衝撃的な出会いをもたらしたあの面談から一夜明けた。
善は急げ。早速今日から
まあそんなことはどうでもいい。いま俺の胸中を占めているのは別のことだ。
「あんなに取り乱したところ、初めて見たな……」
「ご両親に恵まれたわね。あなたは幸運なのよ。異能を発現したことで迫害される、異能の所持を知られることで腫れ物のように扱われる、そういうケースは珍しくないのだから」
そう言葉をかけてきたのは
「はい、自慢の両親です」
こう答えるのは二度目だ。彼女と同じことをドライグからも言われたからだ。実際過去にそういう経験をした宿主がいたことも。
「とはいえお母様はご自分を責め過ぎだとも思うけれど」
その通りだ。母さんは頻りに俺に謝っていた、何度も何度も。どうしてだろうか。母さんが謝る必要なんてないのに。それともそれが母親というものなのだろうか。
俺が母さんの謝る姿を思い出していると突然車が停まる。はて、どうしたのだろうか。
疑問に思っていると白井さんがこんなことを訊いてきた。
「変なことを訊いてもいい?」
「え?」
「あなたのご両親はご高齢のようだけど晩婚だったのかしら?」
「――」
確かに変な質問だ。どうしてそんなことを訊くのだろうか。
「……結婚した時期自体は決して遅くありません。ただ――」
「ただ?」
「母が不妊症を患っていて、俺を産む前に二度の流産を経験しています。高齢なのはそれが理由です」
ありのままを答えた。やましいこともなければ隠すことでもない。それになぜかはわからないが答えなきゃいけない、そんな気がしたから。
「……そう、そういうことね」
白井さんはただ目を伏せていた。
「あの、それが何か関係あるんでしょうか?」
「気にしないで。まだそうと決まったわけじゃない、あくまで可能性の話し。もしもそうだったらちゃんと説明してあげるから」
「?」
この時の俺はまだ知らなかった。俺の、母さんの血筋に隠されたある秘密。そのすべてを知ることになるのはこれから二年後のことだった。
***
車が走ることしばらく、俺が連れてこられたのは昨日訪れたマンションだった。なんでもここが生徒たちの暮らす寮のひとつらしい。同時に今日からここが俺の住処となる。
「三階から上が居住スペースね。何か用がある時は一階と二階の貸店舗を使ってちょうだい。大抵のものは揃っているからそこで事足りるはずよ」
マンションの中を歩きながら白井さんが説明してくれる。見ればコンビニやドラッグストア、美容室などおよそ生活に必要となるであろう店が並んでいる。なるほど、確かに大抵のことはここで済ませられそうだな。
「ちなみに外出を許可された生徒たちのバイト先にもなっているわ」
「バイトできるんですか!?」
俺は我が耳を疑った。当然だ。だってこんな境遇でそんな一般人らしいことができるなんて思ってなかったんだ。
「あくまで
総督とは昨日面談をしたアザゼルさんのことだ。部下や生徒にはそう呼ばせているらしい。今日から生徒となる俺も当然そう呼ぶことになる。
それにしてもバイトか……いいねえ! まさに学生の青春の一幕じゃないか。この分だと半ば諦めていた高校デビューをここで果たせるかもしれない。いやそれどころか彼女だってできるかもしれない! それで互いの部屋を行き来して、果ては同棲までして……それでそれで、あわよくば学内結婚とかしちゃったりして!
