罅割れた夢   作:島ハブ

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第18話

 

 

 

 

 五階を制圧した頃には、バッジ持ちの警備員は全て拘束し終えていた。

 ほぼ、フミツキが相手をしたようなものだ。他の団員達も力関係を途中で呑み込めたようで、手強い相手が出てくると真っ先にフミツキを呼ぶようになっていた。

 事前に潜入していた団員からもたらされた資料に目をやった。残りの警備員は、年数回の講習を受けているだけの半分アルバイトのような人間だけだった。

 

「隊長、制圧済みの階はエレベーター回りも固めたようです」

 

「そうですか」

 

 エレベーターは停めていた。社員の逃走に使われる可能性があったからだ。バッジ持ちの警備員も一緒になれば、一般の団員では対抗できず逃がしてしまう可能性が高かった。

 しかし、バッジ持ちの警備員はもういない。

 

「私は五階に留まって、いざという時のため待機します。手強い相手がいた場合は連絡をください。それから、セキュリティルームに連絡を取ってください。エレベーターを再稼働してもらいます」

 

 上階に手練れがいた場合、あるいは下の階から相手への応援が入ってきた場合。そのどちらにも、エレベーターが動いていれば即応できる筈だ。

 越権に近かったが、異論は出なかった。それなりの力を示せたのだ、とフミツキは思った。フミツキの隊の団員は胸を張り、どこか晴れがましそうな表情をしている。

 それぞれが散っていった。一人だけ、フミツキの補助のために残っている。一瞬、オツキミ山でクリードと話している時の記憶が頭を過った。なぜロケット団に入ったのか。そんな話をしたものだ。

 弾みのようなものだった。今考えれば、そうとしか言えなかった。真っ当に生きていくのも、恐らくは無理ではなかった。

 真っ当な世界で、バッジ三つが精々のトレーナーとして生きていく。そのことに否やはない。

 サンドパンがバッジ三つ程度の実力のポケモンと見なされる。それも昔のフミツキならば受け入れただろう。

 受け入れられる筈がない。今ははっきりとそう思う。そしてサンドパンも、フミツキが低く見られることを受け入れはしないだろう。

 

「強さとは、不思議なものですね」

 

「隊長、何か言いましたか?」

 

「いえ、なにも」

 

 怪訝そうな団員に笑みを見せて、フミツキは前を向いた。

 サカキの理想は、案外悪いものではないかもしれない。そんな気がした。

 自分は強くなった。それは、サカキやワタルといった天上人からすれば誤差のような強さだろう。少なくとも弱者のカテゴリから抜け出すほどの進化ではない筈だ。

 それでも、悪い気はしなかった。自分もサンドパンも、僅かでも強くなったのだ。サンドパンを撫でていると、なおのことそう思った。

 自分達が何を手に入れたのか、上手く言葉にできなかった。それでいい、とも思う。

 

「隊長っ」

 

 駆け込んできた団員は、顔色を変えていた。

 

「落ち着いてください。どうしました?」

 

「七階に、化物みたいなトレーナーが」

 

「わかりました。案内してください」

 

 なんとか息を整えようと肩を上下させながら、その団員は頷いた。流している汗は疲労からくるものばかりではなさそうだ。

 駆けた。七階ならば、階段の方が速い。先行する団員の背中を見ながら、フミツキはモンスターボールの開閉スイッチの位置を確認した。

 見えてきた。数人の団員が、壁に背を預けながら座り込んでいる。不意に水音がして、ラッタが吹き飛ばされた。ラッタのトレーナーである団員が下がってくる。入れ替わるようにフミツキは前に出た。

 カメックス。全身に、鳥肌が立った。サンドパンが飛び出し、低い唸り声をあげた。

 

「ほう。意外に、強そうなやつもいるじゃねえか」

 

 カメックスの後ろにいる少年が、口角をあげながら言った。

 誰なのか、一瞬考えた。シルフカンパニーにこれほどの使い手がいる筈がない。考えても意味はなかった。現実に目の前にいて、ロケット団と敵対しているのだ。フミツキにわかるのは勝てそうにない、ということだけだった。

