ガーリー・エアフォース ~三本線の異邦人~   作:南十字星

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ドーターの自動操縦機構、アニマであるジュラーヴリクはトリガーの飛行教導の話に良い顔をせず、自分たちを教導したいのであれば実戦で納得させてみろと言い放つ。生死がかかった状況でこそお互いの本当の実力が分かると言って憚らないジュラーヴリクに対し、トリガーは挑発に乗る形でこれを受諾。しかし挑発に乗ったは良いものの、ロシアの決戦兵器であるアニマとドーターを撃ち落とす訳にもいかない。トリガーはそんな中、ある作戦を打ち立て、空戦へと臨む。


MISSION 08 First contact ②

 5月29日 午後11時57分

クビンカ空軍基地 司令室

 

 ジュラーヴリクたちの乱入から約10分後、カジンスキー中佐が暫くしてから司令室の受話器を置くと嘆息し、トリガーに向き直る。

 「管制塔に演習の要請を出しました。1230より開始です」

 「分かりました・・・感謝します、中佐」

 「繰り返し言いますが、今回の件はあなたの独断ですよ。もはやあなたを庇う義理もありません。もしあなたが撃墜されようと演習中に墜落したと報告しますので、そのつもりで。まったく、ただでさえあの二人娘のイメージ操作に四苦八苦しているというのに。戦隊司令部への言い訳も考えなければ」

 「・・・すみません」

 「謝る暇があるなら機体のフライトチェックでも済ませてきたらどうですか?我々のジュラーヴリクに不調機で戦えると思わないことです。これがあなたの最後のフライトになるやもしれませんしね。彼女は機体が不調といおうが容赦はしませんよ」

「・・・Да(了解)」

 

 突き放すような言い回しだ。しかし自分の独断の尻拭いをしてもらっているのだ。忠告をしてもらえているだけ有難い。

 

 (しかしアニマのイメージ操作・・・か)

 

 確かに後ろの水色の少女はともかくジュラーヴリクという少女はあの性格だ。一見老人が孫娘たちに好き勝手振り回されている、という感じだろう。些か可愛すぎる例えだが。尤も、隊のメンバーが上官にギャンギャン反抗しているなどという事実が知れようものなら、勿論上は良い顔をしないだろう。到着した兵士の気の毒そうな顔も、あの少女が相手なら頷ける。恐らく俺の前任者たちも振り回されてきたのだろう。ザイを一機撃墜しただけの自分を頼ってくる辺り、カジンスキー中佐も色々苦労しているようだ。更に振り回してしまったことを申し訳なく思いつつ、トリガーは忠告の通りにハンガーへと向かうのだった。

 

 

 

 

 5月27日 午後12時03分

 クビンカ空軍基地 ハンガー前

 

 「よう、逃げずに来たようだな兄さん」

 

 Su-30SMを駐機した自分のハンガーに到着すると、快活なハスキーボイスがトリガーの耳を打つ。声のする方に顔を向けると、あのクロームオレンジの髪の少女が不敵な笑みを湛えながらこちらに歩いてくるのを目に捉えた。

 

 「約束したからな、君を空戦で納得させるって」

 「その度胸は認めてやるがな兄さん、あたしについてくるにはちょっとハードにいかないと駄目だぜ。チンケな曲芸飛行程度じゃお話にもならない。覚悟してるんだろうな」

 「・・・ああ、勿論」

 「その啖呵が本物かどうか、後で確かめさせてもらうとするよ。じゃあついてこい、こっちだ」

 

 ジュラーヴリクがおもむろにこちらについてこいと手招きをしてくる。トリガーが目を瞬かせると、ジュラーヴリクは理解できないのか、と言いたげなジト目をしてこう言い放つ。

 

 「こっちだけ使う機体を知ってるのはフェアじゃないだろう?国の為ならともかく、タイマンで隠し事して戦うなんて真似はバーバチカの流儀に反する。あたしの機体(からだ)を見せてやるよ」

 

 

 

           ークビンカ空軍基地 第一格納庫ー

 

 「こいつは・・・」

 「ふふん、どうだ?」

 

 突然の演習の割り込みに整備員が慌ただしく行きかう光景を他所に、ジュラーヴリクが誇らしげに腰に手を当てて目の前の機体を見つめる。

 Su-30と同様、胴体から主翼へのなめらかなブレンデッドウィングボディ。巨大な垂直尾翼。そしてキャノピーの後方左右に取り付けられたカナード翼が印象的だ。そして何よりの特徴として、機体全体がクロームオレンジに彩られている。よく見ると主翼と尾翼にハニカム模様が描かれていた。

 

