エイスク空軍基地
○月25日 午後6時37分
あれから80㎞程移動しただろうか。二機のSu-35に前後を挟まれ、トリガーはエイスク空軍基地に強制着陸させられた。それからの基地の行動は迅速と言えただろう。領空侵犯機を温かいココアで出迎えてくれるわけもない。指定されたポイントにタキシングし、エンジンをカットすると、機体の周りをアサルトライフルと屈強な軍人たちに取り囲まれた。あの言葉でキャノピーを開けるよう叫ばれる。
(そう目くじら立てなくても降りるさ)
トリガーは内心そう愚痴りながら、用意されたタラップを降りた途端、二人の軍人に頭と腕を押さえつけられ両手首に手錠をはめられる。周りを囲まれながらライフルのグリップでどつかれ、どこかへと連行されていった。死にもの狂いの戦闘が報われないことや、こういった手荒い扱いは昔いた部隊である程度慣れてはいたが、やはり気持ちのいいものではない。ふとあの部隊にいたころの司令官の顔を思い浮かべた。あのファッキンゼイ司令、最前線への昇進以降全く話を聞かないが今はどこにいるのだろう。大方味方に誤射されていたりしたのだろう、ざまあない。等と中々に過激なことを考えながら歩かされていると、ここだ、と言われ立ち止まらされる。いつの間にやら目的地に着いていたらしい。
・・・ああ。諦観と仄かな懐かしさが全身を包む。また暫くここの世話になるのだろう。これから自分にあてがわれる、白い壁と、扉の代わりに鉄の格子が用いられたとても素敵な部屋を見ながら、これだけは言わせてもらいたいと思った。勘弁してくれ。
領空侵犯機であるパイロットとその機体を捕縛した。ザイとの戦いでいっぱいいっぱいだというのに、堂々とロシアの空域に入りこんで来やがって。すぐさまミサイルを撃たれなかっただけ幸運というものだ。この基地の長、ペトロフ司令は怒りの表情を浮かべる。管制塔からフライトデッキを見下ろすと、基地の職員達による、国籍不明機の調査が始まっていた。怪しい爆発物がないか、爆弾処理班が徹底的に機体を調べ上げる。爆弾等がないと判断されたのち、トーイングカーでハンガーに移動。技術者による本格的な調査が始まった。数多の同志の技術者達の手で国籍不明機の性能を明らかにせんとしている。調査結果はすぐにでも送られてくるだろう。
その二時間後、司令の元へ調査結果が届けられた。その内容は、領空侵犯機が未知の技術の塊であることを示しており、空力的に洗練されたスホーイを思わせる機首とエアインテーク、全武装はステルス性を考慮したウェポンベイの内蔵式。Su-47を彷彿とさせる前進翼。一定以上の速度でステルス・高速巡行重視に可変するようだ。最後に腹部のウェポンベイを開いたときの武装だ。かなり大型の砲身らしい。駆動方式、どれほどの威力なのかは分解してみなければ分からないが、少なくとも自分たちが思い描く、戦闘機に搭載する兵装とは全く違うものが現れ、整備員たちは驚きを隠せなかったようだ。ふと疑問に思う。これは本当に領空侵犯機なのかと。国内で作られた新型のテスト機ではないかと。根拠としては、国外機にしてはスホーイ系列の空力意匠がしっかりと入れられている。そして何より、IRミサイルベイの取り付け口と、我が祖国製であるR-73アーチャーとの規格が一致したという報告もあるのだ。しかし写真には祖国の国籍マークである赤星は見受けられず、左主翼にある白と青の二色に分かれた星の国籍マークらしきものがそれを否定しており、何よりロシア機であるならばIFF(味方識別装置)が作動する筈である。このご時世、テスト機をフライトプランも出さず、IFFも積まずに飛ばすなど考えられない。もしこれが国外機だった場合、重大な技術漏洩であることを示唆している。なんとしてもこの機体の素性を明らかとし、ロシア国防省への報告書をまとめなければならない。あのステッキの老人が首を突っ込んでくる前に。
