ゴォォォオオォォ
「マスクしてきて良かった……」
「ひゃー、凄いすなあらしじゃな! マスク無しでゴーグルだけじゃったらまともに会話すら出来んかったなこりゃ」
キンセツシティ北方。111番道路の中央に位置する『さばく』に到着した二人と一匹だったが、吹き荒れる砂嵐に数メートル先さえ見えなくなり、あまりの強風に足取りはおぼつかない。おまけに高い気温がみるみるうちに体力を奪っていく。
常に砂嵐が発生しているこの砂漠は毎年遭難者が出る危険地帯であり、砂漠で活動しているのは強いポケモンを目当てにしたエリートトレーナーや、砂漠に残された古代の遺跡を探す学者、そして無謀な駆け出しトレーナーぐらいだ。
特に、あの辺りにボーイスカウトで来ている幼いトレーナーが腕試しで砂漠へと入り、そのまま遭難して衰弱死したり肉食のポケモンに襲われて捕食されたりなんてニュースは珍しい話じゃない。トレーナー協会もこの問題は非常に深刻に捉えているのだが、貴重な砂漠のポケモンを強いトレーナーに独占させたくないトレーナーの勢力の反対が強く、現在は対応出来ていない状態だ。
先述したように生息しているポケモンも、凄まじい咬合力を持つナックラーや全身に毒のトゲを持つノクタス、果てにはホウエンにてボーマンダと並んで恐れられる捕食者であるフライゴンの目撃情報もあり、相応の腕のトレーナーでなければ砂漠を歩くことは命にも関わる。
つまり、間違っても駆け出しですら無いトレーナーの僕が来て良い場所では無い訳で。
「フカッ! カッ!」
「サメまるは元気そうだね」
「フカー、フカッ!」
「砂漠が好きなの? やっぱりサメまるは地面タイプなのかな」
そんな僕の心配はよそに、サメまるは上機嫌になっている。口に入る砂も気にせずはしゃぐその姿は、見ていて微笑ましいものだった。強烈な砂嵐でサメまるの姿すら時折霞むのだけど。
「さァて。この辺りの砂を頂くとしようか。バケツは持っとるよな?」
「はい。でもちゃんと持ち帰れますかね……」
「ま、多少は風で飛ばされるじゃろうが問題ないじゃろ、多分」
小さめのスコップと、いつもコイキングを入れておく為に使用している青いバケツ。スコップを使って砂漠の砂をバケツへと入れ始めると、サメまるも歩みを止めて興味深そうにバケツの中を覗き始めた。
ゆらゆらと左右に揺れるサメまるの姿はまるでご飯が出来るのを待つ小さな子供のようで、マスクの下で思わず微笑んでしまう。そしてそんなサメまるの様子から、テッセンさんの言っていた『孵化厳選』の話が本当なら、サメまるは産まれたばかりの赤ちゃんなのだろうなと、トレーナーとして心配になる。
「……テッセンさん、やっぱりサメまるにバトルはまだ早いと思うのですが」
「ふむ、バトルか。ワシは大丈夫じゃと思うがな。子育てをするポケモンはかなり限られる。故に産まれた時から単独で生きていけるよう、戦う力は産まれながらに持っているものじゃ」
「そう、なんですか?」
「ポケモンとあまりふれ合って来なかったお前さんがわからないのは仕方ないが………そうじゃな、サメまるの生まれがワシの予想した通りだったのなら、尚更じゃ」
そう言うと、テッセンさんはポケナビを取り出してサメまるへとポケナビのカメラを向けた。人間の機械という見慣れない物にバケツから興味が移ったのか、サメまるも不思議そうに身体を傾けてポケナビをじっと見つめる。
「ふむ、やはりか。カナタ、これを見てみろ」
「何ですか?」
テッセンさんの隣に立ち、彼のポケナビの画面を覗き込む。開かれていたのはポケナビのポケモン解析ツールだった。
一般に、ポケモンが同時に覚えていられる技は四つまでと言われている。実際にはそれよりも多くの技をポケモンは記憶しているのだが、トレーナーの命令を受けて即座に発動出来るほど表層に出ている記憶は四つまでと言う事らしい。
そうしたポケモンが覚えている四つの技を知ることが出来るのが、このポケナビのポケモン解析ツールだ。生憎と現在のバージョンではホウエンのポケモンしか登録はされていない為、ポケモンの種族や数値換算した能力の値はわからないのだが、覚えている技だけならばわかるようだ。