 「Su-27M-ANM、か・・・」

 「そうとも。これがあたし、従来のSu-27からアビオニクスを一新、カナード翼の追加によって生まれたSu-27M、『スーパーフランカー』だ。」

 自慢げに胸を張るジュラーヴリクを他所に、トリガーは最初の疑問を口にする。

 

 「・・・キャノピーがないが」

 

 一番疑問に思ったのはそこだった。本来のフランカーのコクピットに当たる部分がばっちりと装甲で覆われている。防弾性能は高くなるだろうが、あれでは有視界戦闘はおろか、パイロットの搭乗も出来ない。さては本当に無人機で、この子が遠隔操縦をするタイプなのではないか。そう思い始めた時にジュラーヴリクはまぁ知らないか、と独り言ち、少しの間目を閉じる仕草をすると、機首のキャノピー部分の装甲版が大きな機械音と共に展開し、ジュラーヴリクが座るであろうコックピットが目に見えた。

 

 「ほら、ちゃんとあるぜ」

 「な・・・今一体何を」

 「あたしらアニマと戦闘機のドーターは一心同体、二つで一つだ。流石にエンジンや武装周りは乗り込まないと無理だが、コックピットの開け閉めぐらいは多少開けろと念じれば造作もない」

 「な、なるほど・・・」

 

 つくづくとんでもない存在だ、とトリガーは痛感させられる。

 

 「しかしキャノピーの開閉はいいが、空戦はどうするんだ?あれじゃドッグファイトどころか有視界戦闘なんて無理だろう」

 「おいおい、その辺りのことを考えてないわけないだろう?ドーターの外部のカメラとかセンサーの情報をアニマが処理して、裏側のモニターに投影するんだよ。全周囲モニターってやつだ」

 

 知ってるだろ?全周囲モニター、と話すジュラーヴリクの声を聞きながら、トリガーはあるシステムの存在を思い出していた。全周囲モニターにキャノピーの装甲密閉化。そうだ。自分の世界にもこれと似たようなシステムがある。確かファルケンという機体に搭載されていた筈だ。名前はーーー

 

 「コフィンシステム、みたいなものか」

 「あ?コフィ・・・なんだって?」

 「ああいや、なんでもない」

 

 しまった。つい口をついて出てしまった。怪訝そうにこちらを見るジュラーヴリクから目線を逸らす。

 コフィンシステム。パイロットの手やスーツに装着された電極等を通じ、疑似的に機体の制御系とパイロットの神経を繋ぐシステム。ラダーやスロットル、操縦桿の操作を必要とせず、搭乗者の思考で戦闘機を直感的に動かすことで、パイロットの判断から操作までのタイムラグをほぼゼロにまでなくすことを目的としたシステムだ。一度ファルケンのコックピットで試してみたことはあるのだが、搭乗までの準備があまりにも面倒なのと、あの外部と隔絶された密閉感がどうにも好きになれずに配備を断ってしまった。環太平洋戦争時にオーシアのある飛行隊が配備していたとの噂だが、まぁ噂は噂だろう。正式名称は『Connection For Flight Interface System』というのだが、頭文字から「COFFIN」とも略称される。「COFFIN」という単語には「棺桶」という意味も含まれており、正直言って、空飛ぶ棺桶なんて揶揄されるものに乗りたくない、という拒否感もあったのかもしれないな、とトリガーは黙考する。

 

 とにかく話題を変える為に、トリガーはジュラーヴリクに疑問をぶつける。機体の説明をしてくれた時からずっと考えていたことだ。

 

 「・・・ジュラーヴリク、どうして君はここまでしてくれる?これから行動を共にする仲間ならともかく、これから殺し合いをする敵同士だろう?それを何故」

 「最初に言っただろ、兄さん。バーバチカは国の意向でもない限り隠し事はしない。正々堂々、敵に敬意を払い真正面から潰すのがあたしらの流儀だ。まぁ、それでも納得できないのなら、冥土の土産とでも思っておけばいいさ」 

 「・・・納得したよ」

 「なら良かったさ。おら、あんたの機体もフライトチェックしておけ。あたしとの戦いに生半可な準備で臨もうっていうんなら・・・一瞬で鉄屑にしてやる」

 「・・・ッ、ああ」

 

 一瞬で声音が殺気を纏う。それに気圧されながらもトリガーは反応を返すことに成功する。彼女の言うとおりだ。彼女は本気で自分を殺す気で来ている。ならばこちらも全力で応えるのみだ。トリガーは自らの機体が駐機してあるハンガーに踵を返しかけ、何かに気付いた様子でジュラーヴリクにもう一度向き直った。

 

