藤丸立香は魔法が使えない   作:椎名@大体pixivにいる

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「……マシュは、どう思う?」

 

 

 そっと、囁くような声で一等信頼している後輩へと委ねた。立香のただ一人だけの正式サーヴァントは、ハッと銀河の瞳を開くとおそるおそると答えた。

 

 

「わたしは──はい、先輩が少しでも心休まる時間を作れるなら、ダヴィンチちゃんのおっしゃる通り休暇気分で──というのは不謹慎かもしれませんが、こちらで先輩を見守りたいと思います。モニターの心得は習得済みですので!」

 

 

 フンスッ! 拳を作り奮起する小動物じみた少女に、立香はなおも続けた。

 

 

「……さびしくない?」

 

「────」

 

 

 大人を前にした少年少女の間に、言葉にならない沈黙が落ちた。マシュの拳は萎れるように下がっていた。

 

 

「……さびしいです。さびしいので──なので、こうして、お話ししてください。その日あったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、気になったこと、なんだっていいのです。先輩の声で、先輩の言葉で、思い出を共有させてください」

 

「マシュ……」

 

 

 しんみりと、そしてどことなく熱っぽく、立香とマシュが見つめ合う。彼等の間には次元だとか概念だとか世界線だとか、そんな無粋な壁が無数にあるというのに、何ものの妨害も許さずブルーとアメジストが結び合う。

 

 

「そりゃあ、マシュはさびしいよね。勿論、私だって寂しい! ホームズもそう言うよ」

 

「いや、私は特には。我々はミスター藤丸の存在証明に尽力するのだから、むしろ現場調査員の君こそがその目その足で存分に謎を収集して──」

 

「はい、シオン。空気の読めない男は没収しちゃって」

 

 

 ホログラムから見切れていくホームズの無情な姿に、ブハッと立香が吹き出した。つられて、マシュもクスクスと笑った。湿っぽい空気はすっかり拡散していた。

 

 

「よーし、じゃあ、こうしよう!」

 

 

 マシュの腰辺りから頭を突き出したダヴィンチが麗しい微笑みで手を叩く。びっくりするほどかわいい。そしてあざとい。

 

 

「実はさっきから試してたんだけど、どうやら君の『夢』に現実の我々が直接的な念話で介入するのは不可能みたいだ。だから、立香くんには日中は平凡な学生を徹底してもらって、夜、この部屋でその日の報告会を開くとしよう。これを日課に制定する! 二次世界(そちら)では寝る前の一言感覚だろうけど、先ほどの例から現実(こちら)では約一時間毎に立香くんの安否を確認できるという寸法さ。どう?」

 

「実に合理的だと思います!」

 

「さっすがダヴィンチちゃん、天才!」

 

「そうでしょうそうでしょう、小さくてもとっても頼れるダヴィンチちゃんでしょう! もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

 

「最高! かわいい! 天使!」

 

「膝枕されたい! キャプテンもできれば一緒に!」

 

「ムニエルさん、それはセクハラです。組織内の風紀が乱れるので倫理的によろしくないかと」

 

「アッハイ……」

 

 

 至って真面目なマシュの釘指しに呆気なく撃沈したムニエルはともかく、満足げに胸を張ったダヴィンチは、それから幼い顔立ちを大人っぽくまとめると本題とばかりに続けた。

 

 

「──と、まあ。そんなわけで召喚陣があるこの部屋──魔術師らしく魔術工房と呼ぼうか。マーリンが陣地作成した工房(ラボ)以外では、我々カルデアが君のサポートに回るのは実質不可能と思っておいてほしい。ここから一歩でも越えれば、君が頼れるのは何故か契約が完了しているそこのロクデナシのみだ。その辺り、念頭に置いて慎重に動いてね。命の危険はないにしても」

 

 

 見た目ばかりおしゃまに加えて、世界が誇る微笑みの少女はちょこまかとホログラムから消えていく。準備だ調達だと楽しげな声が聞こえてくるので、彼女なりの仕事に戻ったのだろう。

 再び、立香とマシュのみが立体映像に残される。

 

 

「えっと……あの、先輩。ところでこれは、端末からの通信──なのですよね? そしてそちらは既にホグワーツ城内……」

 

「うん、そうだけど……なにか気になることがあるの?」

 

「あ、はい。その……ハリー・ポッターシリーズの設定によると、魔法界では電子器具の類いは使用できなくなる筈なんです」

 

