「土屋君!八時、四時の方向にそれぞれ隆起!」
「指図しないでください!」
森林ステージ、襲い来るゴリラの群れ。森林を統べる剛腕達から逃げ回るのは、土屋大地と小野田小町の二人であった。焦げ茶色の髪色にそばかす、他は特に目立った特徴がないと称される男の子である土屋と、艶やかな黒髪の大和撫子である小町。その特徴は、どちらも攻撃力がある訳ではない指揮官型。
「大方、自分達だけで乗り越えられるかをチェックされているんでしょうけど!!」
ゴリラが襲い掛かってくる方向に向けて、かの野獣の動きを阻害する形で小町が土屋へと指示を出していく。同じ指揮官型とは言っても、こうした突発的な状況では土屋が捌ききれないからだ。
「ゴールへ向かったってどうするんですか?!」
そう、先程から二人はゴリラの襲撃を躱しながら、ゴールを探して走り回っている。時に躓き、時に助け合いながら。もちろん基本的に、小町が大人な対応をしているから成立しているのであるが。
「ゴール直前でトラップを仕掛けるの!!」
「トラップと言ったってどうするんですか!?」
しかしそれでも限界がある。いくらクラスの中でも大人びていて、知略に優れた点を評価されている彼女だとしても、あくまで一介の高校生である。非協力的な同級生がいつまでも隣で喚いていれば、いずれ我慢の限界は訪れる。
「そもそも動物を試験に使うなんてその辺動物愛護の団体からは苦情が来なかったんですか?非常識すぎてまともにやる必要なんてないでしょうにこんなのてかてか毎年の試験内容と中身変わってるじゃないですかそんなんだったら意味ないでしょ一体これで何を見れるって言うんですかふれあいヒーローだかなんだか知らないですけど一体なんなんでしょうねそもそもビルボードは何位なのかも知らないのに」
「うるっっさい!!!!!!!!!!」
突然の怒鳴り声。ブツブツと無駄に、本当に無駄にダラダラと愚痴をこぼしていた土屋も、その言葉が途切れてしまう。猫被りを辞めて虎が顔を出した大和撫子が、その美しい黒髪を揺らして、憤怒の形相で彼を睨む。
「いつまで経っても本当に成長しないのね!!子供みたいに不貞腐れて!!本当に馬鹿みたい!!」
「…馬鹿みたいってなんですか!?僕だって!!」
「僕だって何?役に立ってるって?周囲の警戒も、ゴリラが連携を取って動いてきていることもちゃんと意識できてた?向こうは指揮官を立てて立ち回ってきてる!だからあれこれ考えてバタバタしてるのよ?人から言われて偉そうにグダグダと…一体何様なのよ鬱陶しい!!」
溢れ出るであろう言い訳を、話させることなく叩き切ったクラス一の淑女様。それは普段おしとやかと品性の代名詞として生きている彼女のイメージからしたら、全く想像できない言葉の使い方であった。
「っつ、鬱陶しいって!僕がいないと何にもできないじゃないですか!一人じゃどうにもできない個性の癖に!!」
個性をつるし上げて相手を糾弾する、最低の内容。しかし一度本気で怒った小町は、この程度のことではへこたれない。それこそあのタルタロスで、『姿無き囚人』に詰められた時に比べたら。
「試験は二人で行っている以上、コンビネーションだって評価ポイントのはずよ?!使える個性がある癖に真剣にやろうとしなければ、それこそ落第まで一直線よ!!」
「!いやでも、それこそ相方との相性あるし…。」
「あえて指揮官型である私とあなたが並べられた理由がわからないの!?他のみんなだって、組み合わせが難しい二人にされているに決まっているわ!それを突破できるかがこのテストの肝だもの!!」
そこまではっきり反論を塞がれて、遂に言い返すことすらできなくなった地味目の男子高校生。未だ受精卵ですらない彼は、飛び方を覚えた雛に到底歯が立たない。
「今までのことを考えたら、試験をクリアしたって合格するとは限らないわ!それこそ試験中の様子だって採点されてる!」
「そこまで、まさか…。」
しかし言われてみれば思い当たるであろう現状に、土屋はそのそばかすがある顔を青くした。
「言われなきゃ気づけない程度なんだから、今回は私のオペレーションに従って!八時の方角に隆起!!」
「くっ、わかりましたよ!今回だけですから!」
そこまで言われても素直に従えない未だ問題児に、もはや苦笑を浮かべつつも、小町は今言うことを聞いてくれるならと現状を割り切って考える。見ればもう、ゴール地点が目の前まで来ていた。
「私が指示するタイミングに合わせて、地面を隆起・沈降させて!!」
