藤丸立香は魔法が使えない   作:椎名@大体pixivにいる

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 マーリンとじゃれ合っている間に、本日最後の授業は終わった。夕食を掻き込んで、マシュに会いたい一心でハッフルパフ寮へと直行する。

 マシュに話したいことが沢山ある。マシュと語り合いたいことが幾つもある。彼女の柔らかな声と澄んだアメジストが恋しい。

 しかし、少年少女の逢瀬を阻むものはどこまでも無情だった。

 

 

「フジマル、お急ぎな様子のところ悪いけど──ちょーっと君の時間をくれないか?」

 

 

 ハッフルパフの監督生、ガブリエル・トゥルーマンだ。談話室の中央を陣取り立香を呼び止めた彼の周りには、一年生達と今朝の救世主セドリック・ディゴリーの姿もあった。

 

 

「昨日はバタバタしていて寮の説明くらいしか出来なかったからね。そんでもって、眠たくてたまらなかった君たちはどうせディナーが美味しかったことしか覚えてない。だろう? ホグワーツに早く馴染んでもらうためにも、ここいらで僕のお節介に耳を傾けてほしくてね」

 

 

 渋々と立香は立ち止まった。大切なことだ。カルデアの面々は休暇気分で、だなんて嘯いていたが、立香が魔法も使えないのにホグワーツ生を装うのは、特異点調査の名目があるからだ。目的を履き違えてはならない。得られるだけの情報は得なければ。

 

 

「うん、いい子たちだ。さすがハッフルパフ!──さて、まずは改めて歓迎しよう。ピカピカの一年生たち、我等が穴熊寮──ハッフルパフへようこそ! 寮の特色についてはもう耳に入ってるかな? 実は昨日、僕が説明したんだけど──ま、それはいいさ。細かいことは気にしない。それが僕だ。実にハッフルパフらしいだろう?」

 

 

 五年生だというガブリエル・トゥルーマンは、なんとも剽軽に後輩たちへとウィンクしてみせた。────あ、似てる。

 立香はふと脳裏に浮かんだその人の顔をとっさに掻き消した。

 

 

「まず、君たちに一番に理解してほしいのは──ハッフルパフは決して三寮から劣る余り者をかき集めた寮なんかではないということだ。はっきりいって、ハッフルパフには心無い噂や評価が根付いている。愚図だ、鈍間だ、劣等生だ──どこの寮にも入れなかった無能がいれられる場所だ──そんなものはまったくの嘘っぱちだ! もしも君たちがハッフルパフであることをからかわれたなら、そんなときこそ胸を張ってやるといい。ハッフルパフには誰かを嘲笑うような卑しい人間は一人だっていない、そんな人間は選ばれないとね」

 

 

 トゥルーマンがバシリと隣のセドリックの背を叩いた。まるでそれが合図であったかのように、談話室内にあった視線が一斉に彼へと集まった。この演説の為に用意されたらしいディゴリー少年は、照れ臭そうに口角を上げていた。

 

 

「僕たちは間違いなく優秀だ。ハッフルパフ出身の著名人をどれだけ知っている?」

 

 

 トゥルーマンの目が一年生を見回す。おそるおそると誰かが答える。小声でスーザンが「彼はザカリアス・スミスよ」と教えてくれた。

 

 

「……ニュート・スキャマンダー」

 

「その通り! 華々しい経歴を飾ったスキャマンダー兄弟は、そのどちらもがここハッフルパフで才能を磨いた。さあ他には? どうかな?」

 

 

 次は女の子が答えた。

 

 

「ホグズミードを作ったヘンギストはハッフルパフ出身だって、漏れ鍋のトムから聞いたことがあるわ」

 

「実に物知りだ、ハンナ!」

 

 

 トゥルーマンから拍手までつけて絶讚され、ハンナは嬉しそうにはにかんでいた。年相応で可愛らしい。

 

 

「他にも、魔法大臣を務めたグローガン・スタンプにアルテミシア・ラフキン、7が持つ魔法的な力を発見したブリジット・ウェンロック──彼等すべてがハッフルパフの生徒だった。わかるかい? ハッフルパフはこれまでに、三寮にまったく引けを取らない人数の優秀な人たちを世へと輩出してきたんだ。──だけど、僕たちはそれを誇ることはあってもひけらかしはしない。偉そうになんてしない。……だから、長く誤解されてるわけだけど」

