藤丸立香は魔法が使えない   作:椎名@大体pixivにいる

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藤丸立香は避けない

 

 ──────何も、見えない。

 

 黒い。暗い。昏い。

 ひどく、深い場所にいるような感覚だけが在った。

 見えるものは存在していない?

 分からない。自分が、目を開いているのかどうかさえ。

 此処はどこなのだろう。

 分からない。自分が、立っているのか座っているのかも。

 声を出そうとしてみる。

 唇が動かない。舌が動かない。喉から何も出て来ない。

 

 ああ、これは、

 もしかして──────

 

 

「似てる、とは、思ってたんだよな」

 

 

 暗闇から引き上げられる感覚に、続いて角膜を焼く陽の光に、立香は何度か瞬きを繰り返すと億劫そうに背を起こした。立香の胸をベッド代わりに丸くなっていたフォウが、揺れるベッドにもにょもにょ寝言をこぼしながら迷惑そうに尻尾を振った。この小さな友達はまだ起きる気がないようだ。

 

 

「漸くお目覚めかい? マスター。随分と深い眠りだったようだけど」

 

 

 当たり前にふわりと笑顔を見せるサーヴァントを見上げる。あちらこちらに跳ねる前髪の隙間から覗き見た花の魔術師は、日差しを養分に大輪の貌を実にそれらしく咲かせていた。

 彼を知らなければ、まさに満面の笑み。しかし彼を知っていれば、なんて胡散臭い虚像だろう。

 

 

「うん。たぶん──逢ってたんだと思う」

 

 

 フォウを両手で掬って、本来のベッドへと置き直して、地に足裏をペタリと着けた立香はぐっと伸びをした。筋肉も関節も柔らかな子供の身体だというのに、パキパキと背が音を立てた気がした。

 

 

「夢でかい? 誰に?」

 

「……オレのファリア神父」

 

 

 サーヴァントの疑問に冗談めかして答える。

 夢の中での詳細な記憶はない。誰に会っただとか、どこを巡っただとか、彼と何をしたかなんてのは綺麗さっぱり闇と朝陽に塗り潰されてしまった。しかし、残り香が──例えば彼の独特な笑い方だとか、もっと単純に煙草の臭いだとか、魂を炙る炎の蒼さ……そういったものが立香の無防備な魂に痕を残している。憶えている(・・・・・)

 

 似てる、とは、思っていたのだ。ホームズが時間の〝ズレ〟について述べた時から。──夢に閉じられた監獄での七日間を、立香は憶えている。

 彼は言っていた。〝彼処と此処では時間の流れも空間の概念も違っている〟と。つまりは、今回もそういうことなのだろう。

 

 

「そうだ、マーリン。マーリンは夢魔なんだから──……何を持ってるんだ?」

 

 

 彼との面識はある? そう続くはずだった立香の言葉は新しい疑問に湾曲した。マーリンがなにやら包みを抱えているのだ。それに、やっぱり立香からすれば胡散臭さ極まりない笑顔で応えたマーリンは、まだ寝惚けているマスターへと荷物を手渡した。

 

 

「君が寝てる間にカルデアから届いたのさ。一昨日(・・・)にね」

 

「そうなんだ、一昨日に…………一昨日!?」

 

 

 大雑把な手櫛で大雑把に寝癖を整えていた立香は、そのまま飛び上がってマーリンへと青い目を剥いた。預かった荷物が膝から落ちて、またまた揺れたベッドにフォウがとうとう文句の声を挙げた。

 

 

「あ、ごめんフォウくん……じゃなくて! 一昨日ってどういうこと!?」

 

「どうと言われても──言葉の通りだとも、マイロード。君は本当によく眠っていた(・・・・・・・・・・)

 

 

 性根が人外のサーヴァントが含んで笑うものだから、立香からザァッと血の気が引いた。間違いない──自分は一日以上、眠っていた。

 

 

「……今日、何日? いや、何曜日?」

 

「木曜日だね」

 

 

