【悲報】俺氏、セミファイナルまでで消えることが確定 作:Mamama
多分今日中に投稿出来ると思います。
後、活動報告(言い訳)を更新しています。お時間がある方はこちらもご覧ください。
「俺、今後はヒップホップで食っていこうと思うんだ」
俺の言葉にそれまでの和やかな談話ムードだったリビングは固まった。親父は箸で摘まみ上げたから揚げを取り落とし、お袋は一瞬固まった後音楽番組を流していたテレビの電源を速やかに落とした。
「……またテレビ番組に感化されたの?」
「うむ。別に音楽方面に進むことを反対するわけではない。本当に真面目に考えての結論だったら、応援してやってもいいが―――」
親父はちらり、と先ほどまで点いていたテレビを見る。
「絶対に、さっきのテレビを見て反射的に言っただけだろう」
つい今しがた映し出されていたラッパーのことを言っているのだろうか。やれやれ、だとしたら俺も舐められたものだ。
「馬鹿にしないで欲しいな。俺がそんな風に見える?」
「残念ながら、お前のここ数か月の行動を見ていると十分にそう見える」
実の親だからこそこの口調には容赦がない。両親は呆れた目で俺を見た。不本意極まりない。
「ついさっき思ったわけじゃない。俺がラッパーを目指そうと思ったのは―――先週の音楽番組を見てからさ」
「ごめん、実の息子にこんなこと言いたくないんだけど、やっぱりお前は馬鹿だ」
「今日衣装も届いたんだ」
「買ったのか!?」
「……宅配業者が来てたから何を注文したかと思えば」
驚愕する親父とため息をつくお袋。
俺は一度自分の部屋に戻り、普段着から届いたユニフォームに着替える。こんな派手なものを着るのは生まれて初めてだ。四苦八苦しながら着て、リビングまで降りる。
そして俺は渾身のラップを披露してやった。音楽経験なんてまるでない俺だが、中々様になっていると我ながら思う。少しレッスンを積めばテレビにだって出れるだろう。
「どうよ?」
「生まれたてのポニータか?」
なんて惨いことを。
「というか、それって女物なんじゃ……」
確かにスカートだ。男モノを注文したと思ったが間違えてしまったのか。当然ながらスカートなんて履くのは生まれてこの方初めてだ。足元はスースーするし、世の女性はよくこんなものを履けるものだと感心した。しかし、そんなものは些末な問題だ。いや、寧ろこれはこれで話題になるのではないか。女装ラッパー。話題性は十分だ。
「……ありね」
「母さん!?」
ふくよかな体型に似合わず俊敏な動作で立ち、俺の髪やら顔を触っていくお袋。
「うーん、流石私の息子といったところかしら。細身で色白だから化粧も映えるだろうし、長身なのも逆に良いわ。私の伝手でそういうお店を探しましょうか?」
なんでそういうお店に伝手があるの?とは聞かない。そういうこともあるんだろう。多分。
「い、いや、いくら母さんがそう言ってもだな―――」
「やあねぇ。お父さんだって昔プレイの一環でセーラー服を着てたりしたでしょう? あの時はノリノリだったし、血筋なのかしら」
「母さん!?」
再び驚く親父。俺は親父がセーラー服を着ている姿を想像する。俺の長身の遺伝は親父からだ。体格がよく大柄な男がセーラー服でくるりと回った姿まで脳裏に描いてみて、俺は吐き気を催した。
「……なぁ」
叫んだ親父は自身を落ち着かせるように深呼吸して、真面目な口調で喋りだす。
「確かに、俺は昔セーラー服を着た。その姿のまま母さんに鞭でしばかれるのは、とても良かった」
いきなりなんてことを暴露してやがる、親父。
「だが、そういうのは身内で秘めておくから良いのであってな。やはりその……一般的ではない。勿論お前がそういった性癖であれば止めるつもりはないが、そこまで倒錯しているわけじゃないだろう。単なるキャラクター付けならやめておけ。絶対に後悔するだろうからな」
親父は腕組みをして俺をじっと見る。温厚で滅多に怒ることのない親父の目は真剣で、空気が読める男である俺は口を挟めなかった。
「……お前の苦しみは、親である俺達ですら正確に分かってやれない。だが、最近は部屋から出てこれるようになったし、大分回復しているだろう? 今すぐに行動に移せとは俺も言わない。だがそろそろ将来のことを考えて良いんじゃないか? 子供染みたことは止めて、そろそろ大人になるべきじゃないのか?」
「……」
俺は無言のまま、テーブルの席に腰を下ろす。
子供染みたことは止めて、という理屈は良く分からない。俺は十分に大人で―――更に、もっと大人になるために自分に何が出来るかを模索しているのだ。
親父にそんなことを言われる筋合いはない。
「またポケモントレーナーに戻る? 確かに貴方はチャンピオンに届かなったけど、その実績は素晴らしいものなんだから、どうにでもなると思うわ」
「……ポケモントレーナー」
お袋の言葉を俺はなぞるように繰り返す。
