罅割れた夢   作:島ハブ

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第5話

 

 

 

 

 ハナダの町に来たのは、ジムチャレンジ以来だった。

 もっとも、フミツキ自身はハナダに踏み入れはしなかった。カスミをサンドパンのみで突破したことは、当時多少の話題になったからだ。

 ジムチャレンジを完遂しようという意思は、タケシとの試合で折れていた。それでもカスミに挑んだのは、タイプ相性から逃げ出したと思われたくないというつまらない意地だった。巡りめぐって自分の行動を制限されたと考えると、本当につまらない真似をしたものだ。

 ハナダにもロケット団の団員が潜んでいる。最も、タマムシのようにアジトがある訳ではなく、それぞれで住居を見繕って、連絡を密にしているだけだった。オツキミ山での作戦をタマムシの団員であるフミツキ達がこなさなければならないのは、その辺りが理由らしい。集団での行動など、指揮も実行もできないようだ。フミツキ達の支援を担当してくれたのも二人組の団員で、似たような少数のチームがハナダの方々に散らばっているらしいことを教えてくれた。

 タマムシは、唯一のロケット団アジトである。組織としての集団行動を可能とするのは、タマムシの団員だけだろう。つまりロケット団の本部と言って良いのだが、誰もタマムシを本営扱いはしない。ボスがいないからだ。

 自分が、なぜボスに選ばれたのか。作戦を考える傍らで、常にその疑問はあった。支配人が動けないとしても、幹部級の団員が何人かいる。中には、三年前の山吹組抗争で少なくない働きをした者もいるはずだった。

 ハナダの団員は、指揮官であるということでフミツキとそれ以外の団員の扱いに差をつけ始めた。媚びなどではなく、組織の一員として当然の行動として、フミツキを上官扱いし始めたのだ。それも、苦痛だった。苦痛だが、訂正することもまた許されない。指揮官の役目を、果たさなければならないのだ。指揮系統がいたずらに混乱するような言動はできなかった。

 

「おい、買ってきたぜ」

 

 クリードが、手に持った袋をちょっと掲げた。

 

「私の分は?」

 

「ある。本当に男物で良かったんだな?」

 

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

「服屋をあんなに回ったのは初めてだぜ」

 

 クリードが肩を竦めた。発掘、運搬担当まで含めた服の購入である。一店舗で購う訳にもいかず、ハナダの服屋を回らせることになった。

 ロケット団の団服は使う。作戦の意味合いまで考えればどうしても必要だからだ。それはそれとして、変装用の服が必要だとフミツキは考えた。逮捕者を出してはならないのだから、なにも最後まで団服を着用する必要もないだろう。

 

「クリードさんも、最初は私服にしてください。採掘場付近のトレーナーとの戦闘直前に団服に着替えるつもりで」

 

「ま、今回はてめえの言うことに従ってやるよ」

 

 認められた、という感じはなかった。ただ、今回連れてきた戦闘員は普段の模擬戦でもフミツキが勝ち越している面子で、幾度かの走り込みでも前を走らせることはしていない。流石に、あからさまな反抗を見せる者はいなくなった。手並みを見る、ぐらいのつもりにはなったのだろう。

 

「しかし、化石か。多少の金にはなるのかねぇ」

 

「今までとは異なる地層で発見されたもの、らしいですよ。ニビ博物館で限定的に公開されてますが、世間にはまだ流通していないようです」

 

「好事家って奴に売り付ける訳か」

 

「あるいは、研究施設ですかね。グレンタウンなんかは、中央の目が届かないのをいいことにかなりグレーな実験をやっている所もあるようです」

 

「悪の組織に違法な研究施設か。そりゃあいい」

 

 化石は捨てよう、とフミツキは考えていた。撤退の際の負担が減るし、再度の陽動作戦が必要になった場合は名分にできる。化石を持ち帰っても小金稼ぎにしかならないことは、支配人もわかっているのだ。

 フミツキだけが考えていればいいことで、クリードなどはきちんと化石を持ち帰るつもりでいる。わざわざ水を差す必要もなく、化石の使い途などについても、適当に話を合わせていた。

 ハナダの団員が駆け込んできた。

 

「来ました。作戦開始は本日の夕刻からです。厳密な時刻は再度連絡が入るようですが、とりあえず夕刻を目処に準備をお願いします」

 

