ガーリー・エアフォース ~三本線の異邦人~   作:南十字星

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~前回までのあらすじ~
 辛くも基地に帰ることが出来たトリガー。着陸したトリガーを出迎えたのはまさかのペトロフ司令だった。領空侵犯、そしてトリガーの強行出撃のことが国防省に漏れれば、お互いの地位と命が危ないと話す司令。そこで持ち掛けてきたのが、バーバチカと呼ばれる部隊の飛行教導機の誘いだった。


MISSION 05 蝶との出会い ③

 エイスク空軍基地 管制塔

 5月26日 午後3時17分

 

 「ペトロフ司令!モスクワのクビンカ空軍基地から連絡が」

 「何?この忙しいときに・・・」

 

 これから基地の損害状況、航空機の補填等連絡をまとめなければならないというのに、やはり首を突っ込んできたか、あの中佐め・・・。しかしバーバチカ部隊を送って貰った手前無下には出来ない。ペトロフ司令は嘆息すると、管制室の受話器を手に取る。

 

 「・・・はい、こちらエイスク空軍基地司令、アレクセイ・ロマノフです」

 「Здравствуйте、同志ペトロフ司令。まずは基地が健在とのこと、心より祝福致します」

 「こちらこそ、虎の子であるバーバチカ隊を送って頂き、誠にありがとうございます。カジンスキー中佐」

 

 カジンスキー中佐、と呼ばれた受話器越しの声はとても落ち着いており、老成した声で話を続ける。

 

 「当然のことです。ザイの撃墜こそ、我らバーバチカ隊の本分であります故」

 「・・・カジンスキー中佐。あなたがこうして私に連絡をしてきたということは、何か思惑があるのでしょう?」

 

 ペトロフ司令がそう眉を顰めると、カジンスキー中佐はあなたとは駆け引きをしたくないですな、と上品に笑う。

 

 「・・・そうですな。では本題に移りましょう。あなたの基地のSu-30のパイロット。こちらに預けてはいただけませんか?」

 「!なぜ、それを」

 

 ペトロフ司令は驚愕した。彼、カジンスキー中佐の情報網は幾重にも張り巡らされている。領空侵犯機のこともいつかは察知してくるだろう。その事は重々承知していたが、一時間も経たずザイを撃墜したあの男の機体の情報を掴んでいたといたというのか。あまりにも早すぎる。

 

 「バーバチカは極秘裏、かつ最高位の特殊部隊です。故に、軍事衛星の利用も限定的ながら可能なのですよ。勿論、今回の戦闘もモニターしていました」

 「・・・なるほど、道理で情報が早い訳ですな」

 「その通りです。本来、バーバチカ隊を監視することも目的の一つですからね。しかし、あのSu-30の機動には驚かされました。あのような型破りな飛び方、祖国ではまず教えることはないでしょう。久しぶりに新しい人材が見つかりました」

 

 久しぶり?その単語に一瞬疑問を覚えるも、ペトロフ司令は必死に思考を巡らせる。このまま彼を向こうに移動させたとして、もし向こうで領空侵犯のことが明るみに出たとしたら?非常に不味い事態だ。最高位の極秘部隊に身元不明者を送り込むようなことなど出来るわけがない。中佐には悪いがーー

 

 「中佐の考えは分かりました。しかしあのパイロットはーー」

 「先日ロシア上空に現れた機体のパイロット、ですかな?」

 「・・・!?」

 

 ペトロフ司令は目を剥いた。なぜだ。なぜ知っている。戦闘だけならまだしも、プレストプニック01のことまで。

 

 「我々も見ていましたよ。いきなり上空に裂け目が現れ、そこから一機の戦闘機がそちらの方のレーダー圏内に向かう姿を衛星で捉えていました。しかしその反応は図星でしたか。道理で、見たこともない戦闘機動を取ると思っていました」

 

 裂け目。尋問の時の証言と一致する。彼の言っていたことは本当だったのか。ペトロフ司令は目の前が眩む思いがした。

 

 「中佐。このことはーー」

 「勿論、国防省にはまだ伝えてはいませんよ。そちらもまだ報告はしていないようですね。ますます好都合です。基地の貴重なパイロットを引き抜かずに済むということですから。補充要員要請の手間が省けます。ああそうですね。私の話を聞いてくださるのであれば、あなたの強行出撃の責任、こちらで取り計らってあげますよ」

 「・・・どうしてそこまでして彼を?」

 「先ほども言った通り、彼はとても優秀なパイロットです。対EPCM弾頭もなしにザイを一機撃墜し、他二機にも損傷を与えた。そのようなパイロットをみすみす銃殺という形で失うのは惜しい。せめて、彼の戦闘機動のデータが欲しいのですよ」 

