爆豪「なぁ先生…。」~100しおり300お気に入りお礼SS~
梅雨を目前にした、ようやく葉桜が終わったそんな季節。まだ雨の気配も無くどこかまどろんだ空気の中で、金髪赫眼の青年が一歩ずつその歩を進めていた。その表情は日頃からの眉間の皺をより濃くしたかのような、かなり難しい表情を湛えていた。まるでそう深夜の雄英校で、競い合った幼馴染相手に己の心を吐露した時のように。
「決まり悪いっちゃあ、ありゃしねーぜ。」
学生時代とは違う、もうその肉体は一端のもの。天才マンと呼ばれた未完成の少年ではなく、今を時めくビルボード『№2』。最強の一角とされる、ヒーロー界を支える一柱だ。そう、一柱になったのだ。あの日の悪童が。
「たくっ身寄りがいねぇなら尚更、こんな辺鄙なとこ選んでんじゃねーよ。」
掃除する身にもなれってんだ――――そんな成長したかつての少年が、文句を零しながら1人石畳の道を歩いていく。本人の言葉通りどうやらこの後掃除をするらしく、その手には箒と塵取り、果ては雑巾や水が入ったバケツまでその手に持っていた。どうやらかなり本格的に、清掃業務へと取り掛かるようだった。周囲は山にでも囲まれているのだろうか。シーズンではないものの、落葉が溜まっているように見えた。
春風がそよぎ、その爆発した金髪が揺れる。特徴的な赫眼は、風を嫌がり細められていた。
「…まぁ、しゃーねぇわな。」
まるでそのすれ違っていった春風から、何か言葉をもらったかのように――――どこか納得したかのような表情と言葉をもらす金髪の暴君。奇声と暴言の申し子であった学生時代とは違い、社会に出た人間の落ち着きを身に纏う姿は、今から会いに行く人物の目には果たしてどう映るのであろうか。
「考えても仕方ねーけどな。」
何せ死人に口なしなのだから。その答えが返って来ないことを、彼だけではなく多くの人物が知っていて。
「たく、あのボケどもめ。掃除一つできてねーのかよ。」
彼―――爆豪勝己が辿り着いたのは、八木家と書かれた一つの墓標。周囲に数あるものと比べても、特段派手でもなんでもない個人が眠る場所。しかしそれは紛れもない英雄の墓。かつてオールマイトと名乗っていた男の眠る場所が、そこにはあった。
「記念碑の方はしっかり管理されてっからな…。」
オールマイトの記念碑として、それこそ観光スポットにまで昇華されたものは街中に存在し、かつてのファンや彼に助けられた無垢なる民が日々訪れている。なるほど確かに、多くに愛された彼のお墓はあちらなのかもしれない。しかし八木俊典個人の魂はそこにはない。ヒーロー・オールマイト個人の根幹となった、その思いが眠っているのは、他でもなく少し寂れたこの場所に他無いのだ。
「たくっ、まぁ山ん中だから汚れ易いのは仕方ねーけどよ。」
ヒーロー活動の妨げになってはならないからと、家族を作らなかった『平和の象徴』。その墓地は、彼から教えを受けた元1-Aのメンバーが、月に一度のペースで集まり掃除に来ている。勿論もう全員社会人だ。全員集まれることなど稀であり、その時来れるものが集まるといった流れになっていた。
雑巾をバケツの中の水に浸して、力を込めて絞っていく。半年ほど前までは、外で水に触れればかじかむような時期だったのに、今では少し心地良いくらいだ。本当に社会に出てからは、時間が経つのが早くて困る。英雄がいなくなってから、本当に早かった。
「まぁまだまだ教えて欲しいことがあったのに、とはならなかったがな。」
クソナードを除いて―――――そう言葉を続けた勝己の、何とも言えないような何と言えばいいかも分からないような、そんな表情。事実教師としての八木先生は決して有能とは言えなかった。元々後継者を見つけるために教鞭を取ったとはいえ、緑谷出久に付きっ切りになってしまい、他の生徒達へのフォローが充分にできているとは言いがたかった。ナチュラルボーンヒーローは、どうやら英雄にしかなれなかったらしい。
「合理的じゃなかった…。その死に様まで含めてな。」
『ダメだ!!オールマイト!!』
まるで己の半身でも捥がれたかのような絶叫。それは第二次神野戦線にて起きた、最後の衝突後に発せられたものだった。砕けた四肢、横たわる『新たな象徴』。その眼前で恐らくはもう、審判の神とでも謁見しているのだろうか。瞳孔が開いた連合の長が沈黙し、仰向けに横たわっていた。
『私がこの命で果たせるのなら、ね。』
『増援が来る!任せたらいいんだ!あなたが、死んでしまったら!?』
泣き叫ぶ緑色の幼馴染。誰よりも『象徴』を追いかけていた、そして漸く追いついた男が、その使命の後に、命を掛けて全てを守ろうとする憧れを止めようと藻掻いている。しかしその機能を失った両手と両足は、決して応えてはくれない。
