「えっ!?」
そんな出来事があった、フェイトさんのお話。
時系列はなのはリハビリ復帰後~StSの間を想定しております。
高町なのはが親友であるフェイト・T・ハラウオンの異変に気付いたのは偶然であった。任務の後で「久しぶりにお話ししないか」と提案しておきながらデバイスの調整に手間取ってしまいフェイトを先に待たせてしまっていた。慌てて待ち合わせ場所に向かったなのははあるものを目にした。
「……むぅ」
缶コーヒー片手に難しい表情で雑誌を見つめるフェイト。難しい表情で彼女が何かを読む、という光景自体はこれまでにも何度か目にしたことはある。ただし、その時に手にしていた本は執務官試験の参考書や、飛行魔法に関する教本など基本的にまじめな内容であった。
そんな彼女が雑誌を読んでいるというのは珍しい。少し茶目っ気が湧いた彼女は夢中になっているフェイトに声をかけず、こっそりと近寄って雑誌の表紙を確認する。
「……B、J、マガジン?」
「わっ、な、なのは!? 驚かさないでよ!」
親友に気付いた彼女は慌てて雑誌を隠そうとして――缶コーヒーを思いっきりこぼした。そして、見事に隠そうとした雑誌に中身が全部かかった。
「ああーっ!?」
「……ご、ごめんね?」
謝罪しつつも、時折見せる不器用さは変わってないなぁ、と思ったのは内緒である。
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BJマガジン。『バリアジャケット』専門のファッション雑誌で、一般的な魔導師はもちろん管理局員にも愛読者がいるというその筋では人気な雑誌である。なのはも存在自体は聞いたことはあったが、最初に変身した時のバリアジャケットを気に入っている彼女はあまり興味がなかった。
「私も実はちょっと前までこういう本には興味はなかったんだ。私のバリアジャケットはリニスがデザインしてくれたものだから変えたくはなくて……」
リニス。フェイトの本当の母親「プレシア」の使い魔であり、フェイトに魔法の手ほどきやバルディッシュを制作したりと彼女にとっては師匠――いや、それを超える関係と言っていい大切な人であると聞いていた。どう返していいのか迷っていると、苦笑しつつ会話を続けてくれた。
「だけど、最近知り合いの男性職員にバリアジャケットのデザインがおかしい、って指摘されたの。それでちょっとバリアジャケットのデザインを変えてみようかな、なんて思ったんだ」
「えっ? でも変えたくないんじゃ……」
「私も本心はそうなんだけど、ね……」
フェイトは周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、手を口元に当てる。内緒の話だと察したなのはは耳元を近づけて、彼女からある意味衝撃的な言葉を聞く。
「……私のバリアジャケット、エッチなんじゃないかって思ってるの」
「ふえっ!?」
自分も彼女もそれなりの年頃である。言葉の意味を即座に察し、顔が赤くなるのを感じた。それはフェイトも同じようで思わず見つめあってから話の続きを促す。
「その人、模擬戦後に「そんなふしだらなバリアジャケット相手に真面目にやってられるか!」って怒ってきたんだよ」
「なるほど……」
「でも向こうもそんなこと言えないんだよ? 普段から制服は着崩してるし、上官にはタメ口だし、訓練はサボるし」
「フェイトちゃん?」
「それなのに、見ていてちょっと嫉妬するくらいに勉強も実技もできるんだよ。本当に何なのかなあの人は」
「フェイトちゃん…?」
「だったらもっと真面目に頑張れば私くらい簡単に追い抜けるはずなのにいつもいつも手を抜くし……」
「フェイトちゃん……?」
「そもそもあの人の言うことを私が素直に受け止める必要ないよね。あの人はいつもいつも私を苛立たせてばっかりなんだし、ちょっとくらい困らせてもいいよね」
