カジンスキー中佐と名乗る人物のバーバチカ隊のスカウトを受け、クビンカ空軍基地へと向かうトリガー。僅か2日という短い期間ではあったが、基地との確かな絆を知り、新たな基地へと飛び立つのだった。
ロシア クビンカ空軍基地
5月27日 午前11時02分
≪Преступник 01, Ясно приземлиться. вектор два четыре ноль в пять.(プレストプニック01、着陸を許可する。方位240から5ノットの風)≫
≪Роджер. разрешено приземлиться. Преступник 01.(ラジャー。プレストプニック01、着陸許可受諾)≫
エイスク空軍基地を飛び立ってから2時間程経っただろうか。昔の任務上、長距離飛行には慣れている。トリガーはGPS航法により、無事クビンカ空軍基地へ着陸した。やはりGPSがあると楽だな、と思いながらトリガーは一抹の不安を抱える。向こうへ置いてきたX-02Sはやはり解体されてしまうのだろうか。肝心の帰る方法が見つかったとしても、あの機体も連れて帰らなければ今度は向こうで軍事法廷行きだ。「裂け目に飲み込まれて機体はその向こうの世界に置いて来ました!」などとのたまおうものならその場で銃殺もあり得るだろう。どちらにせよ今のままじゃ命の危険は変わらない。機体を残して帰れないとはまるでブラックバック作戦のパイロットだな、とトリガーは独り言ちる。そのまま誘導員に従い機体をハンガー内に駐機させる。用意されたタラップを降りたところで、複数の人影が歩いてくるのが見えた。この基地の兵士だろうか。その兵士たちはトリガーの目の前で立ち止まる。
「貴様が今回の飛行教導機のパイロットだな。カジンスキー中佐がお待ちだ。ついてこい」
カジンスキー中佐。俺をこの基地に呼び寄せた張本人か。俺のことを衛星で監視していた人物・・・。あのクレメンス准将みたいな奴じゃないと思いたいが。まぁ向こうは殺しに来てこっちは救いに来てくれたので比べるべくもないか。トリガーは言われた通りに兵士たちについて行く。その道すがら奇妙な違和感を覚えた。俺を迎えに来る前、兵士の一人が少し気の毒そうな表情を浮かべたのはなんだったのだろうか。トリガーはその表情が不思議と脳に焼き付いた。
「中佐、例のパイロットをお連れしました」
「ご苦労様でした。あなたたちは下がってよいですよ」
司令室らしき扉の前に通された。兵士が到着を告げると、扉の奥から穏やかそうな老人の声がしてきた。兵士がドアを開け、中に通される。そこには、規則正しく机の奥の椅子に座った軍服の男性が、柔和な笑顔でこちらを見据えていた。トリガーは思っていた印象と違い少し驚く。背はかなり小さい。広い額に大きな目。耳は長く鼻は高い。顔のパーツが大きいのに対し、四肢は驚くほど細かった。まるで老成したグレイか、どこかの妖精族の長老のような印象を受けた。その老人は脇のステッキを支えにして立ち上がり、こちらへゆっくりと歩いてきた。
「遠路はるばるお疲れ様でした。ようこそ、クビンカ空軍基地へ。私はロシア航空宇宙軍第972親衛航空戦隊「バーバチカ」の副官、ニキータ・カジンスキーと申します。このロシア軍においては中佐をさせて頂いています」
そう自己紹介をしたカジンスキーはゆっくりと手をかざし、トリガーに握手を求める。トリガーはその手を握り返し、自己紹介を返そうとする。
「初めまして、ニキータ・カジンスキー中佐。私は「あなたのことは知っておりますよ。基地のSu-30に搭乗し、ザイのマニューバに対応し、機銃のみで撃墜を為したパイロット。TACネームはトリガー。コールサインはプレストプニック01・・・いや、元はストライダー1でしたかな?」
「・・・!」
この人はどこまで知っているのだろう。こっちでのコールサインはともかく、自分のTACネームやストライダー1のことまで。トリガーの驚いた表情にカジンスキーは柔和な笑みを深める。
「驚いておられるようですね。私、中佐という役に就かせて頂いている関係上、情報網には少々自信がありまして。尋問時のデータも、少し拝見させて貰いました」
「・・・こちらには飛行教導機という形で誘いを受けましたが」
「おお、そうでしたな。では、本題に移りましょう。」
これ以上詮索されているということを聞いても気持ちのいいものではない。少し強引に話を変えるトリガーに、カジンスキーは少し真面目な表情となった。
「あなたには、我が隊に所属するSu-27M-ANMとMiG-29SMT-ANMの戦闘能力向上の為の飛行教導機をお願いしたいのです。」