『この暴走し宿主から離れたAFO…。放っておけば神野処か日本が吹き飛んでしまう。』
『でも、それでも!!』
『この宙に浮かぶ黒い球体は多くの個性を吸い上げ、爆発する寸前…。かつてOFAに適応した私なら、受け入れることもできよう。』
二つの個性はもともとよく似ているからね――――そう言葉を続ける衰弱しきった英雄。その心の臓まで本来の機能を果たせなくなった身体は、まるで終わりを迎えた樹木のようで。
『受け入れたらなんて、耐えられる訳がないんだ!!』
『だからだよ。そのまま私はこの個性を抱えてあの世にいく。流石のAFOも、地獄の窯の底からは戻ってこれまい。』
『ダメだ!!お願いだ!!行かないでくれ!!』
絶叫し涙する、かつては緑谷少年と言われた『新たな象徴』。脳裏に蘇るのは、ゴミまみれになった海岸を掃除したかつての日々で。
『相変わらず、泣き虫だけは治らなかったな…。』
『ダメだあああああああああ!!』
『オールマイト!?デク!?』
遅すぎた合流。間に合ったクラスメイト全員ではないが、どの生徒も決戦を乗り越えてきたのは明らかで。そして誰もが皆、役割を果たした一人前のヒーローの顔をしていて。その姿を見て、かつての英雄は強く強く微笑んだ。まるでそう、それは在りし日の姿のようだった。
『もう、大丈夫だ。』
『!てめぇ何やってやがるオールマイト!?』
『結局君は最後まで私のことを先生だと言ってはくれなかったな…。当然か、緑谷少年に付きっ切りで、それらしいことは何もできなかったからな。』
最後にどこか申し訳なさそうな顔をして。何だからしくもない弱音だけを残して。そして最後に、立ち会ったそれぞれ全員を指差した。
『誰かだけじゃない、君たちが来てくれる。』
『先生!?』
『あれなんかやばいんとちゃう!?』
『いけませんわ!?』
『何してんだよ、勝手によ!!!』
微笑みとともに球体の中へと消えてく『平和の象徴』。どこか死に場所すら求めていたかのように思えた、役割を終えた偉大な先達は、その役目と共に永遠の眠りへとついたのであった。
「あれだけメンツが揃っちまえば、何かやり方はあったはずなんだよ。それをよう、死に急ぎやがって。」
八代目ワンフォーオールの担い手の死は、やはりその生き様から英雄視されている。だがそれはあくまで概要しか知らない一般人の話だ。現場に居た彼らからしたら、そんな命を投げ打つような真似をして、助けられたくなんかなかった。
「俺達はもう生徒じゃなかった。一端のヒーローだったのによ。」
あんたからしたら、いつまで経ってもガキんちょだったかも知れねーけどな――――言葉を続けて、そして目を閉じてた。夏にはまだ遠く梅雨すら始まっていない、そんな陽気。澄み渡ると言うには少しだけ雲がある天気で、乾いているとは言えない春風が、どこか重さを持った空気を彼へと運んできてくれている。散った葉桜の花は、果たしてどこへ行くのだろうか。そんな疑問に答えようとしてくれる誰かは、もうここにはいないけど。
テレビ越しに憧れるだけだった日々。
雄英で始めて対峙したあの日。
期末試験で向かいあったその強さ。
秘密を教えてくれた夜。
幼馴染と三人で始めた特訓。その最中打ち明けた思い。
ずっとずっとずっと、越えようと決意し追いかけ続けたその背中。
「なぁ先生…。」
目を開いて問いかける、始めての言葉。生きている時にそう呼んだら、あなたは喜んでくれただろうか。もしかしたら笑うかもしれないし、もしかしたら驚いて吐血してしまうかもしれない。お互い決して良い教師でも、決して良い生徒でもなかったけれど。
「俺、教師になるよ。」
再び吹いた一陣の風に揺れる木々の木漏れ日。そしてそのさえずりが、どこか大きく響き渡って。
誰かが笑ってくれているような気がしたのは、流石に浸り過ぎたなと、かつての天才マンは一人憂うのであった。
「あ!!なんや爆豪君やないの!!」
墓地への駐車場。そこへと歩いてきた時に、勝己の目の前に現れたのは、かつてのクラスメイトこと、丸顔と呼んでいた麗日お茶子であった。
「あ゛ぁ?誰だてめぇ。今はプライベートだ。」
「いきなり知らん振り!?かつてのクラスメイトにご挨拶やな相変わらず!!」
ちゃきっちゃきの三重弁で話す彼女は相変わらず天真爛漫で、見るものを癒す笑顔はヒーローになってからも健在である。勿論今の勝己からすれば、口やかましいだけの丸顔でしかないのだが。
「なんよ、なんか失礼なこと考えへんかった?」
「さあな。餅食い過ぎて頭ん中まで餅になっちまったんじゃねーか?」
「本っ当に相変わらずやな!!」
それこそ怒って膨れ上がった姿は、正月によく見る焼き餅のようである――――指摘してもいいのだが、話が進まなくなる。用が済んだ以上、さっさと帰りたいのだ。
