罅割れた夢   作:島ハブ

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第20話

 

 

 

 

 

 子供としか思えなかった。

 それが見た目だけであることも、サカキにはよくわかっていた。強者の気配。今まで数多く見たそれと同じものを、レッドは放っていた。

 一人だった。サカキの後ろには数多くの団員達がいる。それでも、臆することなくレッドは歩みを進めてきた。

 ぺルシアンが前に出て唸り声をあげた。レッドが足を止める。ぺルシアンの間合いの、ほんの僅かに外だった。非凡な位置取りだ。

 

「こうして会うのは初めてだな。私がロケット団の首領だ。君には、随分と苦渋を嘗めさせられた」

 

「そうですか」

 

 なんでもなさそうにレッドは答え、それきりぺルシアンの様子を窺っていた。まともに会話をするつもりはなさそうだ。

 団員の一人が激昂し、前へ出ようとするのをサカキは片手で制した。レッドが半身ほど躰を引いている。仕掛けても、軽く受け流されるだろう。

 

「一つだけ訊いておきたい。サンドパンのトレーナーは強かったかね?」

 

「え?」

 

「部下でね。君に敵わないことは、恐らく本人が一番よくわかっていた。それでもなお、挑もうとした」

 

「強かった、と思います」

 

「君はジムリーダー達を何人も破っている。もっと強いトレーナーもいくらでも知っているだろう」

 

「それは」

 

 レッドが考え込んだ。言葉に迷っているようだった。

 

「思った通りのことを言っていい。勝者の特権であり、義務だ」

 

「やっぱり、強かったと思います。意志が、強かった」

 

「そうか」

 

 サカキは一歩前へと踏み出した。レッドとリザードンが目を細める。強者の目だった。

 

「止めておいた方がいい。君には、まだ早い」

 

 ぺルシアンをボールに戻す。そのボールを仕舞いながら、別のモンスターボールに手をかけた。鈍く光るモンスターボール。

 現れたニドキングを見て、団員達が絶句した。多少バトルに詳しいものなら間違いなく見覚えのある個体だろう。体長は普通のニドキングの倍近く、三メートルほどもあるのだ。

 レッドが大きく後ろに跳んだ。入れ替わるようにリザードンが飛行しながら前に出てくる。悪くはないが、遅かった。

 炎。ニドキングが姿勢を低くして躱しながら、リザードンの下へ潜り込んだ。尻尾を掴み、レッドの方へと投げ返す。壁に叩きつけるつもりだったが、上手く空中で体勢を立て直していた。姿勢の制御は中々のものだ。

 レッドがさらに距離を取った。ニドキングは巨体だが、鈍重ではない。踏み込みを一度見ただけでイメージを修正したのだろう。

 フミツキが立ち向かうには、あまりにも強大すぎる相手だった。トレーナーとしてのセンス、瞬発力、判断力と決断の果敢さ。その全てがフミツキを大きく上回っていた。

 そういう相手に挑めることを、一瞬だけサカキは羨ましく思い、それから苦笑いした。傲慢がすぎる考えだ。

 リザードンが尻尾を振る。一振り毎に無数の火の粉が空中に散らばり、どれからともなく集まるとやがて渦を巻き始めた。『ほのおのうず』。本来隙の大きい技だが、サカキの目から見ても仕掛けるタイミングは見つからなかった。後ろの団員達に至ってはいきなり『ほのおのうず』が出現したように見えただろう。

 渦が放たれる。捕らわれれば面倒だが、サカキは焦ってはいなかった。

 

「『だいちのちから』」

 

 ニドキングが両手を床へと付ける。高層階では大地のエネルギーを汲み上げるのに手間取るが、今更その程度を苦にするレベルではない。

 放たれたエネルギーが『ほのおのうず』を霧散させ、余勢を駆ってリザードンへと迫った。

 リザードンが飛び上がる。同時に、レッドが反対側へと駆け出した。それで視界が広く取れる。ニドキングが後手を踏めばだ。

 

「『エアスラッシュ』」

 

「『ふいうち』だ」

 

 ニドキングが、一瞬姿を見失うほどに加速した。空中のリザードンへと打撃を与えると、縺れ合うようにしながら地面へと落ちてくる。

 