「Su-27M-ANM・・・MiG-29SMT-ANM・・・?」
「知っておりますかな?Su-27MとMiG-29SMTのことは」
「・・・ええ。Su-27M。従来のSu-27にカナード翼と高性能アビオニクスを搭載。エンジンの換装も行ったマイナーチェンジモデル。別名Su-35。MiG-29SMTはMiG-29Mにレーダー、エンジンの換装と燃料タンクの追加を行った総合性能上昇型。別名ファルクラムE」
「ええ、よく勉強しておりますね」
「しかしその後ろの機体形式が分かりません。ANMというのは?」
「あなたも目にしたことがある筈です。黒海上空で、クロームオレンジとアクアマリンに輝く機体を」
「・・・あの時の助けてくれた機体」
「その通りです。我々人間が持つザイに対する切り札。既存戦闘機をザイに追従できるようHiMAT化。彼らのEPCMを無効化し、ミサイルを直撃させられる対EPCM機能。それらを持つ高度な自動操縦機構がアニマ、そしてその機体がドーターと呼ばれるものです」
「HiMAT・・・?EPCM・・・?ドーター?」
唐突な専門用語にトリガーは頭が混乱する。その様子を見てかカジンスキーは少し不親切でしたかな、と笑った。
「そうですな、異邦人のあなたからすれば分からないこと尽くめでしょう。まずはHiMATから説明いたしましょう。これはHighly Maneuverable Aircraft Technology.
高機動航空技術のことです。元はアメリカ空軍の無人航空機に使われていた名称でした。有り体に言えば、有人機では到底成し得ない高機動技術のことです。一般的に、訓練した戦闘機パイロットの耐えられる荷重は最大9Gとされています。しかしザイはこのHiMATによりその限界を軽々と超えた急加速、急減速をかけてくるのです。ドッグファイトなどしようものなら瞬く間に人間側が気絶するでしょう。・・・あなたは例外の様でしたが」
確かに初めて交戦した時もそうだった。一機だけでもあの戦闘力だ。エイスク空軍基地戦の時は連携する為少し抑えていたのだろうが、それでも一般機には充分すぎる機動力だっただろう。
「そして仮に一瞬の隙を突きロックオン。ミサイルを発射したとしましょう。しかしそこでもう一つの問題が浮上するのです。EPCM、Electronic and Perceptual Counter Measures。これは従来の電子系統を迷走させ、ミサイルを自爆させるとともに、もう一つ、人間の五感を狂わせる効果もあるのです」
「人間の・・・五感?」
「ええ。彼らの放つECPMは、人間の平衡感覚、見当識まで狂わせるのです。まるで酔ったかのようにね。ミサイルが駄目なら機銃で、という方法も、前述したとおり彼らの機動力は驚異的。まして近付けたとしても五感を狂わされ、格闘戦どころではなくなってしまう。それが、我々の戦っている敵なのです」
なるほど、交戦した時のあの気持ち悪さはあれが原因だったのか。あの時はただミサイルを逸らすECMとばかり思っていたが。ここまで厄介なものだったとは・・・
「しかしあなたは違った。ザイに追従する腕前だけではなく、彼らを追っていてもEPCMに臆する素振りすら見せなかった。一体どういう方法を使ったのですかな?」
カジンスキーの瞳がぎらつくように光る。なるほど、向こうからすればこれは絶対聞き出しておきたいことなのだろう。トリガーは一呼吸置くと答えた。
「正直なところ、良く分からないです。ただ不快感は必死で堪えて、ぼやける敵はただぼやける前の位置とその後の機動予測で何とかしている感じで」
「なるほどなるほど、詰まるところ、精神力で何とかしているわけですな?機体に何か細工をしているわけではなく」
「?ええ・・・」
何か楽しそうに笑うカジンスキーにトリガーは少し怪訝な表情を向けた。
「いや失礼、疑っているわけではないのですよ。念のため、後で血液検査などもしてもらいましょう。もしかしたらEPCM軽減の糸口が見つかるやもしれませんのでね・・・
まぁそれはそれとしましょう。そしてそれらの対抗策を我々は必死に練りました。辛うじて墜としたザイを解析し、ミサイルにEPCM感知信管を持たせ、EPCM反応が一定以上に達すると炸裂させる対EPCM弾頭というものも作ったりもしましたね。もう一つ質問です、同志トリガー。もし向こうが未知のテクノロジーを使っていた時、我々はどうするのが良いでしょうか?」
トリガーは少し逡巡し、ある人物の言葉を思い出した。
『俺たちは少しでも生き延びるためならなんだって使うし、利用する。それが例え犯罪者だろうと、ザイの部品だろうとな』
そういうこと・・・なのか?