 「ああそうだ、ジュラーヴリク」

 「あん?なんだよ、やっぱり止めようって話じゃ」

 「エイスクの時、助けてくれてありがとう」

 「・・・!」

 

 虚を衝かれたように目を見開くジュラーヴリク。その反応には気付かず、踵を返して歩いていくトリガーを、ジュラーヴリクは呆然と見送った。

 

 「・・・なんなんだよ、あいつ」

 

 このタイミングで言うか普通?調子が狂う。自分のペースを取り戻さんが如く後頭部をがしがしと搔き、トリガーの言葉を振り払おうとするように、早足でSu-27M( 自分)の元へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 機体に乗り込み、フライトチェックをこなしながらトリガーは感謝を伝えられてよかったと心の中でそう呟く。戦闘機同士の戦いは一瞬だ。イジェクションシートがあるとはいえ、木っ端微塵に爆発して、跡形もなく燃やされてしまう。例えこれから殺しあう相手とはいえ、顔の知れた相手に助けてもらってお礼も言えない状況にどことなく不満を抱いていた。これからお礼どころか二度と話せない身体になるかもしれない可能性もある以上、感謝は伝えておきたかった。どことなく胸がすっきりしたような感覚を覚えながらトリガーは発進準備を進めていく。

 

 「JFS及びAPU始動正常。フラップーーー「先に行ってるぞ兄さん!」・・・え?」

 

 唐突に無線からこれからの対戦相手の声が響く。驚いてハンガーの外を見ると、轟音と共にあのクロームオレンジの機体がタキシングしていくのが目に見えた。駐機していた時より更に眩く発光している。バカな、あの時はエンジンは回ってもいなかった筈だ。始めた時間はほぼ同時だったはず。どうして。相手のあまりの速さに疑問が頭を埋め尽くしてしまいそうになるが、自分が今やることは飛ぶ準備を進めることだ。一旦疑問を振り払い、早急にフラップ、ラダー、エルロンの動作確認をし、アビオニクス、各計器のチェックを進める。・・・よし、全システム正常。整備員に準備OKのサインを出し、地上管制につなぐ。

 

 ≪Кубинка контроль, Преступник 01, Завершена подготовка самолета(クビンカ・コントロール、こちらプレストプニック01、飛行準備完了)≫

 ≪Кубинкa контроль, Роджер. Вы разрешаете такси на взлетно-посадочную полосу 04. положение и удерживайте.(クビンカ・コントール、了解。4番滑走路へのタキシングを許可する。位置に付き待機せよ)≫

 ≪Кубинкa контроль, Преступник 01. движение по рулежной дорожке.(こちらプレストプニック01、誘導路へ移動する)≫

 

管制の指示を受け、誘導路へ向かうトリガー。その途中でふと疑問を覚える。ここへ着陸する時も思ったが、アニマという機密の塊みたいな部隊を置いてある基地にしてはえらく住宅街が近くにある。モスクワという首都から外れているとはいえ、機密保持などにはうるさそうな国なのだが。ロングレンジ部隊では空中給油を惜しみなく使ったり、峡谷を抜けて敵基地を奪取したりもしたり等、自分の基地を悟らせないようにしたものだ。相手が人間ではないからだろうか?そんな疑問を浮かべつつ四番滑走路へ機体をつける。

 

 ≪Кубинкa контроль, Преступник 01.на взлетно-посадочной полосе 04. готово.(プレストプニック01よりクビンカ・コントロール。4番滑走路にて離陸準備完了)≫

 ≪Преступник 01, Вы очищены для взлета. ветер два два ноль три. После взлета вектор один три нуля. подняться на два нуля. Летите в сторону полевого воздушного пространства.(プレストプニック01、離陸を許可する。方位2‐2‐0より3ノットの風。離陸後は針路を1-3-0に取り、高度2万フィートまで上昇。演習空域へ飛行せよ)

 ≪Преступник 01, Вы очищены для взлета. подняться на два нуля.(プレストプニック01、離陸する。高度2万フィートまで上昇)

 

 トリガーは管制を復唱し、アフターバーナーでSu-30を空へと押し上げる。一気に2万フィートまで上昇し、彼女の機体を探すがもはや光点ほども残ってはいない。急ぎ過ぎだろう。あいつ。

 

 ≪Контроль,Преступник 01 ясен.(コントロール、離陸完了した)≫

 ≪Роджер. Услуги Rader прекращены. Удачи.(了解。レーダーサービスを終了する。幸運を)≫

 

 ともかく待たせては後が怖い。管制に離陸完了の旨を伝え、トリガーは演習空域へと飛行していった。

 

 

 

 ロシア リャザン州上空

 5月27日 12時28分

 