 ニッコリ。花の貌から目を逸らして小さな手で頭を抱える。立香の感覚でいう『昨日』は水曜日だ。そして今日は木曜日。しかし荷物が届いたのは、立香には覚えのないマーリン曰く一昨日の火曜日で──つまり、立香はほぼ丸っと一週間を寝て過ごした形になる。

 寝汚いなんてものではない。これも、時間の差違による云々かんぬんの弊害なのだろうか。

 

 

「というか、誰も起こしてくれなかったのか……? 打ち解けられたと思ったんだけどな……」

 

 

 マルフォイから立香を庇ってくれた一年生カルテットや、親切なディゴリー少年、もしかすれば監督生のガブリエル・トゥルーマンなんかも、授業どころか生活の全てをすっぽかして籠る立香を放っておくとはとても思えない。

 ああ、それはね。どこまでも軽く弾むようなサーヴァントの声に面を上げた。

 

 

「ダンブルドアがどうにかしたようだよ」

 

「ダンブルドアが? オレの為に? ……なんで?」

 

「さあ」

 

「さあ、て……」

 

 

 子供の顔でありながら、残業を抱えたサラリーマンのようにどっと立香の顔に疲労が浮かんだ。図らずもその色は、立香やマシュが心から慕う白衣のその人にそっくりだった。

 

 

「ダンブルドアって何者だよ……」

 

「魔法使いだとも」

 

「それはそうなんだけどさあ」

 

 

 見た目もキャラクターもまさに子供が描く『魔法使い』そのものだけど。なんだって不審人物の自分にここまで善くしてくれるのだろう。

 うーん。頭を悩ませながらもベッド下に落としてしまった小荷物を拾う。両手を使って広げてみて、ああ、と立香は頷いた。

 

 

「これか」

 

 

 第三の異聞帯、秦にて始皇帝の『目』から逃れる際に重宝したステルス装備であった。形は大人もすっぽり包める大柄なローブを模していた。

 

 

「なんとも実用的なプレゼントだね。サイズを除けばだけど」

 

「そりゃあ……だってマーリン用だし」

 

「おや、私かい?」

 

 

 あれ? 何も事情を知らないらしいマーリンに珍しいこともあるものだと小首を傾げながら報告会での決定を伝える。それにマーリンはやっぱり軽薄に笑うと、成程と透明マント改めステルスローブを取り直した。

 

 

「羽織ってみてよ」

 

「こうかい?」

 

「……あー、そうなるかんじか」

 

 

 霊体化とは違った塩梅で色のなくなったマーリンが立香の目に映る。おそらく立香以外の人間には輪郭すらも見えてはいないだろう。実体化したサーヴァントを布で覆っているだけなので、触れればそこに肉体がある事実は変わらないが、少なくともマスターたる立香がマーリンを見失うリスクは無さそうだ。

 

 

「……ん、何か入ってるね」

 

 

 マーリンがローブの懐から折りたたまれた用紙を取り出した。

 

『Per 立香くん! 約束のダヴィンチちゃん印の透明マントをお届けでーす☆ 

【注意】二次世界の人間には絶対に見付からないように。そちらからすれば所謂オーバーテクノロジーに概する物だからね。あ、洗濯の必要はないから安心して。シオンが徹底的に汚れを弾く加工をしてくれたので助かっちゃった。それでは、幸運を祈って。Buona giornata!』

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチのトレードマークである鏡文字サインを文末にしてメモは終わっていた。挨拶はともかく、本文は立香も知る英語での文面だったのでほっと胸を撫で下ろした。助かった。聖杯の現代知識強制附与さまさまだ。小さなダヴィンチを造ったのは聖杯ではなくダヴィンチちゃん本人だけど。

 

 

「お礼は今日の夜でいいかな。一週間って、向こうではどのくらい時間が進んでるんだろう……。──ん、よし、とにかく。マーリンは霊体化の代わりにそのローブを着てついてきてくれ。オレは──まずは朝食かな」

 

 

 カルデア戦闘服の上から魔術協会制服を着込んで、いざと革靴の踵を鳴らせばいつの間に目覚めたのかフォウが軽やかに立香の肩へと馴染む。

 緊張の面持ちでドアノブへと手を掛ける。なんたって、立香は登校初日を終えた次の日から寮内にすらも姿を現さなくなった生徒だ。問題しかない。そしてそれを立香自身もどう説明すればいいのかわからない。

