罅割れた夢   作:島ハブ

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第13話

 

 

 

 

 

 タマムシに戻って最初にしたことは、ゲームコーナー周辺を歩くことだった。

 クリードが語ったアジトは、ほとんどゲームコーナーに隣接しているようなものだった。入口と、緊急時用の出口を確かめると、証言通りの場所にそれらはあった。アジト自体は地下施設だという。

 見た目は小さな倉庫のような建物だ。扉の近くまで寄ってから、タカギは引き返した。人の気配がある。

 ゲームコーナーへ行き、コインを購入してスロットの台に座った。昼飯時で、人の姿はまばらだ。絵柄に集中しながらボタンを押す。十五分ほど、勝ったり負けたりを繰り返した。コインの量は微増といったところか。コインは端が煤けていて、指先が僅かに黒ずんだ。その黒ずみを、次のコインの清潔な部分で擦りおとしてから投入する。

 絵柄が回転する。機械的に、タカギは回転を止めていった。七が二つ。最後のボタンを押そうとした瞬間に、隣に誰かが座った。

 

「楽しんで頂けているようで、なによりですよ」

 

 タイミングが微かにずれ、最後の七が画面外に消えていく。タカギはちょっと息を吐いて隣を見た。ゲームコーナーの店長だった。

 

「客が大当たりを出しそうになると声をかけるのかね?」

 

「これは、お邪魔をしてしまいましたか。お見かけして、思わず声をかけたもので」

 

 特に悪びれた様子もなく、店長は椅子をこちらに回転させると、どこからともなくコインを三枚取り出し、タカギの手元に置いた。当然、手は付けない。

 

「決して、深い意味のあるものではないのですが」

 

「煤けているような気がした」

 

「はい?」

 

「いや、なんでもない」

 

 コインを取り、投入する。絵柄も見ずに押した。店長は苦笑している。

 

「君は、この街でジムチャレンジを辞めたんだったな」

 

「レインボーバッジは持っていますよ。エリカさんではなく、先代のジムリーダーから貰ったものですが」

 

「キョウはもう現役だったろう?」

 

「サカキ、カツラ、キョウのお三方は当時から挑戦者の壁として立ちはだかっておいででした」

 

「そのキョウの見立てでは、君はもっとバッジを得られるようだが」

 

「自分で言うのもなんですが、バッジのコンプリートぐらいは不可能ではなかったと思います。挑まなかった癖に何を、という話ですが」

 

「なぜ」

 

「反抗心のようなものだったんですよ、上の世代に対しての。しかし、下の世代にワタルさんが天才少年として登場し、そのまま天下を取った。それを見たとき、なにかが宙ぶらりんになって消えてしまった。恐らくは、挑戦者として在るために必要ななにかが。ジムチャレンジは、そこでやめました」

 

 タカギは店長の顔を盗み見た。スロットに向かう横顔には、出任せを言っている気配は全くなかった。

 

「それで、こんな商売に漕ぎ着けた訳か」

 

「すぐにこうなったんじゃありませんよ。やるせないとでもいうんでしょうかね。真っ当なことをしようという気力は湧かなかった」

 

「何をしていたんだね?」

 

「サイクリングロードを走り回っていましたよ。セキチクまで何時間で行けるかってね。似たようなことをしてる連中が他にもいて、最短コースを取り合ったり、時にはバトルになってました」

 

「今でもそういう連中はいる」

 

「若さですね、あれは」

 

 くつくつと喉を鳴らしながら笑う姿は、やはり嘘を言っているような気配ではなかった。

 小綺麗に澄ました経営者という顔は、完全に消え去っている。過去と現在の清濁が、過ぎた時間として顔の陰に浮かんでいた。

 

「阿漕と言ったのは、取り消そう」

 

「それはまた、どうしてです?」

 

手錠(わっぱ)をかけれそうにはない」

 

 資金ルートの線は完全に詰んでいた。強引に逮捕(あげ)ようとしても、末端のペーパーカンパニーをいくつか消すだけに終わるだろう。それについても、ゲームコーナーの責任を問えるとは思えなかった。ペーパーカンパニーの名義上の責任者は別にいて、現在は海外に渡航している。国際手配を敷けるほどの罪状はなかった。実体があるのかもわからず、そもそも、刑事訴訟にあたるかも微妙なところだ。被害者はいないのである。

