罅割れた夢   作:島ハブ

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第9話

 

 

 

 

 

 

 化石は、簡易な保護ケースがつけられていた。鍵が掛かっている。いささか杜撰な仕事で、自警団が咄嗟に施したものと思えた。壊そうと思えば壊せるのだ。ただし、中身の化石も破損するだろう。解錠も不可能ではないが、時間が掛かるらしい。都合がいいと、フミツキは思った。

 斥候の一人に私服を着せ、蹴散らしたトレーナー達に紛れ込ませていた。その方が、出口により近付ける。前回の斥候を出した範囲は、後になって思うと狭すぎた。たまたま有利な地形が戦場になったから良かったが、不本意な遭遇戦が起きてもおかしくはなかったのだ。

 斥候が次々と戻ってくる。頭の中にある地図を、フミツキは黒塗りしていった。

 発掘班の団員がやってきた。

 

「大した施錠でもないんですが、何分用意がない。隊長さんなら、なんとか中身を傷付けずに破壊できませんか?」

 

 フミツキは苦笑した。この団員は、バトルというものをよく知らないのだろう。ジムトレーナーは世間一般で言えばバトルの専門家だが、達人ではない。それになんとか勝っただけのフミツキも同様だ。

 支配人のキュウコンを思い出した。フミツキの腕に炎を絡ませながらも、決して肌を焼くことはなく、手の中にあった書類だけを燃やしてみせた。フミツキでは想像もつかないほどの技量である。まず、できることではない。

 

「無理ですね」

 

 地面ごと掘り返すぐらいならサンドパンはできるだろうが、そんな岩を運搬するような用意はない。いざとなれば、ハナダ側に敷かれた警戒を突破しなければならないかもしれないのだ。

 

「時間さえあれば、あの程度の鍵ぐらいどうにでもなるんですが」

 

 そう言って、団員はフミツキの顔を窺った。フミツキはまた苦笑した。どうやら、本命はこちららしい。

 

「時間について妥協の余地はありません」

 

「前回はかなりの余裕があったじゃないですか」

 

「全てが上手くいった結果ですよ。もう一度同じ事をやれと言われても、できるものではない」

 

「やって頂きたい。研究員の幾人かが目立って見えるでしょうが、あの化石を完全な状態で掘り返したいというのは全員の想いなのですよ」

 

 やはり勝ちすぎた、とフミツキは思った。団員の目に浮かんでいる火は、明らかに前より強くなっている。なんとか説得しようとフミツキが口を開いた時、最後の斥候が帰って来た。私服の斥候だ。

 

「どうも、自警団は出動が遅れているようですよ、隊長」

 

「本当に?」

 

 フミツキより先に、団員が声を挙げた。困惑している斥候に、フミツキは続きを促した。

 

「前回のこともあって、少なくない自警団員が二の足を踏んでいるようです。ニビ側の出口では、集合の遅さに地団駄を踏んでいるトレーナーがいましたよ」

 

 警察は、自警団よりずっと出動が遅い。ポケモンバトルの可能性がある現場については、出動前に会議が義務付けられているのである。ロケット団の規模を考えれば、捜査本部の立ち上げが必要と判断されてもおかしくはない。

 自警団は、ポケモン協会やジムリーダーの影響を強く受けた組織で、フットワークの軽さを公的に認められている立場にある。

 自警団が遅れるということは、しばらくの安全が確保されているということだ。

 団員がフミツキを見詰めている。その足はずっと重くなったように見えた。色好い返事を貰わなければ、動きそうにもない。

 フミツキは洞窟の天井を見上げた。断る理由を、思い付ききれない。

 

「一時間です。撤収準備だけは元の予定通りに開始して、最低限の道具で作業を進めてください」

 

 団員が飛び上がった。駆け去っていく背中に、フミツキは言葉を投げた。

 

「これ以上は延ばしません。暴走しそうな研究員については、事前に監視をつけていてください」

 

