罅割れた夢   作:島ハブ

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第7話

 

 

 

 

 ライターを、分解していた。

 オイル式の年代物で、僅かにゴミが混じっただけで火の着きが悪くなる。フリントの減りも速かった。

 写真機用のドライバーとピンセットを使いバラし、オイルを染み込ませた脱脂綿で各部を丁寧に拭う。手順を考えたりすることはほとんどない。躰に染み付いているのだ。組み立てまで合わせても、三十分もかからなかった。

 月に一回は、作業を行う。それでも、一週間もしないうちに火は着きづらくなるのだった。

 使い捨ての安いライターを持ったこともある。その時期、煙草の量はなぜか減った。いつの間にか失くし、いつものライターを持ち出すと、再び煙草を頻繁に吸うようになった。ライターを変えようという気はそれでなくなった。

 今日の朝刊を開く。一面の内容は避けて、読み進めた。オーキドの研究についての記事が載っている。疑問を投げかける、という体だったが、どう読み解いても批判的な意図が透けていた。

 

「見るべき記事を飛ばしているんじゃないかね?化石強奪事件は一面にあるぞ」

 

 キョウだった。もう九時か、とタカギは思った。この男は、時間に関して遅れることも早く来ることもない。

 

「馬鹿馬鹿しい研究だ、と書かれてあるな。まあ、ポケモンの種類が百五十一程度で済まないことは、子供でもわかる話ではある」

 

「ふむ。オーキド博士の記事か。どうせ、批判的な内容だろう?」

 

「私も、なぜ、と思うがね」

 

「君、ポケモンという生き物が世界に何種類いるか知っているかな?」

 

「さあ。少なくとも、百五十一ではないだろう」

 

「確かにな。答えは、三十種類だよ」

 

 タカギは、束の間口を噤んだ。揶揄われているとしか思えなかったのだ。キョウの目に遊びの色はなかった。

 

「ずっと昔、タジリンという外国の貴族が研究をし、三十種類の生物をポケモンと認めた。しかし、所詮は貴族の道楽でね。研究はもっと実践的な分野に移っていき、ポケモンという生き物そのものへの問い掛けは途切れた。オーキド博士の肚は、大変なものだよ。辺鄙な町の研究者が、貴族の研究を五倍に膨らませようというのだからな」

 

「実践的ではない、原義的な研究か」

 

「それを行うのが、かつてトレーナーとして実践を極めたオーキド博士だというのも、面白いところだ」

 

 タカギは、ゴロワーズを取り出した。オイルライターの火が、一度で点く。手入れを行った日はこんなものだ。これがほんの数日でじゃじゃ馬になってしまう。

 

「訊いてみたいことがあった」

 

「ほう」

 

「三年前、山吹組が一晩で壊滅した。あまりの出来事で現場も混乱していてね。三百人に襲われたという者から、たった一人の奇襲だったと言う者までいた。警察は、三、四十人の精鋭による作戦だろうと結論付けたがね」

 

「それで?」

 

「一人で山吹組を陥とせるトレーナーは、この世に何人いる?」

 

「現実的な話ではないな」

 

「わかっている。すぐに忘れることにしよう」

 

 捜査に先入観を持たない、という意味でタカギは言った。キョウがしばらく腕を組んだ。

 

「カントーで、という意味に解釈するがね。可能性があるのは三人だろう」

 

「多いな」

 

「可能性の話だ。私の気持ちとしては、零だよ」

 

「誰かね、その三人は?」

 

「ワタル、サカキ、オーキド」

 

「わかった。忘れよう」

 

 若い刑事が、手招きしていた。それから、隣室を指差した。課長の部屋だ。まだ吸い始めたばかりのゴロワーズを消した。

 課長室には三人の人間がいた。課長以外の二人にも、見覚えはあった。一人は組対で、もう一人は窃盗を担当している部署の人間だった。タカギの専門は殺人で、つまりは畑違いになるのだが、他所でも優れた刑事は多少記憶していた。優れた刑事が集まっているというのは、大抵厄介事である。

 

「君も災難だな、タカギ警部」

 

 言ったのは、組対の男だ。体育会系に見られればマシな方で、ほとんど暴力団員のような見た目をしている。

 

