【悲報】俺氏、セミファイナルまでで消えることが確定   作:Mamama

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砕ける世界の前と後Ⅰ

「貴方、そういえばキンセツシティの出身だったわね?」

 

 ホウエン四天王であるプリムに三度目の敗北を喫した直後にプリムはそう言った。

 

「……ええ、まあ。郊外の方でしたけど」

 

 別に隠すことでもないので俺は肯定する。何故それをプリムが知っているのか、という疑問はあったが四天王の権力を使えば調べることは出来るだろう。

 

「そう。なら丁度良いわ。今から行きましょう」

「は?」

 

 そのまま半ば強引に空の旅に招待され、連行されたのはキンセツシティの有名店であるキンセツキッチンだった。一杯1万円という馬鹿高い価格設定故に暖簾を潜ったことはなかったが、一度は行ってみたいな、とリョウヘイと話していたものだった。まさかプリムと一緒にこの店に入るとは露にも思わなかったが。その変装に果たして意味はあるのか、と問いたくなるが一応は変装のつもりなんだろう。プリムは何処からともなく取り出したサングラスを掛けて店内に入る。

 

昔からある有名店で、店の中はこじんまりとして小さい。カウンター席とテーブル席が数えるくらいの小さな店だ。プリムはこの店の常連なのかやけに慣れた様子でカウンター席に座ったかと思うと俺を手招きする。上品な仕草だからこそ、少し寂れた感じの店とのギャップが凄い。服装は変わっていないからとんでもない違和感だ。

 

「店長、いつものを二つ」

「へい!」

 

 本当に常連だった。俺は敗北で若干苛立っていたこともあって、少し乱暴にプリムの隣に腰を下ろす。

 

「……で、なんで俺を態々に飯に連れてきたんですか?」

 

 待っている時間は手持ち無沙汰で俺はプリムに話しかけた。

 

「あら? いけなかったかしら?」

「光栄なことなんでしょうけどね。俺が聞きたいのは理由ですよ」

 

 俺とプリムが出会ったのはバトルの三回だけ。それ以外の接点はない。同じ四天王仲間のカゲツやらフヨウやらと来るのなら分かるが、何故関係の浅い俺を連れてきたのか。少なくとも仲良く飯を食うような間柄でないことは確かだ。

 

「それは勿論、お腹が減ったからよ。丁度貴方もいたし、良いかなって」

「良いかなって……」

 

 俺の中でプリムのイメージがとんでもない勢いで崩壊していく。貴婦人のような言動とは裏腹に理由としては大分大雑把なもので、俺は呆れた。

 

「わたくしは誰とでも席を共にする尻軽な女ではないわよ? わたくしが最近食事に誘った異性なんて、カゲツとゲンジさんくらい」

「チャンピオン……ダイゴさんとは来ないんですか?」

「嫌ですわよ。あの男、石の話しかしないですし」

 

 ダイゴの件はどうでもいいが、やはり俺を誘った意味が分からない。三度目の正直で挑んだ今回も俺はプリムの操るトドゼルガに食い止められてしまったのだから。俺はプリムに覚えてもらうほどのトレーナーではない。

 

「納得できないならもう一つ理由を上げましょう。……いい勝負が出来たの。だから貴方を誘った。それじゃ理由にならないかしら?」

「……嫌味ですか?」

 

 俺はプリムの言葉につい噛みつく。今日の勝負は惨敗、とまではいかないが実力伯仲とは到底言い難い内容だった。カゲツとフヨウの突破でも大分苦労したというのに、また戦術の練り直しが必要だ。しかしそうなると今度はカゲツとフヨウに止められてしまうという悪循環。

 

「貴方は自己評価が低すぎるわね」

 

 俺の言葉にプリムは薄っすら笑った。

 

「三人目の四天王であるわたくしに挑む。それが既に偉業なのですよ。その中でも詰まらないトレーナーはいましたが、貴方は違う」

 

 プリムはテーブルのお冷に手を伸ばして一度嚥下する。

 

