ベストは尽くしたと思う。それこそ、一手も二手も足りなかったけれど。
蛾まみれにされた一子と、片足だけ地面から生やした影智は無事に回収された。余りの姿に、様子を見に来てくれたクラスメイトからはドン引きされてしまったが。とりあえず、自分と影智は補修確実だろうな…。そう一子が考えながら、保健室のベッドで寝転がっている最中のことだった。
「こ、ここここんばんは!起きてるかな?」
声の主は、先ほど自分をここへと放り込んだ渦中の人物。岩のような身体からその声帯で、数多の動物や虫達を操る『万物への通訳者』――――口田甲司その人であった。
「正直普通に無視したいんだけど…。」
それこそ自分のことを蛾まみれにしたような相手だ。現役女子高生としては改まって話をしたい訳がない。試験の結果とは別に、個人的に考えなきゃいけないこともある。不意の来訪者相手に、時間を取られる訳にはいかなかった。
「はぁーい、何ですかぁー。」
しかし相手は泣く子も黙らす副担任の知人である。先程の試験内容からも、決して自分の評価は良くない相手。余計なことを言われては敵わないと考えて、赤毛の毒忍者はベッドに備えられたカーテンを開けた。
「あの、そのえっと、こ、こんちは。」
「…こんちには。」
身振り手振りを交えて、ワタワタと挨拶をしてくる実技試験の試験官。そのどこか怯えたように話す喋り方は、その体躯とは相反し、頼りない印象を周囲へと与えてしまう。それこそヒーローなんて、よっぽど我が強くなければできなさそうな仕事をしているのなら尚のこと。
「どうされたんですか?」
「…。」
「身体も本調子ではないですし、何もなければ後日改めてお願いしたいのですが…。」
それこそ変に気が強いところがある一子だ。プロとは言え、どこか頼りなさげな印象を与える甲司に対し、あまりいい印象を持てってはいない。それこそ、
「引っかかっていることはしっかり言ってくるしね。」
口数が少ない癖に、肝心なことだけはきちんと指摘する。それでいい印象を持てというのも確かに難しい話だ。これでも学生時代に比べればかなり喋るようになったのだが、一子からすれば知ったことではないだろう。
相変わらず手振り身振りだけは繰り返す、岩のような身体のプロヒーロー。どうやら腹を括ったのか彼は一度だけ深呼吸をし、射貫くような目で真っ直ぐ受精卵の彼女を見やる。
「ここ、言葉は本当に、大切なものだから。大切に使って欲しい。」
「はぁ…。今後気を付けます。」
「傷つけるだけじゃなくて、分かり合うために使うものなんだ、だから。そうすれば、ヴィ、ちゃんとそうできればヴィランとも戦うこともなくなると思うから。」
言葉を遣い戦ってきた、不器用な男のそれ。しかし受け手の彼女からしたら、全校集会で校長が喋っているような、聞いても一銭の得にならない話の類でしかないのだろう。どこか浮ついた返事で、さっさと終わらないかなと言うのがその本音。だから次に『万物への通訳者』が述べた内容は、その無関心を破壊するには充分な一言で。
「ぼ、ぼぼぼぼくは、」
言い出す側も、決して言いたいことではない一言。
「神野戦線でヴィランを殺したんだ。」
「はぁ?」
見るからに気が弱そうな男性。ヒーローにあるまじきその気性。しかし出てきた言葉、それとは程遠い何かだった。
「いや、でも、ヒーローには一応、ヴィラン殺害の判断は任されていて…。」
過去から現在まで遡って、ヒーローがヴィランに対する勝利条件としては、あくまで「捕縛」の一言につきるようになっている。そう、あくまで捕縛である。悪者退治とは言え、気安く命を奪っていればどっちがヴィランかわからなくなる。しかしそれでも、殺さなければならない時は必ずあった。
「民間人が人質に取られた場合。または命を奪うことでしか、その被害を抑えられない場合…。」
その条件に該当すれば、ヴィランの殺害が罪に取られることはない。それはヒーローだけに許された、合法的な殺人となる。
「か、神野戦線で、僕は、ヴィランを殺したんだ。例えルールとしては許されていても、僕は確かに人の命を奪ったんだ。」