「フェイトちゃん………?」
「いっそのこと露出を増やしてもっと困らせるのも」
「フェイトちゃん、正気に戻って!?」
肩を掴んでがくがくと揺さぶる。思い込みから暴走するあたりは彼女らしいけども、これは絶対に止めないとダメなやつだ。親友が変わっていないことを喜ぶべきなのだろうか、これって。
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あの人、とは。フェイトが管理局に入ったばかりに出会った男性局員で、先程愚痴っていたように、普段の態度がどう見ても不良そのものな癖に成績は非常に優秀。そんな彼のことが気に入らなかった当時のフェイトは模擬戦を申し込んで――敗北した。
「市街地戦で屋内へ誘い込まれちゃって……当時の私はあまり屋内での機動はうまくなかったことと、内部には大量の罠が仕掛けられていて実力を発揮できずに負けちゃったんだ」
「フェイトちゃんが負けるなんて、そんなにあの人って強いんだね」
「そうだよ。ちょっと前まで模擬戦では負け越してたんだけど、最近ようやく安定して勝てるようになってきたんだ。だけど、最近はどうも手を抜かれてる気がしてきて問い詰めたら……」
「バリアジャケットがエッチだー、って怒られたと。まあ、その人の言いたいことはわからなくもないなぁ。実際フェイトちゃんは私等の中で一番発育ええし。何食べたらそうなるん?」
「普通の食事しかしてないよ……あれ?」
突然会話に割って入った聞き覚えのある声に首を傾げるフェイト。その時、なのははフェイトの背後にもう一人の親友の姿を見た。親友は指を唇に添えて、静かに、としぐさを取った。そのまま親友を見守っていると取り出した缶コーヒーを――振り向こうとしたフェイトの頬に当てた。
「てい」
「ひゃぁぁぁっ?! つ、冷たいっ!!」
驚いて叫び声をあげるフェイト。イタズラが成功してにいっと笑う親友――八神はやて。そして、フェイトは右手を振り上げてバシィン、と気持ちのいい音を鳴らしてはやてをビンタした。止めようかとは思ったけど……はやての自業自得だしいいかな、うん。
「強くなったなぁ、フェイトちゃん……胸に行かなくて正解やったか」
「もうっ、驚かすはやてが悪いよ!」
「まあまあ、フェイトちゃんもその辺で……はやてちゃんも今日は任務だったの?」
「たまたまこっちまで来る用事があってね。少し休憩時間もらえたから適当にぶらついてたら二人の会話が聞こえて混ざりに来たんよ。せっかくやし私も混ぜてや。バリアジャケットのデザインやったら力になれると思うんよね」
「そういえば、はやてちゃんって私服も結構お洒落なのが多いよね」
「特別捜査官やってると外回りやらなんやらでいろんな人と接する機会が多いから人一倍気を使わなあかんしな。それにうちにはヴォルケンリッターのみんなもおるんやで?」
「そういえば、前にシグナムと訓練したときに騎士甲冑……バリアジャケットのデザインははやてがしてくれたって言ってた」
「そういうこと。頼りになりそうやろ?」
はやての家族である四人の守護騎士のバリアジャケットのデザインは確かに見事だとなのはも思う。騎士らしくカッコいいデザイン、力強いワイルドなデザイン、優しさを感じる柔らかいデザイン、見た目相応に合わせた可愛いデザイン……脳裏で怒るヴィータの姿が浮かんだ。
でも、ヴィータのバリアジャケットのデザインはすごく可愛いし本人も何度か自慢している。そんなバリアジャケットを考えたはやてが力を貸してくれるのは頼もしい。
「まずは方向性を決めよか。フェイトちゃんが持ってた雑誌は……なんとか読めそうやな」
破れないように慎重にページをめくると『この夏流行りのスタイル!』という特集が出てきた。少し露出が多かったり軽装なバリアジャケットを身にまとった男性や女性がポーズを決めている。