「でへへ」
「こらこら、何を考えているか知らないけど口で言うほど簡単じゃないのよ。あなたの
だらしない表情の俺を白井さんが咎めた。それによって俺は現実へと引き戻される。
「そういえば
ふと気になったので訊ねてみた。
「一応あるわよ。
「そうですか」
よかった。がんばればちゃんと家族のところに返してくれるんだな。なら気合い入れねえと。
それからしばらく進むとある部屋の前で立ち止まり、鍵を開けて中へ入る。
「ここが兵藤くんのお部屋ね。部屋の中は質素だけど必要な物は揃っているわ。お金が必要な時はこのキャッシュカードを使って」
普通に生活する分には充分な待遇だと、キャッシュカードを受け取りながらそう思った俺は間違っていないはずだ。
「あとは食事だけど――」
あっ、そうだ食事どうしよう。食堂とかあるかな。
「食事の提供はしていないから各自で摂ってもらっているわ。たぶんリンスレットがいるグループから声がかかるからそこに混ぜてもらいなさい」
「リンスレット」という言葉を聞き、昨日出会った少女の顔を思い浮かべる。
赤龍帝の対になる白龍皇の
綺麗な銀色の髪のかわいらしい女の子。
ただ――
――
あの言葉が強烈だったので若干の苦手意識を覚えてしまった。当然本人には内緒だ。
「そうそう、隣はリンスレットの部屋だから」
「ええっ!?」
「フフ、がんばりなさい。応援してるから」
驚く俺をよそに笑う白井さんは実に愉しそうだった。
***
あれから俺はコスプレじみた青い制服に着替えたうえで白井さんとともに
入口に到着するとやはりと言うべきか、そこには総督とリンスの二人が待っていた。
見ての通り出迎えだ。それ自体は何も問題ない、むしろありがたいことなのだが到着早々リンスに
「待ってたわよ♪」
――なんて言われたものだからそのあまりの破壊力に直前まで抱いていたはずの苦手意識がきれいさっぱり吹き飛んでしまったんだ。……チョロくないか俺。
それから教室のような場所で他の生徒たちと顔合わせをしたのだが、俺が
その後――顔合わせを済ませた俺は総督とリンスに連れられてトレーニングルームへと来ていた。早速これから
ちなみにここに来る途中でまたしても着替えさせられたわけですが……たまらんねこりゃあ、大変眼福です。
内心スケベ心が反応してはいるが溢れ出してはいないから大丈夫だ。表情に出さなければ問題ない。自然に見ろ、自然に。いやまあ意識しなくても目移りしちゃうんだけど。
「よし、準備運動もこの辺にして訓練を始めるぞ」
総督のその言葉を合図にスイッチを切り替える俺。なんせ今後の生活が懸かってるんだからな、ふざける気はない。早く一人前の
「まずは能力の確認だ。ドライグ、
そういえば俺もこれの力がどんなものなのか知らなかったな。どんな力なんだろ?
『10秒ごとに力を倍増させる「倍加」。高めた力を他のものに移す「譲渡」。それがこの
は?
『……なるほどねえ。
え、何それチートじゃん。
俺の中で二天龍に対して抱いていたイメージが崩れかけるその時――
『おい、見誤るなよ小僧。貴様勘違いしているぞ』
待ったをかけるようにドライグが声を発した。
「えっと、もしかしなくてもバレてる?」
『当たり前だ。貴様の考えていることなど手に取るようにわかる。能力頼りで実はそんなに強くなかったのではないかと考えているのだろう。……侮るなよ、そんなもので至れるほど天龍の称号は甘くない』
う、マジでバレてる。そうですか、つまり赤裸々な内心も全部伝わってるってことですよね。ハハ、恥ずかしいなあ。しかもなんか怒らせちゃったみたいだし。
「じゃあ教えてくれよ、なんだよ勘違いって」
『ハア。俺たちがしているのは
機能……って、ああそうか!
『そうだ。俺たち自身の能力ではない』
そうだ、総督もドライグの能力じゃなくて
『倍加と吸収は我々の生前の能力をモチーフにしたものだが、半減と譲渡に関しては二つの
「じゃあ生前の能力は具体的にどんなものだったんだ?」
『倒れずに戦い続ける、そういう能力だ』
「……つまりどういうことだ?」
よくわからん。なんだよ倒れずに戦い続ける能力って?
『どんな強者とていずれは体力が尽きる。だから俺とアルビオンはそれを超えるための技をそれぞれで編み出した』
『私は周囲のエネルギーを自身に還元する。ドライグは己の中の力を増幅させる。至った答えは真逆だったがな』
「なんとなくわかったけど、それって卑怯じゃないか? 要するに回復技だろ」
『違う、そうじゃない。確かにそういう一面もあるが俺たちが回復させていたのは体を動かすために必要な根底のエネルギーであってスタミナではない』
『スタミナは気合と根性でどうとでもできるが体力ばかりはそうもいかん。だから技を編み出した』
『『すべてはこいつの前でひざを折りたくなかったからだ』』
なるほど、そういうことか。それにしても――
「よっぽど負けたくなかったんだな」
『ああ。一目見た時から「こいつにだけは」とな』
『戦い続けた結果は完全なる相討ち。その後のことに不満はあれど、勝敗そのものに不満はなかった。最期に互いを認め合えたしな』
あれ? これってなんか――
「腐女子が聞いてたら喜びそうなシチュエーションね」
ちょ、ここでそれ言う!? いやまあ俺も思ったけど!
