【悲報】俺氏、セミファイナルまでで消えることが確定   作:Mamama

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本編完結


ⅩⅣ

 日中にあれだけの熱気に包まれたスタジアムはとても静かだった。薄暗闇の観客席には誰も座っておらず、周囲は静寂が支配している。

バトルフィールドの中央のライトだけが煌々と輝いていて、そこにはマリィが俯くようにして一人で待っていた。俺はのっそりと近づいていく。足音を耳朶で捉えたのか、マリィの視線が俺の方を向いた。

 

「……マリィ、薄暗くてちょっと怖いんだけど」

 

 俺の告白にマリィは大きくため息を吐いた。

 

「こっちは結構覚悟決めてきたのに、脱力するような事は言わんといて」

「しょ、しょうがねーだろ。暗いところは怖いし……」

「昼間ん時はあんなにかっこよかったのに……」

 

 実に失礼なことを言うマリィ。

 

「……で、こんなところに呼び出して何の用? いや、予想はついてるけど一応確認な」

 

 ファイナルカップが起こる前に大きなトラブルが発生したものの、ファイナルカップ自体はもう恙なく終了した。ユウリがダンデを下し、新しいチャンピオンが誕生した。

その結果から俺がどうなったかは言うまでもない。俺はファイナルトーナメントに駒を進めることが出来なかった。悔しいかと言われれば勿論悔しい。けれど、その後味はそんなに悪いものではなかったと思う。

 

少なくとも、俺は諦めなかった。劣勢でも、負けそうになっても諦めなかった。

それでも負けたっていうなら、単純に俺が弱かったというだけの話だ。

それはそれで良いんだ。今ここが俺の限界じゃない。もっと強くなればいいんだから。

 

「……賭け」

「ん?」

「ほら、セミファイナルの前に賭けしたでしょ? あたしが勝つかあんたが勝つかで」

「結局当たらなかったからな、俺達。……で、それを律儀に履行しようって?」

「うん。でもそれだけじゃなか。純粋に、一人のトレーナーとして戦ってほしかと」

「その為に態々スタジアムを貸し切ったのかよ。ネズさんに頼んだんだろうが、あんまりネズさんを困らせるんじゃねえぞ」

 

 セミファイナルまで勝ち抜いてきた優秀なトレーナーとはいえ、マリィに何か大きな権限があるわけではない。となると、ネズが絡んできているに違いない。予想は当たっていたようで、マリィは苦しそうな顔をした。

 

「……分かってる。でも、あたしは此処で決着を付けたかったんだ」

 

 マリィはぐるりと周囲を見渡す。その目に宿っている感情は何だろうか。澄み切った目にはただ意思が込められているのみで、俺には分からなかった。

 

「あたし達の旅、終わっちゃったね」

 

 声色は悲しいものとなってスタジアムの中に溶けて消えていった。

 

「……終わるさ、そりゃ。始まりがあったら終わりが来る。全部、そういうもんだろ」

 

 マリィの気持ちは俺にも多少理解出来る。ホウエンで8つのジムを制覇した時は達成感と妙な悲しさがあったものだ。旅は楽しいことばかりじゃなかった。色々な厄介ごとがあって、でもそういうのを全てひっくるめて思い出として心に残っていくものだろう。

 

「終わって欲しくないっていうのは間違ってる?」

「間違いじゃないだろ。でも、個人の意思に関係なく終わっちまうもんだろ、そういうの」

「……そうでも、無いんじゃないかな」

「それはどういう―――」

「なんでもなか!」

 

 強い口調でそう言って、マリィは咳払いをした。

 

「とにかく、此処で色々なものに決着を着ける。その為に貸し切ったんだから。言っておくけど、拒否権はないから!」

 

 俺に指を突き付けて宣言するマリィ。

 

「別に逃げるつもりはないって。さっきも言ったけど、薄々そんな予感はしたからさ。俺も、ポケモン達も準備は出来てる。……一応言っておくけど、負けてやるつもりはねえからな」

「上等。あたし達の修行の成果に目を剥かんようにね!」

 

 観客はいない。審判はいない。静まり返ったスタジアムにいるのは二人だけだ。

寧ろ俺はその方が心地良い。熱気の籠ったスタジアムで燃えに燃えるのも好きだが、こういう不純物がない戦いっていうのも悪くない。

 

一度深呼吸をして意識を切り替える。目の前にいるのは凄腕のトレーナー。油断なんてしない。手加減なんて出来ない。俺は今から全身全霊を持って叩き潰す。それがマリィに対する手向けだろう。

 

それぐらいに本当に感謝しているのだ。

ガラルの旅を振り返ると、俺は情けないことにマリィに世話になりっぱなしだった。

不審者扱いされて警察署に連行された俺を迎えに来たのはマリィだった。

俺が落とした財布を一緒に探してくれたのもマリィだった。

阿呆な理由でめそめそ泣いている時、慰めてくれたのもマリィだった。

マリィが俺の姉を自称する気持ちも分からないでもない。それぐらいに俺は情けない人間だったし、今もきっとそうなんだろう。

 