「『ほのおのキバ』」

 

 躰を起こしながら口角から溢れるほどの炎を生じさせたリザードンが、ニドキングの肩へと噛み付いた。ニドキングは一瞬仰け反ったが、すぐに躰を前に出した。越えてきた場数が違うのだ。火傷や怯みといった状態異常など、数えきれぬほどに受けてきた。

 全てを、踏み越えてきた。自嘲と共に、サカキはそう思った。

 

「壁に押し付けてやれ。『とっしん』」

 

 リザードンに噛み付かれたまま、ニドキングが猛然と前進を始めた。リザードンの口元からもう一度炎が溢れ出す。ニドキングの勢いは一切弱まらなかった。

 壁にぶっつけられたリザードンが、流石に頤を開いた。甲高い音と共に、リザードンの背中を中心として蜘蛛の巣状の罅が壁に拡がった。ニドキングが尻尾を地面にべたりと付け、三本目の足として前進を強くする。罅が更に細かくなった。

 

「叩き落とせ」

 

 耳障りな音を叫びながら、壁が崩壊した。飛び散る瓦礫が擬似的な『いわなだれ』となってリザードンの躰を打った。痛撃に力を失ったリザードンが押し出されるままに後退し、建物から弾き出されて落下を始めた。

 ニドキングの横を小さな影が駆け抜けた。

 

「あのガキ、何をっ」

 

 団員達から悲鳴があがった。一切の逡巡を見せることなく、レッドはリザードンを追って壁に空いた穴を飛び出した。シルフカンパニーの最上階である。サカキは穴へと駆け寄った。

 落下しながらなんとかリザードンの背に取り付いたらしいレッドが、その口元に木の実を押し込んでいた。サカキは目を凝らした。レッドがリュックへ手を突っ込み、取り出した何かをもう一度リザードンの口元へと持っていった。なんなのかはよく見えなかった。既に六階近くまで落ちている。

 不意に、リザードンが翼をばたつかせた。もがくようにしながら空中で体勢を整えると、束の間旋回し、ヤマブキ郊外へと進路を取った。再浮上するほどの体力は戻らなかったようだ。風に乗り、滑空するように遠ざかっていく。尾の炎が、遠い地表を断ち切るように薄く線を引いていた。

 一連のレッドの動きには、束の間の迷いすらなかった。尋常な決断力ではない。団員達が唖然としていた。

 

「いそうもない人間が、この世にはいるものだな」

 

 リザードンの背で、レッドが振り向いた。標的を見定めるようなその視線を、サカキはただただ受け止めた。それも、勝者の義務である。雪辱を期す眼光が、静かにサカキを貫いた。

 やがてレッドが前を向くと、サカキはニドキングをボールへ戻して踵を返した。困惑と畏怖を湛えた団員達がサカキを見つめていた。

 

「撤退する。行くぞ」

 

 それだけを、サカキは告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階では作戦に参加した全ての団員が集まっていた。その中に、輪を作っている集団がいた。

 

「隊長っ」

 

 後ろにいた団員が声をあげて輪に駆け寄った。サカキもそれに続いた。

 輪の中心で、フミツキが仰向けに寝かされていた。袖から覗く右手が焼け爛れていた。レザージャケットも右腕部分は原型を失っていて、皮膚と癒着していた。左側も表面は熱に変形している。意識は戻っていないようだ。首まで迫る火傷と対比するようなあどけない顔は普段よりもずっと幼く見え、その分だけ残酷な光景となっていた。

 

「服を脱がせろ。右腕以外だ」

 

「え?」

 

「急げ」

 

「は、はいっ」

 

 女性の団員、などと言っている場合ではなかった。フミツキの隊の団員が、恐る恐る服に手をかけた。

 サカキはぺルシアンをボールから出した。ぺルシアンが鼻をひくひくと動かし、嫌そうな表情をした。肉の焦げた匂いがしているのだ。人間のサカキですらわかるのだから、ぺルシアンにとっては相当な悪臭だろう。

 

「ボス、これでいいですか?」

 

「ああ。下がっていなさい」

 

 黒いノースリーブのスポーツインナーを晒したフミツキの右側に、サカキは無造作に立った。足元ではぺルシアンが髭を揺らしている。

 

