『雄英高校一年生林間学校襲撃事件』――――。
当時世間を震撼させた大事件。それは結果として多数の重軽傷者を生み、ヒーロー及び生徒の中から、行方不明者が出てしまうという最悪の事態へと陥ってしまったのだった。雄英は当時の反省として、林間学校の実施方法を一部改訂。守るべき対象、言うなればヴィランに対するハンデとなる生徒達の数を軽減。具体的にはA組とB組との開催場所を分担し、教員以外のヒーローをそれぞれ配置することになったのであった。
「あっちは上鳴や瀬呂が呼ばれているらしいがな。」
いい加減見慣れてきた学生達。そんな彼等が迎えた二日目は、事前に切奈が述べた通り個性伸ばしが中心である。かつては己も通ったその限界突破。未来のためとはいえ身体に大きな負荷が掛かるそれは、自分の学生時代を思い起こしてしまい、監督者である彼へと渋い顔を浮かべさせてしまっていた。そう、今やビルボード№1である彼――――轟焦凍は現役生を眺めてそう思った。
「氷の密度が、」
「ヤバすぎるったい…。」
そんな声がする方向を見てみれば、九つの尻尾を持つ生徒と、頬まで口が裂けたオレンジ色の髪をしている博多弁の生徒だった。炎を操る彼女達は呻き声をあげながらも、先程から№1が創り出した、氷の絶壁を溶かすためにその個性を顕現し続けている。
「工夫して溶かそうとはしないこと。あくまで出力を上げるための訓練だ。呻いてる時間が勿体ないぞ。」
そう注意しながら、しれっと溶けた氷を補充する『氷炎の支配者』。再び強化された絶対零度の絶壁を前に、ムンクのような顔へと変貌する女子高生達。その顔はあまり人前でしない方がいいんじゃないかと思うものの、原因が自分だということぐらいはわかっているので、余計なことは言わないように留めておくことにする。
「吟子ちゃん頑張ろう!火勢落ちてるよ!?」
「……っつぅ、ゲホゲホ……呼吸の合間だっただけばい!!つうかいきなり下の名前で呼ぶなったい!!」
尻尾から炎を出す前者と違い、吟子ちゃんと言われた彼女は口から炎を吐き出していた。呼吸と密接な関係がある以上、なかなかに喉や肺に堪えるようだ。
「孤城こそ尻尾が焦げ始めてるばい!限界なら休んでいればいいと!」
「心配ありがとう!でも全然まだまだこれからだから!いっくよー!!」
恐らく軽い嫌味を混ぜたであろう台詞であったが、天真爛漫な元気印である孤城と言われた生徒には通じなかったらしい。己の尻尾すら焦がすのもお構いなしに、その青白い幽鬼の炎が吹き上がる。それに負けじとその隣では、逆立った髪に吊り上がった目、大きく裂けた口から赤い炎を放射される。
「炎を使う生徒の相手をするとはな…。」
あれだけ炎が嫌いだった自分が、今度は教える側に立つ。自分の事務所でサイドキック達の訓練に付き合うことは間々あれど、己の学生時代を想起する彼女らが相手となれば、それはどうしても感慨深いものになってしまう。振り向けば他の生徒達が努力する様子。そのかつては見慣れていた姿に、当時のクラスメイト等を一瞬だけ重ねてしまって――――
――――瞬き一つで、霞んで消えて。
「お昼までに絶対溶かしきるんだから!」
「ここまで来ればヤケクソったい!!」
再び聞こえてきた若き雛鳥達の咆哮。その声に懐かしさを再び覚えて軽く微笑み、その氷の半身にて、再び絶叫へと誘う『氷炎の支配者』なのであった。
翼ある風使いと水流使いが、各々巨大な鉄塊をその個性だけで動かそうとし、磁力の申し子がそれを阻害する方向で力を加える。側等を見れば飲んだくれの大鬼と、旧約聖書の悪魔が殴り合い、植物を身体に宿す生徒は、その顕現する数を増やそうと躍起になっている。
「皆さんなかなか、器用に個性を使われますわね…。」
赤毛の毒忍者がその個性を垂れ流し続けて、影の騎士が浸食されないようその個性を使い耐え続けている。その隣では金剛石の身体を持つ生徒へと、氷の鎧を纏う銀髪の生徒が氷槍を連投している。どうやら根競べをやらされているようだった。
「しかし何というか出力不足が否めませんわね…。」
「個性分岐点世代の悲しい性って奴かな。」
塩の弾丸を、作られた土壁へと全力射撃し続ける委員長。そして定期的に、周囲の人間へと魔眼を使う副委員長。そんな補修組へと視線を移した轟百へと、声をかけたのは、クラス担任の取蔭切奈であった。
「複合個性も当たり前…でもなまじっかいろいろできるせいか、どれか一つに集中して鍛えるって発想がなかなか湧きにくいんだよね。」
「そういうことですの…。」
「あれこれできるから万能そうに見えるけど、単純な出力なら私達の方が上回ってたかも。つまり今のままじゃあ、」