その次の日、トリガーは尋問室で取り調べを受けていた。
「もう一度聞くぞ?貴様の所属と飛行目的は?」
「・・・オーシア国防空軍所属、124戦術ーーー」
何度も答えた質問に答えようとしたとき、尋問官が机をバン、と叩く。
「我がロシアに無断で踏み込み、その上嘘を重ねるつもりか?オーシア、オーシア、貴様の言うことはそればかりだ!この世界にオーシアという国など存在しない!あの謎の機体といい、貴様は本当に何者なのだ!本当のことを話せ!」
オーシアという国は存在せず、今捕縛されている国がロシアという聞いたこともない国だということ。それが今、紛れもない真実だということをトリガーは思い知らされている。頼みに頼んで世界地図を一度見せてもらった時には言葉を失った。今まで見て来た世界地図とは全く違うものを見せつけられ、トリガーは混乱する。オーシア大陸どころかユージア、アネア大陸。一番有力視していたユークトバニアなど影も形もない。ただオーシアに一番近しいものと思われる国がアメリカ、というものらしい。アメリカンスキーのスパイか、どうなんだと凄まれようとわけがわからない。しかも尋問官が書いている報告書らしき紙には2017年、五月の日付。最早別世界のような所に飛ばされただけでなく、タイムスリップまでしたのかもしれないという現実に、頭がおかしくなりそうだった。あの裂け目を作った奴はとても趣味がいいと見える。
(駄目だ、決定的に話が噛み合わない。いっそのこと私は別世界から来ました!とでも話すか?いや、そんなことをすれば精神疾患と疑われ精神病棟行き・・・いや、その前に不審なパイロットなど銃殺刑が濃厚だ。どうしてこんなことに・・・)
自分の常識が次々と打ち砕かれ、トリガーは下を向き俯いてしまう。その様子に尋問官はふん、と鼻を鳴らした。
「今度はだんまりか。もういい、尋問は終わりだ。自白剤を使えば嫌でも本当のことを話すだろう。おい、腕を出させろ。」
尋問官の言葉に両側の兵士が手錠に繋がれたトリガーの両腕を机に固定する。
「うっ・・・」
「さあ、すべて話してもらうぞ。あの機体を分解調査する前に、少しでも情報は得ておきたいからな」
「・・・頼む、俺はどうしてくれてもいい。あの機体には手を触れないでくれ」
分解調査、と聞いた瞬間に、トリガーは拒否感を露わにする。この際自分の命はどうでもいいが、他世界とはいえ技術漏洩をさせるわけにはいかない。それに、あの機体が分解されるという言葉に、トリガーは得も言われぬ嫌悪感を覚えた。
「貴様の意見が通ると思っているのか?とんだ大馬鹿野郎だ。さあ、腕を出せ。運が悪ければ廃人になるかもしれんがな。全く、いつザイが襲ってくるかもしれんというのに仕事を増やしやがって」
ザイ?襲う?その言葉に疑問を覚えるが、今やトリガーに聞く術はない。まあいい。自白剤を打たれまいと本当のことは話しているんだ。精々奴らをびっくりさせてやる。最後に一泡吹かせてやろうとトリガーは自白剤を撃たれた後の自分に望みを託し、注射器を見つめる。3㎝、2㎝、1㎝・・・
今にもその針が皮膚に埋め込まれんとしたとき、基地中に警報が鳴り響いた。
「何だ!?」
その警報に驚いたのか、尋問官が手を止める。そして尋問室のドアを開けて、慌てふためいた通達らしき兵士が早口に告げた。
「ザ、ザイの襲撃です!数は五機編隊!急速に基地に近付いています!早く避難を!」
「チッ・・・!」
言うが早いか、尋問官はその兵士とトリガーを拘束していた内の一人に連れられて、一刻も早く避難しようとしていた。
「尋問官、この男は?」