 

「大人しくして貰えれば、危害は加えません」

 

「面白いね。抵抗したらどうなるって言うんだい?」

 

「力尽くでも、拘束します」

 

 滑稽なことを言っていた。しかし他に、やるべきことはなかった。今ここで、自分の全存在を賭けてでもこの少年を止めるしかない。この作戦はロケット団の全てなのだ。

 少年が頭を掻いた。

 

「どうしようかな。爺さんの使いは完全に無駄足だったし、これ以上骨を折っても損なだけではあるんだが」

 

 交渉の余地があるのか、と一瞬考えた。しかし、情報がない。そして相手には、交渉しなければいけない理由もない。

 あと一手が足りなかった。それは少年もよくわかっているようだ。カメックスが一歩前に踏み出した。

 

「抵抗の意思ありとみなしますよ」

 

「構わないぜ。止めておいた方がいい、と思うが」

 

「同感だな。止めておいた方がいい」

 

 背後から聞こえた声に、フミツキは弾かれたように振り返った。サカキ。いつもの仮面にハットを被っている。控えるように歩いていたペルシアンが、サンドパンの前に出た。

 

「なかなか、頭は回るようだな。ここで争っても仕方ないと思わないかね?」

 

 少年が腰を低くした。額に汗が一筋、伝っている。

 

「なんだ、あんたは」

 

「ロケット団の総帥とだけ言っておこう。いいカメックスだ。ペルシアンよりも少々、力が上のようだな」

 

「少々だって?」

 

「ペルシアンはなんとか相討ちに持ち込めるだろう。そして、君は一人だ」

 

「俺の手持ちは一匹じゃないぜ」

 

「私もだよ。潰し合いになるな」

 

 空気がひりついていた。誰かが唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 フミツキはもう気を抜いていた。目の前の少年は優れたトレーナーだが、サカキに勝てる筈はない。

 

「瀕死のまま回復してもらえないというのも、ポケモンには酷なことだよ」

 

 束の間、睨みあっていた。少年がカメックスをボールに戻した。

 

「何日も拘束されるってのはごめんだぜ」

 

「そこまで時間をかける気はない。しばしの不自由は我慢してもらうしかないがね」

 

「ポケモンを取り上げられるってのもお断りだ」

 

「よかろう。丁重に隔離させてもらおう。フミツキ団員」

 

「はっ」

 

「これより上は私が行く。君は警戒班を担当してくれ。下の階になにかあった時は、君の判断で事に当たれ」

 

「わかりました」

 

 サカキの背を見送ってから、フミツキは振り返った。

 

「拘束させてもらいます。といっても、あなたを本当の意味で無力化することは私にはできませんが」

 

「好きにしろよ。ところで、あんたらのボスってのは何者だ?」

 

「お答えできません」

 

「ただ者じゃねえな。爺さんと向き合ってるような気分になったぜ」

 

「あなたのお爺さんよりは、優れたトレーナーだと思いますが」

 

 隔離を担当している団員が少年の両脇に付いた。隔離する場所は事前に決まっていて、シルフカンパニーの制圧が終わり次第、防火シャッターを降ろすことになっている。

 少年がフミツキの顔を見つめ、それから肩を竦めた。

 

「まあいいさ。どうせ、あんたらの野望も爺さんの願いも叶いやしないんだから」

 

 フミツキがハッと顔を上げ、言葉の意味を尋ねようとした時には、少年はこちらに背を向けていた。負け惜しみだろう、とフミツキは自分に言い聞かせた。警戒班の団員達が、指示を仰ぎに集まってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 左後ろに控えている秘書は顔を青ざめさせていたが、シルフカンパニー会長は流石に泰然としていた。皺が刻まれ、目蓋はやや厚ぼったくなってはいるものの、大きく開かれた眼には知性が光っていた。

 サカキは椅子を引き、会長の対面に腰かけた。

 