「公安が機能していれば、君が引っ張り出されることもなかったろうに。なんせ、ロケット団は殺しだけはやらん」

 

「同盟軍に文句でも言いますか」

 

「やめてくださいよ、お二人とも」

 

 窃盗担当の男が口を挟んだ。こちらは神経質そうだ。

 

「連中、公安と秘密警察の区別もついておらん」

 

「捜査権はこちらです。専門部署設立と情報共有について、向こうに権利があるだけです」

 

「三課は、そんな形に納得している訳だ?」

 

 二人の言い争いを、タカギは耳に入れないようにした。

 特定団体を担当する部署がない。それで、殺人が専門のタカギにお鉢が回ってきたりするのだ。オーキドの研究記事など目じゃない程に議論されている話題で、いささか倦んでいるところがあった。

 課長が立ち上がった。階級はタカギよりも二つ上で、流石に静まり返った。歳は五つ以上、下である。

 

「とりあえず、情報の共有をしましょう。タカギ警部、認識は?」

 

「新聞程度ですかね」

 

「化石強奪事件と窃盗が、ほぼ同時に起きました。化石の方は被害軽微、しかしジムトレーナーが撃退された件が耳目を集めているようです。窃盗は金品多数に、技マシンも持っていかれました」

 

 それならば、被害額は決して少なくないだろう。技マシンの取り引きは国が厳しく取り締まっていて、その価格決定について市場経済から切り離されている。その分、闇に出回った時の価値は大きかった。

 

「上は、いよいよロケット団が食うに困ったのだと考えているようですがね」

 

「つまり、ただの窃盗グループだと思っている訳ですか。山吹組との抗争については?」

 

「なにかの間違いだろうと」

 

 組対が、苦虫を噛み潰した顔をした。

 

「今回被害に遭った金品、技マシン、化石については三課の方でルートを暴いて欲しいそうです」

 

 男は、眼鏡を外し丁寧に拭っていた。やたらと擦っているが、曇りが付いているようには見えなかった。

 しばらく話をしてから、二人が退出し、タカギだけが残された。課長はゆったりと椅子に背を凭せると、タカギに煙草を勧めた。

 

「苦情が来ているんですがね」

 

 火を点けた瞬間に切り込んできた。

 

「ゲームコーナーに、ちょっかいをかけたんですね」

 

「遊びに行っただけですよ」

 

「それについての苦情ですよ。上からですが、大元はタマムシの議員ですね」

 

 ならば、苦情などではなく圧力ということだった。

 タカギはゴロワーズを咥えた。そちらのルートからの圧力ならば、成り上がった小悪党の動きとして不自然はない。ゲームコーナーという商売で一山当てた男が、利益を守るために当然の動きをした、というだけだ。

 しかし、あの支配人と呼ばれていた男は、そんなにつまらない人物だったか。あまりにも無難すぎる気もした。次期四天王と言われるキョウが、できる、と表現した男だ。

 

「もし、タカギさんに何かしらの確信があるのだったら、この程度の苦情は僕の方で止めようと思うんですがね」

 

 そう言って、課長はじっとタカギを見つめた。

 エリートは、こんなものだった。恩を着せて、手柄を持っていく。そして、切る時は平然と切る。

 それを悪と言うつもりはなかった。こういう上司を利用して、独断的な捜査を行ったことも一度や二度ではない。手柄を渡せばいいだけ、道義的なことを言い始める上司よりも楽とも思えた。

 ジムバッジを三つ。それがいつからか、警察にとっての暗黙の了解のようになった。タカギは終戦直後に警察に入ったクチで、その頃はそのような慣習はなかったのである。そして、戦時中のタカギに、ジムを巡る余裕もなかった。若者が取り立てられたと思ったら、慣習ができ、タカギ達の世代は置いていかれたのだった。年下の上司にも、既に慣れてしまっている。

 

「ニビに、行ってみたいんですがね」

 

 休暇でも取るように、タカギは言った。課長が頷く。捜査許可を出すとは言わなかった。この辺りの呼吸は馴染んだものだ。

 部屋の外ではキョウが待っていた。

 

「資金の流れがあるはずだ。しかし、見えない」

 

「金か」

 

「山吹組との抗争は、決着の一晩ばかりが口に昇るが、それ以前から暗闘はあった。ましてロケット団は、勝利した後もこれといった縄張りを引いた訳でもない」

 