「単なる器用貧乏で終わってしまうってことですのね。」
絵から無機物を召喚したアッシュの男の娘、それを『スーパーポケット』へとしまう自称アライグマの女の子。周囲に煙が立ち込めているのは、骸骨の異形型である生徒がその個性を全力解放し続けているのであろう。そんな自分達の時代よりも明らかに増えた良個性。それがもたらした物は、何も便利な力だけではなかったのかもしれない。
「まぁだからこその林間学校、という訳ですわね!」
「相変わらず聡明なことでありがたいよ。今回のことで出力の強化は勿論だけど、」
「小奇麗に立ち回るだけではなく、泥臭くあがく意識を植え付けて欲しいってことですわね?」
答えを先回りされたことで、思わず苦笑いを浮かべるリザーリィ。同じ一年生としていがみ合ってた頃から高校三年生まで、果ては現場に出るようになってからも、目の前に居る鬼謀の淑女にはやられっぱなしだったのだ。
「本当に、何があっても勝った気がしないのわかるよ…。」
対抗戦でのクラスメイトの台詞を思い出しながら、あの頃にはなかったポニーテールを手で払い、切奈は目の間にいる『創造神』へと改めて頭を下げる。
「気絶ぐらいなら何でもない。ただひたむきに努力すれば、伸びしろは必ず伸びるってこと、この子達に教えてあげて。」
「任されましたわ。」
そんな言葉とともに、それぞれに適した訓練道具を即座に生み出していく№1の右腕。『創造』の展開スピードはかつてのそれを遙かに上回り、同時創造する訓練道具の個数も右に同じ。
「泥臭くひたむきに。まだまだ若いのにそういういことを疎かにするのは、いかんですわね。」
「個人で自主練やってる子も増えてきたんだけど、どうにも新技の習得ばっかりやってるみたいだからね。」
その真実を見通す瞳は、決してヴィランを睨む時程鋭くはないものの、決して優しくはないであろうことを彷彿とさせる。そこに掛ける切奈の言葉も、方向性を間違え始めた若き雛鳥達への教訓でであった。
「一人二人…いえ、軽く全員気絶するところから始めてもらいましょう。」
何せ『新たな象徴』と言われた彼は、海岸のゴミ掃除から始まったんですから――――そう言葉を付け加えて、生徒達への元へと走る元副委員長。慣れた仕草で彼等を誘導し、それぞれに訓練用の道具を手渡していく。所々上がる絶叫に、始めて№1を間近で見た時の笑顔はもう欠片も残ってはいない。
訓練が終わり夜の自炊へと参加できた生徒は、全体の半分にも満たなかったということだけ、ここに追記しておくこととする。
「おら!さっさと取りに来い!いつまで寝てんだ!?」
そう声を荒げたのはクラス切っての前線タンクである、金髪のモヒカンヘッド八賀根鉱哉である。彼は軍隊も裸足で逃げ出す訓練をなんとか耐えきり、耐えきってしまったがために、生き残り達と共に食事係へと任命されてしまうことになってしまった。
「金すら溶かす王水の海に叩き込まれるとは思わなかったがな…。」
溶けていく身体を溶けた先から『鉱化』させるという、まさに地獄のような訓練だった。もう二度と、№1夫妻の顔すら見たくないレベルである。
「何が溶鉱炉の中で生活した奴がいるだよ、知らねえっつーの。」
「なかなか荒れてるね、八賀根君…。」
本当に溶鉱炉の中で生活させられた現役ヒーローがいるのだが、鉱哉からすれば知ったことではない話。そうやってらしくなくブツブツ言いながら食事の配膳をしているところに、突然声がかかった。
「うお!?…ってなんだよ武藤か。いるならいるって言えよ。」
「まあもう例の如く結構前から言ってたけどね。最近傷つかなくなってきたよ。皆さんのお陰でね。」
いつまで寝てんだの辺りから声かけてたんだよ?っと武藤が言えば、全く気づかなかっことに引け目を感じて、鉱哉はそのモヒカンと同色の瞳を彼から逸らすことにした。
「ふふふ。」
そんな筋骨隆々とした巨漢のらしくない姿に、思わず笑顔を浮かべるクラス随一の男の娘。アッシュの髪が揺れてその奥に見えるその微笑みは、モデル顔負けの可憐さを周囲へと振りまいていた。
「んだよてめえ、何笑ってやがんだ!?」
「なぁーんにも。それより今日のカレー、八賀根君が指揮して作ってくれたんでしょ?」
「あ?あぁまぁな。生き残ってたのが誰も料理できねーから、指示だけ出してやらせた。」
粗雑な印象を与える金髪モヒカンヘッドである鉱哉だが、その実施設で子供達の面倒を見ることも多く、家事全般は一通りできたりする。大変意外であるのだが。勿論そう感じたのは、存在感を母親の子宮に置き忘れてきた遊次も同じ。なので――――