「無作法はご勘弁ください。なにせ、こういうやり方しか知らない人種でしてね」

 

「全てが力尽くかね?」

 

「力、というものを複合的に考えるのであれば」

 

「君達は無作法ではない。ただの無法だよ」

 

「返す言葉もない」

 

 殊更に下卑て見えるように笑った。秘書の方は更に顔を歪めたが、会長の表情は変わらなかった。いい目だ、と思った。戦いに挑む男の目だ。

 

「私で手配できるものは全てくれてやろう。それで帰ってくれないか。いや、社員を解放してくれればそれでいい。人質が欲しければ私一人で足りる筈だ」

 

「会長とはいえ、シルフカンパニーの資産のうちあなたの一存で即座に動かせる物は決して多くない。総資産から言えば一パーセント以下でしょう」

 

「債権や手形についてもいくらかは私の権限が及ぶ。しかし、君達ではそれらの現金化は不可能だろう。このような形で移った債権の取引など」

 

「凍結されてはね。まあ、腰を据えて探らせてもらいますよ」

 

 足を組む。一番恐れているのは、こちらの目的を察した会長がなんらかの手段でマスターボールの設計図を廃棄することだった。金が目的だと思われているのなら、こちらにとって悪い状況ではない。精々、拝金主義の悪党をやるべきだろう。

 

「コーヒーを淹れてくれ。会長さんと、そちらの秘書の方の分も」

 

「結構です」

 

 秘書が固い声で言った。部下が運んできたコーヒーをサカキは飲み、会長も一口で呷った。秘書は毒でも見せられたかのように、目を背けた。

 会長が躰を前のめりにした。意思の光。並外れた光だった。毒など、皿ごと飲み干そうという強さだ。

 

「海外資産がある。イッシュとガラルでそれぞれ現地通貨に株、それから私名義での投資銀行への出資だ。海外経由ならば横槍を入れられることなく資金を動かせるだろう」

 

「雲の上のお話ですよ。我々では真偽すら確かめられないような」

 

「私もただ椅子に座っているだけではない。世の中のことに目は通しておるよ。細かいことはわからんが、君達は随分金の動かし方が巧みなように見える」

 

「ほう。我々をご存知でしたか」

 

「それなりの悪党だろう。しかし、私の若い頃は悪党などいくらでもいた。悪党でなければ、成り上がれなかった」

 

「終戦直後のお話ですか。様々な媒体で目にしましたよ、小さな町工場がモンスターボールの量産と縮小機能開発を成功させてのしあがっていくサクセスストーリーを」

 

「物語になったのは綺麗事だけだ。あの時、無惨なことはいくらでもあった」

 

 会長が腕を組んだ。意思の光は輝きを増している。

 やはり、マスターボール本体を手に入れるのは不可能だろう。どれほどの苦痛を与えようとも、屈するタイプの男ではない。フジ老人とは全く別の意味で、死を受容することができる男だ。

 しかし、生きていた。それもまた、フジ老人とは別の意味合いで事実だった。あちらは現世を諦めた生だが、目の前の男に諦念はない。

 

「悪党でしたか、シルフカンパニーの会長が」

 

「昔のことだよ。無辜とは思わないが、殊更に露悪するつもりもない」

 

「そしてシルフカンパニーを作り上げた。手に入れた価値を鑑みれば、一級品の悪党ですな」

 

「善人では何一つ手に入らない時代だった。ささやかな衣食住を求めることすら悪党にしかできなかったのだ。君達のような現代の小悪党とは何もかもが違う」

 

「衣食住ね。確かに、そんなものは求めてなどいない」

 

 サカキは机に深く肘を突き、会長に応じるように躰を前のめりにした。会長が僅かに目を見開いた。

 卑しい悪党などを演じても意味はない。言葉を交わしていくなかで、それがはっきりとわかった。この男と向き合うのに、拙い演技などしていても仕方がない。いずれ見透かされるだけだろう。

 