「おおー、こういうバリアジャケットってみてるだけで涼しくなるなぁ」
「でもバリアジャケットって温度変化に対応する機能付いてるよ? 暑さや寒さとは無縁だと思うんだけど」
「フェイトちゃん、こういうのは気分や気分。考えてみてや、灼熱の砂漠をバリアジャケット姿のなのはちゃんが歩いてたらどう見える?」
「……なるほど」
「えっ、なんでそこで例えに私が出るの!?」
「この中では一番重装備やん。長袖ロングスカートとか温度変化に対応できんかったら、夏場は熱中症になるんじゃないかと不安になるわ」
「そういうはやてちゃんだって長袖だよね」
「確かにそうやけど、私はインナーのスカートはなのはちゃんとは違ってミニやで。上着脱いだらあっという間に涼しいスタイルに早変わりできる優れものなんや」
むぐぅっ。
「実際インナーだけでもミニだと空中での機動でもたつかないしいろいろと便利なんよね。なのはちゃんもこれを機に変えてみたらどう?」
「むう、ちょっと検討しようかな。そういえばフェイトちゃんもミニスカートだっけ」
「私もそうなんだけど……言われてみたらちょっと気になってきた」
フェイトはバルディッシュ、と小さく呟いて素早くバリアジャケットを展開する。黒いマントの下に展開しているレオタード風のインナーに装着しているスカートを指さす。
「……これ、スカートって呼んでいいのかな?」
はやてと目を見合わせた。彼女のスカートは薄いピンク色の生地をベルトで腰に巻き付けているデザインになっており、その止め方は少し特殊で正面でベルトをクロスさせて固定している。そのため腰回りの一部が生地で覆われておらず、むき出しになっていた。
「スカートでいいんじゃないかな」
「そうやなぁ……スカートの役目を果たしてるかどうかで言うと微妙やけど。ちゃんと隠すだけでデザインに突っ込まれたりはせんと思うよ」
「……デザイン新しくするときはちゃんとしたスカート付けるよ」
若干顔を赤くしながらフェイトは呟いた。改めて見ると確かにこのデザインはちょっと危ない。初めて出会った時からフェイトのバリアジャケットはこれだったから気にしてなかったけども。
「他に新しくするとしたらどういうところがいいかな。なのは、何かない?」
「うーん、そうだね……色を変えてみるのはどうかな。セクシーな水着の色って黒が多いから、そういう印象があるのかもしれないし。違う色にしたらガラッと印象も変わると思うよ」
「なるほど……ちょっと試してみるよ」
バリアジャケットを小さな光が覆っていき、黒い部分が白へと変化する。予想以上に印象が変わり、思わず「おおっ」と声をあげた。フェイトと言えばクールなイメージが強かったが、普段とは違う白いバリアジャケットを身にまとっているとどことなく雰囲気が柔らかくなっていた。
色を黒から白へ反転させるだけでここまで印象が変わるとは思わなかった。
「なのはのバリアジャケットをイメージしてみたんだ。細かいところは前のままだけどね。2人とも、どうかな?」
「私はいいと思うよ。白も似合ってるね」
「んー……」
「はやてちゃん、どうかしたの?」
「なんかしっくりこんというか。あ、白自体は似合っとるとは思うよ。でもなんか引っかかる感じがあるというか……なんやろなぁ。何かがピンとこんのよなぁ」
首をひねりながらはやてはフェイトを見つめるが、疑問の答えは出てこない。そうこうしているうちに近くの時計が時報を奏で、皆それぞれのやるべきことへと向かっていった。
「そういえばなのはちゃん私と行先一緒みたいやけど、何しに行くん?」
「教導隊本部の方にちょっと用事があってね。今度出向することになったから、出向先での教導内容について先輩に相談しに行くつもり。飛行技術の教導ができる人材も少ないから大変だよ」
「なるほどなぁ……ん?飛行技術?」