「なんかすごく意外だよ、料理どころか家事すらしなさそうだった。」
しっかり声に出してみることにする。
「なんだとてめえ!?」
「ふふっ、さっき気づいてくれなかったお返しだよ。配膳手伝うね!」
先程の意趣返しが上手くいったことに対し機嫌を良くしたのか、遊次は笑顔を浮かべて鉱哉の配膳を手伝い始める。クラス一の剛腕が注いだご飯に、カレーを手際よく注いでいく。クラス全員分のそれが終わった頃には、気絶していた生徒達も意識を取り戻し、なんとか食事の時間と相成ったのであった。
「さて、お互いお膳立ては完璧ってか。」
学生達が協力し合って食事を取る様子に、ニヤリと笑顔を浮かべる金髪赫眼の副担任。襲撃があるとすれば今日の夜なのは明らか。不測の事態が起こる可能性があろうことを、わざわざ№1夫婦には告げていないものの、天然の割に鋭い焦凍と洞察力に優れた百の二人なのだ――――呼び出された段階で、ある程度何かあることぐらいは察してくれているであろう。
「まぁだからこそ、あの二人が犯人ってことだけはねーからな。」
腹芸ができない天然とお嬢様の二人である。もし犯人ならこんな回りくどいやり方をする意味はなく、勝己の評判を落とすことが狙いならもっとスマートな方法が№1にはいくらだってある。つまり、白だ。
「ったく気分の良い話じゃねーぜ。」
「一体何が気分の良い話じゃないのさ?」
かつての仲間を疑わなければならない胸糞悪い話に対し、思わず溜息を付いた勝己。その独り言ちた瞬間、声を掛けてきたのは宙に浮かぶ人間の口。月光に照らされるそれは、どこか不気味に彼のことを睥睨しているかのようで。
「あぁ?お前には関係ねぇ話だわ。失せろ。」
「この林間学校の責任者は私だよ。勝手なことは控えてくれると助かるね。」
「別に俺が何か企んでる訳じゃねーわ。帰れ。」
その個性『トカゲのしっぽ切り』にて、分割した身体を宙へと浮かす切奈。恐らく耳も近くで浮かんでいるのであろう。口だけなのに会話が成立しているのはそういう訳だ。
「日頃から耳だけ俺の近くに浮かしてんのか。無駄にやらしいなてめぇ。」
「情報収集、集めましょっと。」
日頃から常に見張られいた可能性に漸く気づいて、暴君の眼光が鋭くなる。幾重の犯罪者を震え上がらせたそれは、しかし同期の彼女には通じもしないようだった。飄々とした言葉が、口だけの姿から発せられる。
「何を隠してるかまでは知らないけれど…生徒が無事帰れないような話なら、許容することはできない。それだけは釘を刺させてもらうよ。」
「はっ。それだけはありえねーだろ。舐めてんのか。」
「無事に帰って来れなかった誰かさんの台詞だけに、含蓄あるよねー。」
明らかに苛立せることを狙った切奈の言葉に、より眉間の皺を濃くした破壊の申し子。その両手からは、いつ火花が生まれてもおかしくないような異様な雰囲気。ただそんな二人に、月光だけが降り注ぎ続けていて。
「もし何か起こってガキどもが帰れなかったら…。」
「副担任としてクラスは任せられない。辞表置いてってもらうよ。」
夏の夜。雲がなくてもどこか気だるい、湿度をはらんだそんな空気。それを振り払うかのように発せられた二人の会話は、何かを切り裂くかの如く鋭いものようだった。
あまりにもファンが多すぎて、最初はやきもちばかり妬いておりましたわね。えぇ、だって仕方ないことですもの。何せあなたは世間で言う所の…イケメンという奴でしたから。元1-Aの子達だって、イケメンだって騒いでたこともありましたのよ?だからですわね、始めての喧嘩は私のやきもちが暴走してしまって。なのにあなたは、さっきの喫茶店が気に入らなかったのかなんて言い始めて。あら?覚えていらっしゃったのですね。私は勿論忘れていませんわよ、どんな小さなことも大切な思い出ですもの。
そして喧嘩した後でしたわね。「やきもちなら俺の方が酷いぞ」って言いながら、私を抱きしめてくれたのは。本当に、天然ボケと言うのかしら、それでいて頑固なんですから、仰って頂かなければわからないこともたくさんありましたわ。え?それは俺もだって?ふふ、女心というのは何でも直接聞けば良い訳ではございませんのよ?…明日からはずっと一緒なんですから、時間をかけてお互いわかりあって参りましょう。
ただ旦那様と呼び慣れるのは、少しだけ待ってくださいね、焦凍様。
んんー襲撃される所までいきたかったなぁって。
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