……今の俺にトレーナーを名乗る資格はあるのだろうか。俺は部屋の隅、親子そろってポケモンフーズを齧るクチートを見る。俺のクチートと一瞬目が合うが、直ぐにクチートは視線をそらした。
半年間、俺とクチートはすれ違ったままだ。あの時、自分をボールから出さずに諦めたことをクチートは今でも気にしているようだ。クチートの立場からすれば、俺は裏切者だ。一番長く同じ時間を過ごして信頼関係を築いたはずなのに、俺はクチートを信じなかったから。
一番大事な友と信頼関係が築けないトレーナーなんて、本当にトレーナーなんだろうか。
そんなことを考えていると不意に衝動が沸き上がる。何かをぶっ壊してしまいたくなるような、強烈な衝動。
俺の姿を見て反省したと思ったのか、お袋は再びテレビを点けた。そしてすぐにチャンネルを変える。先ほどの話を蒸し返さないためだろう。適当にチャンネルを変えて、最終的にマラソンの中継画面に落ち着いた。
「思い、だした……!」
「え、何?」
「俺、前世ではマラソンランナーだったんだ!」
勿論嘘だ。ただ俺は裡で暴れる衝動をどうにかしたかった。そしてこの場所から逃げたかった。
「ちょっと俺、走りこんでくる!」
「今から!? あ、ちょっと……!」
「放っておきなさい母さん。今の脆弱な身体でろくに走れるとは思えん。直ぐに帰ってくるだろう」
「いや、それは私も思うけど、あの子ったらスカートのまま出ていこうとしてるわよ?」
「……あ」
「行ってきます!」
背後で何やら騒がしいが、俺は一切合財無視して夜のキンセツシティに飛び出したのだった。
夜のキンセツシティを走りながら、俺の脳裏には先ほどの親父の言葉がリフレインされていく。
『そろそろ大人になるべきなんじゃないのか?』
大人ってなんだろう。昔っから俺は大人びていると言われてきた。そして今の俺は誰からも子供っぽいといわれている。近所では俺の精神が崩壊したとか、そんな噂が流れているらしいがそれは違う。あの一戦はトラウマになったが、俺の精神が崩壊したわけじゃない。
ただ―――そう、鎧をはぎ取られたのだ。
俺の心を形成していたそれまでの経験やらプライドやら実績やらで塗り固められた安っぽい鎧は一人の少女によって剥ぎ取られた。残ったのは心の幼い一人の少年だ。
俺の性格が劇的に変わったわけでもない。元々俺はこんな性格なんだ。
好き嫌いは激しいし、暗いところは滅茶苦茶怖いし、直ぐに泣く。でもそういう本質は経験やら何やらで強固に守護されてきた。極論、これまでの俺の性格は演技みたいなものだ。でも大人になるってそういうものなんだと思う。どれだけ鎧で本質を守れるか。
その鎧が無くなった俺は、確かに幼く見えてしまうんだろう。
そして俺はその鎧を再度形成する必要がある。だって、大人になるってそういうことだから。
俺は自分が大人であると自認がある。それだけの経験を積んできて、実績もあるんだから。でも同時に俺は小さい少年でもあるということは認めざるを得ないことだった。
再び鎧を強くするためにはどうしたらいいんだろう。それは勿論、経験を積むしかない。
でも再びトレーナーになる、という決断は中々出来ないでいた。再び鎧を壊されることは途方もなく恐ろしいことだからだ。そしてその恐れこそがクチートとの信頼関係を修復させない元凶でもあった。
……俺は一体、どうすればいいんだろう。
トレーナーとしてずっとやってきた。だからこそ、俺にはそれ以外の道が分からなかった。
考えに耽っているとひゅうひゅうと呼吸が荒いことに気づく。大した距離は走っていない。前はこんな距離大したことなかったのに、鈍った身体が限界を伝えてくる。
とうとう公園で力尽きた。膝に手をやって、前のめりで回復に努める。
そうしていると背後から肩に手を置かれた。
「君、ちょっと良い」
「……ああ? なんだよ。ランニング中に……」
息を整えながら振り返るとそこにはジュンサーさんがいた。
「通報があってね、女装をした不審者が髪を振り乱しながら走ってるって」
「はぁ。そんな変態が……。俺も気を付けますよ」
「君のことだよ」
「……あっ」
そこで俺は自分がスカート姿のまま走っている事実に気づいた。
「待ってください! 俺は不審者ではありません!」
「鏡を見なさい。ちょっと署に来てもらうよ」
そう言いながら強引に腕を掴まれる。喚き散らすも、抵抗空しく俺は御用となった。
親父とお袋に迎えにきてもらって、なんとか俺は解放された。
親父に手を引かれ号泣しながら家に帰る。こんこんと説教され、俺のナイーブな心は限界だった。
「……ん? 誰だ?」
「あら、綺麗な人ねぇ」
家の前で親父とお袋が立ち止まる。濡れた視界では誰かわからないが、そこに女性が立っているようだった。
「こんばんは。夜にごめんなさいね。……えーと、出直してきた方がよろしいかしら?」
貴族然とした口調には聞き覚えがある。俺は腕で涙を拭って女性を見る。
そこには口元をひくつかせてドン引きしているプリムの姿があった。