「ポケモンと一体化するような緻密な連携に戦略。最後まで諦めない強い意志。貴方は本当の意味でトレーナーを名乗るに相応しい。わたくしがそう認めたのです。ならば、敬意の一つくらいは示すべきでしょう?」

「それこそ過大評価ですよ。俺はまた、貴方に勝てなかった」

 

 俺はテーブルの下で拳を握りしめた。今度こそは勝つつもりだった。そのために作戦を練りに練ってきた。しかしそれでもプリムには届かなかった。そのことが、俺はどうしようもなく悔しかった。

 

「勝てなかったねぇ。そんなにも勝利とは価値があるものなのかしら。敗北にはなんの意味もないのかしら」

 

 じい、と俺の顔を見る。端正な顔に覗き込まれて俺は落ち着かなくなる。

 

「ポケモンバトルは勝ってこそ華。敗者に価値が無いと断じることは出来ませんが、勝者の方に価値があることは間違いないでしょう」

「ならジムリーダーはどう? 彼らは負けることも職務の一つよ? 彼らに価値はないのかしら?」

「それは極論です。彼らが誇り高いトレーナーであることは疑いようがない。しかしそれは貴方が言ったように職務の一環として敗北を良しとするだけであって、彼ら自身が敗北を望んでいるわけではないでしょう」

「ええ、そうね。彼らは自分が負けるべきと判断したら負ける。後進のトレーナーを育成するために、価値ある敗北をするのよ。そして、だからこそそれが出来るジムリーダーは讃えられるの」

「……まあ、そうでしょうね。それで、プリムさんは何が言いたいんですか?」

 

 要領を得ない問答に俺には苛立ちが募っていた。

 

「私もずっと思ってるんだけどね、負けることって意外と悪くないのよ」

 

 意外過ぎる台詞に俺はついプリムの顔をまじまじと見てしまった。強さを求めて他地方からホウエンに乗り込んできた彼女とは思えない―――ともすれば自らの弱さを認めるような発言だった。

 

「だって―――」

「へい! キンセツチャンポンお待ち!」

 

 プリムの言葉を遮るように俺達の前にチャンポンの深皿がどん、と置かれる。

 

「……続きは後にしましょう。冷めないうちに食べる。それがチャンポンに対する礼儀です」

 

 言うなり、プリムは割りばしを綺麗に割る。やけに気品のある、いただきますという言葉の後に勢いよく麺を啜り始める。

 

「はふっ! はふっ!」

「……」

 

 ずずーっ!と熱さと格闘しながらプリムは盛大な音を立てて麺を啜る。額に汗を滲ませてチャンポンを喰らう姿に俺は呆気に取られてしまった。

 

「……貴方も早く食べなさいな。麺が伸びてしまうでしょう?」

「はぁ。まあ……いただきます」

 

 俺は盛られた野菜の中から麺を発掘して啜る。プリム行きつけの店だけあって美味い。それがなんだか腹立たしくて、俺は顎に力を込めて麺を噛み切った。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……それで、負けることについてだったかしら」

 

 チャンポンを食い終え、ハンカチで額の汗を拭いながらプリムは何もなかったかのように話し始めた。

 

「……いや、良いですよ」

 

 礼儀を逸すことになるが、それでも俺はプリムの話を聞きたくなかった。聞いてしまっては、自分の中にある何かが壊れてしまうような予感がした。俺は席を立ちあがって財布の中から1万円を取り出してテーブルに置く。

 

「敗北にも価値があるっていうのは俺のような若輩者にも分かります。ただ、俺はそれでも勝ちたい。……いや、違いますね。俺は勝たなくてはいけないんです」

「……そう。まあ、貴方がその道を選ぶというのなら、わたくしがそれを止める権利はないでしょうね」

 

 プリムは俺の置いた1万円を手に取り俺の胸にそれを押し当てる。

 