 

 

 それまでの勢いを静めて、トゥルーマンはしっかりと一人一人の目を見つめて回った。勿論、立香の青い目も。

 

 

「ハッフルパフはどこの寮よりも公平だ。心優しくて、忍耐強い。一人が害されたなら、それにみんなで立ち向かう。一人をみんなが守る。それが──僕たちだ」

 

 

 手を己のローブの胸元へとやって────穴熊を叩く。

 

 

「どうかその胸の証を誇ってくれ──ハッフルパフ諸君」

 

 

「────」

 

 

 立香は名状しがたい心地でいた。生きている。彼は、彼女は、この世界に生きているのだ。登場人物として、主役として語られることはなくとも──ここに、彼等の人生はある。

 

 それを────立香は何度、壊してきただろう。

 

 

「さて、寮の話は以上だ。ここからはホグワーツでのちょっとした『注意』になる」

 

 

 テキパキと切り替えて、トゥルーマンはカラリとした笑顔で監督生の仕事を続けた。

 

 

「まず“寮同士の関係”についてだ。──グリフィンドールとスリザリン、ここの仲はとにかく最悪でね。水と油、犬と猿。一度でも衝突すると手に負えない。もしも廊下で赤と緑が睨み合いをしていたなら、速やかにその場から離れることをオススメするね。流れ弾に当たりかねないから」

 

 

 ああ……と頷く。原作知識が殆どない立香ですら、両者の確執についてはふんわりやんわり把握している。──グリフィンドールが正義で、スリザリンは悪だ。

 

 

「そして────うん、あまりこういったことを大っぴらに印象付けるのは、ハッフルパフは公平だと謳った手前かなり心苦しいんだけど────そもそもスリザリンの生徒には気を付けたほうがいい。彼等には彼等なりのポリシーがあって、場合によっては卑怯な手を使うことに躊躇いがない。……何人かは知ってる顔だね」

 

 

 ふと、仲良くなった一年生カルテットや、その他にも何人かが立香を見ていることに気が付いた。トゥルーマンも立香を見つめていた。

 

 

「もちろん、攻撃的な生徒ばかりではないし友達になれるならそれが一番だ。だけど────フジマル、僕は君が心配なんだ」

 

 

 とうとう、トゥルーマンは直接的に『懸念』を口にした。どうやらマルフォイと立香の件は、すっかり周知のものとなっているらしかった。

 

 

「大丈夫です。──オレ、そのくらいではへこたれませんから」

 

 

 笑んでみせる。肩のフォウが細く鳴く。マーリンは貼り付けていた感情のテクスチャを削ぎ落として、マシュとは違う淡めいた紫で藤丸立香を見ていた。

 立香(マスター)は挫けない。立香(マスター)はこの程度では脅かされない。もっと激しい悪意をぶつけられた。もっとどうしようもない憎悪を目の当たりにした。

 死んだ。生きた。看取った。置き去りにした。

 嗤われて。縋られて。懇願されて。拒絶されて。

 

 世界を滅ぼす“悪”と────カルデアの悪魔と、そう、石を投げられる悪役(主人公)なのだから。

 

 

「……そうか。頼もしいな、フジマルは」

 

 

 労るように、トゥルーマンの手がフォウのいない側の立香の肩を撫でる。小さな肩だ。ふとした拍子に折れてしまいそうだと、見守っていたセドリックには思えた。

 

 

「それじゃあ、気を取り直して次はレイブンクローの話をしよう────」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 先輩。そう呼んで──誰よりも立香を求めて、心から笑ってくれる少女がいる。藤丸立香を認めてくれる。マシュ・キリエライトがいる。

 

 

「マシュ!」

 

「先輩!」

 

 

 戦闘霊衣ではなく見慣れたパーカー姿でホログラム越しに駆け寄ってきた後輩の姿に、立香は緩む頬を抑えられなかった。寝起きらしいマシュは、あらぬ方向に跳ねている後ろ髪の一部など気にも留めずに定例報告を受ける姿勢へと入っている。追ってやってきたダヴィンチがクスクス笑いながらマシュの寝癖を指摘する。

 

 