開かれたポケモン解析ツールをじっくりと見た僕は、その解析結果に思わず目を見開いた。
「な、何ですかこれ!? 産まれたばかりのポケモンが覚えていて良いような技じゃない!」
「じゃろう? 本来ならば喜ぶべきような事ではないのじゃが、兎に角バトルに関しては心配するような事は無いじゃろうな」
解析結果に並べられた凄まじい技の数々に思わず叫んだ。
上から『げきりん』、『すなじごく』、『りゅうのいぶき』、『アイアンヘッド』。
ポケモンは親からの遺伝で技を覚えていると聞いたことはあるが、この技は余りにも異常だ。そもそも、他人ほどポケモンについて詳しくないと自負している僕でさえ、産まれたばかりのポケモンが技を四つも覚えている事自体おかしいと知っている。
それが、この有り様は一体どういう事だ。どれもテレビで放送されていたバトルで見たような、一線で活躍しているトレーナーが従えているポケモンが使うような技ばかり。
「技から見ればタイプはおそらく『ドラゴン』と『じめん』の複合型。どんなポケモンなのかはわからんが、確実に強くなるぞ、サメまるは」
テッセンさんのそんな呟きを聞きながら、再び砂をバケツへと詰めていく。サメまるはポケナビにもバケツにも飽きたのか、砂地の上をゴロゴロと気持ち良さそうに転がり始めた。
「サメまるは将来どんなポケモンに成長するんだろうな」
「フカ?」
こんなにもホエルコのように丸く、コロコロとしているのだ。サメはサメでも丸みのある、ホエルオーのような可愛らしいサメ型ポケモンに成長するに違いない。
「よし、詰め終わったので帰りましょうか」
「そうじゃな。じゃが………帰る前に一つ、やらんといかん事が出来ちまったのぅ」
「え?」
「ホレ見ろ。あっちじゃあっち」
砂でいっぱいになったバケツを持ち上げ、テッセンさんが指差した方向を眺める。
激しい砂嵐で気付いていなかったのだが、どうも緑色の何かが此方に少しずつ近付いてきているらしい。僕がその緑色をじっくりと見詰めていると、サメまるも気付いたのか同じ方向を眺め始める。
「カナタ、サメまる、初陣じゃよ」
「へっ?」
「フカ!」
「『サボネア』じゃ。ワシらがヤツの縄張りに入ったのが気に食わんかったらしい」
そう言った次の瞬間、緑色から紫に光るトゲが此方目掛けて何本も飛んできた。『どくばり』だ。
咄嗟にバケツを置いてサメまるを抱き抱え、身を翻してそれを回避する。テッセンさんも上手く回避したようで、少し離れた所で身を屈めてサボネアを注視していた。
「サメまる、行けるか?」
「フカッ!」
サメまるから帰ってきたのは、跳ねるような元気な鳴き声。まるで戦いを前にワクワクしているかのようなその様子に、心の中で渦巻いていた心配が薄れていく。
任せても、良いのか。
「わかった。行け、サメまる!」
「フカァ!」
怒りの形相でトゲだらけの腕を振り回して突っ込んできたサボネアに、サメまるは真っ向から立ち向かった。
「サメまる、『アイアンヘッド』だ!」
「フカッ!」
『ニードルアーム』を繰り出してきたサボネアに対し、サメまるに『アイアンヘッド』を指示する。
『草タイプ』の攻撃と『鋼タイプ』の攻撃。両者がぶつかり合えば、優勢なのは間違いなく『鋼タイプ』の攻撃だ。
サメまるの頭部が銀色に輝き、一時的にその部分だけが『鋼タイプ』の性質を得た。硬質化したサメまるの頭部がサボネアのニードルアームとぶつかり合い、サボネアの腕のトゲにヒビが入る。
「サボッ!?」
「フカァァァ……フカァ!」
力で押し勝ったサメまるがサボネアの身体を吹っ飛ばす。その姿に思わず拳に力が入った。
今、僕はポケモントレーナーをしている。夢や想像の中じゃなく、確かに現実で。
「いや、余計な事は考えるな、戦いに集中しろ、僕」
咄嗟に雑念を振り払い、戦いの様子へと意識を戻した。
サメまるがアイアンヘッドで吹っ飛ばしたサボネアだが、腕のトゲがいくらか砕けた程度でそれ以外はほぼ無傷だ。元気も十分すぎる程にあり、ほとんどダメージが通っていないように見られる。
しかもサメまるも相手を吹っ飛ばしたと同時に反動で幾らか後退している事から、技の相性の有利があったにも関わらずサメまるの能力の低さが威力を互角程度にまで落としてしまっている事に気づいた。