「一人か?」
何の用か聞くのは無粋である。自分達がここに来る用事は一つしかないのだから。その自分達だけで通じるものに、特に違和感を感じることもなく、お茶子は爆豪へと言葉を返す。
「んーん、この前お参りできひんだメンバーが中心やね。上鳴君に瀬呂君、梅雨ちゃんや常闇君。後青山君に障子君。私はとりあえず掃除用具だけ先確保しよ思て、一人で出てきたんよ!」
峰田君はまだ病院から動けへんみたいやからね―――そう言葉を続けたお茶子へと、勝己は舌打ちで返事をする。一瞬だけ湿っぽさを伴う空気。しかしそれを打ち払ってくれるタイミングで、声をかけてくれたヒーローが一人現れた。
「後僕も居るよ。」
その声に振り返ってみれば、我らが委員長こと飯田天哉がそびえ立っている。なぜだろう、別にそれ程背が高い方ではないのに威圧感を感じるのは。眼鏡の委員長というテンプレは、どこの世界でも圧力を伴うものなのかもしれない。
「んだよ。眼鏡も居たんのか。」
「相変わらずの口調だね爆豪君。今では君も学生ではなく、栄えある『№2』なのだからそれ相応の口調と態度を取らないとだね!!」
「あぁもうわかったわうるさい!おかんかおめーは!!」
眼鏡をクイクイしながら天哉が勝己を り、したり顔のお茶子がそれを見て頷く。それこそ散々眺めたどこかで見た光景をリフレインしている間に、相変わらず愛くるしい表情の梅雨が先頭でその他大勢が追いついてしまう。すると勝己を見つけた電気と範太が、トークアプリの返事を寄越せと訴えては場を混ぜっ返していく。そんな騒がしくなる様子に、目臓と踏影があの日のように溜息を吐いていた。少し輪から離れて自分の世界に酔っているのは、臍からビームを出す同級生だ。
「ミンナアイカワラズデ、ボクハホントウニウレシイヨ。」
空からきっとこれからも見守ってくれている誰かの台詞のような、そんな言葉を――――ダークシャドウが述べたところで、勝己は本日二回目の挨拶へと引きずられていくのであった。
「それで結局みんなでお墓参りになった訳?」
「ふん、俺は遠回りして帰っただけだ。乗せられた訳じゃねーよ。」
「どんな負けず嫌いよ…。本当に変わんないだから。」
墓参りを終えて家に帰ってみれば、迎えてくれるサイドキックに詳細を聞かれていた。どうやら現地メンバーから告げ口があったらしい。一体何が浮気防止ネットワークだ、どこぞのアホ面と一緒にしないで欲しい。
「スーツなんか着てどこに行くのかと思えば…言ってくれたら一緒に行ったのに。」
「ふん、喧しいわ。」
それこそ次お前と二人で行く時は、ケジメを付けてからだ。そんな言葉はしっかり飲み込んで、勝己は目の間にいる耳朗響香へと憎まれ口を叩いていた。長い付き合いでもあるし、索敵要員として名が売れている彼女相手だ。些細な言葉や態度で察せられるのだけは勘弁願いたい。
「まぁ大方あんたのことだから、明日からのことを一人で報告したかったんだろうけど。」
「変に探り入れてんじゃねーぞ耳。」
ボブカットの髪が揺れて、彼女は彼へと近づいていく。ソファーに座っていた勝己の隣へと座り、その肩へと頭を預けた。何も特別なことではないそんな時間。それは守ってくれたもので、これからも守っていきたいもので。
「頑張ってね、爆豪先生。」
返事よりも先に、その手で艶のある彼女の髪を撫でていく。目が合う二人。赫眼と黒のそれが交差する。きっと、これからもずっと。
「ハッ!違和感しかねーわ!」
そんな言葉と共に交わっていく二つの影。言葉ではなく心が絡み合った二人にとって、新しい日常が、明日から始まっていくのであった。
という訳で100しおり300お気に入りを頂き誠にありがとうございました!!お礼SSの内容がまさかの墓参りという何がしたいのかわからん内容というイカれた作風。人間としては間違っているんだけれど、治す気は一切無いので救われない←
今度も何か節目のタイミングでお礼SSをさせていただきますので、今後ともご支援応援よろしくお願いいたします!!ここまで支えて頂いた皆様、誠にありがとうございました!!
当二次創作はpixivにも掲載されております。そちらに載っているお礼SSのURLを記載しておきますので、気になって頂いたら幸いです。
爆豪「雄英の教師になることになったんだが・・・。」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12019052
爆豪「この俺が雄英の先生だと!?」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13441089