 アジトの中に、証拠が残してあるかどうか。望み薄だろう、とタカギは思っていた。

 

「そのうち、タカギ警部から手錠を戴くかもしれないと思っていますよ」

 

 思わず、タカギは店長の方を見た。さっきまでと変わらない、事も無げな顔をしながらコインを取り出している。四、五回目でスリーセブンを引いた。

 誘い。あるいは、裏切りを匂わせているのか。暴力団の捜査ではよくあることで、組織に見切りをつけた組員はこういう駆け引きをやる。

 ただ、すぐに洗いざらい吐くのは小物だった。匂わせだけはしておいて、一番高く売れる時に情報を売る。その辺りには微妙なやり取りがある。

 クリードの逮捕がそれほどの衝撃を与えたとは思えない。しかし、同盟軍と向き合う心労は、いつ分水嶺を超えてもおかしくはなかった。特に最近はクチバの動きが活発になっている。タカギのところにマチスが現れたのも、同盟軍内部が事の深刻さをはっきり認識している証拠だろう。

 もう一度、店長の顔を見た。何も言葉を続けてはこない。

 すべてが仮定でしかない。ゲームコーナーとロケット団の繋がり、それから同盟軍との対立。見えそうで見えない、薄靄の中にそのすべてが暗躍している。

 

「このスロットには必勝法のようなものはないのかね?」

 

 様々な言葉を呑み込んで、タカギはそう言った。店長はもう一度大当たりを当てている。

 

「勝てる台を、見つけることですよ」

 

 笑いながら店長はそう言った。タカギは、指先の煤をコートの端で拭った。

 しばらく打って、タカギは席を空けた。店長は何も言わず、小さく会釈をして見送った。

 ゲームコーナーを出て裏手に回る。アジトの入口。相変わらず、人の気配はある。

 

「どうも」

 

「おい、なんだよおっさん」

 

「景品に交換して欲しいんだがね」

 

「景品?なにか、勘違いしてんじゃないか」

 

 口調は粗野だが、景品と言った瞬間から雰囲気の棘は抜けていた。

 

「ゲームコーナーのコインだよ」

 

「だから、勘違いだよ。ここは倉庫でね。それも、ゲームコーナーとは違う会社の倉庫だ」

 

「ここはゲームコーナーのすぐ隣じゃないか。隣に行けばいいと聞いたんだがね」

 

「逆だよ、逆。反対側だ」

 

「そこに行けばいいのかね?」

 

「いいとか悪いとかは知らねえよ。ただ、ゲームコーナーの客はよくそこに入っていくぜ」

 

 白々しいが、言質は取らせない言葉選びだった。タカギは困惑した様に周囲を見回してから、建物を出た。

 景品所の前をうろうろとしている若い男がいた。コインの枚数を数えてはため息を吐いている。手持ちのコインをケースごと、その男に譲った。

 

「思ったより出てしまってね」

 

 そう言うタカギに男は卑屈なほど礼を言い、景品所へと入っていった。そのうち、身を持ち崩すだろう、と思った。

 煙草に火を点ける。ライターはいつも通り、調子が悪かった。

 入って右奥の段ボール。その下に、地下への階段がある。

 クリードの証言は今のところ信用できそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出頭命令は翌日に来た。四課辺りがゲームコーナーを張っていたのだろう。タマムシ警察内部ならば、タカギの顔はよく知られている。

 出勤したが、課長室へとすぐには向かわなかった。コーヒーを淹れ、いなかった間に起こったことに目を通す。タマムシシティには、取り立てるべき事件は起きていなかった。

 目を惹いたのは、ハナダシティとシオンタウンだった。ハナダの北部で、ロケット団による強引な勧誘が行われている。勧誘自体は化石強奪事件より前から始まっていて、近隣ではトラブルになっていたようだ。ロケット団によるものだと発覚したのは、あるトレーナーが勧誘していた男を散々に打ち倒したかららしい。レッドだろう、と思った。具体的な情報は出ていないが、略式の聴取内容と日付を見比べると、そういう結論になる。