「わかりましたよ!!」
土屋大地、個性『地面と仲良し』。地面を少ない範囲で操るその力を使って、ゴリラの襲撃をどう防ぐのか。見ればまるで「自分不器用ですから!」と、とても器用そうな個体を中心に、大量のゴリラが飛び出してくる。自分達がいるのはゴールラインすれすれ。そこで――――
「沈降!!」
「!?」
自らの足元を沈めるように指示した小町。突然人間がいなくなり、飛び出したゴリラは止まることができず、ゴールの中にほぼ全員が飛び込んでしまっていた。全てのゴリラが入ったタイミングで、
「沈降!最大範囲!!」
彼らの足元を、一気に沈め降ろしたのだった。そして自分たちの足元は隆起させ、彼等の様子が見える位置まで、足元の高さを元に戻してみると…。
「これ、いいの?」
ゴール地点の内側、その沈降した地面の中で、大量のゴリラが脱出できずひしめき合っていたのだった。
「ゴール地点に動物が拘束されているのは間違いじゃないわよ。順番を逆にしちゃいけないなんて、試験用紙に書いてなかったし。」
大地の質問に、シレっと答えを返す策謀の大和撫子。汗に濡れた髪を掻き揚げるその仕草は、雄を誘惑するには充分な程の色気を醸し出していて。
「試験は合格よ。文句なんて、言わせないんだから。」
理知的な色を宿すその瞳―――未来を睥睨するその不遜なる様子は、どこか副担任の笑顔と重なって見えたのであった。
竹刀が無ければ個性が使えない。これまで特別それを不便に思ったことはなかった。
「おのれ!!」
市街地ステージで襲い来る猿達の急襲。恐らく武器を奪うことを念頭に置いているのだろう、その手元ばかりを狙う連携は、受験者である二人を追い詰めていた。
「あ、待って!!」
決して油断はしていなかったであろうに、セメントガンを使い牽制していた野開未来は、その数と連携に押されてサポートアイテムを奪われてしまった。その姿を見て、より縮こまってしまう大空大和。美麗なる騎士の剣舞の冴えは、その現状を前に形を潜めてしまっていた。
「どうすればいい?何か手は無いのか!?」
授業で学んだ経験、これまで培ってきた血肉…それらが脳の中を、まるで走馬灯の如く浮かんでは消えて浮かんでは消えて。
「大和君!!危ない!!」
そんな折、周囲の警戒を怠った大和を庇う青髪の少女。騎士の手元を狙った猿の引っ搔きは、未来が身を呈してその顔に受けることになる。
「きゃあ!!」
そのまま猿に圧し掛かられ、追撃を浴びる彼女。甲高い悲鳴は、なんとか抵抗しようとする彼女の悪足搔きのようにも見えて。―――自分は一体、何をやっている?
「『伸びろ』!!」
個性『竹刀使い』。その手に握る竹刀の大きさ、重さ長さを自在に操るその個性。その面目躍如と言うべきか、間合いの外にいる彼女を助けるために、不殺の刀身が姿を変える。
「!ありがとう!大和君!!」
伸縮自在の竹刀に打ち払われた猿達は未来から離れていった。自由になった彼女は大和の所でまで駆けてくるものの、その身には痛々しい傷跡が随所に残る。なんで、どうしてこうなったのか。
「僕が不甲斐ないからだ!」
「大和君!?」
突然の咆哮に驚く狸顔の少女。青髪から覗くその狸耳が、驚きからピーンっと伸び切ってしまっている。ついでに本人曰くアライグマらしい。間違えるとめちゃくちゃ怒る。
「野開さん、この竹刀を預かっていて欲しい!」
「えっ!?でも竹刀がなかったら個性が!?」
放り投げられた不殺の愛刀を前に、受け取りつつも不安の声をあげる三つ編みのアライグマ女子。まるで勝負を投げたかのような大和の様子に、戸惑いを隠せないようだ。
「僕は今から彼等相手に己を鍛え直す!!そこで見ていてくれ!!」
「え!?いやちょっと、何を言ってるんだい!?試験中だよ!」
最後には君も実は馬鹿だなと暴言まで飛び出した未来だが、そんなものはどこ吹く風。適当に拾った鉄パイプを猿たちに向けて、無駄に美しい所作はそのままに、大和はその剣代わりを猿たちへと向けた。
「山の民たちよ!一手ご教授願おうか!!」
鉄パイプを手に己の剣術だけで飛び込む大和に、心が折れたのか放心状態で膝をつく未来。ついでにこの後、とんでもない剣術の基礎能力を発揮した大和が猿たちを漏れなく撃退。気絶した一匹をポーターらしく未来が回収し、無事にゴールまでたどり着くことができてしまったのであった。モニター越しに見ていた切奈が、そういうことを試験したいんじゃないんだけどなぁと溢していたことは、ここに追記しておくこととする。