 カジンスキー中佐が指定した演習空域はクビンカ空軍基地から約300㎞南東。モスクワ州を抜け、リャザン州に近い郊外の平原だ。確かにここならばもし戦闘機が落ちたとしても民間人に被害は出ない。その空域に移動している最中、不意に通信が無線に入り込んでくる。

 

 ≪こちらAWACS、カナレイカ。プレストプニック01、君はこれよりこちらの管制下に入る。ジュラーヴリクはすでに演習空域に到達している≫

 

 カナレイカ。バーバチカ隊のAWACSか。蝶といい金糸雀(カナリア)といい、この隊は大分可愛らしいコールサインを持っている。尤も、こちらもガーゴイルやらサイクロプスやら、北欧神話の如きコールサインを使っている手前笑えないのだが。そんなどうでもいいことを考えつつも戦闘空域に到達、あの眩いクロームオレンジの機体が見えてきた。退屈そうにゆったりと飛行を続けている。ミサイルは見た限りでは短距離ミサイルが6発。完全な近接スタイルだ。タキシングの時には分からなかったが、胴体の背中の部分にあのザイのような光輪と、自分がまず見たことないようなノズルフェアリングが目に取れる。あれもザイの技術を解析した結果なのだろうか。そう見つめていると無線にあのハスキーボイスが割り込んでくる。

 

 ≪よう兄さん。遅かったじゃないか≫

 ≪・・・そっちが早すぎるんだ。一体どんな魔法を使ったんだ?≫

 ≪さあ?あんたがあたしに勝てたら教えてやるよ。まぁ、どっちかが花火になっちまったら聞けもしないがな≫

 ≪・・・≫

 ≪幸い我が祖国製のイジェクションシートは信頼性が高いぜ。コックピットをぶち抜かれない限りは生き残れるかもな≫

 

 相も変わらず尊大な口調だ。自分が負けるとは微塵も思っていないあの自信。人間では敵わないザイをいとも容易く墜としてきたことから来るものなのだろうが、俺はそうやすやすと的になってやるつもりはない。操縦桿を持つ手に力が入り、目の前の機体を軽く睨み付ける。

 

 ≪ルールはヘッドオン方式だ。両機体は10㎞先からヘッドオンの状態で接近。すれ違った瞬間から模擬戦をスタートとする。各機位置に付け≫

 

 カナレイカより発信されるポイントへトリガーとジュラーヴリクは移動を始める。その間には一言も互いに無線を使おうとはしなかった。いや、お互い使おうともしないほど集中していたというのが正しいか。そしてポイントに着いたと同時にお互いに向き合い、ヘッドオン状態で接近していった。その距離がおよそ5㎞ほどになった時に不意に無線が入る。

 

 ≪まぁ、残念だよ。あんたは悪い奴じゃないことは分かるし、せっかくのエースを失ってしまうことになるとは。でもあんたが悪いんだぜ?のこのことこんなとこまでやって来たから、こういうことになるんだ≫

 

 嗜虐的な笑いが電波越しに伝わってくる。その言葉の意味を聞き返そうとするが、それも次の言葉を聞くまでだった。

 

 ≪蹂躙してやるよ≫

 

 猛烈な殺気が相手の機体から伝わる。まずいと思った瞬間、クロームオレンジのSu-27がすれ違った瞬間に180度反転、一気にトリガーのSu-30SMの背後を取りに来る。

 

 「クソ、いきなりか!」

 

 トリガーはスロットルを0。減速しつつラダーを左に蹴り、機体も左ブレイクさせ急旋回をかける。そしてSu-30の尾部、テールコーンのすれすれの場所を、30㎜の弾丸を吐き出す、GSh-30-1の弾幕が降り注いだ。すぐさまトリガーはスロットルを最大。ジュラーヴリクもその後を追う。

 

 ≪ジュラーヴリク、何をやっている!?それは実弾だぞ!演習中止!≫

 

 その一射でカナレイカも気が付いたのか鋭い言葉をジュラーヴリクに向け、戦闘を中止させようとするが、当の本人はそれを鼻で笑い飛ばす。

 

 ≪ハッ、悪いがな。これはお互い合意の下で始めてるもんだ。あんたが口をはさむ余地なんてねえよ!≫

 ≪なんだと・・・≫

 ≪黙ってそこで見てな!≫

 