「集中しろ、ぺルシアン。斬るのは袖と腕の間だけだ」

 

 ぺルシアンが目を細め、フミツキへと向き直った。呼吸を、サカキは測った。自分のものではない。ぺルシアンの呼吸。フミツキの呼吸。あるいは、その空間にあるなにがしかの呼吸。

 ぺルシアンが姿勢をゆっくりと低くし、反対に体毛を少しずつ逆立てる。呼吸。本当に呼吸と言えるのかはわからない。成功の機微。

 体毛が逆立つ。ぺルシアンの髭が、地面に付きそうになっている。

 

「『きりさく』」

 

 動きは決して大きくなかった。ジャケットの袖に一筋の線が走り、やがて枯れ葉が木から落ちるようにフミツキの躰を離れた。

 

「消毒、それから包帯を巻いておけ」

 

「はいっ」

 

「誰か、フミツキ団員を運べるか?」

 

「俺達で、隊長は俺達で運びます」

 

 数人の団員が名乗りをあげた。全員、オツキミ山でフミツキが率いていた団員だ。

 サカキは頷いて、それから外へ出た。男が一人駆け寄ってきた。

 

「支配人か」

 

「一応、本部長ってことになっているんですがね」

 

「これからは支配人で構わん。正式にだ」

 

 ゲームセンターの支配人が苦笑いをした。

 

「北は?」

 

「格闘道場の連中なら今頃てんてこ舞いになってますよ。道場破りをしてきましたんで。マスターボールの設計図は?」

 

「存在しなかった。どうやら、道化を演じてしまったようだ。シルフカンパニーの会長は、神の気紛れなどと言っていたが」

 

「そうですか。そんなこともあるんじゃないか、という気はしてました」

 

「ほう」

 

「神って奴はたぶん人間が怖いんでしょう。だから、優れたリーダーが生まれそうになると陥穽を掘る」

 

「ならば、やはり道化だな。まんまと陥穽に嵌まり込んだ」

 

「言ってみても仕方ないことですね。とりあえず、ヤマブキを抜けますか?」

 

「ああ。そこまでは私が突破口を開く。その後は散開することになるな。私以外への追跡は厳しくはないと思うが」

 

「ボスはタマムシへ向かってひた駈けてください。そこからは身を隠してサイクリングロードへ」

 

「セキチクか?」

 

「いえ。サイクリングロードの手前に『そらをとぶ』を使える人間を待機させてます。あそこからならすぐに海上へ出れるので目撃されることもないでしょう。私はもうしばらくこっちへ残って、情報を錯綜させておきます」

 

「わかった。もう一つ問題があるんだが、フミツキ団員が負傷している。酷い火傷だ」

 

「ロケット団の被害者ということにして病院にでも持ち込みましょう。私のキュウコンで適当に放火をしておきますよ。火傷を負った人間が出ても不思議はないでしょう」

 

「そうしよう。すまない、最後まで面倒をかけるな」

 

「願わくはもう一度、ボスの元で。そう思い続けます」

 

 支配人はそう言って、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 勘が良いと、よく言われた。

 半分は褒め言葉で、もう半分は嫉妬を含んだ陰口だった。独断的な捜査を行うタカギのやり方は、同僚から理解を得られるものではなかったのだ。

 本当は捜査の根拠があることも少なくなかった。しかしその根拠は、その瞬間にしか活きないものだったりするのだ。タカギは根拠の共有よりも有効活用を重視した。それが同僚からの軽蔑の視線と、何枚かの賞状となってタカギの評価を形作った。

 なぜ自分はここで待っているのか。今、根拠はなにもなかった。勘が働いた訳でもない。何気なくタマムシを出て、適当に腰を降ろしたのだった。

 七番道路。もうしばらく進めばヤマブキシティに達するそこで、タカギは足を止め、煙草に火を点けた。オイルライターは相変わらず火花ばかりを飛ばし、中々着火しなかった。

 フィルター近くまで燃えると煙草を丁寧に消し、携帯用の灰皿へと捨てた。しばらく待ち、もう一本煙草を取り出した。

 三本。四本。調子が出てきたのか、いつになくオイルライターが快調に火を点した。ボールから出したウツボットが一杯に葉を広げていた。陽射しの強い、暑い日だ。

 五本目。待った。自分は待つ刑事なのだと、言い聞かせ続けた。ロケット団に関しては常に追っていた、という気がする。タマムシのアジトの時でさえ、結局は飛び込む形になった。

