ポケモンセンターには、姿はなかった。少し考えて、タカギはフレンドリーショップへ向かった。
レッドは、商品棚を眺めていた。タカギはその背をしばらく見つめていた。どう見ても、ただの少年である。それでもなぜか、引き込まれるような気分が寄せては返しながらタカギを襲ってきた。
今まで、色々な男を見てきた。いそうもない男が、この世にはいる。そういうこともよく知っていた。しかしこのレッドという少年は、今まで見た誰とも違う部分で、タカギの心に触れてくる。
頭を振る。考えて、わかることではない。
「ちょっといいかね?」
警察手帳を見せながら声を掛けると、レッドはぎょっと目を見開いた。やはり子供なのだ、とタカギは思った。
「いや、物騒な話じゃない。実は、ニビジムのタケシ君に君を推薦されてね」
「推薦?」
「ある捜査でオツキミ山を通りたいんだが、パートナーがいない。警察には、最低でも二人一組で行動しないといけない決まりがあるんだよ」
原則としてはその通りだが、この程度の規則を破ることぐらいタカギは慣れたものだった。つまりは、レッドを誘うための方便である。なぜこの少年を連れていこうとしているのかについて、タカギは考えないことにした。
「タケシ君は忙しいらしい。そこで挙がったのが君の名前だったということだ。まあ、あまり面倒なことを求めるつもりはない。オツキミ山を抜けるまで行動を共にする、というだけの話なんだが」
しばらく考える様子を見せてから、レッドは小さく頷いた。そのまま、再び商品棚へ向き直る。無口な少年だった。
ショッピングカートの中身を、タカギは覗き込んだ。
「なんだね、これは」
思わず声を挙げた。モンスターボール。一つや二つではなく、二十以上のボールが縮小された状態でカゴの中に転がっていた。その横には、申し訳程度に携帯食料や傷薬などが入っている。
ジムチャレンジは、賞金が出る。トレーナーの前途を応援するという名目で、ポケモン協会が出資している補助金だ。金額は後のジムほど大きくなるので、ニビジムの賞金は大したものではない。
タカギの計算では、ニビジムの賞金を丸々使ってもまだ、カゴの中身には足りないだろう。
タカギの驚きからしばらくして、レッドがああ、と声を出した。
「なにか、ハナダまでのポケモンで狙っているものがあるのかね?」
「いえ。行けるところまで、リザードだけで行くつもりです」
「しかし君、このボールは」
レッドが懐から何かを取り出した。赤い手帳のように見えたが、よく見ると紙などではなく、もっと硬質な素材でできていた。どこかで見たことがある。
新聞。どの記事だったか。
「ポケモン図鑑、だったかな?」
「そうです」
オーキドの記事。思い出した。百五十一匹の生き物をポケモンと認定するにあたって開発された専用のマシン、だったか。詳しくは思い出せなかった。ほとんど流し見ていたのだ。
「君は、オーキド研究所に勤めているのか?」
「いえ。頼まれただけです」
「君だけが?」
「もう一人。グリーンといって、オーキド博士の孫ですけど。俺の幼馴染です」
年齢さえ考えなければ、身内に研究を託すというのはおかしいことではなかった。孫ならば、ありえない話ではない。しかしこのレッドという少年は、身内でもなければ研究者でもないのだ。
キョウの言葉を思い出した。山吹組を一人で壊滅できるとしたら、ワタルにサカキ、そしてオーキド。それほどの実力者が、一体何を思ってこの少年に図鑑を渡したのか。
「オーキド博士の研究は、大変有意義なものらしいね」
「そうなんですか?」
「知人の意見だがね」
「よくわかりません」
「そうか」
レッドがカートを押していく。途中で甘味を手に取り、しばらく眺めてから棚に戻した。レジに着いた時、タカギは後ろからカゴの中に甘味を投げ込んだ。財布を取り出す。