『そんな下賤な物と一緒にするな!』
『諦めろドライグ。リンスはこういう娘なのだ』
『むう、仕方ない』
それでいいのか二天龍よ……。
「あー、話しを進めるぞ。次は……リスクについてだ」
総督の言葉によって空気が重くなるのを感じた。
「
『ああ。俺たちの場合機能上避けられん』
「……なんなんですか、そのリスクって」
なるべく重くないのがいい、そんな思いを抱いていたが次の言葉で打ち砕かれた。
「龍化よ」
「りゅうか……それってまさか!」
「そう、文字通り肉体が龍のそれになるのよ」
「なっ」
あまりに重いリスクに俺は愕然としたが――
「大丈夫よ。安全装置になる排出機能がついてるし治療だってできるんだから」
絶望するには早かったようだ。
俺が一安心しているとリンスが総督にあることを訊ねた。
「と、ところでアザゼル」
「なんだ?」
「い、イッセーのケアって、誰がやるのかしら……?」
「おまえに決まってるだろ」
「そ、そうよね。私以上の適任者なんて、いないわよね……」
どうしたんだろうか、快活なリンスらしくない。しかもチラチラとこちらを見ては顔を背けるし、その顔自体ほんのり赤い。それと――
「あの、ケアってなんのことですか?」
「――っ」
リンスがビクリと震える。だからどうしたんだよまじで。
「あー、今は気にすんな。後でリンスが説明すっから。とりあえず今は調子に乗ってホイホイ
「はあ、わかりました」
「よし、じゃあ正真正銘訓練開始だ。現状でどれだけ動けるか確認するためにリンスと模擬戦な。ああ安心しろ、こいつは女だがか弱くはない。だから全力でやれ」
「はい」
「失礼ね、私だってか弱い女の子だっての」
ごめんリンス、総督の言う通りだと思う。だってか弱い女の子はあんなこと言わないから。
俺とリンスは総督から離れた位置で向かい合い、互いに
人間が憧れ夢にまで求めたもののひとつである翼――それを生やしたリンスからは神々しささえ感じられた。
「……」
元一般人の俺にはリンスの力量なんてわからないけど、模擬戦の相手に指名されるんだからきっと強いのだろう。
『動き始める前に体力を増強しておけ。そうすれば倍とまではいかないが身体能力も多少上がる』
「……」
ドライグの言葉に俺はすぐに肯けなかった。
『安心しろ、一回使ったぐらいで龍化することはない。少しでも異変が生じたらすぐに教えてやる』
「……わかった。やってくれ」
覚悟を決めた俺は
『Boost!!』
倍加の発動を示す音声が鳴り響く。
『Boost!!』
10秒後、再度音声が鳴り響く。
10秒、20秒と時間は経過し、14回目の倍加が告げられた直後――
『Explosion!!』
増強された体力の解放が告げられ、体に力が流れ込む。溢れ出る力の波動はやがてオーラとなって俺の体を包む。
『14回か。現時点でこれだけの力に耐えられるなら破格だな。誇っていい、おまえの肉体は高スペックだ』
「そうなのか? 確かに運動神経が良いとはよく言われるけど」
『ああ。歴代の宿主もここまではいかなかった。この分ならいずれは倍加せずとも充分戦えるようになるだろう』
それはありがたい。なるべくなら使いたくないからな。治療できるとしても龍化は嫌だ。
「これは嬉しい誤算ね。溢れ出るオーラが心地良いわ。それでこそ私のソウルメイトよ」
『うむ、私同様ドライグも今代は宿主に恵まれたようだな』
俺の力を感じ取りリンスとアルビオンが嬉しそうに笑う。
「さあ、どこからでもかかって来なさい」
リンスの言葉に応えるように走り出す俺。
残念ながら俺はケンカもしたことのないど素人だ。だからできるのは正面対決のみ。
籠手を纏っていない右手の拳で殴りかかる俺に対してリンスはジャンプで躱し、落下しながら俺の背後へと回り込み蹴りを放ってくる。
俺はすぐさま攻撃方法を裏拳に切り替えて対応する。が、力負けしたのは俺の方だった。
拳が弾かれたことで体勢を崩した俺にリンスが肉薄する――かと思いきや、着地したリンスはただ掌を向けるだけだった。
一瞬疑問に思ったその刹那、衝撃が俺を襲った。そして気づいた時には数メートルほど吹き飛ばされていた。
「っ」
なんだ今の。衝撃波? でもさっき聞いたものから連想できる能力じゃない。いったいなんだったんだ?
