藤丸立香は魔法が使えない   作:椎名@大体pixivにいる

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 談話室で憩う寮生達による『三日ぶりのリッカを堪能しよう』の会から逃れて現在、立香はカルデア通信機を起動する前に、ステルスローブを脱いだマーリンと向き合っていた。これを起動してしまえば、マーリンが霧のようにいなくなってしまうことはとうに判っているのだから。最早立香にマーリンの行動を止める意思はない。それよりも、だ。

 

 

「明日、オレのこと起こせる? マーリン」

 

 

 ハーマイオニーとの約束を果たせるかどうかのほうが、立香にとっては遥かに気掛かりだった。彼女はあくまでも冗談めかして見せてはいたけれど──きっと本心だった。せっかくのパーティーに独りは寂しいと、言葉にできないSOSを立香に向けて懸命に発していた。健気でひたむきでそして悼ましい少女の願いに応えたいと思うのは、善良な人間性を持つ藤丸立香からすればなんらおかしなことではないだろう。

 しかしマーリンの反応は乏しい。うーん、と腕を組んで、難しいです、と人外の美しさを持つ顔に書いている。分かりやすく書いている。分かりやすすぎる。わざとらしい。つまりはこのロクデナシ────ただただめんどくさいだけなのである。

 マーリンとの付き合いも、第五特異点から数えていけば随分長い立香だ。旧カルデア施設からの強制退去時に別れを済ませたとはいえ、このサーヴァントもどきはそれまでサーヴァントぶって勝手に疑似召喚されては勝手に立香をマスターと呼んでいた期間がある。つまりは、マーリンのクズでロクデナシでそのくせハッピーエンド厨な人外らしい中身を藤丸立香(マスター)はよく知っているのだ。ああ、これがマーリンでなくしっかりパスを通している他のサーヴァントであったなら、令呪の一画でも使用してお願いするところなのに。マーリンはサーヴァントのフリをした、実際のところ徒歩でやってきてるだけのただのサーヴァント級の大魔術師なので令呪は効かない────あっ。

 

 

「…………令呪を持って」

 

「ギクゥッ」

 

 

 わざわざ口でギクッとしてくれた花の魔術師に、立香はハッと口を覆った。

 

 

「そっか、効いちゃうんだ……今のマーリンは正式なサーヴァントだからオレの令呪が効いちゃうんだ……!?」

 

「や、やめてっ。令呪でボクに乱暴する気だろう!? 同人誌みたいに! サバフェスの同人誌みたいに!」

 

「くっくっく、よいではないか~よいではないか~」

 

「あ~れ~お止しになってお代官さま~~」

 

「アッフォーーーーウ!」

 

 

 つい悪ノリしてふざけ倒していたら、小動物にまとめて蹴り上げられてしまった。マーリンは頬を往復で蹴られていた。ほらね、ハーマイオニー……男はみんないくつになっても子供(ガキ)なんだよ……。

 冗談はさておき。大きな毛玉と華麗に格闘する小さな毛玉を胸に抱き留め、大きな毛玉ことマーリンを見上げる。

 

 

「無理ではないんだよな。それとも令呪、使ってほしい?」

 

「それはオススメできないな、マイロード。こちらの……君達の言う『二次世界』と『現実』に時差がある以上、使った令呪がこれまで通りに回復する確証はない。例えばその刻印が現実側にリンクしているものと仮定すると、一画を回復させるのに必要な時間が一週間にも一ヶ月にも、はたまた一年なんてことにもなりかねない。ここは、通常の聖杯戦争通り三画使い切りと考えたほうが失敗した際の痛手は浅い。さて、では貴重なたった三画の絶対命令権を『明日ちゃんと起こしてよママ』に使うのは勿体ないと思わないかい?」

 

 

 それに、と口の上手い魔術師は続ける。

 

 

物語(ストーリー)に重要なイベントなら、君は自然と起きると思うよ。聖杯の持ち主次第ではあるけど。私の予想が正しければ──ああ、問題ないとも。君は明日、必ず目覚める」

 

「マーリン」

 

「私は主人公(キミ)のファンだからね。君が魅せてくれる物語の為ならば、助力は惜しまないさ」

 

「さっきはめんどくさいって顔してたくせに」

 

「それはそれ、これはこれ。君の夢に棲み着いてる番人とボクは相性が悪いんだ」

 

「てきとーだなあ、オレのサーヴァントは」

 

 

 それはそれ、これはこれ、とジェスチャーで遊んでいるマーリンを横目に、フォウを腕に捕らえたまま片手で通信機をタップし立ち上げる。先程まで悠々と語っていた口達者なサーヴァントは、途端、瞬間移動の如く扉付近まで後退していた。この魔術師、逃げの姿勢に迷いが無さすぎる。