「考えてみるったい!!」
「何をだ!?」
なんとか致命傷を避けつつ、ゴール近くまで移動してきた寅子と亜衣磁。その姿はあくまで致命傷を避けているだけで、五体満足なのが不思議な程の有様だった。
「先生は何であんな爆発一つで何でもできると!?」
爆撃による攻撃は勿論、推進力として自身の移動にも使用するその力。手を変え品を変え、敵を攻撃する手段だけでなく、爆豪勝己を支えてきたその個性。
「分岐点世代でもない、言ってしまえばただ爆発するだけたい!」
それこそ個性の幅では、爆心地より優秀な人間も多くいるであろう。しかし彼はその個性一つで、
未だに『№2』の地位を欲しいままにしている。技術や体術―――他に培われたものも多くあるのは間違いないが、個性で差が産まれないことはなかったはずだ。
「それこそ複合個性の代名詞、デクが幼馴染なら猶更か!!」
多くの個性を操り『次代の象徴』と呼ばれたデク。彼と爆心地の関係ほど有名なものはなかったから。多くの個性を操る彼を見て、当時の副担任は何を思ったかそれは…。
「授業で教えてもらったたいね!!」
『爆破一つありゃあなんでもできる!!』
個性をどう使うかはあくまでイメージだと。それがしっかり出来ていれば、その差はひっくり返せるんだと。なんにだってなれるということを目のまで、それこそずっと示してくれていたはずなのに。氷の鎧しか作れないと思い込んでいた自分と、『磁界』という名前なのに砂鉄しか操れなかった亜衣磁。今その二人が足を止めて、道を示し続けてくれた副担任へと向き合う。
「んだこら?観念したかガキども!!」
全身から熱波でも浮いているのかと思うほどの圧力。それを前に一つ二つと深呼吸をし、髭面の偉丈夫と銀髪の近接担当は己の内側へと呼びかける。イメージするのは、あらゆるものを引き寄せる磁力。そして、氷の槍を掲げて戦う己の姿。
「行くったい!!」
イメージに合わせて吹き上げる己の冷気。それはいつもの鎧とは違う姿を形作る。先程頭の中で作った、一本の三叉槍。
「何!?」
突然の個性変質。それを前に驚きながらも、経験から油断なく身体を動かそうする『№2』。そのタイミングを挫くために、もう一人が殻を破る。
「『磁界』!広がれ!!」
反応したのは砂鉄ではなく、爆心地が身につけている衣服の金属。それが突然前方へと動き始め、突然のことに姿勢を崩される。
「今ったい!」
そのタイミングを狙い、打ち込まれる三叉槍の一撃。鋭く獲物を貫くために作られたその刃は、迷うことなく勝己の頭部へと吸い込まれる。
「甘えええ!!」
しかしそれを首を傾げることでなんとな躱す。そのままひっつかんで爆撃にて槍を粉砕。二の手三の手を加ええようとした時、
「な!?」
眼前に迫る、新たな氷の刀身。
「氷の武器の無限精製か!?」
「『白虎』一つでなんでもできる!負けないったい、かっちゃん先生!!」
眼前に迫る氷でできた斬撃。一つ砕けばまた違う刃が現れる。槍か刀か剣か大剣か。躱して砕こうとするも、衣服の金属部にかかる磁力のデバフが邪魔をする。それを持ち前のバトルセンスで堪えて躱して、受けては堪えて。そして眼前に迫る―――
「氷の巨大ハンマー!!受けてみろったい!!!」
「へっぶ!!!!!…クソが…。」
質量の固まり。しかしこれでは決まらないと思ったのは、寅子だけではなく、不慣れな磁力操作をしている亜衣磁もそうだった。だからそれが『№2』へと直撃した時違和感しかなかった。しかし、
「行くぞ!!」
「・・・でも!」
「隙を見せてくれている間に、ゴールに飛び込む!今しかない!」
金髪の偉丈夫の言葉に、寅子は進むことを決断。砂鉄以外の金属を磁力操作したこと、虎の鎧以外を精製できたこと。どうやら己の個性に向き合い、進化させたことを合格として判断してくれたらしい。
心の中で一瞬だけ頭を下げて、博多弁天しろつめ寅子は、自身の期末試験を終了することになったのであった。
毒液に影からの奇襲。ひたすらそれを繰り返し、試験官へとダメージを与えようとする久野一子と岸影智。しかし虫が怖いからと潜ってしまった影智はほとんど役に立たず、一子は全ての場面で甲司と真っ向勝負を強いられていた。岩肌のような剛腕が自分の頭を掠める。幸いなのは、日頃相対峙する相手が『№2』だからだろう。彼に比べれば、目の前に居る『万物への通訳者』は数段劣る。
「それでも楽じゃないのは変わらないけどね!!」