 カナレイカの絶句する声を他所にジュラーヴリクはトリガーを追い回す。トリガーも負けてはおらず、左右への不規則なエルロンロール、ラダーで機体を滑らせ、急激なシザースを駆使しジュラーヴリクの射線から逃れる。普通のパイロットであればマニューバの負担で意識を墜としてしまうような機動だが、一瞬たりとも直線機動の隙を見せないトリガーに対し、ジュラーヴリクは無意識に感嘆の息を漏らす。そして確信する。この男は今まで会った人間の中で一番の腕を持っていると。ジュラーヴリクは自分でも気づかないうちに口角を吊り上げると、おもむろにインカムに向かって呼びかける。

 

 ≪ハハッ、中々やるじゃねえか兄さん。今までの奴らなら最初のすれ違いの時点で終わってたぜ。・・・認めてやるよ。あんたはあたしが今まで見て来た中で一番のパイロットだ≫

 ≪それは・・・どうも!≫

 

 激しい回避マニューバを取りながらも返礼を返す。まだ返す余裕があるか。その返答に加虐的な笑みを強めるジュラーヴリク。そうだ。ここまでのパイロットならば正真正銘中佐の切り札の筈。こいつを墜とせばこんな飛行教導なんて茶番も終わる。あのジジイを鼻で嗤ってやれる。そう思うが否やエンジン推力を上げインカムに向かって叫ぶ。

 

 ≪でもさぁ・・・逃げてるだけじゃ始まらねえぞ!≫

 

 今にも青い鶴を食い破らんとする30㎜の火箭。トリガーはそれをバレルロールで躱しつつ、追いかけてくるオレンジの鶴に対する次の回避行動を模索する。

 

 (その通りだよジュラーヴリク。君から逃げることが俺の目的なんだ)

 

 そう。トリガーが回避行動を取り続ける理由。それはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ジュラーヴリクが諦めるまで逃げ続ける、ですか?」

 

 その言葉にカジンスキーがその大きな瞳を半眼にし、こちらを見つめてくる。その目線にトリガーは軽く頷いた。

 

 「ええ。この方法であれば、そちらはアニマを失うリスクがなく、自分も彼女に腕前を見せられる。自分の攻撃を躱し続ける相手をまず弱いとは思わないでしょう?向こうが武装切れになってくれれば万々歳かと」

 「先ほども言ったでしょう?アニマは人間の限界を軽々と超える耐G性能を持っています。逃げ続けられるとは思えません。その点はどうするつもりですか?」

 「そこも・・・自分の腕の見せ所でしょうか」

 「正気ですか?」

 

 何も考えていない馬鹿を見るような眼でこちらを見上げるカジンスキー。しかしこちらの答えは変わることはない。

 

 「やってみなければわかりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 今のところ、遊んでいるのか様子見のつもりなのか、ジュラーヴリクの攻撃はそれほど激しくはない。とはいえ、こちらに攻撃の意思がないと分かれば、激昂するかそれともチャンスと思うか、一気に突っ込んでくるだろう。こちらの意思は隠しておかなければならない。そろそろ後ろを取り、やる気があることを見せるべきか。左右に機体を振り、回避行動を取りながらも、トリガーはカウンターマニューバの機会を冷静に伺っていた。するとジュラーヴリクは左旋回中の自分に向け速度を上げながらハイGターンで射線に入れようとしてくる。速度が緩んだところを一気に叩こうとする気だろうか。これはチャンスだ。トリガーは行動に移す。旋回中にラダーを右に蹴り、そして斜め右に操縦桿を倒し、Su-30が急激に螺旋を描く軌道をする。上昇を抑えようとする重力とバレルロール機動でSu-30が速度を落とした。ハイヨーヨーの様になったその機動を、速度を出していたジュラーヴリクは追い越さない筈もなく、あっけなくトリガーに背中を差し出してしまう。そしてジュラーヴリクは追い越したと分かるや否や急加速で逃げようとした。しかしエネルギーロスが少ないバレルロールで速度を失っていないトリガーは増速し後ろに喰らいついた。トリガーと同じように急旋回で射線から逃れるジュラーヴリクを激しい荷重に耐えて追いかけながらも、トリガーはこの機動に違和感を抱く。あれだけの機動、自分に追随する腕を持ちながらあのような分かりやすい機動で後ろを取られ、しかもその回避機動はどことなく鈍く、攻撃時のような鋭さはない。激しいマニューバの連続で判断力が鈍ったか?いやそれはない。アニマは9Gどころか10Gにも余裕で耐える代物との話だ。マニューバで身体がへたるとは考えられない。ではなんだ?この動きは?考えられる答えは恐らく一つだ。

 

 誘い込まれた。

 

 その判断をするのと、追いかけている筈の敵機からおぞましいまでの殺気が伝わってきたのはほぼ同時だった。それは左右へのシザースを止め、右への急旋回に移ったその瞬間、クロームオレンジのテールが勢いよくスライドし、こちらへと一気に機首を向けようとしている姿が、異様にスローモーにトリガーの瞳に映った。水平旋回中のクルビット機動。

