彼はいつからか、いつも何かを恐れていた。それは人生という長い年月の間で何者かも分からない不思議で誰もが見ることができないものからの恐怖で、彼は、怖くて怖くて、眠れない日が続き、だんだん彼は弱っていった。身体にも病んでいたかもしれない。誰かに、助けてほしかっただろうに。この場から逃げたかっただろうに,ただそれだけだったはずなのに。もう手遅れになってしまった。「本当に遅かった。」とまるで最後の言葉のように,残して姿を消したのだ。この社会を変えなければならない。と僕は心に強く決心をした。 彼と最初にあったのは、10年前の、高校の入学式である。僕は、コミュニケーション障害略してコミュ障だった。初対面の人と話す事は、難しかったし、友達も出来た事がなかった、小中では、ずっとひとりだった。友達は作りたいとは思うがなかなか出来なかった。そんなコミュ障の自分がいつものように静かにしていた時に、突然、彼が話しかけてきたのだ。彼というのは、高橋涼太という人だ、涼太は、僕とは違い、誰にでも話しかけれて,友達の多そうで誰からも好かれそうな男だった。その高橋から、 「よろしくな。俺は高橋涼太っていうんよ。涼太で良いよ。」 「そうなんだ。僕は,伊藤康平。よろしく。」 「伊藤な。覚えた。」と言いながら涼太は,去っていった。この時,自分は自分に話しかけてくる奴がおるんだと驚いていた。 そして、数日が経ち、涼太は学級委員長になって、クラスの人気モノになっていった。 それに比べて、僕は、何も変わらない、いわゆる「陰キャ」のままだと思っていた時、涼太から、「なぁ伊藤、俺ら友達にならん?」 「それ本気で言ってる?」 「うん、本気やで」 「わかった。なろう友達に」 「おう。」 このことがきっかけに僕は涼太のおかげで少しは喋れるようになり、友達も増えたが、ここから、僕は苦しむ出来事が起こったのだ。それは、いじめだ。 始まりは、一学期のある日だった。 その日は、涼太と僕以外に石田,石崎、田中、橋本の6人ぐらいでいつものように、昼ごはんを食堂で食べていた。 「なぁ伊藤、明日夕方からみんなでカラオケ行くんやけど、お前も行くか?」 「うーん、明日の夕方はごめんな,石田、塾と家族の用事だわ。」 「マジか、またそれかよ。」 「ごめんな。」と言ってるが、本当は行けるし、行きたいのだが、親に、「あんたは、有名な大学に行くんでしょ。だったら、休日の友達の遊びの約束は、禁止。守れないなら、高校を辞めてもらうわよ。」というように毒親に止められているから、嫌われないように、そう言うしかないのだ。 そんな日が続き、俺はついにいじめにあうようになる。 ある日、石田達から 「おまえ、聞いたぞ。先週の土日、塾とか言ってたけど、塾なんて入ってないんやな。」 「それは…」 「俺たちを騙したんやな。ふざけるなよ、今までは涼太のダチっていうから友達として付き合っていたのに、今回のことは許さんからな。」と言われ、石田達は僕を無視するようになっていった。翌日から、いじめが始まったのだ、配布物は、配られないし、教科書はゴミ箱の中に入れられるし、そんな生活が三ヶ月続き、僕は耐えられず、不登校になった。今回のことは僕が悪いし、仕方ないので、人を責めれず、死んでしまいたいと思うようになっていた。そんなある日、涼太からLINEが来た。 「伊藤、大丈夫か?相談しに来い、おまえの家近くの花咲公園で待っている。」と このメッセージはすごく疑ったが、公園に向かった。公園には、涼太がいた。そして俺は真実をすべて伝えた。そうすると、 「おまえらしいな。伊藤。」 「えっ。」 「おまえは、静かやし、なかなか自分の意見を言えないけど、優しいから、友達のために、ウソをついたり、親の希望を叶えたいから自分のしたいことを我慢するところがおまえらしい。」 「うん。」 「でも、困ってるなら、友達に相談しろよ。 お互いに助け合い生きるのが友達じゃないのか。」という涼太の言葉が、強い印象をボルトに与えてくれた。 それから僕は、不登校でもなくなり、石田達とも真実を伝えて、謝って、仲直りをした。 そして、親にも、毒親をやめてもらった。 そして、いつものメンバーで遊んだり、助け合ってあったりしてる中で受験と終わり、俺は受験は大成功した。俺や涼太や石崎、石田、田中、橋本ので6人全員、自分の行きたい大学に合格した。 そんな経験をしたからか、今でも俺たちの仲の良さは、上昇中だ。だがそんな中、僕をどん底まで絶望されるニュースが流れてた。それは、「高橋涼太の自殺での死だ。」このニュースは、俺はの人生での、大きな思い出の1ページを燃やされた感じだ。 この件をいろいろな人に聞いていくうちに、思い出したことがある、それは高校卒業して2年後に涼太に会った時だ。 「よう。伊藤」 「どうした?涼太。」 「実はな…」と涼太の過去から現在に至るまでのことを教えてもらった。 涼太は、高校卒業後に、いろいろなことしたらしい、例えば大学生活やYouTube活動では、いい感じの波にのっていることや、ビジネス等などだ。すごいと思った。さすがだと思っていた。そして最後に涼太は僕に、 「なぁ伊藤、また相談して良いか?」と言ったのだ。それに対して僕は、「別に良いよ。」と言った、その時、涼太は何か僕に助けてほしかったのかもしれないと思うと,悔しさの涙が止まらなくなってしまう。あんなに助けてもらったのに、僕は何もできない。と酷く自分を憎んだ。 そして涼太の遺書によって、自殺した理由がわかった。そこには、涼太は、何年か前に自分の友人を失敗をフォローしようしていたがSNSで見知らぬ多くの人間に「死ね」などの酷い誹謗中傷に悩まされていた、それを耐えられず死んだということが書かれてあった。 この遺書から、僕は、こんな簡単に匿名で誹謗中傷をすることができるというまるで簡単に殺人ができているような社会を変えたいと思う。そして、現代で起こっているような、有名人のネットの誹謗中傷による、自殺を無くしていけるように、自分がいじめや、誹謗中傷を止めることができるような、人間になることを伝えたい、日本中いや世界中の人々に,涼太のような悲劇に遭う人をゼロに。
どうだったでしょうか。また次回はこらとは別シリーズで作ります、