 これがカルデアであればいつものレムレムですね、なんて頼もしい後輩や探偵や発明家二人が当人たる立香以上に適切に考察・解釈したのだろうが、生憎とこの場で立香の『特異体質』を知るのはマーリンのみ。透明人間……もとい透明サーヴァントのマーリンだ。実質、立香が認識しなければいないも同然の影法師だ。カルデアを頼れない今、全ては立香の話術に掛かっていた。……ナルコレプシーとか、通じるのかな、この世界。

 

 

「おはよーございます!」

 

 

 立香の感覚では昨日と同じ勢いで扉を開く。何はともあれ挨拶だ。コミュニケーションは挨拶から。相手が人間であろうがサーヴァントであろうが獣であろうが神であろうがそこは変わらない。

 

 

「「「リッカ!」」」

 

 

 立香的に昨日とは打って変わって一年生カルテットが揃って声を上げた。少年も少女も飛び上がるようにソファから立ち上がって、立香を囲んで。食堂にやってきたマスターを独り占めしようと我先にと駆け寄ってくる子供サーヴァント達を彷彿とさせる姿に、自然と立香に微笑みが浮かんだ。彼等と同じ十一歳の子供にしては達観した慈愛の笑みだ。

 

 

「リッカ、君、身体は大丈夫なの? 調子は良くなった?」

 

「わたしたち、聞いたわ。リッカ、どうして言ってくれなかったの? 黙られちゃサポートもできないのよ!」

 

 

 心配に不満を混ぜて詰め寄るジャスティンとスーザンに首を傾げる。立香の髪が背を触るのでフォウがくすぐったそうに鳴いた。

 

 

「体調は見ての通り何ともないけど……何の話?」

 

「なにって────あなた、『呪い』を受けているんでしょう?」

 

 

 立香の疑問に答えたのはハンナだ。(あくまでも立香の感覚では)昨日と同じ三つ編みの金髪を左右に振ってぎゅっと眉をひそめていた。

 益々わからない。呪いとはなんぞや。さっぱり少年少女の批難を汲み取れずにいる立香に、助け船を出したのは暖炉の側で後輩達のやり取りを見守っていた監督生だった。

 

 

「ダンブルドア先生がハッフルパフ寮まで来られて直々にご説明されたんだ。フジマルは人一倍睡眠を必要とする体質で、それは血に組み込まれた呪いだからどうしようもないんだって。聖マンゴの癒者ですら治せない病気がまだこの世にあっただなんて!」

 

 

 大仰に嘆くトゥルーマンを立香だけが呆気に取られた顔で見ている。(否、もしかしたらフォウも同じ顔をしていたかもしれない)

 周りを見渡せば立香以外の一年生達は慣れた顔付きだった為、彼等はこの一週間でこの上級生の性格にも慣れられたらしい。哀れ藤丸立香はすっかり出遅れだ。

 さて、フジマル──ここからは真面目な話だとばかりにトゥルーマンが腰を上げた。

 

 

「ジャパニーズは自分のことを話したがらない種族らしいけど──やっぱりアレかな。ニ・ン・ジャってやつか?──同じ寮に住む僕らは家族も同然。助け合う上でやっぱり情報の擦り合わせは大切だ。……隠し事は、程々に」

 

 

 隠し事をするなと約束させない辺りが何とも呼吸のしやすい説教だった。直感で、ステルスローブに身を隠し控えるマーリンが笑ったのがわかった。

 ──思えば、サーヴァントを隠す旅なんて立香にとってはこれが初めての事なのだ。特異点しかり異聞帯しかり、その場には世界の悲鳴を聞き付けたマスターを持たないサーヴァントが召喚されているのが常であったし(ロード・エルメロイⅡ世曰くは、本来の聖杯戦争は関係者外の目から隠れて行うものであり、サーヴァント一騎とて戦闘光景を目撃された場合には命の保証すらも相手には残されていないと授業を受けている)自然と、サーヴァントは隠すものという意識が薄かった。マスターにあるまじきのほほん具合だ。どこぞのあかいあくまが知ればいくら特殊状況といえど後輩の危機感のなさに頭を抱えてしまいそうだ。

