「ボギーだと!?」
ロングキャスターがボギー来襲を告げたのと、トリガーが前方から飛行してくる機影に気付いたのはほぼ同時だった。不測の事態。EMLのチャージを破棄してアンノウンを観察する。B-2の後ろに尻尾状のスラスターらしきものをポン付けしたような外観。かなり小型だ。今まで相手したUAV、MQ-101やMQ-99と同じくらいか。中央部には金色の円のようなものが描かれている。まるでエイのようなシルエットはそれだけでも航空力学に反するようなのもあるが、何より特徴的なのは、まるで光を反射して白く輝く、ガラスのような装甲材。パイロットが乗っているようにはとても見えない。それが近づいてくる程に、原因不明の吐き気、脳みそを揺さぶられるような嫌悪感が襲ってくる。
「なんだよありゃあ、新手の無人機か!?・・・うっ、なんだか気持ちわりぃ・・・」
「テスト空域にこれ以上の参加機体はない!敵機と判断し交戦を許可する!充分に注意するんだ!解析結果が出次第、情報を伝える!」
「了解、ストライダー1、エンゲージ!」
「クソッたれ!ストライダー2、エンゲージ!」
トリガーとカウントは原因不明の不快感を抑え、同時にエンジンを唸らせ、不明機へと向かう。どうして戦争から二ヶ月も経って今更?とも思ってしまうが、考え事は敵機を落としてからだ。HMDのロックオンシステムを起動させる。何百、何千回と繰り返してきた行為。相手をシーカーに捉え、ミサイルを相手に叩き込む。まして無人機程度、そう思っていた。しかしーー
「んだよこの出鱈目な動き!」
「・・・速い!」
今までのMQ-101やMQ-99などとは比べ物にならないマニューバを仕掛けてきた。尾びれのようなものがベクタードノズルの役割を果たしているのか、まるで重力がないように高次元な三次元機動を仕掛けてくる。その動きと頭痛、吐き気にトリガーとカウントは翻弄される。トリガーとX-02Sも負けじとハイG機動を連発、速度エネルギーを9Gをゆうに超える急旋回に変換し食らいつくが、アンノウンは尻尾を真下に向けると急激に上昇。水平に戻し一気に背後ポジションに付く。クルビット、いや、VTOLマニューバだ。
「トリガー!後ろに敵機!」
「・・・!」
撃たれる。そう思ったトリガーは反射的に操縦桿を右斜めに倒す。エルロンとフラップが同時に起動し、ロールと高度上昇が同時に行われる。バレルロールだ。トリガーが今までいた空間を相手のエネルギー弾のような機銃が切り裂く。トリガーはそこからのカウンターを実行する。バレルロールの中盤、機体が背面を向いた瞬間トリガーは操縦桿を思いきり引いた。X-02Sの三次元ベクタードノズルが急激に起動し、機体が沈みこみ、下を向く。そして慣性でそのまま進行方向にスライドさせた。機体を上に向けるのではなく、下に向けた逆コブラだ。アンノウンもそのマニューバに一瞬混乱した様に見えた。オーバーシュートするかしないかのタイミングでトリガーはエンジンをフルスロットルにし、その状態から一気に機を引き起こす。逆コブラの状態からクルビット機動に持って行き、背後を取り返した。本来ならほぼ不可能な機動だが、X-02Sの推力と推力偏向、そして完璧に調整されたECUと持ち前の機動力が合わさって成し得た技である。
「捉えた!FOX2!」
ミサイルシーカーがガラス細工のようなアンノウンを捉え、トリガーはミサイルを一気に二連射する。決まった。そう思った時だ。当たる直前、ミサイルが妙な動きを見せた。ミサイルが敵機に当たる直前、まるで目標を見失ったように迷走、自爆したのだ。
「ミス!命中せず!」
「・・・何!?」
「ミサイルが自爆しやがった!?」
ターゲットは無傷、損害なし。決死のカウンターマニューバが不発に終わり、トリガーは焦りを見せる。持ち前のハイG耐久力と精神力でなんとか耐えてはいるが、この不快感がいつ決壊するか分からない。耐えきれずに嘔吐し、目標を見失った時、それは死を意味するだろう。アンノウンはいったん態勢を立て直し、再びこちらに向かってきている。
