チート、とは。
近年、平均値を逸脱した能力や才能、技術を持つ人・機能に対しても使われる言葉となったが、本来は“イカサマ”を指す用語である。イカサマ・不正行為・ズル──そういった非難糾弾僻み恨みのこもった非常にマイナスな意味合いの単語なのである。
それでは、ここで本来の用途通りの使用例を一つご覧いただこう。
「BB━━━━っチャンネル━━━━ッ☆」
「うそでしょ」
「嘘じゃありませーん♡ 愚図でちっぽけでお間抜けな
「フォーゥ……」
うんともすんとも言わなかった通信端末が唐突に点滅したかと思えば、コレである。ハグリッドが外に出ていてよかった。もしもこの現場を目撃されたならば、とてもじゃないがこんな邪悪な存在を「画面の向こうの妖精さんだから気にしないで」とは誤魔化せなかっただろう。ハグリッドの小屋の中でくつろいでいた臆病な番犬ファングは、可哀想にBBの声に驚いて小屋を飛び出していってしまったが。
BB──
だってBBちゃん案件とか、ソレ、プチッ☆で世界が滅ぶやつばかりじゃないですかー。
「それがなんと今回はそうでもないのです。ぶっちゃけこの特異点は放置したって問題ありません。聖杯を持つ『その人』が満足すれば円満解決、あなたも世界もハッピー! な、超・
「BBちゃんらしい」
「フォフォウ」
呆れ返る立香に合わせて、フォウが愛らしい肉球で液晶画面を叩く。中からは「ああんっ、
「それで、なにをどうズルする気なんだ? BB」
悪戯するフォウを捕え、改めて立香がアブノーマルになり掛けている画面を覗き込むと、BBはそれまでの煮詰めすぎて焦がしたジャムのような笑顔を掻き消し、無機質にマスターを見詰めた。
「まず、端末とカルデアの回線を繋ぎます。幸いここは魔法使いの為の世界で国で土地。程好く
「……あのさ、BB」
「なんです? その、褒美でもないのに普段より上ランクの餌を与えられて困惑する豚みたいな顔は」
「罵倒語彙が安定のBBで安心する……じゃなくて、ソレ、オレに得なことしかなくないか? 施しはするけど、そこに毒を混ぜるのがBBだろ? でも、それだと──」
──ふ。ふふふ。うふふふふふ。室内に不気味な笑い声が響く。発生源は端末の中の少女一人きりだというのに、ゾッと温度が零に熔けていく。
「ああ──本当に愚かで可愛いマスターさん。施し? ええ、その通り。これは救いです。毒をたっぷりまぶした、痛くて苦しいお薬です。だって、見ないほうが、知らないほうが──きっとしあわせなのにね?」
「────」
「地獄に垂らされた蜘蛛の糸。それに縋って、しゃぶりついて、蹴落として──そしてプツンと切れてしまったなら、きっと蜘蛛の糸の上を目指したアナタはこう思う筈です。────ああ、
「BB」
「思う存分、苦しんでくださいね?
残酷な管理AIの顔で微笑むBBに、立香はゆるりと頷く。
「うん────BBは、人類の味方だもんな」
「…………」
「君は人間に造られたAIだから。人間を愛してるし、管理するのも、導くのも、そこに理由は要らない──だろ?」
立香の迷い一つない断言が沈黙するBBの中へと深く染み込む。
ウイルスみたいだ──BBこそがハッキングウイルスそのものだというのに、そのBBをして
「センパイってほんと──わたしの先輩の足首元にも及びませんが、ま、爪の先程度には及んでるカモですね。ええ、ほーんと、センパイみたいなニンゲン、大嫌いです♡ それでは、現在進行形で無能のカルデアマスターさん、次回のBBチャンネルをお楽しみにー!」
プツン。通信機の画面が再び稼働を停止する。うんともすんとも言わない端末に逆戻りだ。無能のお揃いだ。
「フォウゥゥ」
「フォウくん、威嚇してもたぶんBBは聞いてないから」
液晶画面に爪を立てるフォウを抱き上げ端末をポケットへとしまい込んだところで、丁度よくハグリッドが仕事を終えて戻ってきた。なんでも、明日迎える新入生の為のボートの調整を請け負っていたらしい。
ボート……? ボートで入学とかいう謎極まる説明に一瞬立香の背景に宇宙が広がったが、それはそれ。全ては明日になればわかることだ。
