一週間ぶりの報告会の時間がやってきた。立香からコンタクトを取らねば冷たい端末はカルデアと二次世界とを繋いではくれないので、きっと今この時にもホームズやダヴィンチ、そしてマシュをやきもきさせていることだろう。実のところ一番落ち着かないのは、魔術師が絶妙に向いてないゴルドルフ・ムジークかもしれないが。
緊張の面持ちで小さな指を画面に押し付ける。
「──お、きたきた。マシュ、戻っておいでー! 立香くんからやぁっと通信が来たよ~!」
「ふわ!? は、はひっ、いまいひまふっ」
──開幕ダヴィンチに、マシュだ。続いてパタパタと軽やかな足音が近付いてくる。ホログラムに映し出されたマシュの頬はリスのように膨らんでいる。
「──くうっ、オレの後輩がこんなにもかわいい」
「ングッ──せ、せんぱい!?」
「そうだろう、そうだろう? 健気で可愛いマシュ・キリエライトちゃんは君の連絡を今か今かと待ち焦がれていたのさ。食堂に向かうのも惜しむくらいにね。おかげで、ほら、アレ。ネモ・ベーカリーが冷めても美味しいパンの差し入れまでしてくれた。ちなみに隣のスープはブーディカ作で、おにぎりは頼光で、エミヤはその都度日替わり……時間替わり? メニューを持ってきてくれる」
「台所組の至れり尽くせりフルコースだ……そしてとんでもなく飯テロだ……」
「そろそろ日本食が恋しくなってきた頃合いかなー、と思ってね。おにぎりやパンくらいならそちらに送れないかと只今思案中だ。イギリス料理といえば脂っこい・味がない・率直にいって不味いの三拍子と聞くし」
「おっと、イギリス代表サーヴァントの一人として今の発言は聞き捨てならないね、ダヴィンチ。それは風評被害というものだ。時代は生きている。進化してこその文明だ。当然、時代が変われば食文化も大きく飛躍する。いつまでも隣国に遅れを取る我々ではない」
「あっ、やめてやめて。リアルでガッチガチの国際喧嘩は持ち込まないで。私が悪かったからぁ!」
無機質な液晶に色が戻ったかと思えば、途端に賑やかになる室内に吐き出すようにして笑う。ホームズの後ろからがや同然に反論の声を挙げているのは、ゴルドルフ新所長とムニエルか。イギリスVSフランスだ。弛緩した立香の身をフォウが駆けて、肩から画面に向かって大きく鳴く。フォーウ!
「ハッ──フォウさんにぐだぐだするなと喝を入れられてしまいました……!」
「あ、今のそういう意味なんだ」
「フォフォ、フォフン」
ひと仕事終えたとばかりに今度は立香の膝に丸くなる小動物。そのふわふわ毛玉に頬を緩めて、ありがとうと耳の裏辺りを掻いてやる。
「うん、フォウの言う通りだ。じゃれ合いはここまで。──前回の通信から、こちらでは実に四時間が経過しているわけだけど、ちょーっと空き過ぎじゃないかと心配してたんだ。もしかして例の“ズレ”はランダム仕様だったりするのかい?」
ダヴィンチから早速切り込まれた疑問に、どうにかと答えていく。つまりは──一週間、藤丸立香は眠っていたらしい、と。その間にステルスローブが届いた礼も添えて。
立香の報告に、バイタルの確認を担当していたスタッフ数名がゾッと目を見開いて目まぐるしい速さで記録を洗い直す。ネモ・ナースは立香の肉体を直接診ると足早に管制室を出ていった。結果は──どちらも異常無し、だ。
ほっと胸を撫で下ろすマシュの隣で唸るのはダヴィンチだ。
「長時間の睡眠を必要としたのは、精神体の消耗が激しいから? それとも本来の年齢とのズレをピントで合わせる為に調整に入ったのか? はたまた単純な副作用という可能性も────ううん、つまりこういうことかな。『二次世界』はあくまでも君の『夢』という扱いだから、昏睡状態にある立香くんの肉体を管で繋いでいる限りは風邪も引かなければ空腹にもならない、とか?」
「えーと……難しいことはわからないけど、とりあえず空腹は普通にあるよ。走れば疲れるし、暑い寒いも感じるし、怪我をしたら痛い……と、思う」
「夢なんてそんなものだろう。私とて、たとえ夢であろうとローストビーフにありつけたならば絶品だと舌鼓を打つだろうからな」
「それはオッサンが食い意地張ってるだけだろ。……と、ま、でもフジマルと新所長の言い分は俺にもわかるぞ。夢ってのは案外、感覚に関してはリアルだ」
例えば下総国の件を取っても、立香の身から五感が奪われた事例はない。狂った魔術回路を正す為、内臓まで鬼の爪で掻き回された痛みを立香が忘れることはない。