「クソ、トリガーばかりに戦わせられねえ、俺が囮になる!さっきは駄目だったが次こそーーー」
「ダメだ!僅かにだが解析結果が出た!あのアンノウンは未知のECMを搭載している。どれだけ撃とうとそのECMで逸らされるだけだ!」
「じゃあどうしろってんだよ!」
「・・・・・・EMLを使う」
「トリガー!?」
「いくらECM相手でも、人間の直接照準は逸らせないはずだ。それに賭ける。カウントはもしロングキャスターに向かった時の援護を頼む」
「いくらお前でも一人であのマニューバに直接射撃なんて無理だぜ!それにあいつに近付けば近付くほど目の前のぼやけが酷くなりやがる・・・そんな状態であいつを狙うなんてーー」
「やれる。----俺たちはもっと酷い空も飛んできた、そうだろ?」
「・・・ポカするんじゃねえぞ、この大馬鹿野郎」
「分かってる」
カウントの言葉を背中に受けたトリガーは、僅かに笑みを浮かべると、EMLを展開させる。テスト同様ウェポンベイが開き、40㎜の大口径砲弾を電磁力によって超高速で撃ち出し、敵機に大きな風穴を開ける展開式大型電磁投射砲、「アークライト」がその姿を見せた。アンノウンもその姿に気付いたのか、離脱するカウントの機体には目もくれず、トリガーにミサイルを撃ち込む。避けれない。そう直感したトリガーは惜しまずにチャフ・フレアを射出。ミサイルはフレアにぶつかり爆発した。トリガーは電力をEMLに送り込む。パネルにチャージ状況が表示され、青白い光が強くなっていく。アンノウンは直感的にまずいと判断したのか、狙いを絞らせまいと今まで以上の動きでこちらを翻弄してきた。だがトリガーは、かつて空力、地形を完全に味方につけた世界最高峰のエースと、そのデータを基にした世界最強のAI二機と戦い、墜としてきた。それらと比べると、その機動はとてつもなく「甘い」の一言に尽きた。
「ただ本能の如く機体を振り回しているだけ。その変なマニューバと、その尻尾のようなノズルにばかり頼っているお前に俺は、墜とせない」
そういうが否や、スロットルを全開。エンジンが咆哮を上げ、飛竜が眼前の敵を噛み砕かんと肉薄する。二機との距離はほぼなかった。高速機動、VTOL機動、急停止を狂ったように使用するアンノウン相手に、トリガーはハイG、PSM(失速下機動)でひたすらに食らいつく。急停止するたびにハーフクルビット、ハンマーヘッド、横滑りを駆使し相手を機首に捉える。急激に流れる視界。ECMとブラックアウトで今にも目の前は闇に飲まれそうになり、気を抜けばすぐにでも身体の感覚が失われそうになるが、トリガーの瞳は獲物を見つけた狼の様に相手を捉え続ける。これまでの激闘で磨き抜かれた操縦センスと、その極限の集中力で、ぼやける視界に一瞬覗くガラス細工のような光を見逃さない。まるで空をキャンバスとした芸術のような空戦。しかし、流石にアンノウンのECMの効果によって、先にトリガーが音を上げた。
「ぐっ・・・ふっ・・・!」
視界が歪み、口に酸味のある胃液が流れ込んでくる感覚。生理的にヘルメット越しに口元を抑えようとする。その瞬間をアンノウンは見逃さなかった。背後ポジションに付き、レーダー照射を眼前の前進翼機に向け、ミサイルで焼き焦がさんとする。トリガーは動かない。もう限界だった。それでもーーー
「トリガー!しっかりしやがれえぇぇぇ!」
「っ・・・!うおあああああああああああああ!!」
最後の力を振り絞り、PSMを発動させる。何をいまさら、アンノウンがほくそ笑んだその時。見えたのは、あの時からチャージを完了していたEMLの砲身。クルビットの最中に完璧に軸を合わせてきたその竜の息吹は、ほぼ同時に放たれたミサイルを撃ち抜き。その母機すらにも大きな風穴を開けた。
「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・!」
「アンノウンの撃墜を確認!完全にレーダー上からロスト!」
「っしゃあ!やったぜトリガー!」