 「・・・分かりました。しかし彼の意向も聞かなければ」

 「聞く必要もないでしょう。あなたは今まで通り基地司令のまま。彼もシベリアの強制収容所に送られず、我々は貴重な教導機が手に入る。誰にとっても、悪い話ではないと思いますが」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「良いお返事を期待していますよ」

 

 

 

 

 「・・・我々の話は以上だ」

 「・・・」

 

 ペトロフ司令に先ほどの会話を一部始終聞かされ、トリガーは無言で一言一句聞き逃さまいとしていた。

 

 「・・・つまり、このロシアで生きたいのであれば、そのバーバチカという部隊に所属しろ、ということですか」

 「そういうことになるな・・・」

 

 正直言って気乗りはしない。たった一戦、ザイを一機墜としただけでいきなり極秘裏の特殊部隊に配属という厚遇。何か裏がないと思わないのが無理があるだろう。半ば脅しのようなものだ。しかし・・・

 

 「・・・俺は、元居た世界からいきなりこちらに飛ばされてきました。俺はこんなよくわからない世界で何もせずに死ぬわけにはいかない。向こうで仲間が待っていますから。・・・それに、右も左も分からず、墜落しかけていた俺を、曲がりなりにも救ってくれたのはこの基地です。だから、その基地司令が責任を負わずにすむのならば、俺は誘いを受けようと思います」

 

 最初の手荒な真似については一言文句を言いたいですがね、というトリガーに対し、ペトロフ司令は少し笑みを浮かべながら、少し安堵したような表情を作る。

 

 「つくづく変な奴だな君は。自分を捕らえた基地に対し助けられたとは・・・。分かった。カジンスキー中佐にはこちらから連絡しておこう。彼はひねくれものだが、愛国心は強い。祖国の敵になるような真似をしなければ、手荒にはされない筈だ。その部下は兎も角な・・・。話は以上だ。退室していいぞ」

 「・・・はい。ありがとうございました」

 

 部屋の外に待機していた兵士が中に入ってきて、自分の横に立つ。部屋まで連れて行ってくれるのだろうか。そう思った時、立ち上がったペトロフ司令は申し訳なさそうな顔をして言った。

 

 「ああ、あとすまない。君のことはトップシークレットなのでな。証拠を残さないために部屋などは用意することは出来ない。申し訳ないが・・・」

 

 ・・・・・・ああ。

 その夜、基地を守った英雄は鉄格子の冷たさと、硬いベッドの感触を堪能しながら眠った。

 

 

 エイスク空軍基地 独房

 5月27日 午前8時00分

 

 トリガーはベッドに座り込みながら今後のことを考えていた。自分はいつ頃向こうに飛ぶのだろうか。自分が乗ってきたX-02Sはどんな扱いを受けるのだろうか。そしてバーバチカという部隊の目論見は一体何なのか。考え始めれば今後の不安などいくらでもある。しかしこの異国で生き残る唯一のチャンスでもある。元の世界に戻る手掛かりを見つける為にもまず生き延びなければ。その為なら飛行教導機の一つや二つ、買って出てやる。

 トリガーがそう決意を固めていると、基地の兵士の足音が聴こえてきた。襲撃時に独房まで連れてきてくれた兵士だ。鉄格子の外で立ち止まると、神妙な面持ちで告げる。

 

 「プレストプニック01、TACネームトリガー、貴官は本日付でロシア航空宇宙軍第972親衛航空戦隊に所属となる。本日の0830にハンガーで出撃待機とのことだ。」

 「・・・え?」

 

 本日付け?昨日の今日だぞ?いくらなんでも話が早すぎる。

 

 「本当に今日なのか?」

 「そうだ。痕跡を一刻でも早く消したいという意向もあるんだろう。既に両基地で決まったことらしい」

 

 全く最初から最後まで向こうの都合に付き合わされている感じだ。昨日の疲れもまだ残っている。一言文句も言ってやりたかったが、せっかくのチャンスを白紙にされる可能性もある。仕方がないか。

 

 「・・・了解した」

 「・・・たった二日だけだったが、少し寂しくなるな」

 「なら手紙でも出してくれ」

 「ハッ、とっとと行け馬鹿野郎」

 

 カウント譲りのジョークに基地の兵士は笑みを見せ、自分を独房から出したのだった。

 

 

 エイスク空軍基地 ハンガー

 5月27日 午前8時30分

 

 ほぼ時間通りにハンガーに着いた。昨日の今日だったが、自分が乗る機体は大丈夫なのだろうか。そう思いハンガーを覗いてみた。

 絶句した。

 大丈夫かどうかの騒ぎではない。整備員が所々で煤まみれで倒れており、目の下には寝不足なのか隈がある。中にはうなされている者もいた。惨憺たる状況に言葉を失っていると、アルチョム整備班長が少しふらついた足取りで歩いてきた。整備班長にも酷い隈が出来ている。