「安いが、依頼料とでも思ってくれ」
レッドがちょっと頭を下げた。
一旦別れてから、タカギはポケモンセンターの公衆電話に向かった。
「ダミーが多すぎるな」
電話に出たキョウは、いささか疲れた口調で言った。
「それほどか」
「タマムシをたらい回しにされたよ。ペーパーカンパニーだらけさ。四つ追ったが、全て行き止まりだった」
「他の当ては?」
「あるとも。うんざりするほどな」
ゲームコーナーからの資金の流れは、タカギの思った以上に方々へ伸びているようだ。いかがわしい商売をしていると名乗っているようなものだが、それはある意味、それなりの悪党としては当然の姿ではあった。疑われる程度のことは、言うまでもなく計算しているだろう。
タマムシ議員を動かして、圧力を掛けてくる。課長が守ってくれるなどという期待を、タカギは持っていなかった。ある一点を越えれば、平然とタカギを切ってくるに違いない。
ゲームコーナーに踏み込むのは、当面無理と判断するしかなかった。それに、ゲームコーナーを潰すのはあくまで手段であって、目的ではなかった。
「ロケット団と繋がっている道。それが判明するだけでいいんだが」
「まあ、容易くはあるまい。君の勘の通り、ゲームコーナーがロケット団の下部組織ならば、繋がりは一番強固に隠すだろう」
「他に手繰れる糸はない」
「やってみるさ」
受話器を置いて、タカギは考え込んだ。
ロケット団とはなんなのか。それが、一番の謎だった。
過去に起こされた事件は二つに分類できる。窃盗や強盗が本業ならば、そちら方面の犯罪組織だし、山吹組との抗争が本性ならば暴力団だろう。
しかし、捜査の命令はタカギに来た。殺しの線がない以上、特定団体という疑いがかかっていると思わざるを得なかった。
この手の命令はいくつかあるが、出所がはっきりしないものは大抵反同盟軍絡みの団体だった。
そういう想定で物事を見ると、ロケット団は恐ろしい組織だった。表面上を取り繕ったまま、地下に深く潜行している。それが一瞬、力の一端を見せたのが山吹組との抗争だということになる。それ以降、ロケット団が武力を見せたことは一度もない。
山吹組を壊滅させる力を持ちながら潜行した、反同盟軍組織。それはカントーの治安に置いて、過去類を見ないほどの脅威だろう。下手すれば、先の戦争の続きをカントーで始めかねないのだ。
考えても、現実味はなかった。資金ルートの有無で、それは形を見せる筈だ。現実的な脅威なのか、あるいは過去いくつもあったような、理想だけ掲げて立ち消えていく団体なのか。
タカギは地図を眺めた。オツキミ山に、ロケット団の目的となりうるなにかがあるとは思えない。あるいは、何かの陽動なのか。
それでも今は、オツキミ山から始めるしかなかった。
◇
再度の命令は、予想以上に速かった。
クリードは、前回持ち帰り損ねた化石の催促だと考えたようだ。戦闘要員の団員達を相手に、動きの確認などを繰り返している。化石担当の技術者達も意気を揚げていた。
化石などである筈がない。そう思っても、フミツキは言葉にしなかった。意味のあることでもないからだ。
先の作戦は陽動だった。これほど速く再度の陽動作戦が必要になったのならば、本命の動きが失敗したか、あるいは大成功を収めたかだろう。どちらにしても、フミツキのやることに変わりはない。
クリードがやって来た。全身に、軽く汗を掻いている。
「よお、隊長。いつも通り、難しい顔してるじゃねえか」
「トレーニングは終わりですか?」
「まあな。化石、持って帰れるぜ、今回は」
「拘りはしませんよ。逮捕者を出さない。今のところ、それが一番です」
「まあ、いいじゃねえか。みんなやる気になってる。悪いことじゃないだろう?」
「それはそうですが」