「承知していますよ、隊長さん。クリードさんにも言われていますから」

 

 フミツキは頭を振ってから、斥候の方を向いた。

 

「服は着替えてきてください。洞窟の入り口が見張れるポイントは?」

 

「いくつか見繕ってあります」

 

 斥候は、一度頭を下げてから奥へ進んだ。替えの服は運搬要員の団員が持っている。撤退の際にはそれに着替え、フミツキ達戦闘要員の分はいくつかの岩影に隠すことになっていた。それで、ハナダ側に抜けるのは難しくなくなる筈だ。

 斥候と入れ替わりで、クリードがやって来た。念のため、ハナダからの追跡も警戒する必要があったのだ。ここまで来たということは、ひとまず後方に問題はないのだろう。

 

「連中、腰が引けてるって?」

 

「そこまでは。あるいは、タケシが出てくるのかもしれません」

 

「どんだけ強かろうと、足が遅せえってのは致命傷だ。そうだろ?」

 

 クリードの言うとおりだった。ニビジムからタケシがやってくるほどの時間があれば、撤収を終える自信がフミツキにはあった。

 あるいは、意表を突いたのかもしれない、とフミツキは思った。少なくとも、自警団は態勢を整える余裕すらなかったのだろう。前回の勝利の余韻が、そのまま時間に繋がったということか。

 それならそれで良かった。この作戦の後は、タマムシに帰還することになっている。今回だけ乗り切れればそれで良いのだ。

 斥候が定期的に戻ってくる。目新しい報告はなにもなかった。

 

「お前、なんでロケット団に入ったんだよ?」

 

 クリードが言った。一度動き始めると、隊長のやることなどない。並んで躰を休めている格好だ。

 

「クリードさんはどうしてですか?」

 

「そりゃ、世間に馴染めなかったからよ。ガキの頃から、気に食わねえことを見ると突っかかっていっちまう。そんなことやってると、たまに、どうしようもなく不利益なこともやっちまうんだな」

 

「不利益ですか」

 

「偉い人のガキだったらしい。俺の親は頭ぺこぺこ下げてよ。しばらくして、親父はホウエン地方に飛ばされた。俺は、縁を切ったよ。多分、俺がよくねえんだ」

 

「私も似たようなものですよ。世間には、多分馴染んでいなかった。突っかかることはありませんでしたけど」

 

「わかんねえな。お前なら、良い企業で良い顔してられるような気がするが」

 

「できたと思いますよ。できるということと、馴染むということは結構違うんじゃないかと思います」

 

「頭が良いんだろうな。頭が良い奴は、ろくでもない奴が多い。お前は違うが」

 

 フミツキは笑いを堪えた。ロケット団ほど、ろくでもないという言葉が似合う組織もそうそうないだろう。

 

「ま、お前のことは嫌いじゃないさ、隊長。そしてボスのことは、なんだ、尊敬してるってやつだ。それでいいと、俺は思ってる」

 

 斥候が戻ってきた。入り口を見張っていた筈の斥候だ。

 

「二人組?」

 

「そうなんですよ。ガキと年寄りです」

 

「なんだそりゃ。ただのトレーナーなら、追い返せばいいだろう」

 

「いや、ニビ側の入り口は自警団が固めてるんですよ。一般人は、もう通れない筈なんです」

 

 クリードが声を一段落とした。

 

「ジムトレーナーか?」

 

「あるいは。タケシじゃないのは、はっきりと確認しました」

 

 しばらく腕を組んでから、クリードがちらりとこちらを見た。当初予定の時間には達しているが、延長の一時間はまだ過ぎていなかった。

 ジムトレーナーが二人来たのなら、選択肢はない。

 

「退きましょう」

 

「発掘は終わったかな?」

 

「例え途中であっても退きます。クリードさん、通達をお願いできますか」

 

「仕方ないな。言い聞かせてみるさ」

 