「今年のホグワーツはことさらおもしれぇぞ。なんたって“生き残った男の子”──ハリー・ポッターが入学する! 俺ァ、この時をハリーが小せえ頃から楽しみにしとったんだ。ええ? あの悲劇の家から赤ん坊のハリーを救い出したのは俺だ。母親の傍で泣いとったあのこが……マグルのやつらめ、あのこにろくに飯も食わせんかった」
「…………」
「フォウフォウ! フォキュッ」
「ん? ああ、そうだな、俺たちも飯にしよう。ところでお前さんはなにを食うんだ? というかお前さんはなんだ? ネコか?」
「フォゥン……」
ハグリッドがフォウを連れて台所へと立つ。それに、ファングがフォウのことを泥棒猫! とでも言いたげな目で見ながらさらについている。
居間に残された立香はひとり、時間をかけて両手を頭へと持ち上げると、背を丸めて、虚ろな目で己の小さくなった膝小僧を見つめた。
ああ、そうか────
翌日、新品ぴかぴかの黒ローブを着込んだ幼い少年少女に紛れて、ボートへと乗り込む立香の姿があった。──否、紛れてはいなかった。大いに目立っていた。
一つに、東洋人であるということ。見渡す限り、立香と同じ日本人の姿はない。立香の容姿そのものは青い目からも分かる通り純日本人ではないものの、堀の深さが違う。東洋人の特徴が表れた顔面に、不躾な子供達の視線が刺さる。
そしてもう一つに──ホグワーツの制服が間に合わなかったのだ。当然といえば当然だ。今の立香は保護者なし、バックアップなし、身分を証明するものなし、そして一文無しだ。ローブとか買えるわけがない。結果、勝手に身体に合わせて縮んだ極地用カルデア制服のままである。
目立つ。それは目立つ。特に同乗した金髪オールバックボーイの顔が色々と気にくわない。
「君、家名はなんというんだい? 極東にも魔法学校が存在するそうだけど、それをわざわざ蹴ってこのホグワーツへ入学するんだ。さぞ、見識あるご両親なんだろうねえ。ちなみに僕はドラコ・マルフォイ。マルフォイ家のことは、もちろん、ご存知だろうね?」
「…………あー、うん」
「そうだろう、そうだろう! 父上の名と我が一族の威光は極東にだって馳せるのさ」
異国にまで家名が渡っていると知って鼻高々な金髪少年には悪いが、立香がマルフォイを知っていると肯定した真意はこれだ。──
前日に見上げた大門が新入生を迎えるため、厳かに開く。マクゴナガルから寮の特性や加点システム等の説明を受ける。横に並ぶ男の子がそわそわしている。寝癖──じゃなくて癖毛か。それを直そうと必死だ。あとは眼鏡レンズの指紋を拭おうとして────あ。
「寮を決めるには試験があるんだ。フレッドが言ってた。ん、でも、ハリーなら大丈夫だよ。当然、グリフィンドールだ!」
「どこだっていいよ。僕なんかが入れるところがあるなら、どこだって……スリザリン以外なら」
「君はグリフィンドールだよ! そして僕もグリフィンドールだ。我が家はみんなグリフィンドールなんだ」
「そうなんだ……うん、君と同じ寮なら心強いね、ロン」
だというのに。
「ね、君もそう思うだろ? 最高の寮はグリフィンドールだって! きっと君もグリフィンドールだよ」
「え!? あ、そ、そうだね……?」
ハリーの隣を陣取っていたノッポの少年から詰め寄られ、立香は冷や汗を流した。ハリー・ポッター作品に関わるものは映画しか触れてこなかった立香だが、それでもわかる。この少年も
「ハッ! さすが、グリフィンドールのウィーズリーはまことに
「あなたたち、さっきからうるさいわ。寮を決めるのはわたしたちじゃなくて先生方よ。今、わたしたちがやるべきことは、試験に向けてどんな魔法を使うか考えること。ぜったいに受からなくちゃ」
今度は逆隣から、そして最後に後ろから女の子の声が立香を囲む。囲まれている。ろくにストーリーを知らない立香ですら覚えのある子達に囲まれている。
彼が、彼女が、異物の子供を捉える。
「ねえ、あなた」
「なあ、君」
「あのさ、よかったら……」
「「「名前は?」」」
「………………リツカ・フジマルです……」
運命力って、こういうことですか。エミヤ先輩。
(全く違うぞと何処かで苦笑された気がした)