 

 そうなのか、と頷く。そして思い至る。だからBBはこちらの都合での召喚は無理と言い切ったのだ。聖杯によるフェイトシステムそのものを立香(マスター)の存在から手繰り寄せられても、仮に立香がマシュの円卓の盾や霊基グラフを手にしていたとしても──つまり、電力が足りない。そこを弄ったのが反則技(BB)という訳である。

 

 

「しかし、可能なもの──なのでしょうか? いくらBBさんとはいえ、BBさんが管轄する世界でないものに干渉というのは……」

 

「──少なくとも、そちらは下総国のような並行世界ではない。運営そのものは不可能でも、こちらの法則(ルール)に寄せた上での反則(チート)くらいならば彼女の違法性でどうにでもなるのだろう」

 

 

 答えたのはホームズだ。早速、立香のバイタルを表示したモニターを確認しながら、片手間のようにマシュの疑問をその頭脳をもって明かす。

 

 

こちらにルールを寄せた(・・・・・・・・・・・)──その行為こそが、彼女の言うたった一度の特別に当てはまるわけだ。以上のことは、いくら管理のためのAIとてできまいよ」

 

「つまり、世界干渉ではあれど魔法の域にはないってことか?」

 

「無論だ、ミスター・ムニエル。並行世界の観測自体は可能なのだ。並行世界に影響を及ぼす、並行世界の運営をする──これこそが魔法だ。そちらはあくまでも、ミスター藤丸にとって、ミスター藤丸の夢という名の────『二次世界』だからね」

 

 

 ……ううん、ややこしい。魔術理論の組み立ても優秀なマシュは難なく探偵の言葉を呑み込んだようだが、元一般人(本人としては今でも変わらず一般人のつもり)の立香はさらに頭を悩ませる羽目になった。……とにかく、小悪魔な元祖ラスボス系後輩はやっぱり小悪魔、てことでいいかな。

 

 

「よーし、よーし、準備バッチリ。さすが天才、目視だけでスリーサイズの特定とか、このダヴィンチちゃんには朝飯前なのさ。……ほら、オリジナルがデッサンで散々磨いてきた分野だし」

 

「…………所長たるこの私の許可なく勝手にレイシフトコフィンを開いて、一体なにをしているのかね? ダヴィンチ技術顧問」

 

「うん? そりゃあ、勿論──────物資提供」

 

「「物資提供?」」

 

 

 工房に引っ込んでいた筈の小さな妖精がなにやら荷物を抱えて戻ってきた。それは衣服だった。今の立香の体型までリサイズされたカルデア戦闘服と魔術協会制服だ。ヒュン──とコフィンが起動を伝える。転送が始まる。

 

 

「だって、そちらは学校なんだろう? 制服っぽいものが必要かなって。BBのおかげで礼装を用いればガンドも撃てるだろうし。現に翻訳スクロールは今も問題なく機能してるようだからね。サーヴァントがついてるとはいえ、一応の護身用だ。表向きは魔術協会制服、下に戦闘服を着込んでおくといい。まだ時間の『ズレ』について正確な数字が取れてないから、何時そちらに届くかはわからないけど──立香くんが起きた頃くらいに、届けばいいけど」

 

「ダヴィンチちゃん……!」

 

 

 実に実に気の利く愛らしいサポーターである。ガンドといえば、令呪を除いて立香が唯一使える魔術──ぽい攻撃手段だし、なんといっても魔術協会制服のデザインがかなりそれっぽい(・・・・・)のだ。これで、なくなく極地用カルデア制服で挑んだ昨日今日よりも生徒の一人として世界観に馴染めそうだ。

 子供達の余所者を見る無遠慮な目付きを思い出しながら立香が一人胸を撫で下ろしていると、散歩から戻ってきたフォウが机の上の時計を脚でテシリと叩いて鳴いた。短針は零時を回ろうとしていた。

 

 

「おっと、子供が夜更かしはいけないなあ! 初授業に遅刻しちゃうぞう」

 

「そうだね。ダヴィンチちゃんももう寝ないと背が伸びないし」

 

「はい! 先輩もダヴィンチちゃんもゆっくり就寝なさってください。未発達の肉体に睡眠不足は大敵です。美容の敵でもあるとメイヴさんもよくおっしゃっていました」

 