「夕刻?夜じゃねえのか」

 

「はあ。どうもそうらしいです」

 

「なんだそりゃ。わざわざ日のあるうちに行動する理由があるか?」

 

「支配人の差配です。それ以上の理由が必要ですか?」

 

 フミツキが言うと、クリードは横を向いた。

 採掘場はタマムシ大学の研究チームが必要分の採集を行った後に、保存されている。簡易なもので、クリードの言うとおり日が沈みきった後ならば事はもっと易く進むだろう。夕刻というのは、本命の作戦に合わせた時間帯に違いなかった。

 多少の不合理があるぐらい、最初からわかっていたことだ。

 

「全員を待機状態に入らせてから、次の指示を待ちます。それで構いませんね?」

 

「そうして頂けると」

 

 連絡役の団員がほっと息を吐いた。クリードはまだ横を向いている。

 

「クリードさん」

 

「ちっ。わかってるよ。通達してくる」

 

「ストレッチを欠かさないよう言っておいてください。出動命令が来たら、オツキミ山までひた駆けます。街道を避けてです」

 

「そんぐらい、全員心得てる。アジトで、てめえにどんだけ走らされたと思ってるんだ」

 

 クリードが部屋を出る。フミツキは、改めて書類に向き合った。周辺の地図から、ニビの自警団の情報までこと細かく書き留めてある。タマムシやヤマブキの団員は戦闘要員といった色合いが強いが、ハナダは諜報的な側面を持っているのかもしれない。そう考えてみれば、集団で密集するのではなくチーム毎にバラけているのも頷ける。

 

「タケシが不在というのは確実な情報なのですか?」

 

 資料で一番気になっていたことだ。ジムリーダー同士の会合が行われるらしい。それに出席するため、タケシは不在。本当であれば随分とやり易くなる。

 

「ご存知ないんですか?その情報はタマムシから受け取ったものですよ?」

 

「支配人が?」

 

「私達は本部長とお呼びしていますがね。どうも、信頼できる筋の情報だそうで」

 

 支配人がそう言うのなら、まず間違いはないだろう。バトルでは果断と聞くが、普段の経営を見る限り実に手堅い人間だ。

 

「なんだ、ジムリーダーはいねえのか」

 

 戻ってきたクリードが、横から覗き込みながら言った。強気な物言いだが、安堵の響きもある。

 

「ただ、代理がいますよ。どうも、ニビジムのジムトレーナーらしいです」

 

「面倒だな」

 

 クリードが渋面を作った。

 世界で最もポピュラーな娯楽は間違いなくポケモンバトルだが、日常的にバトルを行う人口がそれほど多い訳ではなかった。スクールを出てからは一度もバトルをしていないという人間も、決して少なくない。

 綿密なトレーニングを普段から行っているものなど、一握りだろう。そして、ジムトレーナーはその一握りの一部だ。

 

「こいつが出てきたら、全員で叩くしかねえか」

 

「いえ、私がやります」

 

「お前が?おい、お前バッジは?」

 

「二つ」

 

 クリードだけでなく、ハナダの団員も渋面を浮かべた。ジムトレーナーなど、どう見積もってもバッジ三つ程度の腕前はあるだろう。カントー最精鋭のトキワジムなどは、ほぼ全員がバッジ六つ以上を持つという。

 自分の腕がバッジ二つ程度だと、フミツキは思っていなかった。同時に、六つは無理だろうとも思う。四つか五つ。ジムトレーナーとの力量差は、際どいところだった。

 

「万一私が敗れた場合は、クリードさんを隊長にして撤退してください」

 

「本気で言ってるんだな?」

 

「ボスの顔に泥は塗れませんよ」

 

「よし。存分に見捨ててやる」

 

 言いながら、クリードはにやりと笑った。さっきよりも、どこか親しみを感じさせる笑い方だ。

 不意に、ドアが激しくノックされた。

 

「来ました。指令です。ハナダ駐留中のタマムシ部隊は作戦行動を開始してください」

 

 クリードと目が合う。まだ、にやけが浮かんでいた。

 

「出ます」

 

 短く告げて、フミツキは腰のモンスターボールをちょっと触った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入って、おや、と思った。既に七人が、席についていたのである。