 

 「・・・ッ!!!」

 

 トリガーは反射的に機体をロールさせ、視界の天と地が逆になる。そのままの勢いで下方向へ急旋回。トリガーのSu-30の背中に突き刺さる筈のその弾丸は、青空の空間を切り裂いた。躱せた。心臓が早鐘を打つ。トリガーは冷や汗がどっと噴き出るのを感じ。同時に安堵の息を吐いた。

 

 「な・・・ッ」

 一方。ジュラーヴリクは、完璧に誘い込んだと思っていた敵機の回避機動に狼狽を隠せずにいた。ジュラーヴリクは単なる激情家ではない。人を食ったような態度も相手に舐められない為の手段の一つだ。必要とあれば自論を殺し、絡め手も容赦なく使うリアリストの一面も持ち合わせている。今回の作戦も完璧だったはずだ。一度オーバーシュートを決めることが出来た相手は興奮し、せっかくのチャンスを不意にすまいと無理な攻撃を仕掛ける。その有頂天な鼻っ柱を更なるカウンターマニューバで消し炭にする算段だった。しかしあいつは躱した。まるであたしの次の行動が見えていたかのように。あたしの背後を取ったというチャンスをいとも簡単に捨てたのだ。類稀な腕前。アニマの機動に追随する耐久。そして戦況判断力。もしかしたらあいつはーーー

 

 私より上かもしれない。

 

 「・・・チッ!」

 

 その考えが浮かんだ時、ジュラーヴリクは激しい拒否感を覚えた。私はロシアのアニマだ。Su-27M-ANM、ジュラーヴリクだ。祖国に作られ、祖国の中で一番強い存在でなくてはならない。ましてやGに制限のある人間程度。一瞬浮かんだ考えを振り払うように、ジュラーヴリクはとびかかるように速度を上げ、先ほどの攻撃を躱した青い鶴へと突撃を仕掛けた。

 

 BEEP音。

 レーダーロックの警報が鳴ると同時にジュラーヴリクがミサイルと共にこちらに突っ込んでくるのが目に見えた。トリガーは急旋回で突進を避けつつ、チャフ・フレアで防護膜を張る。とうとうミサイルまで使ってきたか。その爆炎を振り払うかのようにジュラーヴリクが一気に後ろに付き、機関砲を放ってくる。しかし、先ほどの冷静なマニューバとは違い、こちらを確実に墜とそうと攻撃を仕掛けてくるジュラーヴリクに対し、トリガーは冷静に射線から逃れる。急激な加減速に押し潰されそうになりながらも、右へのダブルエルロンロールで機関砲を躱し、ジュラーヴリクが偏差射撃をする前に左ダブルエルロンロールでフェイントをかける等、まるで後ろが見えているかのように攻撃を躱しつつ、ジュラーヴリクとの距離を推し量る。ミサイルというものは近すぎても当たらず、その場合は機関砲が主力となる。ジュラーヴリクがこうやってへばりついていることで、ミサイルの危険は一先ずはないだろう。

 

 (これなら・・・これなら逃げ切れるかもしれない)

 

 トリガーは必死に次の回避機動を考えながらも、機動に対処できていることに希望を見出していた。確かにジュラーヴリクの機動は半端ではない。空力を無視するような機動でこちらを追い詰め、こちらを確実に墜としてやるという殺意を持っている。それが彼女の猛烈なマニューバの起源であり、同時に弱点でもあった。

 

 「クソッ、クソが!どうして当たらないんだよ!」

 

 (あまりにも機動が感情で塗りつぶされている。だからこそ攻撃ポイントも読みやすい)

 

 ジュラーヴリクはトリガーが射線に入りそうになるとすぐさま機関砲をばら撒く。キャノピーを掠めるような音。それはほとんどのパイロットには恐怖となり、冷静な判断力を奪う要因にもなるが、トリガーにはそれは通じず、まるで攻撃することが分かっていたかのように紙一重で攻撃を避ける。

 彼。ミハイ・ア・シラージとの戦闘が、トリガーの対処力を大幅に引き上げていた。例え後ろについても直ぐには撃たず、敵の回避パターンを理解して必中を狙う。その敵機の分析と、絶対的なエースパイロットとしての経験により、攻撃が「当てる」ではなく「当たる」と断言出来るほどに。例え落とす時になってもそれは変わらない。彼にとっては敵を理解し、敬意を払い、機械の様に撃ち落とす。そこに相手への恨みや敵意はなく、まるで感情のないように飛ぶその姿は、敵機にとってはまさに恐怖だろう。殺されるのではなく、ただ処理されるような恐怖。手出しも出来ず、ただ捕食されるような恐怖。そのような人間離れしたマニューバをトリガーも経験し、それに対応し、墜としてきた。そして同じタイプ、殺意剥き出しのマニューバであったとしても、トリガーはあの時に経験している。

