孤城姫子は幼い頃から特に平凡な家庭で育った。炎に関わる個性を持つ父親と狐の個性を持つ母。そんな二人の間ですくすく育った姫子は幼稚園に入園した頃に気づく。己の個性の持つその非凡な可能性を。それに一度気づいてしまったら後は簡単だった。特に努力することなく欲しい物は手に入った。友達も男も成績も。神は二物を与えないとは言うものの、まるで彼女は二つも三つも与えられているかのようだった。だからむしろ仕方がないことなのかもしれない。挫折を全く知らない彼女が土屋に絆され、増長してしまったことも。
姫子が目を覚ましたそこは見慣れない白い天井のある部屋だった。カーテンに仕切られたベッド。果て、自分はさっきまで何をしていたのだろうか。そこまで考えた所で己の狐耳に外から声が届く。そして同時に、人より優れた嗅覚が室内に広がる甘い匂いを捉えた。
「おい、爆豪、まだ寝てる二人の分はちゃんと残しといてやれよ?」
「わかっとるわ!子供か俺は!!」
「嵐島君もとりあえず、先に好きなの食べてていいんじゃないかな?」
「・・・わかった。」
会話の内容が頭に入ってきたところで姫子意識と記憶が完全に覚醒する。そうだ、私はなんだかよくわからないけど56位のヒーローと戦って、それで!思考が回り始めると同時にカーテンを捲りそのまま飛び出す。あの後どうなったか。わかってはいるものの、何がどうなったの!?と声を上げながら。
「勝負は!?嵐島君と土屋君は生きてる!?」
心配と共に飛び出した先にいるのは、他ならぬ心配していた有翼の友人と自分たちの副担任と。そして天狗になっていた自分たちの鼻をものの見事にへし折った、甘党ヒーローシュガーマンの姿があった。
個性の関係上、甘いものを美味しく食べるのに工夫しててな。そういって優しげに笑うタラコ唇のヒーローは、目覚めた姫子に紅茶とケーキを勧めた。ケーキは選ばせてくれるようで、姫子は少し訝しがりながらもモンブランをしっかり選んだ。隣では飛天が黙々とケーキを食べている。そんなに美味しいのだろうか。日頃から寡黙だから喋るのがめんどくさいだけなのかもしれない。
「どこまで覚えているかな?」
「・・・ラリアットって言うんですか?あの腕で吹っ飛ばされた辺りです。」
まるで車にでも跳ねられたかと思った。そういって話を続けた姫子はその端正な顔を青くした。雄英に入ってからはサボり気味とはいえ訓練自体は受けていたのだ。それでもあそこまで一方的に叩き出された経験なんて全くなかった。土屋が作ってくれた盾ごと打ち抜かれたのだ。これが実戦なら。その仮定がすぐにでもできて顔を青くする辺り、姫子は優秀な生徒なのだろう。砂籐は優しげに笑いながら、総評は副担任に任せることにした。
「作戦面に関して言うなら、そこでまだ寝てる小便くさい糞指揮官相手に言っといた。狐個人の話をするなら、初手をぶっ放した後追撃をしなかったことだ。」
「っ・・・それはもう決まったと思ったから。」
「その思ったってのが一番の慢心なんだよ。」
現場を知る人間の真っ直ぐな眼光。それはヴィラン顔と評される故のものではなく、間違いなく第一線で活躍する人間だけが有する瞳の強さ。自分たちが勘違いしていた強さの一端だった。
「二の矢三の矢を用意するのが当たり前なんだよ。糞筋肉が本当にヴィランだった場合、お前等三人が死んでたことは想像できるな?」
こくこくとそんな擬音が聞こえそうな勢いで姫子が首を縦に振り、凶悪に笑う爆豪はやっぱりヴィランっぽいなって思いながら。そんな余計な考えが次の言葉で吹っ飛ばされる。
「そこで想像止めんなよ狐。もしこれが実戦ならなぁ、そこには一般人がいることがほとんどだ。」
「っつ!」
言葉に詰まる姫子にビルボード№2は更に言い募る。
「他からの増援が見込めない、または時間がかかっている場合はてめぇ等三人で不測の事態にも備えなきゃならねぇ。ましてああやって身体がでかくなるタイプは、現場でいきなり巨大化して暴れるのがほとんどだ。逃げ遅れがいるかもしれねぇ状況で、あんな大技自体下手したらまず出せねぇ。」
そんな状況でだ、と一旦言葉を切り真っ直ぐ強く姫子の目を覗き込む爆豪。飛天は美味しそうに紅茶を飲んでいる。