 ヤマブキシティにある料理処だった。金をかけて照明や壁に豪奢な装飾を施す店が、最近は多い。ムツキなどは、サカキをそういった高級店へ行かせたがるが、どちらかと言えば落ち着いた暗色の室内がサカキは好きだった。もっと正確に言えば、夜の森や洞窟の中などでポケモン達と食べる食事が一番好きだ。

 大した器具もない中で、きのみを擂って溶かし込んだりきのこを煮込んだ汁に、野草や薄く削いだ肉を入れる。米や餅があれば、一緒に煮込む。そうやって出来上がった料理を、ポケモン達と冷ましながら食う。

 サカキもポケモン達も、最初の一杯だけは平等に同じ量を注ぐ。旅の間、一度も変えたことのないルールだった。もう何年前のことになるのか。今は、こうやって会合に呼ばれれば、サカキだけ旨い飯を食う。

 

「どうやら、お待たせしてしまったようだな」

 

「いや、そんなことはありませんよ、サカキさん」

 

 答えたのはタケシだった。律儀な性格で、ジムリーダーの会合にも大抵一番速く到着する。サカキは三番手辺りが多く、遠方のカツラなどは稀に大きな遅刻をする。

 酷いのは女性陣で、特にナツメはヤマブキシティでの会合でさえ遅れてくることがあった。花の多い町だと大抵エリカが遅れ、カスミは特に理由もなくどこでも遅れてくる。軍人上がりのマチスにはその辺りが耐えられないらしく、カスミと口論している姿を頻繁に見た。ただし、マチスも遅れてくることが多い。彼にとって大事なのは、理由の有無なのだ。

 

「実は、エキシビションマッチで我々はあることを考えていてね。果たせなかったので、反省会をしておる」

 

「カツラさん、それは?」

 

「君とワタル君を、全く五分五分の状態から闘わせたい、と思っておった。四天王のうち三人を倒してワタル君を引き摺り出した後、降参し君にバトンを託す。無傷の君とワタル君が向かい合うことになる。それがきっと、カントーの全てのトレーナーが見たい光景だと思った。しかし、為せなんだ」

 

 順番は自由で、カツラが先鋒で次がタケシだった。向こうはカンナである。氷と見れば有利だが、水と見ると不利になる難しい組み合わせだった。結局は水タイプの良さを出されて、二枚抜きされることになった。後続のマチスが破ったが、続くシバにエリカ共々突破された。

 あの試合の一番の誤算が、イワークを残されたままエリカが突破されたことだと言っていい。続くキョウとシバの試合は壮絶な消耗戦となり、勝利したキョウにキクコと争う余力はなかった。

 キョウ、カスミ、ナツメを破ったキクコと、サカキが対峙することになった。一発のシャドーパンチ。それで、万全の態勢でサカキとワタルが試合をする機会は失われることになった。

 ことポケモンバトルに於いて、キクコに妥協の二文字はなかった。あのシャドーパンチは、正にキクコの生きざまと言っていい。

 

「会場は崩壊したのですよ、カツラさん。試合は一時中断された。ポケモンバトルではあってはならないことです。私とワタル君が全力で闘う機会など、初めからなかった」

 

「そう言ってくれるか。正直なことを言うと、あれは私達にとって多少の慰めであった」

 

「食事にしましょう。ジムリーダーがこうやって集まれる機会は、年に数回しかない貴重な時間だ」

 

 サカキが促すと、カスミが真っ先に料理に食らいついた。空腹を堪えていたことを隠しもしない姿勢で、全員が苦笑いしながら料理に手を付けた。

 

「そう言えばサカキ君、この前のチャレンジャーはどうだったね?」

 

 カツラが言った。ジムを巡る順番は決まっているので、グレンを突破したトレーナーはトキワに来ることになる。

 

「残念ながら、私のところまでは来ていませんよ」

 

「ふうむ、そうかね。まあ、トキワジムのトレーナー達はみな一角の腕前ではある」

 

「あんまり追い返してると、支給金が減らされるぜ」

 

「金のことで勝負をどうこうしようとは思わんよ、マチス」

 

「いいじゃねえか、通してやれば。カンナ、シバ、キクコ、ワタル。万に一つも勝ち抜けやしないんだから」

 