「わかってるよ。暴走しそうな研究者については、周りの奴に声を掛けてる。いざとなりゃ取り押さえて無理矢理連れ帰るさ」
副官としては、やはりクリードは優秀だった。自分で考えることはしないが、こちらの言葉をしっかり覚えていて、先に手を回してくる。それがスムーズなのは本人の人望だろう。フミツキが同じことをしようとして、これほど手際良くいくとは思えなかった。
ハナダの隠れ家である。フミツキは椅子に腰掛けながら、地図に目を落とした。オツキミ山の内部図だ。
前回の勝利は、地の利が大きかった。相手の慢心もあっただろう。
世間ではロケット団が撃退されたということになっているが、ニビのジムトレーナーがそう思っている筈はなかった。勝ちすぎた、という気もする。慢心はもう期待しない方がいい。
「顔の造りは悪くねえが、そのうちに皺まみれになるな、これは」
「褒められてると思っておきます」
「大事なのは、ケツと度胸さ」
クリードの後ろに、団員達が駆け込んでくる姿が見えた。全員汗を掻いていて、ドアを通り抜けた順に大の字に転がった。クリードが頭を蹴っ飛ばしながら、水を渡している。
「どれだけ走ったんですか」
「長くはねえよ。ただ、ペースは速かったな。ほれ、さっさと起きろ」
一人二人と、起き上がっては涼みに行く。といっても、外で寝っ転がるだけだ。その呑気さが、フミツキは羨ましかった。
自分の気持ちが浮わついていないか、フミツキは何度も自省した。前回は、クリードの呑気さに対して羨みと苛立ちが同時にあった気がする。今、苛立つような感情は湧いてこなかった。しかし、油断のようなものも、自分の中に見当たらない、と思う。
漠然とした不安だった。オツキミ山に、なにか得体の知れない、それでいて突拍子のない隕石ような存在が降ってこないか。馬鹿げた考えが、時折頭を過る。それは初めてのことだった。
やるべきことは決まっている。地図を見、それから引き連れている団員を一人一人思い浮かべた。なにも、新しいことは思い浮かばない。
一般トレーナーを蹴散らし、採掘場まで歩みを進め、発掘班を背に斥候を出す。後は、どこで退くかというだけだ。
団服を脱いで薄手になると、フミツキはストレッチを始めた。最初はどぎまぎしていたクリード達も、流石に慣れたようだ。
「躰は、適度に休めていてくださいね」
それだけ言って、フミツキは駆け出した。周囲を一、二周すれば、きっと振り切れる。
何を振り切るのか、フミツキ自身にもよくわからなかった。
◇
オツキミ山までの道のりには、多くのトレーナーがいた。
その全てを、レッドは圧倒した。別段、難しいことではない。ニビを抜けたばかりのトレーナー達は練度が低く、やろうと思えば自分でも同じことができるだろう、とタカギは思った。
本当の意味で同じことができるかはわからない。同じタイムで勝つだけなら、タカギにもできる。その程度だ。
「フレンドリーショップでの購入代ぐらいは取っただろうな」
からかうように言うと、レッドは財布を開いて中身とレシートを見比べ、それから頷いた。
無口だが、暗い性格ではなかった。タカギが警察での苦労話をいくつかすると、レッドもマサラタウンでの思い出をぽつりぽつりと語った。旅立ちの日、母親は映画に夢中でまともに見送られなかったというエピソードにタカギが笑うと、レッドも顔を綻ばせた。
「夕方までには、オツキミ山に着きそうだな」
本来なら、もっと早く着いていてもおかしくなかった。ただ、道中でレッドは度々草むらに入り、ポケモンの捕獲を試みていた。そちらの方は、バトルほどの手際は発揮されなかった。リザードが、強すぎるのである。
見かねたタカギが手を貸した。タカギのウツボットもこの辺りのポケモンに対しては強すぎたが、リザードよりはずっと搦め手が利いた。手加減にも慣れている。容疑者を死なせるようでは、警察は勤まらないのだ。