 シオンタウンの方は、よくわからなかった。そもそも警察の出るような事件にはなっていない。ポケモンタワー内部でポケモン達の異常な活性化が起こっている、という内容だった。タマムシ署にその資料があるのは、墓参りへ出向く人間への注意喚起の要請からだ。

 別の資料に目を向けた。タカギと付き合いのある若い刑事が、気を利かせてまとめておいたものだ。

 ロケット団の本部について、ハナダ説が浮上していた。主に三課の主張で、ヤマブキ説を唱える四課とは対立という形になる。互いに証拠不十分の主張は、僅かだが不和の芽を生んでいた。

 立て続けにハナダで起こった犯行は、タマムシから目を逸らすため、ということになるのか。

 コーヒーを啜る。煙草を喫いたかった。しかし、今呼び出されれば点けたばかりの煙草を消すことになりかねない。

 結局、一時間ばかり待つことになった。待ったというのはタカギの主観で、周囲から見れば、言い出せないまま呼び出されたというところだ。

 

「ニビくんだりまで行って貰ったのは、申し訳ないと思いましたがね」

 

 タカギを見るなり、課長が言った。行って貰った。つまり、課長の命令でタカギは捜査に出た、ということになっているようだ。

 あえてあやふやにしていた物をはっきりと明言するからには、手柄の気配でも感じ取ったのだろう。

 自分の嗅覚で稼いだ手柄以外は信用しない。年季を入れた刑事なら誰でも知っていることで、その点で課長はまだ若かった。

 

「久しぶりに羽を伸ばさせてもらいましたよ。いい休暇でした」

 

 課長が曖昧な笑みを浮かべた。タカギは、ただ微笑み返した。課長の目尻がひきつるまで、大した時間は掛からなかった。

 ライターを擦る。二度で、火が点いた。全く、調子の良いものだ。

 

「博物館ぐらいしか見るものはないだろうと思ってたけんですがね。なかなかどうして、立派な花を養っているところがありまして。植物園などではなく、町の中にポツンとあるのも良かったな」

 

「タカギさん」

 

「赤い花があったな。ラフレシアをもっと鮮やかにしたような赤でしたよ」

 

「私に、何か報告することがあるんじゃないですか?」

 

「休暇を終えて、本日から復帰します、ということならば」

 

「取り調べでは何も聞き出せなかった、という風に解釈しますよ」

 

「休暇でしたよ」

 

 そこまで言ってから、タカギは横を向いた。目を逸らす。後ろめたい時は、誰だってそうするだろう。

 処分されることはない、という自信があった。あのタイミングでタカギがニビにいた理由を、誰も説明できないからだ。ニビ警察の管轄である化石強奪事件にタカギが職務として首を突っ込んだとなると、問題はややこしくなる。当然、指示を出した課長まで巻き込んでだ。

 休暇というのも疑わしい理由ではあった。しかし、休暇の申請自体は二度目の襲撃前で受理されているのである。博物館で観光しているタカギの姿も、ニビの住人には見られている筈だ。

 

「事件後、タカギさんから私に電話がありましたね。電話番の人間はそのことを知っています」

 

「トキワまで足を伸ばしたくて、休暇の延長をお願いしましたよ」

 

「そうですか。いや、そうでしたね」

 

 肘をデスクに突いたまま、課長が行っていいという仕草をした。軽く会釈をしてタカギは部屋を出た。

 クリードの取り調べについて、タカギが参加できるよう取り計らってもらうための電話だった。勿論、課長も忘れている訳ではない。口裏合わせというやつだ。

 自分の席に戻ってから、いくつかの資料を広げた。数ヶ月前にタカギが逮捕した被疑者の公判が、二週間後に入っていた。有罪はほぼ確定していて、求刑がどの程度まで通るかというだけの裁判だ。傍聴するつもりもなかったが、もっともらしくメモを取ったり、記録と資料を見比べたりした。休暇明け、という感じにはなる。