 組織としての体力が持つ筈はなかった。しかし現実として、ロケット団は存続し、ジムトレーナーを撃退するほどの集団を養っている。

 糧道がどこかにある。捜査の命令を受けた時、始めにタカギが考えたのがそれだった。

 企業を当たった。しかし、ロケット団のバックにいそうな企業は見つからなかった。ゲームコーナーに目をつけたのは、勘といっていい。

 支配人という男が、やはり引っ掛かった。あんな、腐った商売の差配で満足していられる手合いとは思えなかったのだ。

 

「当たってみよう。あまり得意ではないがね」

 

「忍だろう、君は」

 

「忍にも色々ある。鷹狩りの時、警備についたというのがうちの家でな」

 

「鷹狩り?」

 

「鷹匠と御庭番の間に生まれたのが祖先でね。わかりやすく言えば、武闘派という訳だ」

 

 その時、どこからかゴルバットが舞い降りて、キョウの肩に掴まった。ゴルバットがどこから出てきたのか、タカギにはさっぱりわからなかった。自分の頭の上から出てきたような気さえしたのだ。

 

「君は、山吹組を壊滅できるのではないかね?」

 

 キョウは、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマブキから帰って来た結果は、衝撃だったと言っていい。

 ハナダの洞窟の観測結果である。

 

「サカキ様、これは」

 

 ムツキが、唖然としていた。それほどに、前回の結果との差が大きかったのだ。

 全体を流し見て、それから細部に目を通した。ミュウツーの波長は、ほとんど進化としか言えないほどの上昇を起こしていた。

 抱き込んである研究者の見解も添えられていた。興奮そのままに書いたのか、文章には粗が多い。はっきりわかるのは、既存のどのポケモンよりも強い生命体が誕生しようとしていることだけだった。

 

「こんなことがあるのですか?」

 

「研究は、途中で投げ出されていた。理由についてはっきりとは書かれていなかったが、科学者の理解を越えたのだろうな」

 

「これがポケモン、ですか」

 

「以前、私が戦った時よりも既に強くなっている。自己進化だな。放棄された研究、計画は、ミュウツー自身の手をもって完成しようとしている」

 

 トキワジムの一室だった。いつもなら、資料はムツキが上手く振り分けている。それが今は、堆く積み上がっていた。

 作戦は、予想を遥かに越える成功を見せた。特に大きかったのはフミツキの存在である。発掘部隊を逃がしながら、ニビジムのジムトレーナー率いる自警団を軽く蹴散らした。

 報告書を見る限り、作戦勝ちという趣が強かった。ジムトレーナー含めた自警団全体を混乱と焦りに叩き込んだ、という感じだ。

 サカキや支配人が感心したのは、化石を置いてきたことだった。それで、次の動きの幅はずっと広くなる。フミツキの動きは全体的に部下に譲歩する流れが強かったが、その点に関しては自身の意思を通した、という感じだった。指揮官としての柔軟さと強さが垣間見える。

 これで一トレーナーとして優秀なら、幹部にでもすぐに上げたいくらいだった。しかし、どう好意的に解釈しても、ジムバッジ五つが限度というところだ。

 サカキはもう一度資料に目を通し、それから父の遺したメモを見た。

 ミュウツーの波長は、当時から激しい上下が起こっていたようだ。最高値の時には、周囲百キロに妨害の念波を飛ばすことも不可能ではなかったらしい。この念波が、同盟軍が用いるような電子機器の機能を狂わせる能力がある、とされていた。

 つまりは、切り札になり得る、ということだった。問題は、安定しているか否かだ。

 

「再度の調査がいるな。それも、可及的速やかにだ」

 

「今なら、化石採掘場にもそれほどの警備体制は敷かれていません。あちらの言い分としては、ロケット団を撃退した、ですから」

 

「注目も集まっている。一ヶ所でも、陽動としての役割は充分に果たせるな」

 

 そして、タケシ本人でも出てこない限りは、フミツキはやってのける筈だ。あるいは、タケシが出てきても上手く躱すかもしれない。

 フジに会う必要があるかもしれないと、サカキは思った。データの進行が、サカキ達の予想の先を行っている。サカキの計画のために必要な要素はいくつかあり、ミュウツーは欠かせない存在だった。読み解ける人間を放置している余裕はない。