「必殺出したからってボーっとしてるなんて論外だ。砂籐の動きに最初に気づいたのはまぁマシだったが、あそこで指示を聞くんじゃなく事前にどう動くが決めておくべきだった。」
よーいドンで始まったんだからよ。そう締め括られた言葉に、より自分たちの考えが甘かったことが痛感させられる。思わず視線が下がる。如何に自分たちが、いや自分が増長していたかわかる。それこそ今聞いた内容だって、授業で似たような話を担任の取蔭先生が言っていたような気がする。気がする程度しか覚えてないことにまた凹み、飛天は紅茶をおかわりしている。
「まぁ爆豪その辺にしてやれ。」
爆心地が鞭ならばと、大柄なヒーローは飴を買ってでてくれるらしい。紅茶とモンブランを進めながら、小さくなった姫子へのフォローに入る。
「反省したら次に生かせばいい。学生の内はそれができる。」
俺たちはそういう訳にはいかないからな。自分の分の紅茶もしっかりおかわりしながら、砂籐の姿はどこか寂しげだった。その表情が気になり、しかし現状が現状のため聞くべきではないのかなと姫子は踏み込めない。
「・・シュガーマンほどのヒーローでもそうなのか?」
がしかし端っこで風景と同化していた、もはや残念なイケメンの飛天は違ったらしい。無口ではなく空気の読めないマイペース君かと、姫子は彼のイメージを修正した。気を悪くしたのではないかと砂籐の表情を伺うもどうやらそんなことはないようで、砂糖は一つ頷いた後に自身のヒーロースーツを捲りその腹部を二人の前に晒した。言葉と表情を失う生徒二人。苦虫を噛み潰したよな顔をする爆豪。内臓に達するのではないかと思うほど大きな傷跡がそこにはあった。
「第二次神野戦線でな。」
ため息と共に吐き出された言葉だけが、保健室に重く響いた。
繰り返された神野の悲劇。次代の激突。OFAとAFOの最終決戦。ヴィラン連合に対し元1-Aメンバーが中心となって対抗したあの惨劇の舞台の爪跡は、未だ大きな問題として砂籐達の心と身体に大きな傷跡を残していた。
決して油断していた訳ではなかった。その前置きから始まった砂籐の話を、受精卵くらいにはなったであろう二人は、一言も逃さないように真剣な表情で聴いている。
「あの日神野でヴィラン連合の長、死柄木弔と最初に対峙したのは俺、テイルマン、グレープジュースの三人だった。」
神野に現れた死柄木に対し現場から近かったかことから急行できた三人。同じクラスだったことから息の合った三人だった。即席での作戦も、お互いの役割も、確認するまでもなく実行に移せた。死柄木の個性が近接メインの自分達では不利だとわかっていたからこそ、お互いの死角を補うように立ち回った。
「モギモギを使って足止めとかく乱を担当したグレープジュース。両手を使わせないように、尻尾も含めた得意の近接格闘術で渡り合ったテイルマン。そして俺が大技で止めをさす。それがプランだった。」
『伝播する崩壊』。その確殺が最初に牙を剥いたのは、かく乱・陽動を担当したグレープジュースだった。
「ほっとけば町一つ飲み込むほどの崩壊を前にグレープジュースのモギモギが砕かれた。一度引っ付けばデクでさえ剥がせなかった、あのモギモギをだ。」
直接的な戦闘能力が低いグレープジュースが下がりきれず、テイルマンと自分がカバーに入る。個性を使わない近接格闘能力なら無類の強さを誇ったテイルマン。一撃の威力だけならば、それこそオールマイトにさえ届こうとした砂籐。しかし―--
「グレープジュースを庇うために繰り出したテイルマンの尻尾ごと、グレープジュースはその身体を砕かれた。」
尻尾を崩壊との間にはさんだ為なんとか致命傷は避けたものの、血まみれで崩れ落ちる元クラスメイト。そして、
「身体に伝播しようとする崩壊を防ぐために、テイルマンは自分で自分の尻尾を引きちぎった。」
自分の個性である尻尾、そのものを。
いったい誰のものだったのだろう。ごくりと唾を飲む音が室内に響き渡る。
「そしてまともに動けなくなった二人を庇いながら戦ったものの、重ねた筋肉の上に崩壊を直接受けちまってこの様だ。」
デカブツとやりあうのは慣れっこでな。そう言って嗤った死柄木の声は未だに耳に残っている。当時のことを思ってか、どこか遠い目でお腹の傷跡を摩りながら。砂籐はそのまま、まだ失敗できる彼等に言葉を紡ぐ。