 

 

「わかった。なら信じるよ。マーリンのこと。ほら、これからマシュ達と話すから好きなだけ散歩してくれば」

 

「口調がペットの犬猫を放り出す時のそれとまったく同じだよマイロード」

 

 

 似たようなもんだろ、というのはフォウの手前控えることにした立香である。

 霊体化状態のマーリンが退室したのを確認した後、接続を開始する。待ってましたとばかりに液晶に顔を出すのは勿論マシュだ。この健気な後輩がきちんと食事・睡眠を取っているのか、先輩は心配になってしまう。

 

 

「お待ちしてました、先輩!」

 

「お待たせしました、マシュ」

 

 

 タブレットを手にやわらかでふわふわでマシュマシュっとした笑顔を見せてくれる後輩にデレッと相好を崩す。マシュと一日だって離れているのは寂しい。けれども、だからこそこの夜だけに許された逢瀬への愛しさは限度なく立香の中に質量を持って積もっていくのだ。

 無事に特異点修復できたら、一番にマシュを抱き締めに帰ろう。

 

 

「お変わりありませんか? 其方ではざっと三日ほど経過しているとデータに表れていますが、こちらは正しい情報でしょうか」

 

「正解。今回は三日眠ってたみたいだ」

 

「では──二次世界(そちら)の明日は『ハロウィン』なんですね」

 

「そうだけど……やっぱり何かあるのか?」

 

 

 ハリー・ポッターシリーズの電子書籍が表示されているのだろうタブレットを覗ききゅっと眉を寄せる原作確認担当のマシュに、マーリン同様に意味深長なものを感じ取った立香が単刀直入にと切り込む。立香の疑問にコクリと頷いて応えたマシュは、通信端末の液晶へとぐっと顔を近付けると叡智の結晶を光らせながら凄んだ。(かわいい)

 心做しか声も立香を目一杯脅かそうと潜められていた。(大変かわいい)

 

 

「心して聞いてください、先輩。──ハリー・ポッター入学一年目のハロウィンには、トロール襲撃事件があります」

 

「…………。っえ、トロールが襲撃してくるの? ここに? あのプチ巨人みたいなやつが? ……そういえば映画にそんなシーンがあったような」

 

「はい。そしてハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーの三人が友情を結ぶきっかけとなるのです」

 

「ハー……ナルホド」

 

 

 ド真剣なマシュへと(どこまでもかわいい)まったく気のない返事をしながらも、小さくなってしまった脳みそから懸命に朧気な記憶を絞り出す。

 役者の顔などはとっくにへのへのもへじ状態だが、えーと、確か、ハーマイオニー役の女の子がトロールに襲われて……二人がヒーローらしく助けに行く展開、だったか。あれ、トロールだっけ? 大蛇じゃなかったっけ。これはちがう映画か?

 

 

「先輩?」

 

「あ、うん。気にせず続けて、マシュ」

 

「はい。では、明日のトロール襲撃事件について詳しくお伝えしますね」

 

 

 そうしてマシュは、原作を片手に立香へと予言であるとばかりに語って聞かせた。

 ロン・ウィーズリーの言葉に傷付いたハーマイオニーが女子トイレへとこもってしまうこと。その間に黒幕を頭に寄生させた手駒教師ことクィレルがトロールをホグワーツへ招き入れてしまうこと。不幸にも騒ぎを知らないハーマイオニーこそが女子トイレでトロールとはち合わせてしまうこと。ロンとハリーがハーマイオニーの窮地を救い、そこからトリオとしての一歩が紡がれること──

 

 

「オレでも、サポートくらいはできるかな」

 

 

 マシュから一通りの説明を受けた立香は、そして当然の顔をして呟いた。彼等と行動を共にする──それを全く厭わない顔だ。

 立香には、どれほど危険であろうと物語の主軸足る彼等に関わらないという選択肢はない。それはストーリーに添うことで“特異な点”を炙り出す効率的な意味合いだけでなく、ただ単純に彼等を守りたい善良な気持ちからくるものだった。そんな立香を理解しているからこそ、マシュは彼のどこまでも純粋な善性を眩しく美しく思うのだ。藤丸立香はマシュ・キリエライトが心から『先輩』として敬う、誰よりも人らしいひとだから。

 

 

「先輩、どうか無理だけはしないでくださいね」

 

「大丈夫だよ。今更オレがトロール程度に遅れを取ると思う?」

 

「先輩お一人の場合であれば、可能性は十分に存在するかと」

 

「さすがマシュ。分析完璧」

 

 