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「……クロノ先輩。あれはあなたの差し金ですか?」
「心当たりは全くないんだが、とりあえず聞こう。何があった」
「妹のフェイトさんがバリアジャケット白くして模擬戦挑んできたんですけど」
「バリアジャケットを白く? そんな話聞いてないんだが、その程度のことが問題か?」
「フェイトさん、白い肌なんであれで空飛ばれてると……凄く目に毒です」
一歩間違ったら全裸に見えますよ、あれ。ソニックフォームとか普通にヤバいです。そういって久しぶりに会った後輩はドリンクを飲むと目を覆ってため息を吐きつつうつぶせになった。昔と比べると大分外見も性格も荒れたが、こういうところは変わっていないらしい。
「ねえ、クロノ先輩。フェイトさんにバリアジャケットのデザイン変えるように言ってもらえません? 出会ったばかりの頃ならまだしも最近のあの子大人っぽくなってきたから目に毒すぎますよ」
「慣れろとしか言えないな。世界は広いぞ。魔法生物の中にはそういう幻覚を見せてくる厄介な奴もいるから慣れておくに越したことはない。お前は少し純真すぎるんじゃないかと思うな」
「エイミィさんといい仲になってる方は言うことが違いますねぇー。その話密告してやろうか」
「やめろ。やめてくれ、頼む。エイミィどころか母さんまで怒る姿が目に浮かぶ。お前も母さんの怖さは知っているだろう? いざという時はお前も巻き込むぞ」
「うわっ、先輩卑怯ですね!」
どの口が言うか。おどけた様子の後輩に呆れながら食事に手を付け始めた。
彼はクロノより6歳ほど年下の後輩。訓練校時代にちょっとした出来事がきっかけで縁ができた友人の一人である。久しぶりに休暇が取れたのでユーノを誘って愚痴や自主練の相手にしようかと思ったが、生憎と彼は無限書庫の仕事で忙しいとのことだった。そこで久しぶりに後輩を飲みに誘ってみたが、突然の連絡に応えてくれたことには内心感謝している。
「訓練校一の堅物とか言われてた先輩がいい仲の女性手に入れるとか……こりゃあ近いうちにミッドチルダ滅ぶんじゃないですか?」
……感謝はしているが、それを口にする気が失せた。
「そういうお前は何か進展していないのか?」
「するわけないっしょ。俺みたいな男に女はもったいないんです」
「……ちなみに、フェイトはそういう相手として見ないのか?」
「見れるわけがないでしょ。クロノ先輩が兄になるって言うのは面白いですけど、正直ああいう生真面目な女って俺は苦手ですよ。てかそれを聞く辺り妹の恋愛事情心配してるんすか?」
「してないが。万が一お前と引っ付いたら仕事中でも飛んできてお前を一発ぶん殴る」
「シスコンすぎません!?」
「冗談だ」
「冗談に聞こえねぇ……」
本当に冗談なんだが。こういうのはやはり慣れないものだな。再び食事をつまもうとしたが、皿の中身はすっかり空だった。後輩が指さして笑っていた。こいつ、本当に変わったな……
「ま、シスコン否定するのは無理でしょうに。くすぶってた俺を引っ捕まえて面倒見てほしい魔導師がいる、なんて言ってフェイトさん紹介したのはあんたでしょう、せ・ん・ぱ・い?」
「……そうだな。君にはすまないことをした」
「謝らなくていいですよ。今更天才の一人や二人見たところで大差ないっす」
後輩は苦笑いを隠すかのようにドリンクを飲み干した。ああ、不味い。そう呟いたのはドリンクの味だけを指していたのだろうか。
後輩はかつて『天才』と呼ばれていた。砲撃、射撃、斬撃、バリア、バインド、結界、補助、飛行。ありとあらゆる魔法を高い水準でこなせた彼のことは正直言って少し羨ましかった。そんな彼は訓練校時代に「俺、クロノ先輩を尊敬してます!」と言ってきたのだ。
偶然休み時間に自分が行っていた模擬戦を見たことがあったらしく、それがきっかけで訓練校時代は色々と絡んできた。正直なところうっとおしかったが尊敬されるというのは悪いものではなかったし、大なり小なり面倒を見てやったこともある。
