメ!!」
「離してよ小町ちゃん!」
話の流れから、事の成り行きを読んでいた大和撫子が、姫子の行動を読みその身体を引き留めていた。無論力の押し合いになれば勝てないから、力が入りにくいくい部位を押さえることで拮抗することに成功する。
「下手に事を荒立てるのは、武藤君だって本意じゃないわよ!」
「でも、そんな酷いこと言われて!」
突然の動きについて行けず、渦中の人物ではあるものの、遊次は動くことができない。すると今度は、水流の担い手である洸汰が声をあげた。
「飛天君、ダメだって!!」
声に釣られて見てみれば、有翼の彼は、既に一子の前に対峙している。止めるべきは天真爛漫な狐より、空気の読み方を知らない風使いの方だったのだ。悔やんで歯ぎしりする計略家の耳に、神童の言葉が届く。
「武藤君に謝れ。」
「・・・何よいきなり!」
イケメン二人と会話していた時に割り込んできた、クラスきっての問題児にして変人。しかし身に覚えぐらいはあるのか、強く言葉を返せなかった赤髪の少女。その『毒』は今、『風』の前に散らされている。
「俺も昔いじめられていた。」
オッドアイの、力強い瞳。真っ直ぐに射貫くのは、誰かを嘲ることで楽しんでいたつまらぬ悪意。
「ホークスの件があって、翼持ちは漏れなく全員だった。だから俺だけが辛かった訳じゃないが・・・。」
ヒーローの裏切り者。地に落ちた福岡の雄。----行方不明の末に、ヴィラン連合との密会写真。それが決め手ではあったものの、空前絶後とまで言われた裏切り。それこそ当時の幼き多くの悪意は、翼ある個性持ちの心を傷つけ蹂躙した。
「ただのからかいや噂話程度だったものだとしても、言われた側の気分が決して良いものではない。俺は人の心がわからないとよく孤城に叱られるが・・・。」
その鳶色の翼を持つ、左右非対称色の眼光は、未だ雛鳥のものかもしれない。しかし心に覚悟を灯したそれは、上辺だけで人を傷つける同級生如きでは、決して抗えないもの。
「自分がされて嫌だったことは見過ごせない。」
「そんな・・・でも、武藤君とかそんな仲良くないだろうし、関係ないじゃん・・・。」
「関係ないわけない。それこそ俺は、」
それは未だ、毒を操る赤い彼女が持ちえないもの。その瞳の奥に宿る、覚悟の根源。それはきっと、嵐島飛天を再び羽ばたかせた、壊れた英雄からもらったオリジン。
「ヒーローになりたいから。」
「・・・っ。」
それはここにいる意味であり目的。誰もが否定していいものではなく、否定するなら存在意義を見失うレベルのもの。だってそうだろうそれこそ久野一子だって、
「ヒーローになるためにここにいるんだろう?」
先に飛んでいった同級生。むしろ問題児だった彼。それが志も実力も、気がついたら手が届かないところまで離されていた。赤髪のくノ一は、別に一番になりたいともなれるとも思ってはいない。だからそれに対し、劣等感などそれほど強くある訳ではない。だが好き放題言っていたところに、真っ向から潰され恥をかかされた。ただその事実に対して、感情だけでその右手を振り上げる。
「あんたなんかに!!」
「骨川君!!」
姫子を抑えながら、飛天と一子の様子を注意深く見ていた小町が声をあげた。呼んだのは、白煙へとその身を変えれる骸骨の異形型、骨川煙煉。
「オケ丸水産よいちょまるー!!」
そのどこか鼻につくパリピ用語と共に吹き出す、クラスごと包み込む大量の煙。不意をついたそれに混乱する生徒達。1-Aの混乱状態は、結局お昼休憩が終わるまで続いたという。尚、サインコサインタンジェントがブレイクダンスしていた彼女の頭の中は、結局踊り続けてしまったことだけ、追記しておく。
「もう一度確認しておくけど、赤点だった人は林間学校で補修だからね!」
全体に声が聞こえるように、口だけ空に浮かせた担任の声が、伝達事項を通達してきた。身体の部位を宙に浮かせるその個性・・・日頃の会話も全部聞かれているのではないかと、実はみな戦々恐々としていたりする。勿論がっつり聞いていたりする切奈は、そんなことを億尾にも出さずに、今から始まる実技の試験管を紹介し始めた。
「本日実技試験を担当してくださるふれあいヒーロー・アニマこと、口田さんだよ。みんな、礼!」
「「「「「お願いしゃっす!!」」」」」