赤いアホ毛を揺らして毒を散布。足元を狙ってきたムカデを潰し、顔を狙ってくる蠅達を地に落とす。銀髪のレディースほど回避能力に優れていない毒忍者は、その個性とのコンビネーションで甲司の攻撃をやり過ごし続けている。しかし、それでも、
「も、もうすぐ試験も終わっちゃうよ?」
「わかってるわよ!!」
そう、他の生徒達が合格し始めている中で、遂に試験そのものの制限時間が近づき始めていたのだ。苦無を握る一子の手に汗が滲む。小技は使い尽くしたし、パターンを変えた連携も大方出し尽くした。やれること事態はもうほとんどない。
「岸君!!」
「wwwww人はその歩みに特別な名前をつけるのだwwwww勇気とwwww」
お前が勇気なさ過ぎて苦労してるんだけどね、と口から毒を吐きたくなるが、そこは我慢。後でぶっ殺。一子はちょっとだけ心を大人にして、虫に怯えて影から出てこないなんちゃって騎士に、最後のプランを進言する。
「全身全力で毒をぶっ放すから、合わせて!!」
「wwwwわかったでござるwwww」
煙を噴き出すパリピ骸骨も大概な話し方だが、この黒人ハーフも大概イラっとさせてくる。何で私、こんなイライラせにゃならんのだ。そう思いつつ、恐らくこちらの手も読まれてはいるだろうけど、一応やるだけはやろうとは思う。大した志なんかないけれど、自分だって雄英生の端くれだから。
「毒液全開:プルスウルトラ!!!」
その肌の色がまず禍々しい赤へと姿を変える。着ているジャージが邪魔だと上着を脱ぎ去る。タンクトップになった上半身、そこから見える全ての肌から、黒いヘドロのような液体が噴出する。読まれているなら、予想を上回ればいい。らしくない力押しだけど、手段を選ぶのはもう少し大人になってからでもいいだろうから。
「いっけえええええええええ!!!」
喰らえば肌から体内へと侵入する毒液。神経毒の一種であるそれは、喰らえば確実に相手の動きを止めることができる優れもの。使えば暫く毒切れを起こして個性が使えなくなるが、どうせ時間制限があるのなら、最後にやるだけやってみるだけだ。
「『蛾達よ!!』」
鱗粉をまき散らす大量の虫達。視界どころか空すら埋め尽くす量の蛾が、いったいどこへ潜んでいたのか舞い降りてくる。まるでこの世の終わりか、大地震の前兆のような光景。それを刹那にて作り出す破格の力。全力で個性をぶっ放すとはどういうことなのか、まるでそれを見せつけるかのように。どうやらどれだけ限界を超えても、先達のそれは未だにはるか遠いようだった。
「岸君!!!」
「wwww任せるでござる!!!wwww」
蛾の大群に全力の毒を防がれた上に、彼らに集られ身動きすらできなくなった一子。大技の後の隙を突くために、影の騎士を試験官へと突貫させる。せめて、一太刀だけでも―――
「『蟻地獄達よ!!』」
その読まれ切った動きは、ものの見事に崩される。まるで地面に突如大渦巻が生まれたが如く。突然大地が渦巻始め、影智は踏み出した一歩から巻き込まれ飲まれていく。
「くぁwせdrftgyふじこlp !!!!!」
その声にならない叫びとともに渦巻が止まった時には、地面に片足だけ生えているというミステリー小説もびっくりな状況になったこと。そしてその隣には、黒い水溜りの中心で蛾に集られて気絶する女子高生がいるという、些かカオスな試験結果となったのであった。
ちなみに川辺でカバと追いかけっこをしていた『植物』と『煙』は、結局追いかけっこだけで終わってしまったこと。
「死ぬまでカバなんて見たくないばい…。」
「ぴえんでキュンです…。」
洞窟にいた『悪魔』と『ガンナー』は、結局洞窟ごと崩落させて自分達も生き埋めになってしまったこと。
「いっそ生き埋めにすればと思ったんやけどなぁ…。」
「…委員長なのにクリアできなかった…委員長なのに…。」
山岳地帯で山羊達に振り回されていた二人は、『魔眼』を山羊に投げつけるという暴挙に出たが、失敗して岩壁に頭から直撃。そのまま介抱している間にタイムアップになってしまったこと。
「聖ちゃん目を開けてえぇぇぇ!!!」
「うーん、お星様が回っているのです…。」
以上を持って、1-Aの本年度期末試験全日程を終了することになったのであった。
という訳でようやく試験が終わりました。口田君の話なのに、あんまり活躍してないのは俺の力量不足です。ごめんなさい。次回で口田編…終われるといいなぁ…(遠い目)。
小野田小町に沈降(ちんこう)と言わせたかった。ただそれだけのお話。