だからこそ。彼が挫折した、と聞いた時は驚いたものだ。
彼は天才ではあった。しかし、それは『訓練校時代』の話であったのだ。管理局員の世界では彼の実力は及ばず、なんでもこなせた天才はどこにでもいる管理局員より少し上の程度に収まっていた。彼自身も状況を打破しようと色々ともがいていたとは聞いたが、自分には何もできなかった。
ちょうどその時、こちらも急いで対処しなければならない任務が立て続けに発生していて彼と話す時間が十分に取れなくて――そのまま、ジュエルシードならびにプレシア・テスタロッサが引き起こした事件への対処をすることになった。彼と話す時間が取れた頃には――遅かった。
「あー……久しぶりっす、先輩」
かつて自信に満ちていた目には力はなく、制服と態度は非常に崩れていてまるで別人のようだった。かつての彼を知るものとしてその変わり具合には驚くしかなく、彼を励ませるほど人付き合いが得意ではなかった。
悩んでいた時、母からある提案があった。
「荒療治ではあるんだけど……フェイトさんを彼に任せてみるのはどうかしら?」
当時のフェイトは嘱託魔導師の試験を受ける前で、それに向けた試験勉強中だった。誰か教えられる人がいればよかったのだが、自分も含めて手が回る人が少なかった。だから、彼の力を借りることにしたのだ。かつての天才が、天才に再び触れたら自信を取り戻すかもしれない。
そんな、かすかな希望も込めていた。
それから何年か経ち、フェイトに対する対抗心が芽生えてきたのか当時に比べると大分彼は実力が伸びているようだ。この調子ならば再び天才と呼ばれる日も遠くはない……と思っていたが。
「ちなみにあのバリアジャケット、まさかとは思いますけどクロノ先輩の趣味ですか」
「そんなわけないだろう。亡くなった彼女の師匠のデザインだ」
まさかの方向で再び挫折しそうな雰囲気がある。実際そろそろフェイトのバリアジャケットには口を出すべきかどうか悩んではいたが、我が家の女性陣の目が強くなかなか言えなかった。こんなことで亡くなった父さんがいてくれれば、と思うことになるとは……
「ほほー……師匠さんのバリアジャケットもあれだったんですかねぇ」
「……」
「えっ、なんで黙るんですか?」
「今思えば彼女の母親のバリアジャケットはフェイトをもっと過激にした感じだったな、と。母親に憧れたフェイトを見た師匠がなんとか実用レベルにしつつも似せたのがあれなのかもしれない」
「うわっ……フェイトさんの母親が事件起こしたのは知ってますけどそっちでもある意味事件起こしてたんすね」
否定はできない。もしも虚数空間に落ちたプレシアがこの会話を聞いていたとしたら多分助走してからの全力パンチかフルチャージのサンダーレイジをぶちかましていただろう。
「とりあえずフェイトのバリアジャケットについてはこちらからも連絡はしておこう」
「あざっす。それじゃ、そろそろ俺も家に帰るとしますか。ゴチになります、先輩」
「ああ……ん?奢らせる気だったのか?」
「えっ、違うんですか?」
こいつ、訓練校時代と比べると大分厚かましくなったな。素のこいつがこれなのか。
「仕方ない、フェイトが世話になってるし奢るとしよう。だが、一つ聞かせてくれ」
「なんすか?」
「お前の模擬戦での勝率が下がっているのは、フェイトのバリアジャケットだけが原因なのか?」
へらへらしていた後輩が、クスっと笑った。
「ま、それはあくまで原因の一部っすね。本当のところは簡単な話、俺の実力がフェイトさんに追いつかなくなっただけの話ですよ。あの子、本当にすごいっすね。日に日に速くなってるから速度を殺させないと話になんねぇってのに、最近は屋内での機動戦技術も馬鹿みたいに上がってきた」
