罅割れた夢   作:島ハブ

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蛇足 一年後

 

 

 

 

「天気予報、どうなってます?」

 

 若い刑事がこちらを見ながら訊ねてきた。三ヶ月前に配属されたばかりの新人で、今はタカギのパートナーということになっている。その前は田舎で派出所勤めをしていたようだ。

 タカギは日付が見えやすいように新聞を掲げてやった。

 

「一年前の新聞じゃないですか。なんで今更」

 

「いつの新聞を読もうと私の勝手だろう」

 

「そりゃそうですけど。ああ、あれか。トキワ戦争の頃ですね」

 

 反応せずに新聞を読み進める。もう今では、例の事件はトキワ戦争としか呼ばれなくなった。一々訂正するのも馬鹿らしくなってしまった。

 

「俺、まだ地元の派出所でしたよ」

 

「出身はグレンだったな」

 

「島でも人の少ない地域で、話題なんてほとんどないですから。トキワ戦争だけで一ヶ月ぐらいは喋ってたな。誰が悪いとか悪くないとか」

 

「全員、悪党だよ」

 

「そうですよね」

 

 横で机に向かっていた刑事がちらりとタカギを見て、すぐに逸らした。当時からいる人間はみなタカギとロケット団が因縁浅からぬことを知っている。

 知らないのは、呑気に記事を眺めている新人ぐらいだ。

 

「ニュースを見た時は驚いたし、がっくりきたな。事件のちょっと前にサカキのインタビュー記事を読んだんですよ」

 

「ほう。何が書いてあった?」

 

「今後の目標で、カントーのトレーナーを世界最強にしたい、だったかな。それが実は同盟軍と繋がって金儲けでしょう?よくあんな殊勝なこと言えたなって思いましたよ」

 

「カントーのトレーナーを最強にか」

 

「大法螺吹きですよね」

 

 同意を求める視線に、タカギはただ肩を竦めた。

 自身が全力で戦いたいという大目標を抜きにすれば、記事の内容も嘘ではなかった。

 ロケット団と同盟軍が並び立つことで、安穏の許されない世界を作り人々に強さを求めさせる。サカキが考えていたというその無重力の世界は今、全く逆の形で完成に近付いていた。ロケット団と同盟軍は、人々に危機感だけを植え付けて共に消えてしまったのだ。

 タカギは次の新聞を手に取った。

 

「ああ、こんなことあったあった。同盟軍、事実上の撤退。号外出ましたよね」

 

「グレンでか?」

 

「いや、どこか都会の方で。ニュースで号外を配ってる映像見たんですよ」

 

 自分で言っていて馬鹿らしくなったのか、新人がちょっと笑った。こういう素朴なところは、派出所で愛されていただろう。

 

「クチバ港から次々船が出ていくのが、なんだかとんでもないことが起きてるって感じしましたよ」

 

 新人の感想は、当時多くの人間が抱いたものだった。その次には不安が湧いただろう。同盟軍はもうおらず、ロケット団のような組織がいつ現れるかわかったものではない。警察はロケット団関係の事件において、まったく頼りにならない姿を晒し続けていただけだ。

 人々が目を向けたのが、自警団だった。

 

「このちょっと後でしたよね、自警団の大改造が始まったの」

 

 まず人員を増やし、次に訓練の本格化が行われた。試合形式に飽きていたキクコと地元への帰郷を望んでいたカンナが四天王を辞し、それぞれ本土とナナシマで特別講師となった。シルフカンパニーが会長の鶴の一声で自警団への支援を始め、物資や設備の拡充を図った。これらのことがほんの一、二週間の間に連続したのだ。

 入隊していない者でも、講習や訓練などは自由に参加できる。カントーのトレーナー達は急速に力を付けつつあった。

 サカキがどこまでを計算に入れていたのか、今となってはわかりようもない。思慮深さを持ちながらも、バトルについてはどこか子供のように無邪気なところもあったのだ。戦うということについて、純粋ですらあった。

 ヤマブキの外れで彼らの前に立ちはだかったことを、タカギは時々思い出した。一蹴されたが、彼らなら駆け引きにすら持ち込まないこともできただろう。それでも、真っ向から勝負してきて、タカギの狙いを綺麗に外していった。