「まさか・・・鹵獲?」
「正解です。我らはどの国よりも早くその結論に思い至りました。敵の技術が優秀なのであれば、そのテクノロジーも我らのものとしてしまえばいい。そうしてザイのコアを利用し生まれたのが、我が祖国が擁するアニマなのです。対EPCM弾頭という子供だましではない。正真正銘、唯一の対抗手段です。」
「なるほど・・・」
その理論であれば理解できる。俺が乗ってきたX-02Sでさえ、エルジアの航空技術を解析し、我が物としようとしたオーシアの思惑だったのだろう。あの戦いを乗り越えた後だとしても、国は一つにはならなかったということだ。少し悲しい気持ちになる。というか知っていたのなら話してくれよあのチョビ髭。そのようなトリガーを他所に、カジンスキーは話を続けた。
「しかし、あなたという存在が現れた。通常機体、通常弾頭のみでザイを撃墜したという存在。我々の予測を超えるパイロットはとても貴重です。是非とも、あなたの技術が欲しい。唯一の対抗手段とは言え、アニマの飛行データはまだ未成熟です。何度も我が軍のアグレッサーと戦わせたりもしましたが、結局はどんな技術を駆使しても機体性能で打ち負かされましてね。ほとほと困っていたところに、あなたの情報を耳にしたのです。いやはや、とんだ掘り出し物でした。お願いしますよ。我が祖国の未来の為に。そして日本とアメリカを出し抜き、我がロシアが世界の頂点に君臨する為に」
「出し抜く・・・?世界の・・・頂点?」
どういうことだ。この飛行教導機の誘いは対ザイを目的としたものではないのか。トリガーが怪訝な表情を強めると、カジンスキーは口を滑らしたか、と今まで崩さなかった柔和な笑みを消し、少し嘆息して言葉を続けた。
「・・・そうですね、この際ですので言っておきましょう。我々が目的とするのはザイの殲滅だけではない。その後の世界の主導権を我が祖国が手にする為です。アニマの力は強大です。一機いるだけでパワーバランスを一変させるだけの力がある。しかしアニマの開発に着手しているのはロシアだけではない。アメリカがF/A-18F、日本がRF-4EJ、そしてF-15Jのドーター化に成功したという情報も入っています。しかし向こうにはあなたのような存在がいない。あなたの神業的な飛行データがアニマに加われば、他国のアニマなど恐るるに足りません。その為にも、ご助力をお願いしますよ。同志トリガー」
いつの間にやら柔和な笑みを戻したカジンスキーが、再び握手を求めてくる。しかしトリガーの胸中は拒否の気持ちでいっぱいだった。つまり、カジンスキーの言っていることは、そのアニマという無人機に俺の機動を学ばせ、ザイ戦だけではなく、その後の国家間の戦争に使用し、イニシアティブを握ろうということだ。俺が飛び続ける道と引き換えに。そんなのは・・・彼と同じだ。
「俺はーーー」
トリガーは拒否しようと思った。この際戻れるかどうかなどどうでもいい。無人機に人の機動を学ばせるというエゴ。その末路をトリガーはその目で見てきていた。またその再現をするぐらいなら、ここで死んだ方がマシだ。しかしその拒否の言葉は、ある乱入者によって遮られることとなる。
「オイ中佐!どういうことだこれは!」
荒々しい言葉と共に、司令室の扉が蹴破られる。そこには、怒りの表情を隠そうともしないクロームオレンジの髪の少女と、その後ろで静かに佇むアクアマリンの髪の少女がいた。
・・・少女?
長らくお待たせしました。MISSION05、MISSION06、如何だったでしょうか。蝶との出会いってサブタイトルの癖に肝心の蝶が出ていないじゃねえかオイ!→仕方ない、タイトル詐欺にならないために二話投稿じゃ!という荒業に落ち着きました。正直お盆の準備が忙しいのも大きいです。orz
皆様もお盆参り等はコロナに気を付けて、安全第一で生き延びましょう。命あっての物種です。次回、本格的にアニマとの会話が始まります。
評価をしてくださったっっっっtさん、キサラギ職員さん、メビウス@ISAFTFW118さん、黒鷹商業組合さん、ありがとうございました!
次回「First contact ①」