 

 「・・・よう、英雄さん。機体の整備は完璧に済ませておいたぜ・・・」

 「え・・・いや、その・・・何が?」

 「何があったって?そうかそうか聞きたいか。それはな・・・」

 

 

 エイスク空軍基地 ハンガー内

 5月26日 午後5時30分

 

 あらかたの機体チェックは終わらせた。あの戦闘から帰ってきたパイロットが、援軍にすげぇ奴がいたと言っている。その機体はなんなくザイの後ろに喰らいつき、基地からザイ三機を遠ざけていたという話だ。残り二機はなんとか数にものを言わせ、連携して対処していたが、途中でバーバチカが来てくれなければ危なかったという。すげぇ奴、というのはやはりあの最後に飛ばしたパイロットのことだろう。救助ヘリからも脱出に成功したパイロットが降りてきている。ザイ五機に襲撃され、損耗したのは機体三機のみ。あのザイ相手にこの結果であれば大健闘な方だろう。やはりあいつに託したのは間違いではなかったのかもしれない。最後にあいつの機体でも見てやろう。そう思った時、そのハンガーから若干半泣きで整備班の一人が駆け寄ってきた。

 

 「は、班長ぉ・・・」

 

 何事かと思った時、ハンガー内の様子が見えた。皆一様に混乱している。「おい、エンジンが焦げ臭いぞ!」「なんだよこのアクチュエーターの損耗!」「ブレードディスクに塩が入り込んでやがる!」等々、色々な罵声が聞こえてくる。ああ、あの謎の機体と同じだ。ここまで機体を酷使する機動、そしてそれに耐える身体。ザイと争えるのも頷ける。アルチョムはとにかく整備班達を落ち着けようと大声で呼びかけた。

 

 「まぁ落ち着けお前ら!幸いザイは退けたし暫くは来ないだろう。早急に必要な整備だけして、あとは後日にーーー」

 

 そう言った時、先ほど駆け寄ってきた整備員が申し訳なさそうに言う。

 

 「それなんですが班長・・・実は司令から明日中にSu-30の整備を完了させろって命令が来てまして・・・」

 

 ・・・・・・は?

 

 「今日突然決まったことらしいです。明日の朝モスクワに飛ばすから、それまでに間に合わせろって・・・」

 

 完了?これだけの損傷した機体を?明日の朝までに?そうか、そう来るか。

 

 「ふふ、ふふふふふふ・・・」

 「班長・・・?」

 「全整備班集合だ!このクソッたれな機体を明日までに仕上げるぞ!」

 

 そして全整備班集結の元、一日がかりの整備が始まった。その整備班泣かせの機体は、例え深夜を回っても怒号と悲鳴を上げさせたという。

 

 

 「以上だ」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 

 アルチョム整備班長は張り付けたような笑顔で、顔を青ざめさせて目を背けるトリガーを見つめる。

 やばい。ロングレンジ部隊の時にもこのようなことがあった。もう少し機動をセーブして飛んでくれないかと向こうの整備班に泣きつかれた記憶が蘇る。結局激戦の連続で気にする余裕もなく、向こうも納得したのかそれとも折れたのか。それ以上言ってくることはなかったが、流石に借り物の機体で無茶な機動をし過ぎたか。

 

 「その・・・すまない。しかし俺も必死で」

 「いやいや気にすることはない。むしろ感謝しているとも。こうして俺たちが寝る間も惜しんで整備できるのもお前さんが頑張ったからだしな」

 

 感謝しているのならその目が笑っていない笑顔をやめてくれないだろうか。とにかく話題を変えるべく、トリガーは真っ先に最初の疑問をぶつけた。

 

 「ところで、今日の朝飛ばすといったのか?司令が?」

 「そうだよ。クビンカ空軍基地から誘いが来たんだろう?司令が昨日受諾の件を伝えたところ、早速明日来るようにとの命令が来たんだ。お陰でこっちはいい迷惑だよ」

 「本当に、随分と急な話だな・・・こっちもついさっき知らされたところだ」

 「だろうな。向こうは随分と気が早いと見える」

 「・・・ところで、俺が乗ってきたあの機体はどうするつもりなんだ?まさか分解とかじゃ」

 「ああ、あれか・・・。それも向こうで解析に回されるだろう。今のままじゃパーツなしで整備もままならんしな。それに、もし飛べたとしてもIFFの問題がある。IFFの識別変更措置なんて、昨日今日で出来る作業じゃないからな。そのまま飛ばしたら、モスクワに着く前にまた別の基地の鉄格子の中だ。向こうには機密保持の為トレーラーで移送する。それまではこの機体で飛ぶことになるだろう。精々向こうの整備班には迷惑をかけないようにな」