一つ、俺は壁を乗り越えたかもしれない。だが、たったそれだけで人間がガラリと変わるようなもんでもない。カッコ悪いのは卒業した云々言ったところで、大きなマイナスが小さなマイナスになった程度で俺は依然としてカッコ悪いままだろう。

それに俺は本当の意味で吹っ切れたわけじゃない。チャンピオンロードで出会った少女に相対しても、情けなく震えてしまうことは想像に難くない。

昔も今も、俺の心は弱いままだ。

 

「―――よし、時間も押してるし始めるか」

 

 感傷じみたそれを振り払い、俺は明るい声で言った。

距離を取って振り向く。マリィはボールを構えて俺をじっと見ていた。

 

「……今、此処にいるのはあたしだけやけん」

「? ああ。俺とお前しかいないな」

「目移りせんといて、あたしだけを見て」

「言われなくてもお前しか見えねえよ」

 

 そしてお互いにボールを投げた。

 

 

 

 

 

 

 ガラルで初めて出会ってバトルをした時、マリィは本当にただの新人トレーナーだった。光るものがあったことは認めるが、指示は拙く、ポケモンも強くなかった。

それがこの短時間で此処まで来た。その事が少し悔しくて、同時に我が事のように嬉しい。

 

「ああ、クソ! 本当に手強くなったな!」

 

 指示を出す合間に俺は叫んだ。

 

「あたしだって必死に頑張ったと!」

「必死に頑張ったぐらいで追いつかれるのが悔しいのさ! 我ながら女々しいと思うんだけどな!」

 

 くだらないプライドといえば否定できない。俺よりも才能に恵まれてなおかつ努力をしているトレーナーだっているだろう。でも俺にだってここまで来たんだという自負がある。

必死こいて頑張って―――それでも届かない領域があることを知っている。

認めたくなかった。才能と呼ばれるものがあるとしても、絶対的なものではなく努力で覆せるものだと思っていた。

それがある意味で俺の芯であり、通用しなかったからこそ折れてしまった。

……あのトラウマは、まだ克服できない。

 

「滅茶苦茶情けないこと言うんだけどさ!」

「何!? あんたが情けないことなんてとっくの昔に知ってるけど!」

 

 だから、やっぱり俺にはそれを支えてくれる存在が必要なんだ。

そしてマリィという少女は俺にとって、きっとそんな存在なんだと思う。背中にいれば心強く、隣にいれば温かい。どこにもいないと寂しくなる。

 

「やっぱり俺、お前が必要だわ! 一人じゃどうしていいか分かんねえもん!」

「……大真面目な顔して、いきなりそんなこと言わんと! 誤解される言動は止めなさいってお姉ちゃんいったでしょ!」

「ハハハッ! すっかりその態度も板についたよな! ああ、でも! それでも良いよ!」

 

 ガラルじゃすっかり定着してしまったし、呼び続けて呼ばれ続けて俺はその呼び方に抵抗がなくなっていた。それに実際のところ、姉弟という扱いは間違いというわけではないし。それぐらいマリィには世話になってきたという情けない自負がある。

 

「ホウエンに来ても! 俺はそう呼ぶからさ!」

「そ、そげんこと言って油断さそおうなんて作戦は通用せんからね!」

 

 心理戦は俺の望むところだが、今回に限ってはそういう意図はない。気分が高揚して言いたくなったのだ。

 

「知ってるさ! だから、俺が勝つ!」

「……ふん! 勝つのは絶対にあたしだから!」

 

 そうしてバトルは進む。俺の方が一体少ないというハンディキャップはあるものの、それを踏まえた上でマリィは強敵だ。ホップに勝るとも劣らない。

そして、お互い最後の一匹になった。

 

「……懐かしいな。そういや最初バトルした時もこうだったな」

「言っておくけど、前と同じと思わんでよ。どんだけレベルアップしたか見せちゃるから!」

「そりゃ俺もそうだ。前と同じと思うなよ。俺達は絶えず進化してるからな!」

 

 互いに笑ってボールを投げる。

 

「行って、モルペコ!」

「暴れてこい、クチート!」

 

 

 

 

 

「……本当にこんなところにおると?」

「目撃情報によるといるはずなんだけど……」

「そんなこと言って、浅瀬の洞窟にもおらんかったでしょ」

「いや、そうだけどさぁ。神出鬼没みたいだし……」

 

 俺とマリィは日照りの岩戸にいる。ホウエンに戻ってきて、行く先々がこんなじめじめした場所ばっかりだ。俺だって好き好んでこんな場所に来ているわけではない。とある理由がある。

 

「ヒィ! 何々!? ゴーストタイプ!?」

 

 背筋に冷たいものを感じて俺は慌てる。

 