「ただ、覚えておきなさい。ポケモンバトルとは義務で行うものではなく、勝利とは自らの欲求から湧き出るものだということを。そして、敗者である貴方にも大いなる価値があることを心に留めなさい」

 

 ふっ、とプリムは笑う。

 

「ここの食事はわたくしの奢り。……言ったでしょう? 敬意の一つくらいは示すべきだ、と。それに食事に誘っておいてお金を出させるなんてことをしたら、わたくしがカッコ悪いですし」

「……分かりました」

 

 少し迷ったが、俺はプリムの好意を受け取った。プリムが会計を行って、二人揃って外に出る。もうすっかり夜だ。街灯が点き、人の往来も少なくなってきている。

この時間帯で空を飛ぶのは危険が伴う。実家も近いことだし、気は進まないが今日くらいは実家に顔を出すか、と思っていた矢先にプリムがとんでもないことを言い出す。

 

「シダケ方面に行くと美味しいラーメン屋があるそうね……」

 

 この人、まだ食うのかよ。流石に口に出せなかったため、俺は心の中で突っ込んだ。

あのチャンポンは結構なボリュームだった。細身とはいえ、男の俺が完食して大分苦しいくらいなのにこの人の胃袋はどうなっているのだろうか。

 

「そうですか。じゃあ俺はここで」

 

 そして俺は先ほどの嫌な感覚とはまた別のものを感じ取って速やかにプリムの元を離れようとしたが、どうやら時間切れだったらしい。

 

「何言ってるの? あなたも来るのよ」

「……勘弁してくださいよ。奢っていただいたことは感謝しますが、腹一杯なんで付き合えません」

「若者なのに軟弱ねぇ……。まあわたくしが無理やり連れてきた手前、無理強いはしませんが」

 

 残念そうな表情のプリム。どうやら本当にラーメン屋を梯子するつもりだったようで、俺は慄いた。

 

「ちなみに今日の宿はどうするつもり?」

「実家に帰りますよ、結構近いんで。……あんまり気は進まないんですけどね」

「ふぅん?……わたくしの分の布団はあるかしら」

「あるわけねえだろ、何考えてんだこのオバサン……あっ」

 

 ぶん殴られた。

 

 

 

 

 

 

 頬がひりひりと痛むが、この痛みは俺の自業自得だから甘んじて受け入れなければならない。やけに腰が入ったグーだったが、プリムも本気で殴ったわけではない。痛みもすぐに治まるだろう。

夜の涼やかな空気がありがたい。痛みを誤魔化してくれる。

結局プリムはホテルに泊まるようで、颯爽と行ってしまった。

ちょっとした冗談のつもりだった、と彼女はぷんすか怒っていたが、多分半分くらいはマジだったと思う。

 

「……家、帰りたくねぇな」

 

 110番道路方面に向かって歩きながら呟く。特殊な家庭であるとか、折り合いが悪いとかそういった話ではない。ただ単に俺が気まずいのだ。

家族は傷ついた俺を―――プリムに殴られた頬のことではなく―――優しく受け入れてくれるだろう。そしてその優しさこそが俺にとって何よりも恐ろしいことだった。

 

迷った末、俺は家に帰らずに近くのポケモンセンターで一夜を明かすことにした。キンセツシティは治安も良いし、一晩明かすくらいなら問題ない。ぼうっとしながらひたすらに時の経過を待つ。

朝になって、光の眩しさに目を細めながら外に出る。手持ちのモンスターボールからオオスバメを出し、頭を軽く撫でてやる。

 

「……帰ろうか。俺達のチャンピオンロードに」

 

 ジムバッヂを8つ集めたエリートトレーナー共が巣食うチャンピオンロード。一般トレーナーとして最上位の連中が跋扈する環境はとても厳しく、心が折れてあそこを離れるトレーナーも大勢いる。

しかし不思議なことに俺にとっては居心地が良い場所だった。

あんな苦しいだけの場所に思い入れがあるわけではないが、ひたすらにバトルに明け暮れて、生存本能に従うまま生きるのは楽だった。

 

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