「ひゃわっ!? み、見ないでください、先輩っ。あの、これはですね、先輩からの報告が待ち遠しくて寝付けなかったとかでは決してなくてですね……!」

 

「うーん、マシュはかわいいなあ。少年少女のピュアなやり取りは実にいい。身も心も若返るようだ」

 

「まったくもって同意だ。オレの後輩は今日もどの角度から見ても隙なくかわいい。寝癖だってかわいい。それはそれとしてその姿のダヴィンチちゃんにオッサンくさい発言をされるとなんだか脳がバグりそう」

 

「フォーウ」

 

「せ、先輩……! フォウさんまで……!」

 

「────コホン。ミス・キリエライトをからかって愛でる君達の悪癖については多少なりとも理解しているつもりだが、現状、我々には圧倒的に情報が足りない。……話を進めても?」

 

「ハイ」

 

 

 わちゃわちゃした少女と少年と少女のハートフルな触れ合いは、ヤク切れの安楽椅子探偵によって無情に切って捨てられた。思わず姿勢を正しながらホログラムの前へと正座した立香である。すかさず膝でフォウが丸くなった。

 

 

「それでは、ミスター藤丸の充実した学生生活一日目を振り返ろう」

 

 

 立香は朝の目覚めから再びこの部屋へと戻ってくるまでの流れをできうる限り事細かに説明した。授業の部分ではマシュの瞳がわかりやすく輝くので、特に多く話してしまった。そして、廊下に待ち受けていたマルフォイ少年の件では──

 

 

「──児童文学にしては、中々踏み入った差別意識だね」

 

 

 誰も彼もが冷静に事態を受け止めていた。当事者たる立香が涼しい顔をしているのだから。──否、マシュは複雑な面持ちを隠そうとして失敗していたが。

 

 

「むしろ児童文学だからこそと見るべきかもしれないが──ともかく。進展という進展はないようだね。と、いっても、たった一日に劇的な変化を期待するほど我々も切羽詰まっているわけではない。ここまでの流れに違和感や疑問点などはなかったかな、原本確認担当のキリエライト君」

 

「はい。小説内でもハリー・ポッター少年が入学してすぐの描写は、少年が慣れない魔法の授業に追われる様子でまとめられています。今後の流れとしては────」

 

 

 ノウム・カルデアの地下ライブラリから持ち出したらしいハリー・ポッターシリーズのデータを参照して、マシュの淡々とした説明がホームズに続く。抑揚のない声だ。マシュは口頭でのナビゲートでしか立香の役に立てない現状に無力を感じているようだが、そんなふうに感情を圧し殺されると立香としても苦しい。

 

 

「マーシュ」

 

「……? はい。なんでしょうか、先輩」

 

「オレはマシュも知っての通り地道な調べものとかは苦手だし、本もあまり読まない。頭もそれほどよくない。だから、こうしてマシュに助けてもらえて感謝してるし、助かってる」

 

「先輩……」

 

「もっと気楽にしていいよ。大丈夫、オレも気楽にやってるから。もしこの場所が嫌になったら──さっさとリタイアしていいんだもんな。そう言ったよね、ダヴィンチちゃん」

 

 

 立香からのパスを受け取ったダヴィンチは、マシュの手から端末を取り上げて天使の笑顔で頷いた。

 

 

「その通り。まだどうなるかはわからないけど──ここで彼の言葉を借りるのはなんとなく癪だけど、こんな時こそ“気楽に気楽に”──だよ」

 

 

 ダヴィンチの無敵のモナリザスマイルにつられるようにして、ふわりとマシュの整ったかんばせに笑顔が戻った。

 

 リタイア──そんなものを、『藤丸立香』が選べる筈はないのに。

 

 

「キリエライトは真面目すぎるのだ。私の特性ベーコンでも夜食にして少しは気を休めなさい。……一切れだけだぞ。一切れだからな! せっかくベーコン泥棒も一緒に出払ってるというのに」

 

「相変わらずケチくさいなあ、オッサンは。今は異聞帯攻略中でもないんだから、ベーコンくらい丸ごとやればいいのに。まあでも、夜食にするならベーコンよりチーズのほうがマシュには合うか。どうせ隠し持ってるんだろ? ほら、オッサンのダイエットの助けと思ってさ」