 本当にただの休暇だったと思っている者など、タマムシ署にはいないだろう。仕事をしていると、滑稽な役をやらなければならないことが時々ある。

 昼食時になってから署を出た。

 店は指定されていない。人通りは多かった。この人混みの中で、とは思うが、なにかしらの技はあるのだろう。何度か周囲を窺ったが、尾行の気配はない。

 表通りを二、三軒覗き込み、結局は路地を二つ縫った場所にある定食屋に入った。

 

「何名様でしょうか?」

 

「二名で」

 

 答えたのはタカギではなかった。キョウ。何食わぬ顔で、隣に並んでくる。タカギは肩を竦めた。

 

「いつから、後ろにいたんだね?」

 

 ざる蕎麦を二枚、ビールを一杯頼んでから水を飲んで尋ねた。

 

「これでも警戒していたんだがね」

 

「何度か周囲を見回していたな」

 

「見ていたのか」

 

「君の視界に二度入ったよ。もっとも、一度目と二度目で顔は違ったがね」

 

「この分ならば、私の命など大したことはないな」

 

「なかなか鋭かった。同盟軍程度の尾行なら気付けるだろうさ。正直言って、少し安心したよ」

 

 蕎麦が運ばれてきた。ワサビを半分ほど取り、つゆに溶かす。キョウは少量を直接、麺に乗せながら食べていた。刺身でも食べるかのようなやり方だ。

 お新香が付いていた。ビールを飲み、お新香をつまむ。蕎麦を食べる。キョウが笑っていた。

 酒はよく飲んだ。普段はブランデーをやっていて、飲む時に食料はほとんど口にしない。一本を空にして、ようやくまどろむといった感じだ。

 妻はその辺りを心得ていて、本当に食事をさせたい時はビールしか出さない。ビールで酔うことはまずなかった。仕事中に飲むことはないが、絶対に飲まないと決めている訳でもなかった。

 

「警察が普段、同盟軍のどの辺りまで手を出せるか知っているかね?」

 

 ビールはまだ半分ほど残っている。キョウが自分のお新香をタカギの方へ押しやった。

 

「さて。佐官、というのは高望みなのだろうな、恐らく」

 

「そうだな。正解は、伍長だ」

 

「なんだって?」

 

「それも現行犯という前提がつく。それ以上の階級になると、任意同行が限界だ。現行犯ならば一時拘束できるが、引き取りが来たら身柄を明け渡すしかない。後は検察官任せだが、ほぼ不起訴で終わるよ」

 

 キョウが箸で一度空を掴んだ。箸の先端がタカギに向いていることに気付いたのか、ざるの上に放り投げた。からんと音を立てた箸が片方、ざるから落ちた。

 

「条約と違いすぎる」

 

「しかし、現実でね。巣食っている、という言葉が近いかもしれん。連中はこの国に巣食い、表に見えない根を張っている」

 

 ビールを呷る。それは冷たい塊のように、タカギの肚に沈殿した。

 クリードの取り調べについて、課長に依頼した。課長とニビの署長が交渉し、その成否がタカギに伝えられる。断られたのならば、もっと上に話を持っていく。そうなる筈だった。

 やってきたのは、同盟軍の名代となったマチスだった。

 同盟軍に情報が漏れる程度ならば最初から想定していた。上へ上へと行けば、どこかに横道はあって当然だ。

 その横道がすぐ上にあるかもしれない。マチスを見た時に、そう思った。

 

「伍長が精々。それが、参謀部か」

 

 キョウが呟いた。

 ロケット団が行っている、同盟軍を通した資金洗浄。証拠次第では、ずっと先まで手を伸ばせる筈だ。少なくとも、伍長などで止まることはない。

 

「話は、わかった。警察内部の状況まで含めてね。私達二人で、仕掛けるかね?」

 

「私は警察だよ。そして君は、警察関係者ということになる」

 

 情報には守秘義務が課せられる。そしていざという時、その証言は証拠能力を失う。

 

「ならばどうする?」

 

「待つさ。私は、待つ刑事でね」

 

 グラスを持ち上げて、微かに残ったビールを呷った。キョウが腕を組んでいる。

 何を待つのか、キョウは訊かなかった。

 

 

 

 

 






月曜日にもう1話あげます

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