「初日にキレ気味に屋内戦の教本要求してきたのが懐かしいな」
「こっちゃ必死ですもん。負けたくなくて久しぶりに燃えましたし、強くなってやろう、勝ってやろうと頑張ってきましたけど……多分、もう限界です」
「飛行技術は当初はこっちが上だったけど、瞬く間に追いつかれた。砲撃戦は回避技術が高くてまともにできやしない。斬撃は向こうの方が適性が高い。バリアは生半可な強度じゃぶった切られる。残った射撃とバインド、補助で何とか仕留めるのが精一杯だった」
「最近は運が絡まなきゃ勝ち目なんてまるでない。改めて気づいたんですよ、俺は天才なんかじゃないって。本物の天才ってのはフェイトさんやクロノ先輩みたいな人のことを言うんだって」
「俺は所詮この程度の人間だって、気付いちゃったんすよ。だから、俺――」
明日、辞表出してこようかな、なんて。普段の調子で言い放ち、へらっ、と笑う後輩の姿を見て。クロノ・ハラウオンは言いようのない寂しさを覚えた。
「――っ!」
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翌日。フェイトからはあの人と、クロノからは後輩と呼ばれる青年は普段通りの早朝に目覚めた。外見と勤務態度は不良そのものだが、こういうところは無駄にまじめだった。
「……うし、行くか」
いつも通り、ほどほど適当に制服を着ると勤務先へと向かう。いつも通りに仕事をこなしつつ、それとなく上司に辞表を出すとしよう。へらっと、笑顔を浮かべながら職場へと向かっていく。
青年は、生まれた時からなんでも普通の人より少し上手にこなせた。そんな彼を周りの誰もが天才と言ってもてはやした。そう呼ばれることは悪い気がしなかったし、周囲の声に満足せずもっともっと上を目指そうと努力し続けた。その中で青年はクロノ・ハラオウンに出会った。
年上の訓練生にしか過ぎなかった若き日の彼が模擬戦で、格上とされる相手に見事に打ち勝つ姿を見て、『自分もああなりたい』と思ったのだ。しかし、時を重ねるにつれて自分にはそこまでの力はないという現実を知った。自分は天才には及ばないことを知ってしまったのだ。
人間は何かに憧れて生きることができる存在だ。それ自体は悪いことではない。例えば、数年後に機動六課という部隊に配属されるスバル・ナカジマという少女は高町なのはに憧れたからこそ、強さと勇気を手にすることができた。しかし、憧れは決していい結果をもたらすばかりではない。
憧れるからこそ、挫折することもある。それが今の青年を形作ってしまったのだ。
ミッドチルダのはずれにある管理局の支部。勤務場所であるそこに今日も一番乗りで訪れると。
「――待ってましたよ」
制服姿の金髪少女。フェイト・T・ハラオウンが支部の入り口前にいた。
「なんでいんの?」
「実は昨日、あのお店に私もいたんです。あなたが管理局を辞めようとしてるってことも聞きました。だから無理を言って休暇を取ってここに来たんです。態度はひどいくせに変なところで真面目なあなたならこの時間からいるはずだと思ってましたからね」
「変な信頼の仕方は先輩譲りですか、フェイトさん……。で、何しに来たんです? 辞表出すの止めに来たんですか?」
「そんなところ、でしょうか。昨日あなたは自分が天才じゃないって言ってましたけど私はそうは思わない。だからここに来たんです」
「俺に普通に勝てるあんたが何を言ってるんだか……」
「そうですね。今の私はあなたに普通に勝てます」
自信込みで言われるとちょっとショックなんだけど。疑問に思っていると、突然フェイトは自らのデバイスを取り出し、バリアジャケットを身にまとった。黒いマントにレオタード、薄いピンクのスカートという見慣れた姿になると、会話を続ける。