「そろそろだな」
夕焼けが射していた。タカギは、微かな疲労を感じた。ここ数年は、こういうことがある。いくらかのポケモンを捕獲したレッドは、それら全てを転送装置で送ったことで、旅立ち前よりもむしろ身軽になっていた。下手をすれば、祖父と孫ほどに歳の差があるのだ、とタカギは思った。
ゴロワーズを取り出した。ライターは火花を散らすばかりで中々着火しなかった。レッドがリザードを指すのを無視して、ライターを擦り続けた。火が点いた時には、オツキミ山の前に着いていた。
「今、立ち入り禁止になっています。近場のポケモンセンターまで戻ってください」
洞窟の入り口近くで、赤色の警棒を回している青年がいた。警察ではない。ニビの自警団だろう、とタカギは当たりをつけた。
「どういうことだね?立ち入り禁止とは」
「どうってね、おじいさん。どうもこうもないよ。とにかく、今オツキミ山の洞窟は立ち入り禁止なんです」
タカギは警察手帳を突き付けた。青年が、肩を跳ねさせた。
「警察?」
「タマムシの、タカギという者だよ。こちらの子は協力者でね。タケシ君のお墨付きでもある」
「はっ、いえ、失礼しました」
青年が敬礼をした。不恰好なことは指摘せず、タカギも敬礼を返した。時間が惜しい。
「それで、オツキミ山が封鎖とはどういうことだね?」
「それは」
ゴロワーズの煙が青年の顔にかかった。青年が小うるさそうに手で煙を払っている。点けたばかりのゴロワーズを、踏み消した。全く、面倒なことばかりだ。
「ロケット団ですよ。連中、また来やがった。あの化石を今度こそ持っていこうってんだ」
「いつだ?」
「ほんの一時間前に、次々中のトレーナー達が出てきたんですよ。集団に、いきなりバトルを仕掛けられたとかで。それも、普通の格好をしたトレーナー達にですよ」
前回、ロケット団が使ったと思われている手口と同じだった。
脱出も同じ手口だろうとタカギは睨んでいた。自警団は、団服を着たロケット団と交戦している。しかし、そんな格好の人間がオツキミ山から出てきたという証言はなかったのだ。
化石の運搬、それから率いていた人物が使ったという『あなをほる』から、別ルートで脱出したという認識が警察内では強かった。しかし、化石の運搬を任せられる人員が他にいれば話は変わる。要は、ロケット団にそれだけの人員がいるかどうかだ。他に資金源があるかどうかも、それである程度は測れるだろう。
レッドが、不思議そうにこちらを見た。鼻唄をやっていることに、タカギは気付いた。『老犬トレー』。子供の頃からの癖だ。元々は、同盟軍の兵士が口ずさんでいたという唄だ。
「自警団は?」
「今、人を集めているところです。前回のことで、みんな尻込みしちゃって。もう二時間もすれば、タケシさんも来れる筈ですが」
あまりに遅すぎた。ロケット団が撤収するには、充分過ぎる時間だろう。
レッドを見た。瞳は望洋としていて、感情が読めない。
「リザードは?」
「平気です」
傷を負ってないのは、タカギもわかっていた。疲労の度合いを見極めるのはトレーナーの役目だろう。
事も無げに言って、レッドは歩きだした。慌てて遮ろうとした青年の鼻先に、タカギはもう一度警察手帳を突き付けた。
「ロケット団は犯罪組織だ。それも、世間の誰もが予想していないような、とんでもない力を秘めている可能性がある」
レッドは振り向かなかった。僅かに逡巡してから、タカギはレッドに並んだ。
とんでもない力を秘めている可能性。それは、この隣の少年からも感じているものだった。
5万文字越えました。
当初の予定では5万でシルフカンパニーぐらいまではいってるつもりでした。
ままならないものです。