「あんまりダメージは通らなかったか。弱い技じゃあ無かったのに」
「カナタ! サメまるは産まれたばかりでまだ弱いのじゃ。ただ強い技を使っても有効打にはならん!」
「テッセンさん? なら、どうすれば!」
「技の『特性』を思い出せ! お前さんなら出来るはずじゃ!」
「お前さんなら出来るって言われても……」
僕は同世代の皆のようにトレーナースクールも、トレーナー通信教育もやった事が無い。覚えているのは全部テッセンさんの家にあった本に書いてあった事や、テレビで見たジムバトルから得た知識ぐらいだ。最初からトレーナーを目指して努力してきた彼等のように、基礎のしっかりとした豊富な知識は持っていないのだ。
だから『技の特性を思い出せ』と言われても、技について知っている事は技の名前とそのタイプぐらい。
「っ、サメまる! 『すなじごく』で撃ち落とせ!」
どうするべきか考えている間も、ポケモンは待ってはくれない。再び『どくばり』を放ってきたサボネアに対し、サメまるに『すなじごく』を命令して迎え撃たせる。
飛来したどくばりは、サメまるが作り出した小さな砂の渦に飲まれてビシビシと音を立てながら砕け散った。
「技の特性、特性………」
例えば『アイアンヘッド』なら? 確か、テレビで見たバトルでは『アイアンヘッド』を受けたポケモンが怯んで数秒間動けなくなっていた。あれを特性だと言うのなら、ある一定の確率で相手のポケモンを怯ませる事が特性になるのだろう。
例えば『すなじごく』なら。砂の渦で相手を閉じ込めて継続的にダメージを与え続けるという攻撃方法、それ自体が技の特性となるのだろうか。
「『すなじごく』? いや、サボネアは『くさタイプ』も持ってるから有効打には……」
その瞬間、脳裏にテレビで観たとあるジムバトルの1シーンがよぎった。
鋼タイプのジムリーダー『ミカン』が繰り出したハガネールに対し、チャレンジャーのミニリュウはこれと言った有効打が見付からず、攻めあぐねていた。
ハガネールのアイアンテールを受けて大きなダメージを負い、最早これまでかと思われた瞬間、ミニリュウに変化が現れる。ミニリュウはそれまで受けていたトレーナーの指示を突然無視し、ハガネールへと向けて『りゅうのいぶき』を吐き出したのだ。
思いもよらぬ攻撃を受けたハガネールはその途端にブルブルと震えて動きがおかしくなり、トレーナーの指示を無視して覚えている四つの技以外を出し続けたミニリュウによる一方的な戦いになってしまった。結局その後に出てきたポケモンに普通に負けた事と、自身のポケモンを御せていなかった事もあり、そのトレーナーはミカンからは認めて貰えずバッジを貰うことは出来なかったが。
しかし、相性の悪いミニリュウが一方的にハガネールを倒す切っ掛けとなったあの一撃。おそらくあれは『まひ』の状態異常だ。『まひ』を受けたポケモンは動きが鈍くなり、攻撃にも失敗しやすくなる。
「つまり『りゅうのいぶき』の特性は『一定確率でのまひ』?」
もし、それが当たっているのなら。
サボネアからサメまるへと、緑色に妖しく光る種子が飛ぶ。あれは『やどりぎのタネ』。相手のポケモンに特殊なタネを植え付け、継続的に体力を吸収し続けるという厄介な技だ。ジムバトルでも多くのトレーナーに使われており、格上のポケモンに対して有利に立ち回るのに役立っていた。
「サメまる、『りゅうのいぶき』でタネを焼き払いつつ攻撃!」
「フゥゥカァァァ!」
炎と雷が混ぜ合わさったような藍色の奔流がサメまるの口から放出され、タネを焼き払いながらサボネアに襲いかかった。技は直撃こそしなかったものの、かすっただけでサボネアは転倒し、ビクビクと痙攣を始める。
「っ、やっぱり! もう一度『りゅうのいぶき』だ」
サメまるから再び『りゅうのいぶき』が放たれ、砂地を抉りながらサボネアは吹っ飛ばされる。
サボネアのあの奇妙な痙攣。テレビで見たハガネールの痙攣とそっくりだった。まぐれかもしれないが、『りゅうのいぶき』には当たった相手を『まひ』にする効果があるのだろう。
「サ、サボォッ!」