以前尾白猿夫が来た時は違い、確実に良くなったクラスの雰囲気。それを後ろから見ながら、思わずにやけてしまったのは副担任の爆豪勝己であった。勿論にやけたとは言っても、とてもじゃないが人前に出せる顔ではないのだが。その凶悪過ぎる笑顔の先で、本日呼び出された試験官が、威勢が良くなった学生達へと言葉を返していく。
「・・・・お、お願いします!」
汗をかきながら慌てて身振り手振り。どうにか頭を下げ返した甲司の姿に、猿夫程の威圧感はない。しかし以前ならここで油断していたであろう生徒達も、無個性の武神との対峙から、油断なく甲司の様子を探っていく。
「岩石みたいな身体してんな・・・土や岩でも操るのか?」
「明らかな異形型・・・警戒すべきはその身が纏う身体能力だろうな。」
「ふれあいヒーローって字面だけだと、武闘派には見えないよね・・・。」
自身は前線タンクを担うことが多い八賀根鉱哉に、竹刀を操る大空大和。そしてクラス委員である塩田弾道が、それぞれ思い思いに呟いていく。かつては第二次神野戦線で戦った甲司も、現在は動物園での勤務の方が忙しいのだ。現役の学生達からしたら、あまり知られていないの無理はない。他の生徒達も各々好き勝手呟く中で、狐耳を揺らしながら、孤城姫子が勝己の側にコソコソっと歩み寄る。
「あの人も、かっちゃん先生の元クラスメイト?」
「それやめろっつってんだろ!まぁ、そうだな。見た通り無口な奴だから、話したこたぁそんなねぇ。」
あまり関わりがなかった、そう言うにしては不可解な程、『№2』のその瞳には信頼の色が見て取れる。姫子は自身の金色のそれで、赫色の瞳を見る。少しでも何か、情報を見逃さないように。
「どんな人だったの?」
あまりテスト前に内容を小出しにするのはフェアではない。しかし少しでも優位に立ち回るために、情報を得ようとする彼女の姿勢は、教育者としてなかなか好意的に見えたから。金髪赫眼の青年は、言葉を操る。噓偽りのない、それを。
「あいつ単独で、第二次神野戦線で救けた命は、千にも届く。そして何より----」
「何より?」
「元1-Aで誰と戦いたくないかと聞かれりゃあ、俺は真っ先にあいつの名前を上げるぜ。」
『新たな象徴』が、『氷炎の支配者』が、それこそ自分が憧れた『甘党の壊し屋』、そしてクラス全員を単騎で打ちのめした『無個性の武神』が居た元1-A。そのそうそたる顔ぶれの中で、『№2』がもっとも避けたいのが、今目の前にいる『万物への通訳者』だと言うのだ。思わず目を見張る未来の英雄。しかしされど、だからこそお狐様は、強く強く笑顔を浮かべた。
「上等です!どうせヒーロー目指すんだから、壁は早く来てくれた方が気が楽です!」
「お前の場合は数学だけで補修確定だがな。」
その笑顔に、かつての自分達を重ねながら、しっかり落とすべきところは落とす副担任なのであった。
「アイマスク?」
切奈がその個性で身体をバラバラにして、生徒各自に配布されたアイマスク。一体試験にどう関係があるのかわからないが、あまりに怪しすぎて、素直に使おうとする生徒など一人も現れない始末だ。しかしさっさと付けろと煽られれば、指示に従う根はいい子たち。
「じゃあ全員付けたね?では、よろしくお願いします!」
そう、切奈が声を掛けた後だった。
途端に持ち上がる身体。いつの間に忍び込んだのか、突如真後ろから、硬いもので身体を持ち上げられ、そのまま仰向けに身体を運ばれてしまう。
「ちょまっ!?」
「えこれ?」
「獣臭い!!」
「なんだぁ!?」
『山羊達よ、生徒達を指定の場所まで運んでしまいなさい。』
その言葉を聞き、自分達が試験会場まで山羊に運ばれていくことに気づいた受精卵と雛鳥達。あまりと言えばあんまりな扱いに対し、喚き散らしたいものの、ここは下手に騒いでも無駄だと察し大人しくなる。
奇想天外。予期不可能。雄英高校一学期期末試験実技の部は、まだまだ始まったばかりだ。
pixivにて連載中のものを再掲載しております。
何卒宜しくお願い致します。
次話→口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その3
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13500839