 

「だぁまらっしゃい! 私とそれほど体型の変わらないバター君! あと、私のこの存在感あるボディは筋肉だから。脂肪じゃないから」

 

 

 おとなげなく喚くゴルドルフに通りすがりのネモ・ナースがこぼしていく。

 

 

「そんなことありませんよー。ゴルドルフ所長の健康診断結果はですねぇ、」

 

「医療従事者が厳守せねばならない患者情報の守秘義務はどこにいったのかね!?」

 

 

 ──空気がぐだぐだしてきたなあ。同じ感想を持ったらしいダヴィンチがそっと男達を通信ホログラムからフレームアウトさせた。

 

 

「……ゴルドルフくんの身体を張ったコントで和んだところで、話を戻すよ。彼等ってば、気が緩むとすぐ脱線するんだから。今は、マーリンの霊体化をどのように代替するかを話し合うときだろうに」

 

 

 ダヴィンチがぼやくマーリンの名に反応して、「フォウ?」と頭を持ち上げたフォウを手慰みに撫でる。

 

 

「寝てていいよ、フォウ。そこのところ、マーリンはどう思────あれ?」

 

 

 気が付いた。──立香は気付いてしまった。傍にいると思っていたマーリンは、室内のどこにもいなかった。

 

 

「いつの間にいなくなったんだろう。これからマーリンの話をするっていうのに」

 

「……そうだね。夢魔は気まぐれらしいから」

 

 

 意味深に、ダヴィンチとホームズがアイコンタクトを交わす。立香には気付かれないように。──なにも確証がない状態で、徒にマスターとサーヴァントの信頼関係を掻き回すべきではない。

 

 

「ま、どこをほっつき歩いてるにしろ彼の目はこちらを視てる(・・・)だろうし、気にせず進めちゃおう。──マーリンもサーヴァントである限りはルールから外れられない。いくら規格外の魔術師といえど、霊体化している間は無力で無防備なのは本当だ。けれど、霊体化という便利な手を手放すわけにはいかない──」

 

「────透明マント」

 

 

 マシュが呟いた。それは意図せずこぼれたものらしく、画面の中の人々、そして立香の目がマシュへと集まるのに、アメジストはわたわたと慌てた。

 

 

「す、すみません。ふと、思い付いてしまって……。ハリー・ポッターシリーズにはたびたび透明マントというマジックアイテムが登場するのですが、これを使えば、名の通りマントの中にある物や人物を透明に見せる事ができるんです。物体は変わらずそこに存在するので、あくまでも鏡効果のみの範疇ではありますが。この透明マントを用いれば、霊体化せずともマーリンさんを透明にする事ができるのではと……思って……」

 

「その透明マントって、誰でも手に入るものなのかい?」

 

「いえ、主人公のハリー・ポッター少年だけがダンブルドア伝に所有権を継承します。透明マントはポッター家に伝わる家宝なのです。類似品なども存在しますが、どれもオリジナルより劣り、いずれ効力を失います。しかしハリー・ポッターが持つ透明マントだけは、世界にただ一つの本物(オリジナル)なので永遠に機能します。──作中では“死からも隠れて逃れられる”として、死を制する秘宝の一つに数えられていますね」

 

「んー、なるほど。マシュってば優秀~!」

 

 

 パチパチとのんきな拍手が上がった。勿論ダヴィンチだ。倣って立香も膝のフォウを起こさない程度に小さく拍手した。

 

 

「ナイスな情報だよ。おかげで────私、思い付いちゃった」

 

「ダヴィンチちゃん?」

 

「ここが天才発明家の見せ所ってやつかな。うん、マーリンの件はこちらでどうにかなりそうだ。ちょっと時間をもらうけど、そのうちに良い物を送るからさ。期待してていいよ?」

 

「本当ですか!? さすがです、ダヴィンチちゃん!」

 

 

 次はマシュからダヴィンチへと拍手が送られる。実に微笑ましい光景である。どこかからシャッターの連写音がしたので、犯人はムニエルかおそるべき嗅覚で百合のかほりを嗅ぎ付けた黒髭であろう。ノウム・カルデアは今日も平和だ。

 

 

「解決策も見えたことだし、ひとまずはこのくらいでいいんじゃないかな。立香くんもそろそろおねむみたいだしね」

 