巻き上がった砂煙の先から、サボネアが再び姿を現す。依然として麻痺は治っていないようだったが、相変わらず大きなダメージは与えられていないらしい。
これ以上のダメージを求めた場合、サメまるの持っている技の中で最も威力のある技と言えば『げきりん』になるのだが。
「……サメまる、行けるか?」
「フシャァァッ!」
ドラゴンタイプ最強の一角と言われる技『げきりん』。あまりに強力な技であるが故に使用したポケモンには一度使っただけで疲弊し、混乱に陥るというその技をサメまるに使わせるのには躊躇いがあった。だが、今のサメまるでこのサボネアを倒すには、この技を使う他無い。
僕の問いに、サメまるは力強く咆哮した。
「サメまる『げきりん』!」
「フ、フ………カァア"ア"ア"ァ"ァ"!」
サメまるの黒目の色が深紅へと塗り変わる。その小さな身体に収まっていた筋肉が大きく隆起し、目にも止まらぬ速さでサボネアに肉薄、次の瞬間にはサボネアは宙に浮いていた。
「フ、ガッ!」
宙に浮いたサボネアを、大きくジャンプしたサメまるは容赦なく叩き落とす。その瞬間、『グシャッ』という嫌な音がサボネアの身体から響き、黄緑色の液体が飛び散った。
サボネアはもう動かない。動けない。
しかし理性というリミッターを外したサメまるは、動けなくなったサボネアを執拗に殴り続ける。『グシャッ』という音は『ビチャッ』という水っぽい音に。
「や、やめろサメまる! サボネアは倒れた、もう大丈夫だ!」
「フッ! ギャッ! ガッ! フッ!」
「サメまる!」
間違っていた。『げきりん』を指示するなんて。
未熟なサメまるでは『げきりん』という技そのものをコントロールする事自体が不可能だったのだ。
僕の声を聞いたサメまるは、理性を失った紅い瞳を此方へと向けると、サボネアを殴ることを止めて僕へと襲いかかってきた。
思わず両手を身体の前で交差させ、ぎゅっと目を瞑った。これは罰だ。未熟なポケモントレーナーである僕が、使わせるべき技の判断を誤った事への。
「ライボルト、『こおりのキバ』!」
しかし、いつまで経っても痛みは襲って来なかった。聞こえたのは「ギャッ!」という叫び声と、何かが砂地に降り立った音。
大きな手が、僕の肩に触れた。
「ひゃぁっ!」
「おうおう叫ぶな。大丈夫じゃ、サメまるはもう止めた。目を開けなさい」
「て、テッセンさん」
恐る恐る目を開けると、テッセンさんのライボルトが立っており、その前でサメまるが力なく倒れている。
「サメまる!」
思わず駆け寄って抱き上げると、息はあった。微かではあるが。
テッセンさんのライボルトが『こおりのキバ』でサメまるを『ひんし』状態にしたのだ。それによってサメまるの戦う力は失われ、暴走は止められた。
「戻れ、サメまる……」
サメまるをモンスターボールの中へと戻す。サメまるの収まったモンスターボールをポケットに入れ、砂を詰めたバケツとスコップを持って立ち上がる。
「なんだ、その………すまなかったの。ワシも無理を言った」
後ろから申し訳なさそうに、そう声をかけられる。でも、間違ったのは彼じゃない。間違えたのは僕の方だ。
僕が焦っていなければ、もっと別の方法でサボネアを倒せたはずだ。
「……いえ、ありがとうございます」
だから、振り向いて彼に頭を下げる。
戦って良かった。
僕がどれだけトレーナーとして未熟で、遅れているか。トレーナーがポケモンを従えて戦うと言う事が、どれほど責任の重いものなのか。身をもって知ることが出来た。
ポケモンに命令して戦わせるって、現実だったら凄い難しそうですよね。
ヒロインって要る?
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カガリ
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ヒガナ
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ルチア
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ダ イ ゴ さ ん
-
(いら)ないです