 サカキは、自身の純粋さを自覚していたのだろうか、とふと思った。初めてサカキと会った時、快活に振る舞いながら、どこか影を背負っていた。その影が一番強く感じられたのが、自身をポケモントレーナーだと称した時だった。言葉の端々に、自嘲が滲み出していた。

 誰かが、彼をポケモントレーナーだと認めてやるべきだったのではないか。考えると何かに切なくなって、タカギは煙草に手を伸ばした。新人が躰を逸らす。嫌煙家なのだ。ちょっと迷って、タカギは煙草の箱を置いた。

 

「いいですよ、喫っても」

 

「良い刑事になりたいならもう少し表情を隠すことだな」

 

「タカギ警部、品が良いですよ。親父なんかのべつまくなしに喫ってますから」

 

「長生きするよ、きっと」

 

「週末会うたびに運動しろって言ってます」

 

 新人が笑った。孝行息子で、毎週末にはグレンへ顔を見せている。

 半年ほど前に『そらをとぶ』が解禁された。技能講習を受けるか規定数のジムバッジを獲得している必要があるが、以前のような厳格な申請と登録を乗り越える必要はなくなった。タマムシからグレンも、今では決して遠くない。

 なぜ解禁されたのかについて、世間はあまり関心を持っていない。同盟軍が『そらをとぶ』登録者の名簿を把握していたこともあまり知られてはいないのだ。

 最後の新聞を読み終え、タカギは腰を上げた。新人が新聞を覗き込む。

 

「キョウさんが四天王に就任した時の。まだゴルバットでしたよね」

 

「ああ。クロバットに進化したのは二ヶ月後だった」

 

 その時、タカギは祝いの電話をかけた。常に底の見えないキョウがはっきり狼狽えたのが、タカギには面白かった。私のことを、好いてくれたようだ。思春期の少年のように、キョウはそうこぼしたのだった。

 

「少々、出てくる」

 

「どうぞ。新聞は片付けておきましょうか」

 

「捨ててくれ。必要なものは読んだ」

 

「必要?」

 

「世間から隔離されていた人間には、多少説明しなければいかんだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い塀に背を凭れて、タカギは腕時計を確かめた。降りだしそうな曇り空で、蒸し暑さがある。襟を少し緩め、もう一度時計を見た。

 時間だ。すぐ横の門扉から、男が一人出てきた。見送りにきていた刑務官と挨拶を交わした男が、タカギを見つけて顔をしかめた。

 

「勘弁しろよ、おい。出所して最初にあんたを見た人間の気持ち、考えたことねえのか」

 

「あるさ。身が引き締まるだろう」

 

 クリードがうんざりした表情を浮かべ、横を向いた。

 

「当てはあるのか?」

 

「世話焼こうってのか。罪滅ぼしならいらねえぞ」

 

「罪か」

 

「はったりだったんだろう?ポケモンを盾にした尋問を避けるため、容疑者のポケモンは警察とは違う組織が管理してる。友達(ダチ)から手紙で教えてもらったよ」

 

「そうだな。お前のズバットをどうこうする権限は私にはなかったよ。あれははったりだ。悪かったな」

 

「騙される方が悪いさ」

 

「騙す方が悪いだろう」

 

「警察の理屈ならな。俺の理屈は俺が決めるもんだろう。騙される方が悪いのさ」

 

 本当に気にしてはいないようだった。ロケット団内でも慕われていたというのは、あながち間違いでもなさそうだ。竹を割ったような性格で、人には好まれただろう。

 

「親父さんのところへ帰るのか?」

 

「冗談言うな。どの(ツラ)下げて帰れるってんだよ」

 

「当てがないなら、当座の働き口ぐらい探してもいいぞ」

 

「余計なお世話さ。友達(ダチ)が迎えに来てくれる」

 

「手紙のかね?」

 

「ああ。おっと、噂をすりゃだな」

 

 クリードが手を翳して遠くを見た。五、六人の集団が歩いてくるのが見えた。

 近付いてきた集団を見て、タカギは揶揄するように振り返った。先頭が女だったからだ。それもなかなかの美人だ。細身だが華奢ではなく、しなやかだった。表情は理知的だが、冷たい印象はしない。庶民受けの良いモデルといったところだろうか。

 

「隅に置けないじゃないか」

 