「洞窟やし、水滴でしょ。……もう、そんな調子で大丈夫と?」

「……大丈夫じゃないかも。洞窟、暗いし……」

「まったくもう。怖がりは変わらんね」

 

 仕方ないな、という風にマリィは手を伸ばし、俺はそれを掴んだ。ビビって強張っていた身体が少し落ち着きを取り戻す。

 

「本当勘弁して欲しいんだよな。何で洞窟とかそういう薄暗い所ばっかりで目撃されるんだか。どう思う、マリィ?」

「……」

「あ、お姉ちゃん」

「そうやねえ、人と会いたくないからとか?」

「やっぱりそんな感じ? こればっかりは本人に聞かないと分かんないけど」

「そもそも、その本人が此処にいるかどうかも分からんし」

 

 確かにそうだ。あの少女はいったいどこにいるのやら。チャンピオンの職務をほっぽり出して音信不通で、四天王に挑もうとした俺の決死の覚悟はそこであっさり崩された。プリムも知らないと言っていたし、どこにいるのだろうか。

話をしながら奥へ奥へと進んでいく。日照の岩戸はそこまで複雑な構造ではないから、迷う可能性もあまりないし、誰かとすれ違えばすぐに分かる。

そして、最奥部。開けた空間に、一人の少女が佇んでいた。洞窟を住処にしている原住民などではない。バンダナとスパッツが特徴的な、見た目は普通の少女だ。

 

「……ああ、此処にいたのか」

 

 マリィの手を放して俺は前に出る。声に少女は反応して顔を上げた。無機質な瞳が俺を捉えて離さない。間違いない。俺の心をへし折った少女がそこにいた。他人の空似ではない。双子でもない。あの無感動な目を見れば分かる。

 

「……誰?」

 

 俺の顔を見るなり平坦な声で少女はそう言った。顔すら覚えられていないのはショックではあったが、予想していたことでもあった。俺はきっと、少女にとってはチャンピオンロードで潰した一人のトレーナーとしか認識されていないんだろう。

 

「君に負けて無様を晒したトレーナーの一人だよ。君にとっちゃ塵芥だったのかもしれんがね」

「……そう。それで? 私に何のようですか?」

「勝負をしに」

 

 俺がそう言うと、少女は俺を下から上までゆっくりと眺めた。まるで中身まで全て見通されている気分になって、俺の心臓の鼓動が速くなる。

 

「本気? 私にはどう頑張っても勝てないと思いますけど」

 

 馬鹿にされたわけではない。ごく自然にこの少女はそう聞いたのだ。

 

「とんでもなく厳しい戦いになるなんて、実際に戦って負けた俺が一番分かってるさ。でも極論、勝敗はどうでもいい。勿論死ぬ気で足掻くけど、本題はそこじゃない。俺は君に立ち向かう、そのために君に挑むんだ」

「……よく、分かりません。でも、挑まれた勝負は受けます」

 

 少女は幽鬼のような足取りで一歩前に出てボールを構える。ただそれだけの行動に俺の額から汗が滲みでた。

嫌な想像ばかりが頭を過って、俺の身体は言うことを中々聞いてくれない。手が震えている。この場から逃げ出せと本能が叫んでいる。

その時、温かな感触が俺の右手を包んだ。マリィの手だった。

 

「……悪い」

「お姉ちゃんがしっかりせんといかんからね」

 

 手の震えは収まらない。けれどマシにはなった。息を深く吸って一度目を閉じて開く。そうして眼前のトレーナーを見た。

大丈夫だ。俺には頼りになるポケモン達がいる。隣にはマリィもいる。

カッコ悪いは卒業したつもりだったけど、結局まだ卒業出来ていなかった。情けない姿を見せることになるとも思う。

でも、俺は諦めないよ。どんなに劣勢でも、どんなに負けそうでも、俺は最後まで戦い抜くと誓ったのだから。例えその先にあるのが酷い惨敗だったとしても、もう俺は折れない。

 

そして今度こそはと燃えて見せる。

ボールを取り出す。

チャンピオンロードの戦いで、投げられなかったクチートが入ったボール。

ボール越しに視線が合う。どこか不安そうで、此方の身を案じているような顔。

 

「……大丈夫だ。信じるよ。俺自身も、お前も。だから頼む。とんでもなく厳しい戦いだけど俺と最後まで戦ってくれ!」

 

 そう宣言をしてボールを構える。

 

「クチート! 君に決めた!」

 

 そうして今度こそ緩やかな円を描いてボールは投げられた。

 

 

 

 




これにて完結です。
コメディとして始めたつもりでしたが、そういう方面に疎い私はシリアスな展開に逃げてしまいました。だからこそ早めに畳めるようにしてきたつもりでしたが、予想をはるかに超えて長くなりました。
大分迷走した今作ですが、皆さまの応援のおかげでなんとか完結までもってこれました。
拙い作品ではありますが、最後まで見ていただきありがとうございました。

Twitterにてちょっとした裏話等もお話ししていきますので、よろしかったらこちらもどうぞ。
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