「俺は?」

 

「もう一度確認に出てください。戦闘は徹底して避けるように」

 

「了解です」

 

 二人が、反対へと駆けていく。フミツキは壁に背を預けた。

 ジムトレーナーが二人で来たのなら、相手は少数精鋭を選んだということだ。

 戦うとなれば、厄介なやり方だった。しかし、こちらが退けば、相手は追いきれない筈だ。少人数では、万が一不意を突かれた時に建て直しが効かないので、不用意な動きはできないだろう。

 オツキミ山の洞窟は、わかりやすい経路こそあるものの、脇道も少なくない。潜めるところもいくつかある。追う側には負担の大きい地形だ。

 クリードから、撤退を開始したという合図があった。斥候が戻ってくるのを待って、フミツキもその場を離れた。

 人のいなくなった採掘場には、掘り返そうとした跡のある岩肌の地面と保護ケースだけが残してあった。解錠は上手くいかなかったようだ。カブトとオムナイトと言われている化石を横目に、フミツキは駆け抜けた。しばらく走って、フミツキは立ち止まった。クリードが立っていたからだ。横には、発掘要員の団員を一人連れている。半ベソを掻いていた。なにか嫌な予感が、フミツキの脳裏を掠めた。

 

「すまねえ。一人、逃がした」

 

「逃がした?」

 

「以前、隊長に突っかかった研究員を覚えてるか?いかにも、理科系の男といった顔をしたやつだ」

 

 それは覚えていた。発掘時間を妥協しないフミツキに対して、露骨に不快感を顕にしていった男だ。

 

「野郎、どうもいつの間にか抜けてたらしい。すまねえ。無理矢理連れて帰ると言ったのに」

 

「俺が悪いんです」

 

 隣の団員が言った。

 

「今度駄々を捏ねたら強制的に連れていくって言ってしまったんです。そうすれば大人しくなると思ったんだ。でも」

 

 片手を挙げて、フミツキは言葉を遮った。理由など、もうどうでもいい状態になっている。

 見捨てるどうかだった。これがトレーナーならば、フミツキは見捨てただろう。しかし、発掘要員の連中は、本質的に研究員だった。

 他愛もない一研究員かも知れず、あるいは、ロケット団にとって大いに有益ななにかを産み出せる研究員かもしれない。その判断が、フミツキにはつかなかった。

 後ろを向いた。ジムトレーナーが二人なら、あるいは戦えるかもしれない。勝たずとも、時間を稼いで逃げるだけでいいのだ。人数差があれば、それほど難しいことではない筈だ。

 

「発掘、運搬要員の方々はそのまま撤退してください」

 

 クリードが並んできた。駆け始めた。採掘場はそう遠くない。しかし、どこで抜けたのかがわからなかった。脇道も一つ一つ覗き込む。奥までは確認しなかった。向こうにも、そんな精神的余裕はないだろう。

 人影はどこにもない。間接照明から伸びる影は、フミツキ達のものだけだった。影は先端が揺らめいて、どこか、頼りない陽炎のように見えた。それが、間接照明の位置によって右往左往している。追い越し、あるいは追い越されるように、影は無尽に四方を回転した。

 採掘場へとやってきた。視界の端に、怯えるような白衣の男が見えた。化石を一つ、抱えている。発掘要員の団員だったが、フミツキにはそちらを見るような余裕がなかった。

 二人。老人の方は見覚えがある。老いぼれ犬だった。なぜ、老いぼれ犬がここに。考えようとしたが、まとまらなかった。

 老いぼれ犬の隣にいた少年が、一歩前へ出た。それだけで、なにか重苦しいものがフミツキに襲い掛かった。

 赤い少年だった。目や口元は、どこか望洋としている。背は、フミツキよりも低いだろう。しかし、なにかが違う。この感覚を、フミツキは知っているような気がした。

 白衣の男が、意を決したように立ち上がり、こちらへ駆け抜けた。それが合図のようになった。

 フミツキがサンドパンを繰り出すのと、少年のリザードが跳び上がるのがほぼ同時だった。相性は悪くない。先手を取ろうとフミツキは口を開いた。

 