 

 ダヴィンチの言葉の通り、立香の目蓋は通信を開いた頃よりもやおら下がっていた。肉体が子供だからだろう。疲労に抗えない。

 

 

「それじゃあ、私は工房で作業に入るから、後はお二人でどうぞ。ほら、ホームズ、君はムニエルと一緒にモニターだろ」

 

 

 少女の腕力とは思えない力業でダヴィンチがホームズの背を押して、頭脳担当の二人は消える。ついにマシュと二人きりになる。

 

 

「……先輩」

 

「うん」

 

「楽しめて、いますか? つらいことはありませんか? 傷付いたりは、しませんでしたか?」

 

「…………」

 

 

 傷付くの言葉がなにを指しているのか──そのくらいは、主語などなくともわかる。立香とマシュは唯一無二のパートナーなのだから。

 

 

「そうだなあ。実感がないってのが正直なところだけど────オレ、手加減されてたんだなって」

 

「手加減?」

 

「そ。ほら、カルデアにだって子供サーヴァントがいるだろ? ナーサリーとか、アビーとか、ジャックにリリィ達……旅の先で出会う子供達も、素直ないい子ばかりだった」

 

 

 母を目の前で喪いながらも笑顔を絶やさなかったルシュド。弟の為、どんなに恐ろしい状況にも涙をこらえ堪えしのいだおぬい。部外者の立香達を招いて無邪気にもてなしてくれたゲルダ。輪廻の牙に翻弄されながらも明るさを失わなかったアーシャ──

 立香達の旅は、いつだって出会いに恵まれていた。

 

 

「だけど、違うんだ」

 

 

 明け透けに思ったことを口にしてしまう。明確な悪意を隠しもせず振りかぶる。己の正義だけを信じて誰かを踏みつけにしていく。

 

 

子供(・・)ってこうだよな、て──そう思っただけ」

 

 

 すっかり寝入ってしまったフォウを抱き上げ、子供(・・)の立香はマシュのホログラムが浮かぶ端末をお供にベッドへと腰掛けた。

 

 

「たぶん、あの子にはあの子なりの問題があってさ──それは、マルフォイがこの世界で生きてるからで──」

 

 

 マルフォイだけじゃない。立香を庇ったハッフルパフの一年生達や、談話室で熱弁を振るったトゥルーマン、生徒を見守る教師達──そのすべてに、生者の熱があった。

 

 

「ただの記号じゃないんだ。みんな、生きてるんだよ。ハッフルパフだとかレイブンクローだとか──オレはマシュとちがって映画しか知らないけど、そんな名前、ちっとも覚えてなかった。だって映画に画かれていたのは、主人公(ハリー・ポッター)がいるグリフィンドールと悪役(マルフォイ)がいるスリザリンばかりだったから。──でもさ、生きてるんだよ。みんな、ここに」

 

 

 寝惚けたフォウが立香の指にすり寄る。あたたかい。生きている。

 

 

「……はい。その通りです。先輩がお話ししてくださった学友の皆さんのお名前に、わたしは何人か覚えがありました。それは、電子書籍で読んだことがあるからです。けれど──ガブリエル・トゥルーマン。この人のことを、わたしは知りません。作中に彼の名が出てくることはありません」

 

 

 マシュの声は静かで、どことなく子守唄のようで──立香は小さく息をつく。

 

 

「けれど──生きているんですね」

 

「生きてるよ」

 

 

 迷いはなかった。立香にはもうわかっていた。

 

 

「オレ──ホームズやダヴィンチちゃんみたいに、みんなのことをただのキャラクターとして見ることはできないと思う」

 

 

 知ってしまったから。そう、思ってしまったから。──ひとりひとり、誰もがこの世界を生きる“人間”なのだと。

 

 

「はい。先輩はそういう人です。そんな先輩を、マシュ・キリエライトは誇りに思います」

 

 

 カンテラの火が揺れる。ぼう、と浮かんだ立香の影が、天蓋にもう一人の立香を形作る。

 

 

「おやすみなさい、先輩」

 

「おやすみ、マシュ」

 

 

 目を閉じて。みんなと同じように眠ろう。

 

 明日も、藤丸立香はこの世界で生きていくのだから。

 

 

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