「でも、昔の私はあなたにはなかなか勝てなかった。いつも苦戦して、どうすれば勝てるんだろうと負けるたびに何度も思って何度も戦法と技術を磨いてきた。あなたに勝てなかった私はあなたと戦うたびに強くなって、勝てるようになれた。だから、私は思うんです――」
――あなたはきっと、人を強くする天才なんじゃないかって。
「……買い被りすぎっすよ。勘違いじゃないですかね?」
「いいえ、そんなことはないです。今から私はあなたにそれを証明して見せます」
フェイトがそう言った時、ちょうどタクシーが停まり誰かが下りてきた。栗色の髪をなびかせる少女の姿には見覚えがある。近頃噂の砲撃魔導師。
「おはようございます。あなたが例のフェイトちゃんが言ってた人ですよね」
「あなたは……っ!」
「知ってるかもしれないけど、彼女は高町なのは。私の親友兼ライバル、かな」
「そして、本日からここで教導を行う戦技教導隊所属の二等空尉です。フェイトちゃんから噂は聞いてるよ。君と模擬戦を積み重ねて強くなることができたって昨日の夜一杯聞かされちゃった。君がもしもやる気があるのなら戦技教導隊に入れてあげられないかって相談もね」
「……フェイトさん?」
「ごめんね、勝手に話進めちゃった。あなたにはまだまだ負け越してるから、それを塗り替えるまで辞めてほしくなかったっていうのもあるけど」
「変に意地っ張りな部分先輩とそっくりっすね」
「あはは、そうかもね。実は今から私となのはで模擬戦をしようと思ってるんだ。あなたにそれを見てほしい。模擬戦を見届けたうえで、本当にあなたが辞めるかどうかを決めてほしい。もちろん、ただの模擬戦じゃない――バルディッシュ!」
フェイトがデバイスの名前を叫ぶと同時に全身が光に包まれ、今までのバリアジャケットがほどけて新しいバリアジャケットをかたどってゆく。
マントの色は白く染まり、その下はわずかにデザインが変わった黒いレオタードの上に、軍服の意匠を感じさせるコートが着せられるのが見えた。たったそれだけの違いだが、違う。まるで生まれ変わったかのような印象と力強さを感じさせる姿へと変化していた。
「あなたとの戦いで学びました。速さだけじゃどうしても勝てない相手もいるって。だから、基本形態の防御力を高めて対処できる状況を増やしつつ、高機動戦はソニックフォームに継承させる方向にシフトしたんです」
「そんなフェイトちゃんの新バリアジャケットのテストも兼ねた模擬戦だよ。フェイトちゃんは君に見てほしいんだよ――」
君との戦いで磨かれたフェイトという少女が、どれだけ強いのかを。
「……見てくれますか?」
青年は頭を掻く。元々彼女の恰好で文句を言っていたのは女の子に弱いのが原因である。そんな彼が……断れるわけもない。
「わかりましたよ、見ればいいんでしょ、見れば」
フェイトとなのははそんな彼の様子にようやく安堵した。なのはは一足先に模擬戦の準備へ向かい、フェイトは彼と共に後から訓練室へと向かっていく。少し、話があると言われたから。
「なんすか、話って?」
「私、昨日クロノから聞いたの。君が挫折したきっかけは、昔見た自分の模擬戦が原因なんじゃないかって。思い上がりかもしれないが、ってつけ足してたけど」
「……さっすが先輩だ。そこまでお見通しだったとは」
「だからね、私決めたんだ」
フェイトは青年の耳元へと口を寄せ、囁く。
今日の模擬戦、君が立ち直れるきっかけになれるくらいの素晴らしい模擬戦にして見せるから。
それを聞いた青年は、期待してるっす、と。へらっと、笑いながら返したそうな。
なお、模擬戦に青年はソニックフォームの露出が増えていたことにキレたそうな。
通常形態ことインパルスフォームになのはと同じく白いマントと、兄のクロノにインスピレーションを受けた軍服を取り入れたけど、それに触れてもらえなくてフェイトさんは凹んだ。
その後の青年がどうなったのかは皆さんの想像にお任せしますが、一つだけ言うのなら。
生涯通してフェイトさんとは腐れ縁だったそうですよ。