 根拠もなにも持たずにただ待つ。捜査とは言えなかった。だからこそ、駆け引きの外側で勝負が決まる。運のようなものだ。

 六本目。煙がタカギの目の前を横切った。遥か遠くに砂煙が上がっていた。近付いてくる。

 七本目。砂煙が更に近付いた。誰かがポケモンに騎乗して駆けている。豆粒ほどの大きさだったその人間が、段々と大きくなってきた。

 立ち上がり、タカギは煙草を消した。ぺルシアンに騎乗した男。顔はわからなかった。仮面を着けているのだ。その後ろを数十人の人間が走っている。ロケット団。タカギはそちらを意識せずに、先頭の男だけを見つめ続けた。男も、タカギを見ていた。

 

「ロケット団」

 

 肚の底から、タカギは吼え声をあげた。まだ距離がある。それでも、男には届いている筈だ。ウツボットが前に出る。

 

「勝負だっ」

 

 叫んだ。男がぺルシアンの上で立ち上がり、跳んだ。片手でぺルシアンを戻し、もう一方でモンスターボールを投げた。

 現れたニドキングの背に男が着地した。三メートル近い、どこか見覚えのあるニドキング。圧力は凄まじいものだった。ほとんど小山のような物体が、自分を目掛けて駆けてくる。退きそうになる脚を、タカギは抑え込んだ。

 ここだけだ。拳を握り込みながら、タカギはそう思った。自分がロケット団の首領に接触できるとしたら、今この時だけだ。ここが、分水嶺だ。

 ウツボットが蔓の先端を結び、瘤のようにした。この瘤を、下から掬い上げるように打つ『つるのムチ』がタカギが持つ唯一の技だった。レベルの高いポケモンを従えた犯罪者を、悉く打倒した技だ。

 ニドキングが、その巨体からは考えられないほどの速度で迫ってくる。息が詰まりそうだった。指先が震えている。

 叫んでしまいたかった。速く『つるのムチ』を指示して楽になりたかった。待つ刑事。もう一度言い聞かせた。最後の一瞬まで、待てる筈だ。

 地面が揺れている。風が肌を打った。堪えた。動きだそうとする全てを、タカギは堪えた。

 何かが弾けた。

 

「『つるのムチ』だ」

 

 ウツボットの蔓が稲妻のように迸り、ニドキングの下顎を捉えた。ニドキングが前につんのめった。タカギは勝鬨をあげそうになった。

 ニドキングがもう一段加速した。咄嗟にタカギは横に跳んだ。ウツボットが、まるで触れてはならないものにでも触れたかのように弾き飛ばされ、地面に倒れ付した。砂埃が、タカギとウツボットを覆った。

 砂埃が晴れた時、ロケット団は既に遠く離れていた。タカギはワイシャツを点検し、入り込んだ砂をはたき落とした。それからウツボットをボールに戻し、煙草に火を点けようとした。

 

「自分から体勢を崩すことで『つるのムチ』の衝撃を殺したか」

 

 呟いて、タカギは苦笑した。どうせ待つのなら罠でも仕掛ければ良かったのだ。

 真っ向から、勝負をした。そうしたいと、なぜか思わされてしまった。困ったものだ。あの男には、どうにも人たらしの才能がある。

 

「追い詰めきれんかもしれんな」

 

 どれだけサカキのニドキングに似ていても、メタモンの『へんしん』という可能性は捨てきれない。戦前に冤罪を複数出したらしく、警察組織はその辺りに慎重になっていた。ヤマブキがどういう展開になったかによるが、即座に逮捕することは難しいだろう。

 砂でも入ったのか、オイルライターはまた渋くなっていた。八本目の煙草はしばらく喫えそうにない。ライターを擦りながら、タカギは遠ざかる砂煙に目を細めた。

 

 

 

 

 






一旦ここまで
もう一、二話で完結できると思います。できるだけ速く続きを投稿できるよう頑張ります
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