 マーリンのことを隠し通さなくてはならない。彼等彼女等はこんなにも異邦人の立香へと心を砕いてくれているのに──そう、どこかで覚えていた罪悪感をトゥルーマンが払拭してくれた気がした。

 

 隠し事は程々に、だ。

 

 

「……心配かけてごめん。頼りたいことがあったら遠慮なくみんなを頼るからさ」

 

「ほんとうに? ぜったいよ? やせ我慢はダメだからね」

 

 

 心配性なのか、世話焼きなのか、未だ憂い顔の晴れないハンナへと心から笑む。

 

 

「ありがとう」

 

「フォウフォーウ!」

 

 

 一番年下の後輩達の微笑ましい問答に切りが付いたところで、誰ともなく壁時計を見上げた。カボチャのくり貫きを模した時計はとっくに朝食が始まっていることを指していた。

 

 

「食いっぱぐれても僕たちには厨房という強い味方がいるけれど、あたたかいスープにあずかりたいならそろそろ向かわなければならないよ。朝食抜きで昼まで授業を受けるのは、思いのほかキツい。だって、腹の音で何度も先生の話を中断させちまうからね!」

 

 

 プッと誰かが吹き出した。アーニーが立香の肩を叩いて、組むようにして歩き出した。先にはハンナとスーザンの女の子達が歩いていた。口出しせず扉付近で成り行きを見守っていたセドリックも立香の隣にいた。カナリアイエローのローブを翻して────いざ、あったかいパンプキンスープを求めて大広間へ!

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 一週間飲まず食わずであった立香の肉体は、一週間ぶりの食事にもかかわらずスープからシェードパイまで難なく平らげた。眠り続けたことによる身体異常は今のところ見られないようだ。本来の肉体はノウム・カルデアで今この時にも眠り続けているのだから、そちらに異変がない限りは二次世界の立香にも影響しないのかもしれない。──逆がないとは、保証できないけれど。

 下総国でも監獄塔でも、立香の精神の崩壊はそれすなわち死への直結であった。小さくても頼れるダヴィンチちゃんは命の危険はないと愛らしい笑顔で立香を後押ししたけれど、実際に現実のものとして二次世界で呼吸する立香にはどうもそうは思えないのだ。

 たぶん……ここで死ねば、死ぬ(・・)と、思うんだよなあ。

 偉業をいくつも遺して世界へ生を刻んだ英雄達のような頭脳は当然立香にはない為、所謂勘の域を出ない程度の憶測だが案外馬鹿にできない。その勘でマスター藤丸立香はいくつもの九死を切り抜けてきたのだから。

 

 ──などと。空に浮かぶ何人かの男女の影を眺めながらぼんやり思う。

 

 空だ。スカイだ。海に近い立香の瞳よりもずっと爽やかな青だ。太陽光をバックに人間が箒に跨がって飛んでいた。ファンタジーだ。

 

 

『せっかくの飛行訓練だっていうのに、マスターは箒に跨がりもしないのかい? 空を歩く経験がないわけではないだろう?』

 

「あれはエレちゃんが冥界でも動ける権限を与えてくれたからだろ」

 

 

 念話でからかってくるマーリンへと他人の姿がないのをいいことにムスッと叩き返す。なぜ立香の周囲に人がいないのか。簡単なことだ。みんなお空にいるからである。

 立香とて、正直なところは箒による空中飛行にワクワクしないでもないのだ。子供なら一度くらいは夢に見るだろう。杖を振ってアブラカタブラ……いやビビディバビディブゥ、だったか。それから、魔法のランプに魔法の絨毯。魔法の薬に魔法の杖! まさにロマンだ。シェヘラザードやナーサリー・ライムならノータイムで肯定してくれるだろう。

