「艦長、ご決断を」
この輸送船の艦長は副艦長である高島の言葉に返すことなく艦橋から港を見た。そこには港を埋め尽くすほどの人がいた。この島はもうすぐ人が生存できなくなる。未知の生物、深海棲艦によって。
島民を日本本土に引き上げることがこの若い艦長の最初の任務だった。もうベテランと呼ばれて久しい高島がようやく副艦長であり、軍に入ったばかりの若者が艦長、それもキャリアの踏み台でしかないことに思うところがないでもなかったが、三年前から急速に変化する情勢に対応するには若い血は必要なことは理解できていた。なにより、評判通りの能力と評判以上の人柄を知れば、高島の子供ほどの艦長を受け入れることは容易だった。
「もう深海棲艦は近づいて来ています」
予想以上に早い深海棲艦の侵攻と、輸送船の出港から始まる予定外の遅れ。もう島民全員の乗船は不可能だった。それを分かっていても艦長は命令を発さない。
初めての任務ではあまりに酷だった。冷静な判断はできても、そのために選ぶ犠牲を目の前に突きつけられれば決断ができないのは当然だ。高島はそんな艦長を好ましく思っていたからこそ代わりに声を発した。
「乗船終了。直ちに――」
指揮系統を無視した高島の命令は轟音に遮られた。衝撃と熱が周囲を覆い、艦が揺れる。
深海棲艦の空母から爆撃が行われた。予想以上に早い侵攻よりなお早いそれを理解したところでなすすべなどない。そもそも人類には対抗できる兵器などないのだ。深海棲艦のために生まれた艦娘以外に。
怨嗟に晒され崩れていく艦の音とともに高島の意識は水底に引き込まれていった。
20XX年、大陸国家の海洋侵出により緊張状態にあった日本海沖に正体不明の海洋生物が出現した。便宜上「深海棲艦」と名付けられたそれらは瞬く間に現象ともいえる規模まで広がり、世界中の海を覆いつくした。
従来の兵器が効力を持たないそれらに対抗するため、人類は大戦時の軍艦の名を冠した兵器を生み出す。
初めての犠牲から3年、人類の希望「艦娘」と深海棲艦は拮抗しているものの、海中から生み出される深海棲艦の脅威を消し去ることはできず、世界中の海で悲劇が生まれ続けている。
「…提督、ですか…?」
白瀬は日本国海軍元帥の前にもかかわらず、怪訝な顔で復唱してしまった。
「意外か?」
元帥は、分かってるとは思うが、と前置きしたうえで
「通称日本帝国海軍、対深海棲艦兵器である艦娘を運用する部署への異動だ」
海軍の一部門にかかわらず大仰な名前と独立性がついていることに対する感情が苦笑として滲み出していた。対して白瀬は依然表情を変えずにいた。
「軍法会議、良くて解雇だと思っていましたので…」
「海軍としても人材不足でな。もっとも、人事については君の気にするところではない。ちょうど帝国海軍から派遣の打診があったのだが、簡単に人を送るのも内部での反発が懸念されてね。多少新しい試みもあるようだし、君のような人材が適任と判断した」
体のいい人柱に利用したことを隠さないうえで送られる、息子を見るような視線を受けて白瀬は姿勢を正し敬礼をする。
「どのような事情であれ、謹んでお請け致します」
いくつかの確認事項を話したのち、白瀬は退室していった。
「ふう…」
一人になった部屋で元帥は地位相応な無表情で息をついた。
「防衛大始まって以来の天才、だったか…脆いものだな…」