 

 『俺たちだって英雄になろうとした!』

 『三本線・・・殺してやる!』

 

 「ッ・・・」

 

 トリガーは一瞬悲し気な顔をしたが、すぐさまその記憶を忘れるかのように敵機のマニューバに集中する。ジュラーヴリクはトリガーに更なる攻撃を仕掛けようと、速度を上げ距離を詰めてくる。一足でも早く撃ち落としてやろうという殺意と焦りが見て取れる。彼女の今の状態ならやれるかもしれない。そう判断したトリガーは速度を上げて逃げる素振りを見せた瞬間、急激に機首を引き起こした。推力偏向ノズルとカナードが動作し、一瞬で瞳に青空が移り、4.5Gもの荷重がトリガーにのしかかる。そして正面からの空気抵抗を一身に受ける機動。コブラ・マニューバだ。その機動を見たジュラーヴリクは隙だらけのような機動を馬鹿にしたように笑う。

 

 「ハッ、コブラかよ!そんな機動今更ーーー」

 

 ヒットボックスを自ら広げるなど愚かな所業だ。ジュラーヴリクが舌なめずりをするようにガンレティクルをトリガーに合わせようとする。しかし普段の冷静なジュラーヴリクならば気付いていただろう。Su-30のエアブレーキが動作していたことに。その瞬間、トリガーのSu-30の機首が一気に後ろへと落ち、ジュラーヴリクはその姿を同高度から見失う。

 

 「なんだと!?」

 

 ジュラーヴリクは瞬時に機体をロールさせ、背後へ視線を巡らせる。その後方に緩やかに降下しているSu-30の姿があった。トリガーはコブラで機首を110度前後まで向けた後、そこから更に減速し、主翼からの揚力を失わせた。即ち、コブラからのストールターンへ繋げたのだ。まんまとハメられた。

 

 「畜生!」

 

 その事実にジュラーヴリクは激しい自己嫌悪と怒りを持ち、そのままの速度で横滑りをかけトリガーに向かって急降下する。9Gどころか10Gを優に超えていそうなそれは、相手に増速する隙を与えないが如く敵機との距離を急速に詰めた。今度こそは逃がさない。トリガーはその様子を目に捉えると、今度こそ純粋なマニューバを繰り出した。ジュラーヴリクがこちらへ降下するのを確認したトリガーは、降下中からのクルビットを繰り出したのだ。いくらドーターであっても降下中の重力には勝てない。推力偏向ノズルとカナードから繰り出されるそれは降下速度を急速に緩やかにし、追い付くために増速し、その減速についていけなかったジュラーヴリクは、Su-30の隣を鮮やかなまでに追い抜かしてしまった。

 

 「・・・・・・・・・・・」

 

 ジュラーヴリクは声を出すことすら出来なかった。弄ばれている。このあたしが、まんまと策略に嵌まり、無様に後ろを差し出している。受け入れられない。すぐにGにやられてしまうような人間に。馬鹿にしていた人間のマニューバに、栄誉あるバーバチカ隊の一番機が、たった一機の有人機に遊ばれている。そしてその有人機は一度も機銃を撃っていない。今後ろに付いているこの状況でさえも。どうして撃たない。何を考えている?背後の青い鶴はただこちらを観察するようにこちらのマニューバに追随してくる。ジュラーヴリクはいつの間にか両腕が震えているのを感じる。どうして震えている?頭では拒否しても心がそれを否定する。これは「恐怖」だ。背後の考えがまるで読めない。怖い。こいつは本当に人間なのか?いつ機銃を撃つ?回避行動は?まるで捕食者を前にする餌の感覚。喰われる?あたしが?このジュラーヴリクが?そんなことーーーー

 

 「う・・・・うあああああああああああ!」

 

 認められない。そんなこと認めるものか。怒りの衝動のままに繰り出されたハーフクルビット機動。そしてロールをかけながら背後のトリガー機に向かい機関砲を吐き出した。

 

 「・・・っ!」

 

