海の上にもかかわらず燃え盛る炎に視力を奪われながら、吹雪はこれが夢だと理解していた。砲撃音にかき消されたはずの声がはっきりと聞こえたから。耳元で聞こえるそれを自らの叫び声でかき消す。今の自分ならかばわなくてもいいと、敵を倒すことができると。記憶に反して絞り出した声に過去を変える力などなかった。記憶のままに吹雪の目の前、彼女の背中で砲弾が爆ぜ、吹雪を戦火と隔絶していた彼女は吹雪の前に崩れ落ちた。
吹雪はいつもよりも少し早く目が覚めた。アラームが鳴る前の目覚ましを止めながら、久しぶりに見た夢をゆっくりと反芻する。別に悪夢というわけではない。夢であればよかったと思うだけで。それでもなぜか嫌な予感がした。虫の知らせなど外れるどころかしたことがないのに、着替えている間もなぜかその予感が残り続けた。
白瀬が朝も早いうちから疲労感漂う息を吐いた。規模が大きくなった鎮守府の運営は想像以上に苦労が多かったようだ。
「少しお休みになってはいかがですか?」
鳳翔は冷たいお茶を出す。提督は肯定的な返事をするものの手を止める様子はない。この鎮守府に来てから鳳翔が秘書官を務めることが多くなった。以前と違って出撃が主であるため、鳳翔の古傷を配慮してのことだ。
こうして執務室にいると、いつから知られていたのだろう、とよく思う。けがは隠していたし航行以外では鳳翔自身も違和感がなかったのだが。指摘しても隠していたことを咎めることなく流した提督に聞けないままだ。
「しかし、四水戦のライブの予算はなんて書けば通るんだ?」
ここ数日提督を悩ませている問題だ。那珂のライブは知名度が高いし前任は問題なく予算を確保していたため素直に申請すれば良いと考えていたらしいが、何度か兵站部門からはじかれている。提督は不正にならない匙加減に苦労しているが、過去の記録を見ても記述がないことを見ると堂々と偽装していたのではないかと思う。まさか鳳翔からそんなことアドバイスするわけにはいかないが。
「川内は演習を引き延ばしてでも夜戦するし、神通は経費気にせず訓練するし、あいつらは…」
提督は最近艦娘の扱いが多少ぞんざいになってきた。良いか悪いかはわからないが、それが提督の自然体のようで好ましく思う。
「提督さん!」
提督が頭を抱えていると瑞鶴がノックもなく入ってきた。それを見て提督はさらに頭をうずめる。
「改造の件なら加賀に任せてあると言ってるだろう…」
「あの人がろくに聞いちゃくれないから提督さんに言ってんの!」
瑞鶴が提督に直談判を初めてからしばらく経っていた。提督が変わったのだから改造を直談判しようというわけだ。
「確かに練度は十分だと思うが」
「え、なになに?改造?」
開いたままの扉からのんきな声が聞こえた。
「司令かーん、清霜も戦艦になりたーい」
「…それは武蔵に相談してくれ」
清霜は武蔵になついている。よく武蔵のようになりたいと言っていたのだが、さすがの武蔵も清霜には現実を言いづらいのか、最近提督にけしかけてくる。
「はーい、わかったー!」
清霜が素直なのをいいことに提督と武蔵で清霜のキャッチボールが続いている。
「ほら、清霜はいい子だぞ」
「おんなじ扱いしないでよ!」
瑞鶴が憤慨しながら出ていく。
「…これでいいんだよな?」
扉が閉じる前に矢を握りしめた瑞鶴を見た提督は鳳翔に訪ねてくる。提督が瑞鶴の件を加賀に一任すると決めたのは鳳翔の言葉があってのことだ。
「必要なことなのだと思います。加賀さんにとっても、瑞鶴さんにとっても」
加賀の行いは自分勝手で、決して正しいとは言えないと思う。改造をしないことで戦闘でのリスクは増し、艦隊としての戦力も少なくなる。
しかし、加賀が言葉を選びながら語ってくれた思いは、鳳翔にとって考えることのなかったものだ。だから、提督が許してくれる限り、加賀には悩んで、伝えてほしい。
「私には、戦うことしか教えられませんでしたから」
ひとつ節目の10話目を迎えました。
いつも読んでいただきありがとうございます。
励みになりますので、良ければ感想もよろしくお願いいたします。