「今じゃあ時間制限付きでヒーローをやってるよ。どちらかと言えば、ケーキ屋のおっちゃんって言う方がそれらしいのかもしれないな。」
ビルボードも全盛期は30番台まで上がってたんだけどな。そう言葉を続けた歴戦の勇士の表情は、笑っているのに寂しげだった。
「でもな、俺達はあの日まで決して手を抜いていた訳ではないし、決して油断していた訳ではないんだ。」
共に訓練していた日々、あの決戦で引退してしまった仲間達。中にはもう帰ってこない命だってある。しかしそれでも誰もが懸命に生きて戦っていた、確かな時間があった。
「どれだけ準備してもどれだけ想定しても足りないときは一瞬なんだ。」
砕け散る同じクラスだった仲間達。ちょっとどころかドが付く色情狂でお調子者だったが、肝心なときは決して逃げなかったあいつ。地味な活躍と地味な個性で普通なことを気にしていたが、それは縁の下の力持ちやいぶし銀と同義だとみんなが認めていたあいつ。
「ヒーローを目指す以上、普通の高校生のように楽しんでやっていくのは難しいと思う。ちょっと説教くさくなるけれど、失敗できるうちに可能な限り積み重ねていってほしいと思うんだ。それがきっと、」
姫子や飛天はこの先もこの砂籐の表情と話を忘れないと思った。たとえどういった出会いがあったとしても。たとえどれだけ投げ出したくなっても。たとえどんなヴィランと闘うことになったとしても。
「Plus Ultraってことに繋がると思うから。」
なぜなら砂籐のその強く眩しい瞳が、その心に焼き付いてしまったのだから。
孤城姫子は幼い頃から特に平凡な家庭で育った。炎に関わる個性を持つ父親と狐の個性を持つ母。そんな二人の間ですくすく育った姫子は幼稚園に入園した頃に気づく。己の個性の持つその非凡な可能性を。
「少なくとも君達の副担任にいろいろ教わったら大丈夫だ。向上心を拗らせてあんなことやこんなことして大変だったんだから。」
「てめぇこら糞筋肉いらんこと言ってねぇでいい話で終わっときゃいーーんだよ!!!!」
それに一度気づいてしまったら後は簡単だった。特に努力することなく欲しい物は手に入った。しかし、それは誰かが守ってくれた平和があることが前提だった。今日それを彼女は実感することで知ってしまった。
「えっ、なんですか?その話、めちゃ興味あるんですけど!」
「・・・教えてくれ、シュガーマン。」
「実はこいつなぁ、」
「てめぇ等全員ふっとばす!!!!!!」
だからむしろ仕方がないことなのかもしれない。これから彼女が、本当の意味でヒーローを目指してしまうことは。今度は自分が平和を守りたいと、そう思ってしまったことは。
この日保健室で食べたモンブランの味は、ちょっとだけ苦くって。でもとてもとても、癖になる美味しさだったそうだ。
孤城姫子:オリジン
尚、勿論全てが終わってから目覚めたため結局ケーキすら食べれなかった生徒が一名だけ居たが、約束だけはきちんと守ったことを追記しておく。
まだ梅雨明けには遠く、しかし偶の晴れ間に目を細めながら、ヒーローが経営するケーキ屋さんの主は今日も開店準備を進めていく。平日の昼間は相変わらず暇だが、今日はどんなお客さんが来るかと楽しみにしながら。ほらほら、呼び鈴が鳴っている。軽く確かに響く銀鈴の音に、ちょっと油断し外していたマスクを着けて、いらっしゃいませと。
「なんだ、久しぶりじゃないか。今日はどうした?」
顔見知りの旧友相手に破顔する砂籐。親しみと懐かしさでその表情が輝く。その彼の正面で、緑がトレードマークの青年は笑顔で彼に応えた。
「ちょっとお客さんのところに営業でね、種類はショートケーキを中心にいくつかお願いします。」
そういって笑う、緑谷出久がそこに居た。
Next story is デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」,coming soon.Please wait.
pixivにて連載中のものを再掲載しております。
何卒宜しくお願い致します。
次話→デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」ドン引キ その1
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