もふ。ンキュ。フォーウ。
ふわっふわのモーニングコールを受けて、立香は目を覚ました。フォウが立香の顔面にどっしり腰を下ろして丸くなっていた。やわらかくてあたたかくて気持ちいいが、なにぶん息苦しい。
「おはよ、フォウくん」
フォウを両手で抱え、背を起こす。朝日を遮る影から花の匂いがする。
「フォウ!」
「おはよう、マイロード。実にいい朝だよ」
「おはよ、マーリン。……あれ、マーリン?」
「うん? 私がどうかしたかい?」
「……ううん、なんでもない」
どことなくサーヴァントの姿に違和感を覚えた立香だが、それは痼になる前に霧のように消えてしまう。疑問に思ったことすら忘れて、立香は洗面台を探して首を振った。
「あ、届いてる!」
手に取ったのは、付け焼き刃で手直しされたカルデア戦闘服と魔術協会制服だ。袖を通して、大きすぎず小さすぎないサイズ感に改めて万能の美少女へと感謝を噛み締める。
「ホグワーツは全寮制だからね。朝食も大広間まで向かって食べる方式のようだよ」
「寝坊したら食いっぱぐれる、てわけか……。マーリン、霊体化はできる?」
「勿論だとも」
「じゃあ、日中は霊体化しておいてくれ。それで……サポート、してくれると助かる。ほら、オレ、魔術はガンド以外空っきしだし」
「さっそく頼れるマーリンお兄さんの面目躍如というわけだね。任せてくれたまえ」
「フォーウ……ムダフォーウ」
「あっ! キャスパリーグ、この! なんて口の悪さだ、一体誰に似たんだ!」
朝から元気にじゃれつく白い大小の毛玉を放置して、慣れない杖を懐に立香は扉を開いた。談話室と呼ばれる空間には、数名のハッフルパフ寮生が団欒していた。
「おはようございます!!」
挨拶はコミュニケーションの基本。を胸に、声を張り上げる。だがしかし、返ってくるのは奇異なものを見る胡乱げな視線ばかりであった。無情。
──スベったかも。立香は昨日に続いて胃がしくしくするのを感じた。現地民との交渉役はマシュやホームズ、ゴルドルフ所長の担当であり、立香はもっぱら対サーヴァント専用コミュ力お化けだった為、実はこういった場面での対応に慣れてないのだ。所謂、すでにコミュニティーが出来上がった状態の学校に突如転入してきた余所者状態である。
咄嗟に自分と同じ一年生がいないか見回して────目が合った。綺麗な灰色の目だった。
「おはよう、一年生。僕はセドリック・ディゴリー。ここの三年生だ。君は……」
「リツカ・フジマルです。よろしくお願いします、ディゴリーさん」
「セドリックでいいよ。リチュ……リトゥカ……リツ、」
「呼びにくければ、リッカでも」
「ん──恥ずかしいな。練習しておくよ。それで、リッカ、昨日はよく眠れたかい? 君、英国人ではないだろう? 早く君がこのホグワーツに慣れられることを、祈ってるよ」
セドリック・ディゴリーと名乗った年上の少年は、整った顔立ちを柔和に笑ませると立香へと握手を求めた。スマートだ。加えて、善良だ。困る立香を放っておけなかったのだろう。
「君はチャイニーズ? コリアン? それともジャパニーズかな」
「日本人です」
「そうか、惜しいな。中国人ならレイブンクローにとても綺麗な人がいるんだけど。日本人はたぶん、今のホグワーツには君しかいないよ」
会話を続けながらも、実に紳士的なディゴリー少年はそのまま流れるように立香を大広間へと案内した。立香はすっかり安心していた。それほどに、セドリック・ディゴリーの醸し出す空気にはあたたかさがあった。
「制服、間に合わなくて残念だったね。それは……君の猫?」
「フォウ?」
「魔法生物の血が混ざってるのかな。賢そうだ」
「フォウはとっても賢いですよ」
時折、明らかに人の言葉を理解している仕草をするし、なんならマーリンと喧嘩……会話したりするし。そのマーリンは立香の後ろで「キャスパリーグよ、あざとい淫獣め」と歯軋りしているが。
「ペットがいるのは良いことだ。ホグワーツで君の一番の家族になる」
「……はい。家族がついてきてくれて、とても嬉しいです」
朝食をセドリックと共にした立香は、すっかり油断しきっていた。セドリックは実に親切で、廊下にてすれ違うゴーストやピーブズの説明なんかも挟みながら、第一回目の授業の教室まで立香を送ってくれたのだ。優しい先輩の厚意に甘えていた立香は、初めての授業──妖精の呪文学の担当教師、フリットウィックのとある言葉に硬直した。
「それではみなさん、
「………………」
ここまで、立香が会話したハッフルパフの生徒は学年違いのセドリック・ディゴリーのみ。つまりは。
────不肖、藤丸立香、ものの見事にボッチスタートである。