 

 マシュのお姉さんじみた締めくくりを最後に、各々笑顔で挨拶を交わして通信は切れる。小さな姿でもマシュの信じる『先輩』のままであった立香を思い返して、マシュはこぼれるように笑う。──やっぱり、先輩の傍にいられないのは、少しさびしいです。

 そんなマシュの肩を慰めに撫でたダヴィンチは、しかしどことなく緊張感を孕ませてホームズへと青い目を向けた。

 

 

「さて、立香くんに届かないうちに私達は私達でやれることをやらなくちゃ。────マーリン、どう思う?」

 

 

 立香は気付いていなかったが(もしくは気付かないよう張本人に意識を阻害されていたか、だ)立香の現状況における仮サーヴァント、マーリンは報告会の途中で離脱していた。しかしそこはマーリン──現在を見通す千里眼持ちだ。確実に立香とカルデアの会話を“視”ていただろう。それがマーリンだ。

 ならば、何故彼はサーヴァントでありながらわざわざマスターの側を離れたのか────カルデア側に探られたくない何かが、彼自身にあったからだ。

 ダヴィンチが立香に護身用にとほのめかした対象は、なにも二次世界の人間だけに留まらないのだ。

 

 

「先輩は、大丈夫……ですよね? だって、危険は……」

 

「今のところはね。それに、もしも緊急の事態になったとしても私達には彼を二次世界から即座に引き上げる用意がある」

 

「ああ、ダヴィンチの言う通りだ。その為のモニターだ。……それを台無しにするのもまた、彼だが」

 

「それでこそ立香くんさ。ところでそれって、私は知らないけどオリジナルが私に記憶処理した新宿幻霊事件のこと?」

 

 

 懐かしいとムニエルが笑い、ほぼ現代の事件じゃないかとゴルドルフが顔を蒼くする。当事者のホームズは涼しい顔だ。

 マシュは大人達の雑談を背に、立香の姿を映さなくなった液晶画面をぼんやりと眺めて隠れるように息をついた。

 

 

「マシュ、君も休まないと」

 

 

 すかさずマシュを気遣うのはダヴィンチだ。ノウム・カルデア組織のマスコット的存在でありながらマシュの姉のような位置付けでもある少女は、この機会に思う存分心を休めてほしいと、分断されてしまった少年少女を想う。

 かつてのレオナルド・ダ・ヴィンチ──現、少女体のダヴィンチがオリジナルと呼ぶ彼は、マシュや立香の家族でありながら教師の役割も担っていた。ともすれば、場合によってはメンタルケアよりも有事への対処を立香達に優先させた。命も命運も未来もたった一人の肩に伸しかかった戦いだったのだ。大人らしく、先人らしく、そして天才らしく、彼は時として心を鬼にした。

 けれども、彼から造られたスペアタイプのダヴィンチ──グラン・カヴァッロには、先人の達観も大人の傲慢さもない。彼女は純粋に家族として立香とマシュを慮っている。──どうあっても戦場から逃れられない子供達を想う。

 

 どうか、その心が錆び付いてしまう前に。鉄心となる前に──少年少女に救いを。ほんの少しの安らぎを。どうか──どうか──

 

 

「ダヴィンチちゃん……」

 

「立香くんが帰ってきた時、交代にマシュが憔悴していたんじゃあ意味ないだろう? 休暇気分──は、真面目な君にはむずかしい話だろうけど、せめてコンディションは常に整えておかないとね。立香くんの自慢のサーヴァントなんだから、ね?」

 

「……っはい! マシュ・キリエライトは何時いかなる時もマスターの盾となる為、休息に徹します」

 

「うんうん、いい心懸けだ。でも、気負いすぎはダーメ。大人を頼れる状況の時は、存分に頼るものだよ。……結局、最終的に動くのは君達なんだから」

 

「はい。ダヴィンチちゃんも、どうか無理だけはしないでください」

 

「もっちろん! 天才たるもの、サボりだって的確にこなしてみせなくちゃ、ねっ」

 

 

 ムニエルや他のカルデアスタッフ達、ネモシリーズ達に後を任せて、ダヴィンチとマシュは各個室へと向かう。

 

 誰も口にしない。誰も言葉にしない。その責任を、彼等は背負えない。けれど、誰もが望んでいる。

 ────未来ある少年少女に、優しい世界であれと。

 

 

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