「年寄りはこれだからよ。ただの友達(ダチ)さ。俺の好みはもっとケツのでかい女だ」

 

「私、そこまで小ぶりという訳でもないですけどね」

 

 女が自然に口を挟んだ。向き合って、タカギは違和感を覚えた。女の服装。ジーンズにブラウスはそこまで奇抜ではないが、黒のタートルネックインナーが首もとを覆っていた。それから右手にだけ、これも黒の皮手袋をしている。

 タカギの視線に気付いたのか、女がちょっと笑ってインナーを捲った。変色した皮膚が覗いた。

 

「以前、火傷を負いまして。首から右手にかけて跡が見苦しいのでこうやって」

 

「いや、すまないね。職業柄、つい観察から入ってしまう」

 

「気にはしません、タカギ警部」

 

「私を知っているのか。会ったことがあるかな」

 

「ゲームコーナーで。私が面接を受けに行った時に、キョウさんと一緒に見えられました」

 

「あの時の。結果は?」

 

「残念ながら。後の事件を思えば落ちて良かったかもしれません」

 

 話しながら、タカギはちょっと身構えた。クリードの友人がゲームコーナーに縁のある人間だったのだ。偶然ということはないだろう。

 タカギが警戒しても、女は自然体に微笑んだままだった。女が相当な手練れらしいことに、タカギは初めて気付いた。

 

「君、ジムバッジは」

 

「一応全て。私というよりも、ポケモン達の力ですが」

 

「八つか。大したものだ。どんなポケモンを使うんだね?」

 

「サンドパンとペルシアンを。ペルシアンの方は、トレーナーと離れ離れになってしまったのを私が勝手に預かっている形ですけれど」

 

 ペルシアンは、サカキが使っていたポケモンだ。そしてサンドパンも、タカギには覚えがあった。オツキミ山での戦い。ただ、あのトレーナーはそこまでの遣い手ではなかった筈だ。

 なにかがあった。そうとしか思えなかった。なにかが、あのトレーナーを大きく変えた。

 

「まあ、そういう訳でだ。変に気を遣って貰う必要はないぜ、老いぼれ犬」

 

 クリードが前に出て、彼女の斜め後ろに控えた。さらに後ろの男達は既にタカギから目を切り、歩き出そうとしている。

 

「どこへ行くのか訊いても?」

 

「ジョウトへ行こうかと思っています。観光で」

 

「ジョウトか」

 

「予定もありますので、それでは」

 

 女がタカギに背を向けようとした。ロケット団残党。ほぼ間違いないだろう。それがジョウトへ行って何をするのかも、多少は想像がついた。サカキが生きて身を隠しているとしたら、ジョウトのどこかだろう。

 彼女達は、サカキを探すつもりなのか。既に夢破れたサカキを追おうというのだろうか。

 

「苦しむぞ、君は」

 

 女が足を止め、振り返った。その表情にはちょっとした驚きと、どこか納得している感じがあった。

 

「以前、同じ事を言われました。恩人と言っていい人から」

 

「その人は、他には」

 

「なにも。やれとも、止めろとも言われませんでした」

 

「そうか。厳しい人だな」

 

「優しい人でもありました」

 

 女がタカギを見つめた。止めるべきか。しばらく考えて、タカギは頭を振った。今止めるに足る理由はない。そして彼女達が何かを起こすとしたら、それはジョウトでだろう。ならば、ジョウトの人間が止めるべきだった。カントーの事件で、レッドが戦ったように。

 

「もう一つ、その恩人から言われたことがあります。最後まで、勝負を見続けなさいと」

 

 そう言って女は頭を下げ、タカギに背を向けた。その背が視界から消えるまでタカギは見送り、それから煙草を取り出した。雨が降りそうだった。ライターを開き、フリントホイールを擦る。火花は散るが、火は点かなかった。

 サカキそのものが夢。ゲームコーナーの店長がそう言っていたのが、タカギの脳裏に甦った。

 

「サカキという、夢か」

 

 擦る。火は点かない。ぽつりぽつりと、雨が肩を叩いた。

 降りだした雨の中、通行人が走り去っていく。タカギはただひたすらに、ライターを擦った。ホイールが、寂しげに空回った。

 

 

 

 






これにて罅割れた夢は完結です。ジョウトはやりません
ここまで読んで頂きありがとうございました。またいつか
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