異世界転生のチートって、もう少しなんというかチョイス考えろや 作:madamu
都市南方に広がる街道脇には王国の練兵場が広がる。
最大で1万人規模の訓練が行われ、時には魔法、方術などの爆炎が上がる。
先の月から東方武士団が長期間の陣をひいている。
戦ではなく、練兵の為である。
武士、足軽、傭兵含め1,000人規模となり賑やかしさと平時とは思えぬ血の匂い、猿叫と狂気と刃の噛み合う音、軍馬の嘶き、そして益荒男たちの楽しそうな笑い声が響いている。
◆
「手間かけさせやがって!クソガキ!」
歓楽街の裏路地、まだ娼婦としては客を取れる年齢ではない少女、童女といっても差しさわりの無い子供が帯剣する男たちに足蹴にされている。
夕刻。日中の人の出と、夜の人の出の境。裏路地に視線を送る者も少ない。
童女は仕事場の娼婦館で店主からの使いで近くの薬師のところに寄っての帰りだ。
最初は小銭狙いの若いチンピラが絡んできた。
「よるな!」と表通りで声を出し、周囲の耳目を集めチンピラから逃げた。
そのすぐ後にはチンピラの仲間、これは冒険者、傭兵然とした男たちに追いかけられ裏路地に逃げ込んだどころ、投石をまともに頭部に受けて倒れ込んだどころ2発、3発と蹴られた。
「こんなガキでも、金鹿館の1人だ。少しは金になるだろうよ」
「だが、それより頭領の話だと金以外にもせびるそうだ」
「女か!?」
「それもあるが、乗っ取るとよ」
「じゃあ、あれか。ついに裏に場所築こうって」
「これで、この街で俺たちも組織持ちよ。騎士団やら傭兵団やら東方の文字知らずどもにデカい顔はさせないな」
「さすが兄貴だ。じゃあ、あの糞ムカつくキセル野郎の首も」
「すぐじゃあねぇが、時が来たらた前田慶次も島津豊久も暗殺団に依頼して首にしてやると」
童女は視界が真っ赤にそまり石畳の冷たさを頬に感じ、脇腹の痛い身を感じなくなった今周辺の男たちの言葉を聞き漏らすまいと聞いていた。
男の1人が童女を抱え上げ脇に持つ。
「戻って一杯か」
「馬鹿いえ、すぐに戦争の準備だ。まずは根回しした方々のギルドに中立をするよう依頼して」
「そのあとは東方の跳ねっ返りの一人か二人を殴るつけて」
「その首でお披露目か!」
何人かの馬鹿笑い。勝利に酔いしれ、暴力を楽しむ笑いだ。
東方という言葉に童女は助けとも取れぬ呟きをした。
「く…ろかさ」
小さな呟きだが、場の空気が凍った。
裏路地を進む男たちはその名前で血の気が引いたのだ。
童女を抱えていた男は怒りの表情を作ると容赦なく童女を石畳に投げる。
「つまんねぇ名前言ってんじゃねぇぞガキ!」
石畳に投げつけられた童女がその痛みに体を縮こませるよりも早く男は童女の身体を蹴りつける。
一回だけではなく、二回、三回、童女は最初から泣きわめくことをしなかったが、今度は意志とは関係なく泣きわめくほど身体に力は残っていなかった。
周囲の家からは物乞いよりから幾分かマシな姿をした住人たちが見送っている。
「止めとけ。死なれたら面倒だ」
肩で息する男に別の男が止めに入る。
童女は生きているか、死んでいるかよくわからない。
別の男が童女を抱える。
かつては傭兵団として荒事に熟達した男たちだが4年前の戦役で解散。
その後この都市を中心に傭兵や冒険者稼業をしており「血なまぐさい」仕事でそれなりに名前を売ってきた。
そして東方武士団の1か月近い練兵の空きに組織拡大を図り、暗闘の準備を進めるため童女を狙ったのだ。
腕に覚えのあるものばかりだが、それでも黒笠の怖さは別格だった。
1人は腕と足を2本ずつ落とされ、また別のモノは顔の突起を全て切り落とされもした。
理由が「酒場での喧嘩がうるさい」というものだったのだ。
歩く狂気。
それはこの男たちに深く刻み込まれている。
夕日が沈む、裏路地でも誰かが街灯に火をともし、最低限の明かりがある。
男たちは言葉少なに歩を進める。
「黒笠」の一言は男たちに「慎重さ」と「恐怖」を呼び起こすに十分であった。
男たちが歩みを進めると道の先から人の走る音。