「と、いうことはだ。二次世界の立香くん──今こうして話してる方の立香くんだね──が眠ってる間は、よりこちらの、肉体としてある立香くんに近いのかもしれないね」
ううん? つまり? と、今ではすっかり子供の顔になってしまったマスターが首を傾げるのに、小さな天才の仮説を引き継いだのは大きな探偵だった。
「つまり、こちらにあるミスター藤丸の肉体に何らかの異常が生じればそれ等は全て『君』への負担として伸し掛かるが、『君』の異常に関しては肉体側に全て反映されるわけでないということだ。わかりやすく例えるなら──君が今ここで指を切ったとしても、こちらの肉体にその傷はできない。しかし痛みがなくなるわけではない。すなわち、精神への負荷として蓄積される」
「さて、では『君』が眠っている間その精神体──意識と置き換えてもいいね──は、どこを漂っているのか。おそらくは二次世界よりもこちらに近い場所にある。つまりは、肉体に。だから眠っているあいだミスター藤丸の肉体が空腹を覚えない限りは『君』もそれを感知しない。ある種『君』が導かれる睡眠の先は“無の時間”ともいえるわけだ」
「…………」
相変わらず形式張った口調に、ぐっと頭に熱がたまった気がした。それはきっと、二次世界の立香の身が子供であるから、だけではない。賢い人達はどうしてこうも難しい話を難しくするんだ。
「でも、それだと立香くんの意識が他所にふわふわ~っと飛んでいっちゃったりしないように繋ぐものが必要だったりしない? 早急に。虚数空間ではないけど、長時間彼は『無』に投げ込まれるわけだから」
「────あ。」
そこで、ようやく合点がいったとばかりに立香は顔を上げた。
「アヴェンジャー」
アヴェンジャー──エドモン・ダンテス。復讐鬼としての在り方を完結させる為、立香を七日間の煉獄に引き込み導いた監獄の主。煙草と恩讐の炎の残り香。立香をかの王の呪いから解放した、どうしようもなく不器用なファリア神父。
「たぶん、岩窟王がオレを繋ぎ留めてくれてるんだと思う」
腑に落ちた心地だった。下総国の時だって、彼は立香を掬い上げるため夢を辿って駆け付けてくれたのだから。今回も、きっと、そういうこと。
「ふむ──と、なると……」
立香とホームズの頭に浮かんだ単語はおそらく同じだ。──『二次世界』は『監獄塔』に似ている。
頭脳も平凡だと自称する立香がその事実に気付けるのだ。もっと前から、ホームズの優秀な脳細胞は結論を弾き出していたに違いない。そう確信して尋ねれば、ホームズはパイプ煙草を緩慢にくゆらせた。
「無論、それ等の類似点について私は第一に注目したとも。そう、つまりは──過去、マスター藤丸立香が解決してきた事件の幾つかに要所要所が
「ホームズ、ダンディぶってないでそういう情報はさっさと共有してくれないかなあ。あと、マシュの身体にもこの私のパーフェクトなボディにも良くないから煙草は喫煙所で、て決まりだろ」
「これは電子煙草だよ」
「うっそだろ……キミ」
「えぇい、唐突に漫才を始めるな! 頭のおかしい天才共め! 話を続けたまえ、このままではフジマルが夜更かしするハメになるでしょうが! 未発達の脳に睡眠不足は馬鹿の始まりだと、トゥールが言っていたのだ!」
マシュから、ダヴィンチから、議事録に忙しなかったシオンから、ネモ・プロフェッサーから、そしてついでにムニエルからほっこりと生暖かい目が大きなお腹のおじさんへと流れた。どんな憎まれ口を叩こうともすっかりマスコット扱いのゴルドルフ所長だ。
かわいいおじさんに和んだところで、催促の目は再び黙する探偵へと集まる。ゆるりと口を開いた男は告げる。
「────今は語、」
「ああ、はいはい。いつものだね。じゃ、語れる時になったら改めて頼むよ、探偵」
「…………」
にべもないダヴィンチだった。
「さて、ゴルドルフおじさんが心配するから巻きでいくよー。立香くんの多眠について、そちらではダンブルドアの機転から“呪い”とやらの所為になったそうだけど──あっさり誤魔化してくれたダンブルドアって、一体何なんだろうね?」
魔法使いでない立香が困った事態に当たれば、魔法のように救いの手を差し伸べてくれる魔法使いのお爺さん。なんだかまるで立香の事情を見抜いているかのように、彼のアシストは的確だ。──ほんの少し、薄気味悪いと感じるほどに。