「構わん!また独房にでも突っ込んでおけ!」
兵士の疑問の声も他所に、尋問室の扉も閉めずに走り去っていった。
「だ、そうだ。命拾いしたな。ほら、早く歩け」
兵士はトリガーを立たせると、また独房に連れ戻そうとする。トリガーはその前にどうしても聞いておきたいことがあった。
「一つ聞いてもいいか・・・ザイってなんだ?」
「お前・・・あんな機体に乗ってた癖にあのガラス野郎どものこと知らないのか?とことん不審な奴だ」
「ガラス野郎・・・待て、それは何か変な形をして光っていないか?その・・・エイみたいな」
「そこまで知ってるなら聞くんじゃねえよ。あのガラスのクソ野郎共が、俺たちの国も街もメチャクチャにしやがったんだ」
「俺は一度そいつと戦って一機墜としている。上がらせてくれるなら力にーーー」
「ハッ、そうやって逃げようとしても無駄だからな。第一、あんなの一人のパイロットに墜とせるような奴らじゃねえ。寝言は寝て言え、панариций(重罪人)」
兵士はそう切り捨てると、トリガーをまた独房へと押し込む。
「・・・あんたは?」
「俺はこれから市民の誘導に当たる。いいか、妙な気は起こすなよ?ライフルで蜂の巣になりたくなければな。」
兵士はそう釘を刺しながら独房の鍵を閉めると、外へ向かって走り去っていった。
その頃、管制塔は突然のザイの出現に大慌てで対応していた。
「緊急警報!方位270にザイ出現!数は五機!全パイロットはアラートハンガーにてスクランブル態勢!非戦闘員は即刻退避せよ!」
「各基地に救援要請を出せ!バーバチカ隊は!」
「モスクワに展開していたSu-27M-ANMとMiG-29SMT-ANMがスクランブルしたとのことですが、最低でも30分はかかるかと・・・」
「30分だと!?それだけあれば奴らはここを廃空港に出来るぞ!」
ペトロフ司令は焦りも露わに指揮を執っていた。
「ザイはなぜここを目指す!」
「分かりません!トルコの迎撃部隊を振り切り、黒海方面から当基地に接近しつつあります!」
「スクランブル機、急がせろ!飛べるのは何機だ!」
「三日前の戦闘の補充要員がまだ来ていません!負傷したアラーンジヴィ隊とズィリョーヌィ隊を除くと、飛行可能な部隊はクラースヌィ、チョールヌィ、ジョールトゥイの三部隊、12機のみです!」
「何だと・・・!?」
わずか三部隊でザイ5機を相手取れというのか。土台無理な話だ。20分もすれば、ザイはこのエイスク空軍基地に機銃とミサイルを叩き込んでくるだろう。
「他に飛べる機はいないのか!」
「パイロットがいません!ハンガー内に予備機のSu-30が数機あるだけです!」
「ぐむむ・・・」
圧倒的に数が足りない。なぜだ。なぜこうも面倒ばかり増える。突然の領空侵犯機には飽き足らず、この基地を目指すザイまで・・・領空侵犯機?
その時、ペトロフ司令の脳内に、とてつもなくリスキーで、危険な考えが浮かんだ。ペトロフ司令は手近な管制員を捕らえるとこう言い放つ。
「おい、あの領空侵犯機のパイロットはどうしている?」
「は。まだ独房内に閉じ込めてあると思われますが、それが何か?」
「・・・整備班に予備機のSu-30を手配させろ。奴を搭乗させる。」
≪ようやくガリエアらしくなってきたな≫
ミッション2、如何だったでしょうか。ようやくこちらの世界でのザイを出すことが出来ました。軍の対応についてはまずやらないと思われること目白押しだと思われますが、これはフィクションと作者の妄想であり、公式記録、専門家の分析、関係者の証言を元にして構成されていません。なのでどうぞご容赦を…
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次回、「蝶との出会い」