「言うなれば手段ですよ、会長。自由になるための手段」

 

「小癪なことを言うな。現代に不自由などどこにもない。我々が体験したような不自由はな」

 

「いつの時代も人間は不自由で空腹だ。そういうものでしょう」

 

「人間の欲に際限などないと、そう言いたいのかね?」

 

「そんなことは改めて口にするまでもない。欲が尽きればそれは死者だ。不自由というのは全く別の話ですよ」

 

「金で解決できる不自由か。くだらんな」

 

「さて、解決できるかはわかりません。ただ、戦う自由は得られる」

 

「戦うだと。金で、不自由と戦うというのかね」

 

「あるいは」

 

 サカキは仮面越しに微笑んで見せた。会長は束の間思案げに手を顎にやり、それから勢いよく顔をあげた。

 

「まさか、同盟軍と戦うつもりか」

 

 答えなかった。会長が、呻くように声をあげた。

 

「馬鹿なことを。今更、そんなことに何の意味がある」

 

「不自由が我慢できない。そんなところです」

 

「止せ。金で勝てる相手なら、私がとっくにやっている」

 

「ほう。会長は同盟軍のなんたるかを知っておられると」

 

「我々の時代がどれだけ苦渋を嘗めたと思っている。あの頃、どんな悪党であっても反進駐軍という一点では必ず結束できた。告白すれば、私も反進駐軍の活動には参加していたのだ」

 

「そうでしたか」

 

「彼奴らがいくつかの権限を手放し、同盟軍へと変化したのは我々の働きが多少なりと作用したと思っている。極々僅かだったかもしれんがね」

 

「なるほど」

 

「なるほどだと?いったい、何をわかった気になったのだ?」

 

「私のような者が、不自由になっていく過程ですよ」

 

 会長が歯軋りし、それから肩を落として脱力したように椅子に躰を凭せた。

 団員が近付いて来て、サカキの耳元で囁いた。

 

「一から五階まで探索を終えました。電子データの方も進めていますが、今のところは何も」

 

「研究ごとにクローズドなネットワークがあるかもしれん。物理媒体を探している団員に、そちらにも目を向けなさい」

 

「はい。それから」

 

 団員が口ごもった。

 

「報告ははっきりとしろ。内容で、人をどうこうしようとは思わんよ」

 

「はっ。どうやら、ゲートの方が手違いで人を一人通したらしく」

 

「何が気になる?」

 

「赤い帽子を被った、少年だというのですが」

 

「そうか」

 

 サカキは束の間、目を閉じた。因縁。そういうこともあるのかもしれない。それが自分との因縁なのか、あるいはフミツキとレッドの因縁なのか。

 残酷な因縁になるのかもしれない。そう思ったが、それを遮る選択肢はサカキにはなかった。

 

「万が一シルフカンパニーにやってきたら、フミツキ団員に相手をさせるように。通路毎の防火シャッターはどうなっている?」

 

「事前の計画通りに降ろしています」

 

「広い通路は三枚のシャッターが横並びになっていたな」

 

「はい」

 

「一枚を降ろし、一枚を中間で止め、もう一枚は開けておけ」

 

「完全に封鎖することもできますが」

 

「本当に行き詰まれば、防火シャッターを食い破ってでも進んでくるだろう。本末転倒だ」

 

「しかし、かなりの耐久性ですよ」

 

「無駄だ。遮蔽物を作るだけでいい」

 

 それで、炎タイプの攻撃を捌くのは容易になる筈だった。フミツキならば、遮蔽物を上手く使った戦いをやってのけるだろう。その手の才は元々悪くなかった。

 団員が二人駆け出していく。フミツキへの連絡とセキュリティルームへだ。サカキは会長をちらりと盗み見て、それから肘掛けに片肘を突いた。人を包み込むような柔らかな椅子だった。

 こういうもので人は癒されたりするのだろう、と思った。ペルシアンがカーペットを爪で擦りながら、退屈そうに一鳴きした。

 

 

 

 

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