 端から反論する気のない立香のさまに、クスクスと少年少女が笑い合う。二人を見守るカルデアの大人達の視線を受け入れながら、和やかで穏やかな時を過ごす。

 

 

「真面目な話、やばいと思ったら素直にマーリンを頼るからさ」

 

「……マスターの『盾』のサーヴァントはわたしです」

 

「ん゙ッ」

 

 

 マシュのいじらしくもほんのり嫉妬のこもった非難に、立香はグッと胸を抑えて呻いた。立香の膝上というお馴染みかつ特等席にてくつろいでいたフォウが、これまたお馴染みだとばかりに振ってくる頭から軽々と逃げた。安定のクリティカルヒットだ。藤丸立香オーバーキルです、星出しよろしくお願いします。

 

 

「今日も後輩が尊い。撫でられないのがつらい。次元の壁が憎い」

 

「先輩、どことなくラップのようになっています、先輩」

 

 

 立香の後輩讚美ラップもどきはともかくとして、跳ねっ気のある黒髪がゆらりと起き上がる。彼のマリンブルーの瞳はスンッ……と据わっていた。マシュの後ろで若人達を見守っていたダヴィンチとホームズの目は異様に生あたたかかった。居たたまれない。ただオレは後輩でありマイベストパートナーのマシュを愛でたいだけなのに。

 

 

「いっそマルフォイで我慢するしかないのか……ハリーの髪も触り心地は良さそうだけど」

 

「? マルフォイさん、ですか?」

 

「うん。実は今日、うっかりマルフォイの頭を撫でちゃってさ。意外と可愛いところもあるんだなーって思ったら、つい」

 

 

 彼は四六時中髪を油断なくワックスで撫で付けているため髪質などはわからなかったが、少なくとも幼げに赤らむ頬に関しては実に見応えがあった。血色の悪い吸血鬼じみた美少年の赤面とは、何人かのサーヴァントがスタンディングオベーションしそうな有り様だ。とりあえずフェルグスとメイヴちゃんを筆頭にするザ・ケルトの皆さんは軒並み座り直してほしい。

 ほんの数時間前の筈なのに随分昔の記憶のようなやり取りを思い返しながら立香がなんともいえない心地でいると、ふと液晶の中のマシュが黙り込んでいることに気が付いた。

 

 

「マシュ?」

 

「──先輩。頭を撫でる行為は、国によっては著しい侮辱行為に当たるので気を付けてください。特にインドやタイなどアジア圏諸国の幾つかは、頭部を神聖なものとして扱います。ホグワーツ在校生の中にも其方が出身の生徒がいるかもしれません。例えば……パチル姉妹などが当てはまるのではないでしょうか」

 

 

 唐突に始まったマシュの為になるウンチク雑学に、呆気に取られながらも立香は頷くしかない。なお、パチル姉妹とそれほど面識のない立香だが、ホグワーツでは珍しいアジア系人種という共通点から互いの認知は完了している。確かに彼女達双子はエキゾチックな美女だ。

 

 

「パールとかアルジュナはこれまでなにも言って来なかったけど……もしかして我慢させてたのかな」

 

 

 知る限りのインド系サーヴァントを思い出して表情を曇らせる立香に、慌ててマシュは付け足した。マシュとて、なにも立香を落ち込ませたくて唐突かつ非常に意図的な雑学を持ち出したわけではないのだから。

 

 

「皆さんは聖杯から現代知識を得ていますから、先輩に悪気があってのものではないとしっかり理解した上で甘受なさっているのだと思います。ですから、サーヴァントの皆さんにはこれまで通りの接し方で問題ないかと。はい。ですので、ええと、つまりですね。わたしが言いたいのは、その──つまり──────先輩は誰彼と無差別にそんな優しい顔をして頭を撫でてはいけないのですっ! いけないのです!!」

 

「二回言った」

 

「はいっ、大事なことなのでマシュ・キリエライトは二回言いました! 以上で今回の報告会は終了してよろしいでしょうか!? よろしいですね!?」

 

「フォーウ」

 

「フォウさん、文句無しの素晴らしいお返事をありがとうございます!!」

 

 

 最早マシュは自棄だった。すべらかなミルク色の肌を耳まで真っ赤にさせて、それではおやすみなさい! と精一杯の挨拶を律儀に投げ捨ててから、ダッシュで管制室を逃げ去ってしまう。さて、テンパりパニクる後輩にすっかり取り残されてしまった立香はというと。

 

 

「オレの後輩、やっぱり世界一かわいくない?」

 

 

 こちらも大概であった。呆れるフォウと共に、ダヴィンチとムニエルがご馳走さまと答えた。

 

 

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