やった・・・のか?あの脳を乱すような不快感はもうない。ただ感覚があるのは、最後にがむしゃらに撃ったあのEMLの感触だけ。ふとキャノピー越しに空を見ると、撃墜後の残骸と思われる粒子が降り注ぐだけだった。どれほど無理に振り回したのか、燃料インジケーターの表示を見ればわかる。
「一時はどうなることかと思ったが、よくやってくれた。解析班の連中も、あの戦いを見て熱狂しているぞ」
「この空戦、一生忘れない・・・!」「あれが三本線か、とてつもなくイカれてる・・・!」「俺、あんたのファンになるぜ!」
無線越しで解析班の賞賛、感極まる声が聞こえてくるが、トリガーにとっては仕事はしたのかという呆れと、今はそんなことはどうでもよく、ただひたすらに横になって目を閉じたいという疲れ。それだけだった。
「人が死にもの狂いで撃墜したっていうのに呑気なもんだぜ、なぁトリガー?」
「不測の事態ではあったが、これ以上なく有意義なデータが取れたと喜んでいる。二機ともRTB!帰投せよ、ゆっくり休め。今回のアンノウンの詳細データは、分かり次第伝える」
「「ウィルコ」」
フォートグレイス基地に向かい針路を向けた時、X-02Sのコックピットを改めて見る。突然のことだったとはいえ、この空を生き延びることが出来たのは間違いなくこの機体のお陰だろう。もし、いつものように相棒、F-22で出撃して、もし同じようにあのアンノウンに遭遇したら。今回と同じように撃退することが出来ただろうか。
(・・・ありがとう)
最早口に出す気力すらなかったが、心の中で確かに感謝を伝える。帰ったらスクラップクイーンにも改めて感謝を伝えようと思い、帰路に着こうとしたその時、後ろに異変を感じた。振り返ると、撃墜ポイントと思わしき空間に、まるで斬り広げられたかのような裂け目がぽっかりと開いていた。それは周りの空気、雲などを吸い込み、今にもX-02Sをも飲み込まんとしている。
「何だ!?何が起こっている!?トリガー!今すぐにそこを離れるんだ!」
「クソ、トリガー!今すぐそこを離れやがれ!」
「くっ・・・!」
同じく異変に気付いた二人が叫ぶ。分かってる、とばかりに、再びスロットルを全開。アフターバーナーで離脱しようとする。しかし、ワイバーンの推力を持ってしても抗うことしか出来ず、周りの空気を裂け目が吸い込んでいるため、徐々にターボファンエンジンの出力が落ちてくる。
「ダメだ・・・推力が・・・!」
「畜生、トリガー!」
「カウント、近づくな!お前まで吸い込まれることになる!」
「トリガーをこのまま見殺しにしろっていうのかよ!」
「お前とイーグルが行っても被害が増えるだけだ!」
「クソッたれ・・・!トリガー!お前はこんなわけのわからないことで終わるタマじゃねえ!そうだろ!」
「くうううううううう・・・!」
必死でアフターバーナーを焚き、こらえようとするトリガーだったが、限界の時はそう遠くなかった。
「くっ・・・!うあああああああああ!」
「「トリガー!!」」
とうとうトリガーとX-02Sは裂け目に飲み込まれ、必死で呼びかける二人の無線を最後に、トリガーの意識は途切れた。裂け目はトリガー達を飲み込んだ直後に消失し、その後に残ったのは数分前と変わらないいつもと同じ空。ただ違うのは、ストライダー1が忽然と姿を消したこと。
「嘘だよな・・・?トリガー・・・」
カウントの呆然とした呟きが、広い空に飲み込まれていった。
テスト飛行中にいきなり裂け目に飲み込まれる→テスト飛行中にいきなりアンノウンが侵入、辛くもトリガーが撃墜→その撃墜ポイントから裂け目発生、飲み込まれるというかなりの書き足しになりました。これからの展開上、一度は接敵しなければならないと思い急遽の大幅改稿です。それでも、書きたかった空戦シーンを拙いながらも描写出来てとても満足しています。アンノウンの戦闘機動はアニメから、トリガーの戦闘機動はマルチプレイヤーでのPSMファイトから取ってきています。ちなみに私はベルクト乗り。では次回お会いしましょう。
次回、「異国との邂逅」