 正直に申し上げると────やってみたい。箒で運転、やってみたい! いつかのバステニャン操縦くらい実は物凄くうずうずしている立香なのだ。

 でも、だめだ。我慢だ。下手に挑戦して落下してキャスター着地は任せた! なんてやろうものなら全てが台無しだ。魔法使いでない立香にはロマンにうずく心に蓋をして涙を呑んで正真正銘魔法使い達を見上げる程度が精一杯だった。

 

 

「せめてこの目に焼き付けてマシュに教えてやるんだ……!」

 

『健気だねえ……』

 

「フォオウ……」

 

 

 確実に思ってないだろう声色でマーリンに慰められた。くそう、ムカつく。

 

 

「リッカ、まったくダメなの?」

 

 

 箒からふわりと下りてきたのはおさげがチャームポイントのハンナ・アボットだ。彼女は立香同様にしゃがみ込むと、わたし、箒苦手みたいだわ、なんて困ったふうに添えた。

 

 

「んー、自分には才能ないっぽい。ハンナは飛べてたじゃないか」

 

「でも、上手くコントロールできないのよ。アーニーみたいに飛べたら素敵なのに」

 

 

 ハンナの目の先を追えばスイスイとマダム・フーチを追うカナリアイエローのローブがある。アーニー・マクラミンだ。ハッフルパフ一年生の中でも彼は特に優秀だった。家名に誇りを持っているだけある。彼についていけている生徒はハッフルパフとレイブンクローと合わせても数人しか見られない。あ、あれは、えーと……同級生のザカリアス、だっただろうか。

 アーニーはすごいなあ。嫉妬心も競争心も皆無の立香ののんびりのほほんとした呟きにクスッとハンナが肩を揺らす。ジャパニーズの魔法使いは箒が得意だって聞いてたけど、やっぱり人それぞれなのねえ。地面に足を着けて空を見上げる二人は草原に吹く風のようにのどかだった。思わずフォウも背を丸めてうとうとするというものだ。ちなみにマーリンは子供みたいな顔でさて君はどんな原理で空を飛ぶんだいと立香の傍に転がる箒をつついていた。

 

 

「気にしてくれてありがとう、ハンナ。オレは大丈夫だからちゃんと記録取ってきなよ。成績に響くんだろう? これ」

 

「いいのよ。わたしには向いてないって知ってるもの。あなたも落ち込むことないわ、リッカ。あなたははじめてなんだし……アーニーもわたしもホグワーツに来る前から箒に乗っていたの。ポッターみたいな例は特殊よ」

 

 

 ふと彼女が口にした主人公の名前にうん? と首を傾げる。それにハンナもつられたように立香と同じ方向へコテリと首を倒すものだから思わず笑ってしまう。とってもかわいい。ハンナの存在は、年頃もそうだし、金髪なのもあって、カルデアのアビゲイルを立香に思い出させた。……帰ったらまた一緒にパンケーキを食べよう。次はエリセとボイジャーも誘ってみようかな。

 

 

「ハリーがどうかした?」

 

「あら、まだ知らない? わたしたちの前はグリフィンドールとスリザリンの合同訓練だったの。それでね、そのときにポッターがとっても上手に飛んでみせたんですって。彼、箒に乗るのははじめてだったのに! 自慢くちゃくちゃのマルフォイの鼻を明かしてやったらしいわ。わたし、それを聞いて胸がスッとしちゃった!」

 

 

 パッと表情を明るくさせるハンナが微笑ましくて、うんうんそうかそうかと締まりのない顔で頷く立香は、親戚の姪っ子だとかを可愛がる大人の顔をしていた。それを正面から食らったハンナは、もしかしてリッカには妹がいるのかしら、なんてコッソリ照れていた。サーヴァントの顔面偏差値が高すぎて忘れられがちだが、実は藤丸立香もそれなりに整った顔立ちをしているのである。

 ピィッ──マダム・フーチが高く笛を鳴らす。集合の合図だ。当然のようにハンナの手を取った立香に淡く少女が息を呑む。──悪くないわ、なんて。隠れて頬を染めた少女に気付いたのは透明の魔術師だけであった。

 

 ──やっぱり、ボーイ・ミーツ・ガールの感情は格別に美味しい。

 


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