 

「もう一度、オツキミ山に行かせてみよう。その裏で計測、その後はタマムシに帰還でいい」

 

 ムツキは一礼すると、部屋を出ていった。サカキは、ちょっと天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思ったよりも、ニビは平穏だった。オツキミ山の事件は、ニビの住民に取っては近くて遠い出来事だったようだ。

 タカギは、しばらく観光をした。課長には、休暇とも仕事とも言わないで来ている。微妙なやり取りで、どちらに転んでもいいような手回しはしておくべきだった。

 博物館に来た。眺めるともなく、見て回った。化石の標本がある。それは貴重な古代の軌跡なのかも知れなかったが、タカギにとっては、白骨化した死体の人形だった。月の石も、進化に使える便利な石というだけだ。

 化石採集の地層についてのコーナーに差し掛かった。古いものから、最新の発見まで網羅してある。最新の地層について、文章を最後まで読んだ。末尾には当然、この文を書いた人間が記してある。キョウの挙げた三人の中の一人の名前が載っている。先入観は持たない。それは、キョウとの約束のようなものだった。

 博物館を出て、ジムに向かった。全体として静かな町で、博物館以外の名所はジムと花畑ぐらいだった。花畑も、普段タマムシで暮らしているタカギにとっては決して華やかなものではない。白や紫の花たちが、まばらに立ち並んでいるだけだ。

 タカギが着いた時、ジムからは大きな歓声が響いていた。受付の横にある部屋で、しばらく待った。

 やってきたのは二人の男だった。片方には見覚えがある。ニビジムのジムリーダー、タケシだった。もう一方の少年は知らない顔だ。二人はいくらか言葉を交わし、やがて少年がジムから出ていった。

 タカギはなぜか、その背を目で追った。いや、凝視していたといっていい。自動扉が開き、特徴的な赤の帽子とジャケットがその向こうに消えた。それでようやく、タカギは目を離すことができた。

 

「どうも、こういう者ですがね」

 

 警察手帳を見せてから、タカギはタケシに話を聞いた。流石にタケシは、自分のところのジムトレーナーの不始末も隠さず話した。奇襲で、あるいは多人数で無理矢理襲ったというような報道も少なくなかったが、タケシは負けるべくして負けたと思っているようだ。

 

「それほどですか、ロケット団は」

 

「強いというのと、試合巧者というのはまた違いましてね。上手くやられた、というしかない」

 

「もう一度やれば勝てると?」

 

「まさか。巧者というのは、常に上手いから巧者なんですよ。強いて言えば、相性が悪い、ということですかね」

 

「なるほど」

 

「勝負というのは、残酷なことが起きるもんです」

 

 タケシはちょっと笑うと、なにか良いことでも思い付いたような声を出した。

 

「タカギさんは、すぐにタマムシへ帰られるんですか?」

 

「一応、オツキミ山も見てみるつもりですよ。あんまり言うとなんですが、手掛かりすらも足りない状況でしてね」

 

「じゃ、彼と一緒に行ってみるといいですよ」

 

「彼?」

 

「レッドという子でね。正直なところ、試合中、僕は本気で彼を倒すつもりになったんですよ。全て躱されましたがね」

 

 ジムチャレンジは、あくまでも加減したレベルのポケモンを使うものだろう。それでも、ジムリーダーが本気になることは珍しい。加減したジムリーダーさえも突破できないトレーナーの方が、この世にはずっと多いのだ。

 

「その子は?」

 

「さっき出ていった筈ですけどね。一日二日は、ポケモンセンターで準備を整えるんじゃないかな」

 

 先程の赤い少年だ。そう思った時、なぜかタカギは頷いていた。自分でも、理由は説明できない。タケシは、ちょっと頷くと、ジムに戻っていった。

 ポケモンセンターにいると言ったか。考えるともなく、タカギはそう思った。すれ違う人が、時折タカギの方を振り向く。自分が鼻唄をやっていることに気付いて、タカギは口を閉ざした。昔からの、忌々しい癖だ。いつの間にか、ポケモンセンターの前に着いていた。

 

 

 

 

 

 

 

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