 次のマニューバに備えジュラーヴリクの動きを注視していたトリガーもいきなりの突進に虚を衝かれてしまい、左への急旋回でその突進と機関砲を躱す。機体を立て直した瞬間、コックピット内に影が差す。上を見るとすれ違った瞬間にジュラーヴリクが再びクルビットを発動。あの時のカウンターと同様、機首をこちらに向けようとして来ていた。その光景に目を見開くトリガー。回避機動は間に合わない。しかしトリガーの鍛え抜かれた操縦センスは被弾面積を小さくするためか、それとも命の危機を感じ、目の前の機体を撃ち抜こうとしたのか、コブラ・マニューバを発動させ、クルビット中のジュラーヴリクと向き合う形となった。

 お互いにコックピットの状況が分かるのであれば、ジュラーヴリクにはバイザー越しに目を見開くトリガー。トリガーにはこちらを涙目で睨み付けているジュラーヴリクの姿が見て取れただろう。一瞬。しかし永遠に続くような瞬間。ジュラーヴリクが機体に機関砲の信号を送ろうとし、トリガーが反射的に操縦桿の機関砲の引き金に指をかけたその瞬間。けたたましいほどの電子音が互いの無線に響き渡る。

 

 「「!?」」

 

 その電子音に虚を衝かれた二人は機関砲の発射動作を中断してしまい、そのままお互いに機体を立て直し、元の進行方向へと離脱した。その電子音はAWACS、カナレイカからのものだった。

 

 ≪緊急通信だ!カザフスタン方面から侵攻してくるザイをレーダーが捉えた!数は五機ずつの二編隊、対処できる機体は方位1-6-0に針路を取り迎撃に向かえ!≫

 呆然とする二人だが、ジュラーヴリクがいち早く復活し疑問を投げかける。 

 ≪ザイだと!?予報ではこれ以上の襲撃は≫

 ≪事実だ!二機とも基地へと戻り燃料と武装を再補給、ザイの迎撃に向かってくれ!≫

 

 ようやく自分たちの殺し合いを止める手段が出来たことを喜ぶかのように、カナレイカが矢継ぎ早にこちらに指示を飛ばしてくる。いや、ザイの襲撃で喜んでは駄目だろう。お互いに疲弊した顔をしながら指示を聞き、先に話しかけたのはトリガーの方だった。

 

 ≪・・・緊急警報だとさ。少なくとも今は、争っている場合じゃないように思えるが?≫

 

 オレンジ色の鶴がびくりと震えたような気がした。反応は返ってこない。先ほどまで殺し合いをしていたのだ。無理もないか。このまま重苦しい空気のままで基地に戻るのだろうか。まさかザイをほっぽりだして第二ラウンドじゃないだろうな。そうトリガーが最悪の行動を想像した時、無線から深呼吸のようなものが聞こえてくる。そしてこう苦々しげに呟いた。

 

 ≪カザフスタン方面・・・『Птица-арсенал』か≫

 

 その単語を聞いたとき、体中に悪寒が走るのを感じた。トリガーは目を見開き、ジュラーヴリクの方を見つめた。聞き間違いか?いやそうであってくれ。

 

 ≪ジュラーヴリク、今何て言った≫

 ≪な、あんたいきな≪頼む、ジュラーヴリク、もう一度、何て言ったか教えてくれ≫

 

 トリガーの必死の呼びかけにジュラーヴリクは少しの間沈黙する。そしてジュラーヴリクの唇から漏れ出た言葉は、トリガーの耳が正常であることを示した言葉だった。

 

 ≪・・・『Птица-арсенал』だよ。一か月前からカザフスタンに陣取ってるプロペラ野郎だ≫

 ≪・・・・・!≫

 

 トリガーは愕然とする。どうしてここにいる。すべて落とした筈だ。「Птица」はプチーツァ。鳥、という意味を表し、「арсенал」はアーセナル。つまり弾薬庫を示す単語だ。そしてプロペラ野郎。この単語とプロペラが合わさるものをトリガーは知っている。いや、それしか知らない。灯台戦争でオーシアからエルジアが鹵獲し、バリアと無数のUAVとミサイル、そしてレーザーすら繰り出してきた化け物鳥。

 

 アーセナルバードだ。

 




 長らくお待たせいたしました。いつの間にやら200件以上のお気に入りを頂いており、とてつもなく驚いています。少しでも気に入ってくださった方に心からの感謝を。空戦シーンが入る都合上、とんでもなく長い文章となってしまいました。「もっとサクッと読みたい」という方には申し訳ないですが、どうかご容赦を。「むしろもっと文字数増やせ!」という要望は私が死んでしまいますので許してください(白目)
 評価をしてくださったなりゆき様、アース@にわかミリオタ様、虫取り少年様、tensan様、有機ELディスプレイ様、5600様、本当にありがとうございます!この場を借りて感謝申し上げます!
感想、評価、批判等々、お待ちしています。

 次回「one pair」
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