「────せ──せ、せ、せ、」
画面いっぱいに広がる銀河の写し染みたアメジストへと、立香は慣れた笑みを浮かべた。相手を安心させる為の笑みだ。相手に信頼を示す笑みだ。それに、画面の向こうの少女、マシュ・キリエライトはさらに瞳の中の星々を煌めかせた。
「せんぱ、せんぱい、マスター、そのお姿は──」
「ん、よくわかんないけど──オレにもよくわかんないことになってて」
「これはこれは……カースピタ! もしかして私達、今、お揃いかな? 立香くん」
「そうかもだ。ねえ、オレとダヴィンチちゃん、どっちのほうが年上に見える? マシュ。…………マシュ?」
「あわ──あわ、わ、わ、わ、わわわ────マスター、とっても可愛らしいです!!!」
「わー」
通信機越しに目一杯腹一杯叩き込まれた後輩の心からの賛辞に、立香の背後で薄っぺらに笑いながら控えていたマーリンが杖を振った。詠唱はない。なんたって、呪文は噛むからね。
室内の空気が閉じたのを肌で感じ取った立香は、防音とかの効果かなと素人ながらにマーリンが施した魔術への当たりをつけながら振り返る。その先を何気なく追ったマシュの瞳がますます開く。
「えっ──待、待ってください。もしや、そちらにいらっしゃるのは──マーリンさんですか?」
「なにぃ!? マーリンだとう!?」
「うそ! 君がマーリンなの!?」
ズズィッと画面に増えた顔々に苦笑する。シオンに、ゴルドルフ新所長に、ホームズ。それからムニエル。最早家族にも等しい絆と想いを、立香は彼等に重ねている。
「初めまして、と言うべき人が何人かいるようだ。その通り、みんな大好きマーリンお兄さんだとも。気軽にマーリンさんと、」
「ほ、ほほほ本当かね!? ダヴィンチ技術顧問、今すぐあのおちゃらけた男を解析するのだ!」
「──あ、うん。ほんとだ。前の私が残した霊基情報と一致する。そこにいるのは正真正銘、アヴァロンに幽閉の身……になってる筈のマーリンだよ。立香くんとの契約も正確に成されてる。──えっ、それって可能なの? 君、うっかり死んじゃったりした?」
パーフェクトに愛らしい微笑みの少女が澄んだ青い瞳でマーリンを覗き込む。それにマーリンは飄々と「まさか! 今も元気に長寿のマーリンさんだとも」なんて答えている。うーん、空気がぐだぐだしてきたぞう。
「ふむ──第一に、霊基グラフもミス・キリエライトの盾も無く英霊召喚(仮)が叶ったのは何故かな。見たところ、
液晶伝達からホログラムに切り替わり、ミニチュアホームズが立香の眼前へと進み出る。明かす人の眼差しは新たな謎を前にして顕著に好奇心を見せていた。ホームズらしい。彼の頭脳は立香にとっての安心材料その二だ。その一は勿論カルデアメンバー達そのものだ。
「あ、それに関してはBBが──」
ふむ、ふむ──立香のこれまでの経緯を聞いて軽く頷いた探偵は、早々に三本の指を立てた。
「成る程、実に興味深い」
内の二本が握られて、一本目。
「ここまでに露となった疑問点の幾つかを挙げていくとしよう。一つに──『時間』だ」
探偵が振り返る。困惑したマシュのホログラムが追加される。
「ミス・キリエライト。ひとつ伺いたいのだが──ミスター藤丸が就寝、いや、仮眠に就いたのはどれくらい前のことかな」
「は、はい。日課のトレーニングを終えた先輩は地下ライブラリを経由し、そこで絵本を読んでいたアビーさんやジャックさんと共に夕食を済まされました。それから真っ直ぐ自室へ……現在時刻から三十二分前に先輩のお部屋は消灯しています。食堂から部屋の前までご一緒したので間違いないかと」
「そしてミスター藤丸は非常に寝付きがいい。何分かのラグはあるにしろ、おそよ三十分前には君は確実に睡眠へと入っている」
「はい。ですから、驚きました。眠っている筈の先輩から突然通信が入って──そんな可愛らしいお姿に! 先輩、ぜひ、ぜひ、お写真を! その為ならばマシュ・キリエライト、ゲオルギウスさんや刑部姫さんからカメラをお借りすることもやぶさかでなく!」
「はーい、気持ちはわかるけど溢れるパッションは抑えてね、マシュ。今シリアスターンだからね」
ホームズを押し退ける勢いだったマシュをダヴィンチが小さな体でどうどうなんて宥めている。見慣れたあべこべな姿に思わず吹き出してしまう。相変わらず愉快なカルデアメンバー達に、立香の心がほぐされていく。
「……コホン。ミス・キリエライトの願望については後程、当人だけで好きなだけ話し合ってくれたまえ。話を戻そう。つまり、ミスター藤丸、君が現在置かれている状況・現場とこちらの時間はずれている。流れそのものがだ。そちらで君は覚醒後一日が経過したと言ったが、こちらでは一時間も経っていない。この『ズレ』は看過できるものではない」