俺が攻撃の正体をつかみかねていると――
『なんだ白いの、おまえ悪魔に宿ったのか』
『その通りだ』
突然ドライグが問いかけ、アルビオンがそれを肯定する。
リンスが悪魔? どういうことだ、
俺の疑問を察したのかリンスが答えを述べる。
「私は混血児なのよ」
「混血……そういうことかっ」
そういえばドライグも言っていた。
そうか……リンスは悪魔の血を継いでるのか。じゃあさっきのはその力ってことか。
俺がそんなことを考えているとリンスがこんなことを言う。
「怖い? それとも軽蔑した?」
「え?」
どうしたんだ急に?
「はっきり言っていいのよ。自分が恐れられるに値する異形の存在だってこと、自覚してるから」
「……」
どうしてそんなことを言うのだろうか。
さっきの総督の言葉に対する同意は取り消そう。こいつは確かにか弱い女の子だ。
「怖くねえよ」
「え?」
俺は立ち上がりながら答える。
「どこが怖いんだよ、どこからどう見てもとびきりかわいい女の子だろうが。ああちっとも怖くねえよ」
リンスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが俺は構わずに続ける。
「ちゃんと言葉を交わしてコミュニケーションができるなら種族の違いなんて大したことないと思うぞ」
紛れもない俺の本心だった。
俺の言葉を聞いたリンスは俯き、そして笑い出した。
「ぷっ、ふふ、アハハ。なんだ、心配して損した。そっか、あなたも……そう言ってくれるのね」
顔を上げたリンスの笑顔はとても魅力的だった。
「ありがとう、イッセー」
***
あれから時は進み俺たちは保健室と呼ばれる場所へとやって来ていた。
そこには白井さんの姿があった。彼女はここの医療スタッフらしい。そしてやって来た俺たちを見るなりこう述べた。
「予想はしてたけど兵藤くんもリンスレットに一方的に負かされたようね」
対して俺は力なくこう返す。
「返す言葉もないです……」
事実だ。あれから力の続く限りリンスに挑んだが結果は聞いての通り。
「そんなに落ち込まないの。この娘とまともな勝負ができた人なんて片手で数えるほどしかいないんだから」
マジか、どんだけ強いんだこの娘。
「イッセー。さっきの模擬戦を見た俺の感想なんだが」
俺が内心驚いていると総督が切り出した。
「ドライグも言っていたがスペックは問題ない。が、戦い方に才能やセンスと呼べるものはないというのが正直なところだ」
「――っ」
正直へこんだ。自信があったわけじゃないけど面と向かって言われるのはキツイ。だが総督の言葉はまだ続いた。
「じゃあ強くなれないかというとそうでもない。失敗を糧にする知恵はあるようだからな。訓練を積めば充分成長できるはずだ」
『その通りだ相棒。何よりおまえには気合と根性がある。自信を持て、おまえは強くなれる』
「……俺、がんばります」
総督とドライグの言葉に励まされた俺はちょっとだけ自信を持てた。
「それじゃあ今日のところは食事を摂ったらぐっすり休みなさい。疲れてるでしょう」
「はい。もう少ししたら部屋に戻ります」
「そう。じゃあついでにここでケアしてもらいなさい。リンスレット、あとは頼んだわよ」
「まあ、ほどほどにな」
そう言い残して二人は部屋を出ていった。
ケア……またその言葉か。
「なあ、ケアっていったい――って大丈夫か? 顔赤いぞ」
リンスの顔はまたもや赤くなっていた。それはもう真っ赤に。
「だ、大丈夫よ。け、ケアなら、ちゃんとシ、してあげるから……」
いや大丈夫じゃないだろ。すげえ動揺してるし。
そんなことを思っているとリンスは床に両ひざをつき、俺の左手を取り、口元に持っていく。
「い、言っとくけど、私、こんなことするの初めてで、上手にできないかもしれないけど、い、一生懸命するからっ」
それから俺はある意味至福の、またある意味では地獄の時間を過ごしたのだった。
最後のシーンは原作にもあったものです。だから私は悪くありません(暴論)
とまあ冗談? はさておき、オリジナル設定やら伏線やらいろいろあった第3話です。
白井百合香はオリキャラです。白衣の似合うお姉さんです。
二天龍とそのセイクリッド・ギアについてオリジナル設定を入れました。透過と反射はなかったことにしましたのでご注意ください。
ではまた次回。