その足音に感じるのは「不吉」である。
「なんだ~、血の匂いがするな。若い餓鬼の血だな」
それはまるでおやつを見つけた子供がする喜びと興奮を彩った声音だった。
◆
練兵での陣退きが終わると黒笠は身の回りのものは付き人役の足軽に任せ、同輩を連れて歓楽街に向かっていた。
「そう凹むな、凹むな」
肩を並べて歩くのは同じ転生者。
「ですけどね、もう少しで八雲と源之助ヤレそうだったんですよ」
「ヤレそう」の意味は多々あれどここでは「殺害」を意味する。
血を見るのが三度の飯より好き、というのがこの「志々雄真実」であった。
彼もまた転生者だが、赤様とは敵対関係ではなく年下の従兄弟である。
「強ければ生き、弱ければ死ぬ!この世は全て弱肉強食!」と少年の頃口にした時に年長の転生者、特に上下関係に厳しいと評判の範馬勇次郎(東方武士団の会計面の責任者で、旗本に籍を置く)に完膚なきまで叩きのめされ、原作準拠の思想信条はあっさりと撤回された。
その後は「剣とは凶器、修羅道なり」という路線に変え、武士団の筆頭剣士になるべく修練を重ねる若干20歳である。
原作のように全身包帯巻きはしないが、日々の怪我もあり顔は傷だらけで今日も包帯を額に巻いている
「「俺は不死身の杉元だ!」って言ってみ」と最終日の無手練習で陸奥八雲におちょくられ、見事敗北をした。
剣の腕なら赤様にも匹敵するが経験不足と、思いの外短気なところで周りの年長者には手玉に取られる。
そういう青年でもある。
黒笠の「行くぞ」と無理くり歓楽街に連れ出されたが、女の経験が少ない真実としては期待半分不安半分と言ったところだ。
都市の門をくくり、近道として裏路地を進むと、黒笠が鼻を鳴らす。
「おい、真実。こりゃいい匂いするな」
血を見るのが三度の飯より好き、な志々雄真実であったが、横を歩く鵜堂刃衛は「三度の飯のオカズに血の匂いを嗅ぐ」というhentai(東方訛り)である。
黒笠は一切の躊躇もなく腰の刀を抜くと走り出した。
「マジか!」
真実もこの都市に住むものとして、いきなり抜き身で刀を持ち走り出す異様さは承知している。
それを躊躇なくする黒笠はやはりヤバい先輩だとも認識した。
真実は何時でも抜刀できるよう鯉口だけは緩め追従して走り出す。
路地を右、左と進むと黒笠は止まり、正面にいる男たちに言った。
「なんだ~、血の匂いがするな。若い餓鬼の血だな」
追いついた真実が黒笠の横顔を見ると少し涎が垂れていたのを見た。
◆
「お前ら、その餓鬼はあと9年はしたら俺が血を流させるつもりだったんだぞ~、抜け駆けしやがって!」
先輩、そこじゃないっす!という力を入れた突っ込みをしたかった真実だったが既に黒笠は速足で間合いを詰め、集団の先頭に突きを放つ。
先頭の男は剣の柄に手をやる前に腹を刺され前のめりに倒れる。
「いいか!そっと置け。ゆっくりだ。そうすれば痛くなく殺してやる」
童女を抱える男に先頭の男の腹から抜いた刀の切っ先で指示しながら、抱えた童女を下ろすよう説得する。
抱えていた男はゆっくり下ろすのではなく、恐怖のあまり力が緩み少女が重力通りに落ちる。
「俺が一番槍を着ける予定を貴様らみたいな野良犬共が食い散らかしおってからに。真実、一人も生かすな。全員首だけにしろ。首から下は野良犬に食わす」
その言葉を聞いて、男たちは今更ながらに剣を抜き戦闘態勢に入るが恐怖に負け、腰は引け、膝が笑っている。
真実は「へいへい」と言いながら容赦なく、男たちの命を奪う。
黒笠も童女の方へと歩みを進め邪魔するものは横薙ぎに首を飛ばす。
裏路地に面した家から様子を見ていた住人たちは黒笠の物言いと有言実行ぶりに、窓も閉められずただただ凄惨な現場を注視するしかなかった。
志々雄真実はこの後、娼婦館で盛大に酒盛りをする黒笠と別口で合流した前田慶次、島津豊久と練兵終了の打ち上げをした。
ちなみに童女はこの一件から「ピンチを助けてくれる男性」に滅法弱い娼婦へと成長し、常にピンチが発生するようなトラブルを起こす悪女へと成長する。
後の志々雄真実の妻である。