次に。ホームズから二本目の指が上がった。
「藤丸君のその姿だが──これに関しては亜種特異点……今となっては異聞帯実験の基とされたと推測できる下総国の件からこのように仮定できる。下総国の人物に無意識に自身の知るサーヴァントの姿を当て嵌めた事例を、今回は自分自身に当てたのではないかな」
「…………」
「何故、周囲でなく自分を『夢』の世界に適応させたのか──それは、君がその世界の人物の姿を“知って”いたからだ。ハリー・ポッターシリーズといったかな。君はあやふやとはいえ映像媒体で彼等を記憶していた。全く知らないものでなかったから、君に都合のいい代替え変換ができなかった。──自分こそを世界にふさわしいものとした。……この辺りは、
三本目。ホームズの饒舌は止まらない。この探偵、最高にイキイキしている。やたらめったら顔がいいのがなおさらムカつくところである。
「最重要問題事項の、本来ならば召喚できる筈がない生者マーリンをサーヴァントとして召喚できた件についてだが──」
あっ。うわ。うげ。各々差はあれど、一様にホームズを見て面々が顔をしかめた。ホームズはそれはそれは涼やかな笑みを浮かべていた。
「──今は、語る時ではない」
「ちょっとどうなってるのかね、おたくの経営顧問ー! いつもそれじゃないの君ィ!」
「まあまあ、落ち着いてゴルドルフくん。ホームズのこれは本人にもどうにもできないものらしいから。……絶対に性格の問題もあるけどね」
いい笑顔のホームズを押し退けて次にダヴィンチが進み出る。今や立香自身も少女体たるダヴィンチと同じ肉体年齢まで縮んでいるわけだが、それでもかわいいなあ、とほっこりしてしまう。若干の現実逃避である。
「えっとね、ホームズが楽しんでる間にこちらでも軽く調べてみたんだけど、BBが言った通りその夢の世界──いや本の世界? んー、仮称『二次世界』にしようか。そこは確かに微小特異点だ。聖杯の気配もある。けれど、どこが“特異な点”なのかはわからない。それは、これまで通り立香くん自身に今からその身をもって調べてもらなくちゃいけない────の、だけど」
おや。歯切れの悪いダヴィンチの様子に立香が小首を傾げれば、ダヴィンチも合わせてコテリと首を倒した。かわいい。立香の心に合わせるように、後ろに控えていたムニエルがサムズアップした。マシュとシオンが物凄い目でムニエルを見ていた。
「──問題、ないっぽいんだよねえ。本当に」
「どういうことですか? ダヴィンチちゃん」
「うん。だからさ──
「…………」
「聖杯がある限り、回収できれば良いリソースになるのは間違いないけどね。たぶんだけど、立香くんにとっての命の危機とかも早々なさそうだ」
「…………つまり」
「そう。それ──いつものイベント時空だ」
にぱっ。世界最高峰の微笑み(少女バージョン)が炸裂した。立香の青い眼差しがどことなく遠くなった。コラボかぁ……。
「どうする? 立香くんが望むなら今すぐにでも君の意識をサルベージすることもできるけど。それとも、休暇気分でちょっとした不思議な世界を体験しちゃう? なんたって、そちらには魔法が当たり前のように存在するらしいし?」
「はい! ハリー・ポッターシリーズはダラム大学で学問として学ばれるほど世界的ベストセラーを誇った作品です。近代ファンタジーの基礎を作り上げたといっても過言ではない……いえ、基礎といえば指輪物語やナルニア国シリーズなど名だたる名作が揃い踏みで枚挙に暇がありませんが、社会現象を起こすほど多大なる、」
「うんうん、マシュは勤勉だねえ。これは、立香くんのサポートはマシュ一人だけで事足りるかもだ。無論、存在証明のモニターは絶えず皆でするけどね。……で、どうする? 時間に関してもこちらにほぼ影響しないとなると、本当に君次第ということになるんだよ、立香くん。あんまり長居されても“中身”とのズレの修復が困難になるから、私としてはある程度のところで戻ってきてほしいのだけど。こちらでは三日しか経ってないのに、そちらは三年経ちましたーなんて、君の精神が軋みかねない」
立香は悩んだ。自分がこの世界に喚ばれたことが全くの偶然で、そして全く無意味だとは思わない。そこまで、立香は自分を過小評価できない。必ずなんらかの意図がある──そうでなければ、マーリンが召喚に応じることも、BBが語りかけてくることもなかった筈だ。聖杯の行方だって、悪用されないとは断言できない。