誰が誰を殺したか。それすら曖昧になるほど惨いものだった。生き残ったヒーローもPTSDに苦しみ、リドリーヒーロー・ピンキーのように現場に戻れなくなった者も多くいる。そんなこの世に顕現した地獄のような世界で、
「そんなの、仕方なかったんじゃ」
「仕方なくなんかないよ!!!」
それは彼の印象とは程遠い、想像も出来ないほどの大きな声。そんな声量が出ることにまず一子は驚いて。その言葉の内容にまた何も言えなくなって。
「ぼぼ僕はどんな動物とも話ができて、和解だってできてきた。それこそ、虫だって苦手だったけど…克服できて、ここまでこれた。だからそんな僕だから!言葉で何か伝えることができるのを、誰よりも知ってたから!」
殺してでもなんて、ダメだったんだ。そう言葉を切った『万物への通訳者』。それはふれあいヒーローが背負ってしまった、誰よりも何よりも重い十字架だった。その生き様を前に、一子は言葉を失ったまま。
「ば、『万物への通訳者』だなんて…そう呼んでくれる人もいるけれど、僕はヴィラン相手には何の通訳もできなかったんだよ。結局無力だったんだ、何人助けても…無力だったんだ…。」
だから言葉を糧に、誰かに何かを届け続けてきた男は、今日未だ受精卵の少女にも、せめてあの日の分まで届いてくれと思いを投げる。
「言葉は時にナイフよりも誰かを傷つける武器になる。けれど、誰かと心を繋ぎ止めるロープにもなるんだ。そのことをお願い、忘れないで欲しい。」
「だからお前とは闘いたくねーんだよ。」
一子と別れ、保健室から出た甲司に声をかけたのは、荒れ狂う副担任こと爆豪勝己であった。
「俺はあのガキを諦めた。意味もなくグダグダ愚痴だけ垂れ流してる奴なんざ、成功した試しがねーからだ。それをてめえは、」
きちんと成しつけて話つけやがった―――実際保健室の中には切奈の耳があり、この廊下にも先程まで彼女の口が浮いていたのだ。会話の内容まで、勝己は全て知っているのである。その上で彼は、己が為せなかったことをやり遂げた男に敬意を示す。
「負けた。俺の負けだ。」
彼の幼馴染が見れば、目ん玉が飛び出してそのまま気絶しかねないほどの台詞。プライドの塊。勝利への探求者。その男が真っ向から負けを認めていたのだ、それこそ驚天動地というのはこのことであろう。
「…。」
しかし甲司はクラスの誰でも成し遂げてはいないであろう、ある種偉業を成し遂げたことに対し、まるで興味無さげに立ち去ろうとする。金髪赫眼、半ば無視された形になった彼は通り過ぎようとした甲司に向かって、絶対に無視できないであろう言葉を投げつける。
「報酬だ。響香の飯を食わしてやる。」
「…僕はまだ、耳郎さんのこと諦めてないから。」
歩みを止めて、真っ向から睨みつけて。本当に大切なことは必ず言葉で伝えてきた男が、己の恋敵へと思いを綴る。
「上鳴君と別れて…爆豪君と付き合い出して、やっぱりそれでも好きで諦められてなくて、やっぱり頑張ってみたいんだ。」
「はっ、好きにしろよ。挑むのは自由だ。今日は負けたが、そこは勝ち続けてやんよ。」
夜の廊下で真っ向から睨み合い続ける、二人の男。本人だけはきっと知る由もないこの会話の未来がどうなるかは、きっとまだ誰にもわからなくて。
そのまま歩き出す『万物への通訳者』。振り返る『№2』が、その背にもう一度声をかける。
「この国の殺人の刑期は、神野から数えてとうに過ぎてる。気にすんのはてめぇの勝手だが、俺と張り合うつもりなら、きちんと本業から目逸らすんじゃねーぞ。」
心配してんだからちゃんとしろと、たったそれだけのことをどうしてこうも捻くれた物言いになってしまうのか―――そんな裏の思いまでくみ取ったふれあいヒーローは、先程とは違い、今度は足を止めずにそのまま進んでいくのであった。後日朝のロードショーで取り上げられた、アニマの本格的なヒーロー活動への復帰。そのことをもっとも喜んだのは、もしかしら勝己だったのかもしれない。
赤毛の毒忍者が、その八重歯がある口をへの字に曲げて、クラスへと入ってきた。躊躇うことなく一直線。向かう先は、アッシュベースの髪色をしたクラス唯一の男の娘。