どうにかまた、あの人と話をする機会に恵まれないものか……。立香は脳裏に手段の一つとしてステルスローブを思い浮かべて、連鎖的に、謎と云えば『彼』の事もそうだと口を開く。
「マーリン、何を隠してるんだろうね」
二次世界において藤丸立香とサーヴァント契約を成立させたかの魔術師は、今宵もその姿をカルデアの前に現そうとはしなかった。いい加減、立香にもわかる。マーリンはカルデアを避けている。
「現在、マーリンさんはどちらに?」
「情報収集だって。ダヴィンチちゃん印のローブを着て出てるよ」
「情報収集、ねえ」
すっかり疑う様子を隠しもしなくなったダヴィンチを相手に苦く笑う。──それでも、誰も立香にマーリンを信用するなとは言わないのだ。そんなことは、数多のサーヴァント達と絆を繋いできた立香自身が最も理解している。そしてそんな藤丸立香だからこそ、マーリンを信じ続けるだろうことをカルデアの人間は理解している。
忠告はある。心配もする。警戒だって促す。そしてそれから先は──マスターの判断を信じる。
「もう少し時間をくれるかな」
「それは、マスターとしての決定かい?」
「そう」
「なら、従うまでだ」
これまでの旅が、君の正しさを示しているから。
その信頼が重いのだと────言える強さがあればよかったのに。
「それじゃあ今回はこのくらいにして──と。そうだそうだ、出席日数的な現実問題は大丈夫なのかい? それともそのあたりはご都合主義が働くのかしら」
「…………休んでた間の授業内容を、補習を受けるなり自分で調べるなりしてまとめてレポートで提出、とのことです」
うわあ、と。通りすがりに、ライネス師匠とイシュタルと霊基再臨済みのロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー君が顔をしかめて行った。レポートはいつの時代も学生を苦しめる悪魔の単語の一つだ。
「ゴルドルフくん……どうやら我等が立香くんの寝不足は確定されたものらしいよ。君もあの、うわあ、側の人間だろう?」
「知らんわ!」
ここぞとゴルドルフをからかうダヴィンチはさておき、概ねの報告が終わったところで待ってましたとばかりに進み出てきたのはマシュだ。その手にはお馴染みのタブレットがあった。
「あの、先輩。現在、先輩が身を置かれているストーリーの進行具合について確認したいのですが──本日、飛行訓練をされたとのことで間違いありませんか」
「うん、そうだよ。すごかった」
「す、すごかった、ですか?」
「すっごくすごかった。聞いてよマシュ。魔法使いってほんとに箒で飛ぶんだ。あれこそファンタジー」
「ファンタジー……!!」
「マシュにも見せたかったなあ、あの光景。惜しいことをした。魔法界ではカメラが使えないなんて……」
「せ、先輩は……先輩も、こう、空を……!? マーリンさんの力でバビューンッとかしちゃったりしたのですか!?」
「オレもできることならバビューンッてしたかったんだけどね。あんな棒一本に全体重かけてバランス取れって、ただの人間には無理ゲーだと思わない? 跨がった瞬間に確信したね。あ、これ、落ちるわ。て」
「……やはり棒で飛ぶのはむりげーなのですね……」
「ご、ごめん……」
しょんぼりしてしまったマシュのホログラムを慌てて撫でて慰める立香だが、その本心はしょんぼりマシュもかわいいなあ、である。そんな立香の下心を読み取ったのか、フォウがなんとも胡乱そうに立香の袖を齧った。
「──ハッ! そうではありませんっ! 先輩の愛らしい紅葉さんの手に撫でられるという至福のひとときに何もかもを忘れかけてしまいましたが、そうではないのです!」
正気に戻ったマシュが矢継ぎ早に告げる。主人公たるハリー・ポッターの飛行訓練の日に何が起こるのか。そう、まさにこのくらいの時間に────
「──ごめん、マシュ。オレ、ちょっと行ってくる」
「先輩?」
立香はそれまで腰掛けていたベッドから跳ねるようにして立ち上がると、魔術協会制服のローブを羽織った。反動を利用したフォウが軽やかに立香の頭部へと着地した。するりと柔らかな毛と爪が首を伝って、肩の定位置へと座する。
聞こえてきたのだ。脳の中へと。サーヴァントの声が。
マーリンの────「マスター、ハリーくんとロンくんが寮を抜け出してスリザリンのドラコ・マルフォイくんと決闘しようなんて企んでるみたいだぞう。いやあ、これは見物だ!」などと愉悦を極めた声が!
感情わからないくせにイキイキしやがって、あのロクデナシぃ!