「『ひのこ』」

 

 フミツキの指示よりも先に、攻撃が飛んできた。離れた距離からの『ひのこ』など、大した脅威ではない。しかし、出鼻は挫かれた。

 一度、受けるべきかもしれない。指示を出そうとした。

 

「『えんまく』」

 

 薄い煙が広がった。『まるくなる』を指示しようとした矢先だった。少年は位置を変えて、煙幕に遮られない場所でこちらを見ている。一方的に遠距離技を撃たれかねない。

 『こうそくスピン』や『スピードスター』で牽制するべきだろうか。しかし、咄嗟に判断がつかなかった。

 

「スピー」

 

「『きりさく』。それから『りゅうのいぶき』」

 

 煙から、リザードが飛び出してきた。フミツキの指示を聞こうとしたサンドパンは、どちらにも対応できなかった。切り裂かれ、息吹に晒されたサンドパンが体勢を建て直した時には、リザードはまた煙の中へ姿を消していた。

 何が起きているのか、フミツキははっきり把握しようとした。その時、リザードが再び煙から姿を現した。『ひのこ』。今度は直撃した。サンドパンの足がぐらついている。

 不意に、フミツキは恐怖に襲われた。なにかがおかしい。この少年は、なにかがおかしい。

 

「『ころがる』」

 

 指示を出してから、悠長な判断だと思った。しかし、ほかにどんな選択肢があったのか。とにかく突っ込んで、煙を晴らすべきではないのか。

 サンドパンが回転を始める。回転が最高潮に達する前に、唐突に煙が四散し、その真ん中でリザードが口を開いている姿が見えた。フミツキは立ち竦んだ。

 はっきりと思い出した。タケシとの戦い。あの時に感じた絶望的な差が、あるいはそれよりももっと酷いなにかが、今フミツキの前にあった。

 

「『かえんほうしゃ』」

 

 視界一面に炎が拡がり、サンドパンを包み込んだ。洞窟の中の空気が一気に温度を上げ、フミツキは激しく噎せ返った。広がった火柱が壁に跳ね返り、荒れ狂う津波のように無造作に散らばった。

 目は、閉じなかった。最後の最後まで、勝負を見続けなさい。あれは、誰に言われた言葉だったか。はっきりとは思い出せなかった。サンドパンが、炎の中を必死に振り切ろうと転がっている。少年は、小刻みに指示を送っているようだった。サンドパンの転がる先々で、火柱が上がっている。

 何を指示すればいいのか。少年の指示は、全てにおいてフミツキの一歩先を進んでいた。自分がなにかを指示することは、もっと大きな不幸を呼び寄せる切っ掛けになるのではないか。

 呼吸が激しくなった。息を吸う度に、熱された空気が喉と肺を焼いている。噎せ、吐き出した空気を補うように更に息を吸った。余計に激しく噎せ返るだけだった。咳と共に息を吐き出す度に、意識も紛れていくような気がした。

 誰かが、フミツキの腰をまさぐった。払おうとしたが、躰は自由に動かなかった。別の誰かが、フミツキの躰を掴んだ。いや、抱えられているのか。

 再び、腰に手が来た。ベルトに、なにかを填められた。モンスターボールだ、と思った。サンドパンの入ったモンスターボール。

 誰かが、少年と相対していた。その周りを、小さなポケモンが飛んでいる。クリード。呼ぼうとしたが、喉がひりついて声は出なかった。

 その背が、段々と遠ざかった。クリード。もう一度呼ぼうとした。やはり、声は出なかった。

 再び炎が燃え上がり、洞窟内を真っ赤に照らした。クリードの背も、見えなくなった。

 やがて、フミツキは目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

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