「…何?久野さん。」
先日の件から、クラスの緊張感が高まるのがわかる。彼等の一子を見る視線が鋭さを増すのは、致し方ないことだと彼女本人も割り切っている。むしろ己への罰だと考えて、あえて晒されている節すらあった。
「私もこんな性格だから一度しか言わない。」
そう置いた前置きには、悪い意味での我の強さが確かにあった。けれどその後下げた頭には、彼女なりの誠意がちゃんと込められていたから。
「傷つけるようなこと言って、ごめんなさい。」
性別を超越した彼が笑顔でその言葉を受け取った時、クラス全体が笑顔に包まれた。どこかほっとしたような表情にも見えるそれ。梅雨明けの空の下、夏休み前の最後のひと時に咲き乱れる笑顔は、そこらの向日葵よりもよっぽど輝いて見えたのであった。
「そもそも透明女だけじゃできねーんだよ。」
誰もいなくなった職員室で独り言ちる、金髪赫眼の『№2』。獲物の足跡を捉えた狩人の相貌は、日頃生徒には見せられない凶悪さを携えていて。
「個性を生かして中を調べて…その後どう外へと発信していた?」
取り調べでは当時の混乱からそこまで詳しい状況は突き詰められることはなかった。しかしこうして振り返ってみれば怪しいとは思う。電子機器や手紙による外部への発信は足が残りやすい。事実林間学校での奇襲は、葉隠が開催場所に気づいてからでは間に合わなかったはずだ。
「なら、外に発信する担当がいたはずだ。」
こそこそ他学年やB組と話すのはかなり目立つ。先輩後輩とはほとんど関わりがなく、B組は対抗戦までどこか犬猿の仲だったのだ、より有り得ない。つまりそう、もっとも可能性が高いのはかつての級友。それを証明するために、あえて林間学校の場所をグループラインで流した。
「罠だと思っても必ず動くだろ?もしお前ならな。」
あぶり出してやるよ―――そう言葉を続いた金髪の暴君。その手に握る公式書類。リスクを背負う以上は、確実に信頼できる相手に協力を仰ぐ。それこそ、可愛い生徒達の糧にもなって欲しいと信じて。
テレビに映る級友の姿。神野でヴィランの命を奪ってから、けじめをつけるまではと現場から離れていた彼が、ようやく本分へと戻るその光景。負けてられないと思った矢先に、自分が座る和室の戸が開かれいた。
「焦凍さんこれ、雄英高校からですわ。」
ここは栄華を誇る№1事務所。どこぞの『№2』とは違い、人気面でも一切陰りがないその威光は、先代達とはまた違った形で民草を守る光となっている。先代からその席を譲ってもらった時に、和室へとリフォームした社長室。先程の言葉と共に戸を開けたのは、艶やかな黒髪をサイドポニーにまとめた美しき『創造神』―――クリエティこと、轟百。そんな旧姓八百万に名前を呼ばれたのは、偉大なるヒーローからその名前と半身の個性を受け継いだ、半熱半冷―――『氷炎の支配者』エンデヴァーこと、轟焦凍。
「林間学校へのお誘い?」
封筒に入ったその手紙を見てみれば、今は教師をしているという『№2』からの業務連絡。なぜだろうか別に違和感の無い内容なのに、これが不幸の手紙にしか見えなくなってきた。間違いなく、差出人のせいだろう。
困惑した彼の様子に、人生のサイドキックである百も、思わず苦笑いを浮かべてしまうのであった。
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八百万「怪しさしかないですわねぇ」,coming soon.Please wait.
お久しぶりの皆様こんばんは。始めましての皆様ありがとう、愛してる。無事に口田編を終えました秋編です。まぁ作中でもあまり触れられないヴィランの殺害案件。エンデヴァーさんとかガンガン殺してそうだけど、実際にはどんなもんだろうなぁと思って書いてみました。あえて口田君にやらせた意味?俺の趣味かな←
そんな訳で次からは人気夫婦の轟百です。結婚してるんで切芦みたいにはなりません!大丈夫!きっとたぶんだといいな!!
そんな訳で今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました!!!!!!!!