 「・・・善処する」

 

 軽い皮肉を言われながらも対Gスーツとヘルメットを渡された。

 

 「管制塔には既に話を通してある。後はあんたの準備が整えばいつでも飛べるぞ。」

 「分かった。その・・・ありがとう。お世話になった」

 「俺は仕事をしてただけだ。向こうでも元気でな。・・・おら起きろ野郎ども!奴が出撃するぞ!」

 

 アルチョム整備班長の言葉に、倒れていた整備班達が慌てて脇に避ける。トリガーは整備班に頭を下げつつ、Su-30に搭乗した。物々しい音を立ててキャノピーが閉まり、JFSを作動。計器確認。エンジン回転率異常なし。燃料もフルに入れてある。各ライトもオールグリーン。完璧だ。ハンドサインで出発を合図した時、整備班達がこちらに向かって敬礼をしている姿が目に入った。半ばふらついてる者もいたが、目線はしっかりこちらに向けられていた。トリガーは少し驚いたような表情を見せたが、こちらも敬礼を返し、滑走路に向かって機体をタキシングさせる。そしてトリガーは滑走路に付き、無線の周波数を管制塔の周波数に合わせる。

 

 ≪Преступник 01. Ейск контроль, Ты слышишь?(こちらプレストプニック01。エイスク・コントロール、聞こえますか?)

 ≪Ейск контроль,Преступник 01. громко и ясно.(エイスク・コントロールからプレストプニック01。通信状態良好)≫

 ≪Роджер.Преступник 01, Готов к отъезду.(ラジャー、プレストプニック01、出撃準備完了)≫

 ≪Преступник 01. Вы очищены для взлета. Ветер один три ноль в четыре.

После взлета вектор ноль восемь ноль.(プレストプニック01。離陸を許可する。方位130より4ノットの風。離陸後は方位080に針路を取れ)≫

 ≪Преступник 01. Вы очищены для взлета.(プレストプニック01、離陸許可受諾。)≫

 

 離陸許可を受け、トリガーはエンジンをフルスロットル。鉄の鶴が首都の空軍基地へ向けて飛び立つ。

 

 ≪Подтвержденный взлет Преступник 01. Снять ограничение по высоте. Поздравления с выходом.(プレストプニック01の離陸を確認。高度制限を解除する。釈放おめでとう)≫

 

 管制塔の言葉にトリガーは足をしまうと同時にロールして返し、急速に機首を上げ、方位080に針路を向け、フェリー飛行へと移った。

 

 

 「・・・行ったか?」

 「ええ、行きました。」

 

 ペトロフ司令の問いに、管制官はそう答える。

 

 「最後に見送りなどはなさらないんですか?」

 「いや、私は彼に最後まで自分の都合に付き合わせたからな。今更合わせる顔もない。謝罪するのもそれはそれで違うしな」

 「そうですか。司令がそれでいいのであれば・・・ん?待ってください。我が隊のパトロール隊がプレストプニック01に向けて接近しています」

 「全くあいつらめ・・・基地に着陸したら燃料代を給料からさっぴくように言え」

 「了解です、司令」

 

 

 ロシア 黒海上空

 5月27日 午前8時55分

 

 トリガーがモスクワに向けて飛行を続けて10分。急に後ろから近づいてくる友軍機9機をレーダーが捉えた。

 

 (ん?なんだ?また捕まえに来た訳ではなさそうだが)

 

 先日のこともあり少し身構えるトリガー。するとその9機はトリガーの後ろに付くと、なんとトリガーを先頭にしてV字の編隊飛行を行ってきた。その姿はまるで、10羽の鶴たちが青い空の中で優雅に飛んでいるような光景だった。

 

 (これは・・・一体・・・?)

 

 突然の編隊飛行に混乱するトリガーを他所に、まず右端の一機が、トリガーの前方に出て機体を見せつけるように左右にバンクさせ、基地の方向へとゆっくりブレイクしていった。そして、また次の機体、次の機体と、トリガーの前方でバンク機動をし、同じようにブレイクしていく。

 ・・・そうか。パイロット同士、言葉は要らない。ただ飛び方で、自分の気持ちは充分に伝わるんだ。ブレイクしていくSu-35のパイロット達を目で見送る。トリガーは暖かい気持ちになりながらお返しにこちらも機体をバンクさせ、再びモスクワへと向かうのだった。




 基地との和解シーンとトリガーの無茶な機動に対するしわ寄せの描写は絶対入れておきたいなという回でした。やはりエースというのは機体を振り回して整備班に大目玉食らうまでが一セットだと思うんです、ええ。
 
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