「君のところは三つ目だからな。素養ありと認めたら渡さねばなるまい。私は、これでも最後のジムリーダーを務めているのだよ」

 

「ふん」

 

 マチスがウイスキーを呷った。突っかかられるのはいつものことだ。同盟軍の顧問のような立ち位置にいるので、サカキの方にも無意識のうちに隔意があるのかもしれない。

 

「最近はエリカ嬢もあまり挑戦者を通していないようだね」

 

「あら、そうでしたかしら?」

 

「エキシビションの後からだと聞くぞ。お陰で私は暇になったが」

 

「良いことではありませんか。暇な時間があれば、花を慈しむことができます」

 

「うむ、そうかな。しかし、ウチにあるのは毒花ばかりだ。慈しむと言ってもな」

 

 キョウの言葉に、エリカは微笑みだけを返していた。キョウが肩を竦める。

 エキシビションでシバのイワークを倒しきれなかったことを、悔やんでいるのかもしれない。シバ側が格闘ポケモン達で上手くいなした形だったが、もしエリカが踏ん張りきれれば、サカキの前にキクコを倒すことも不可能ではなかっただろう。

 

「まあいいか。私も最近はやることがあってね」

 

「ご子息の鍛練ですか?」

 

「いや、実は捜査協力なのだ。タマムシの警部でね」

 

「まあ。でしたら、私の知っている方かしら?」

 

「どうかな。タカギという。『老いぼれ犬』と言えば、そっちの界隈では通る名前らしい」

 

「ああ、タカギ様ですね。あの方のウツボットはとても素敵ですわ。特に、下から上に掬い上げるように打つ『つるのムチ』はかなりのお手前で」

 

「ほう、それは良いことを聞いた。掴み所のない男で、実力の方もはっきりしなかったのだが」

 

 食事をしながら、サカキはエリカ達の会話に耳を立てていた。

 タカギという警部とキョウがゲームコーナーを訪れたことは、報告を受けていた。腐れ役人が鼻を膨らませてやってくるようなものとは、全く違う、という感じだった。探りを入れにきたと、支配人などは言っている。

 ロケット団とゲームコーナーを繋ぐパイプが露呈するような要素は、今のところない。もしパイプの存在に気付いたとしても、掘り起こすことはできない筈だ。この国の役人が手を出せない所に、それは埋まっている。

 しかし、ロケット団繋がり以外でゲームコーナーを探る理由などないのもまた事実だった。あそこの遣り口が阿漕なことくらい、多少世間を知っている者なら誰にでもわかる。今さら警部が現場に現れるようなものではないのだ。

 老いぼれ犬というのは、普段から口ずさんでいる鼻唄から取られたあだ名らしい。ただ、捜査の方の鼻も犬並みに利きそうだ。

 そこまで考えて、サカキは思考を切った。情報が足りない。そういう時、敵は大きくも小さくも見える。幻に囚われるぐらいなら、自分の最善を探すべきだった。

 店員が慌ただしく個室に駆け込んできた。タケシを見つけると、耳打ちをして連れていった。

 

「申し訳ない。ニビで少し問題が起こったようで、僕はここで下がらせて貰います。最も、間に合いはしないでしょうが」

 

「問題?タケシ君、一体どうしたのだね?」

 

「どうも、ロケット団のようです。オツキミ山の化石を狙っているようで、採掘場は既に占拠されていると。ウチのジムトレーナーが自警団を率いて向かったというので、大丈夫だとは思うのですが」

 

「私達も手を貸そうか?」

 

「いえ、それには及びません。ああ、カスミ君だけはちょっと。ハナダ警察に連絡を入れて欲しいんだが」

 

「ええ、お安い御用よ」

 

 二人が、連れだって出て行く。サカキは座椅子に背中を凭れ、ブランデーをちょっと舐めた。

 作戦が、始まっていた。フミツキがどう乗り越えるか。作戦の成否よりも、サカキはそれが楽しみだった。首領として間違った考えだとわかっていても、そういう気分になってしまうのだ。

 もう一度、ブランデーを舐めた。氷が、ゆるゆると溶けだしている。

 

 

 

 

 






誤字の報告、ありがとうございます
勢い任せで書いている部分も多いので、大変助かっています
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