「いっちばーん!」
「白露ちゃん、ちょっと待ってよー」
吹雪は先頭で加速した白露を慌てて追いかける。
特定の艦隊に所属せず、入渠や遠征で欠員が出た艦隊に臨時で入ることが吹雪の任務になっていた。今回は白露を旗艦とする駆逐隊の出撃任務に入っている。
「つかれたっぽーい」
「白露はいつも元気だね」
吹雪の後ろで夕立が嘆くのはいつもの光景だが、さらにその後ろでつぶやく時雨にも疲労が見える。普段行わないような長距離出撃だったので当然といえば当然だろう。
「深海棲艦ともあんまり戦えなくてつまんなかったっぽい」
「それは良いことだと思うよ…」
今回の出撃の目的は深海棲艦が活性化している海域の調査であり、実際に海域が確認できた時点で引き返した。定期的に数が増える時期を見越しての調査だったが、おかげで従来よりもその傾向を早く認めることができた。おかげでこれから始まる大規模作戦にいつもより早く体制を整えることができる。
「僕もこのくらいのほうが――」
時雨が言葉を止めたのと吹雪が自身の想定が希望的だったと知るのは同時だった。吹雪と時雨の力量差が意味をなさないほどの背後で、唐突に深海棲艦が現れた。
「駆逐イ級、軽巡もいるっぽい」
「白露ちゃん、最大戦速!」
吹雪は先頭の白露に指示を出す。深海棲艦が海中から生まれる限り避けられない遭遇戦だが、おそらく白露たちには経験のない距離で起きてしまった。隊列の乱れはないが、動揺はしているだろうし、なにより布陣が悪すぎる。逃げ切るか戦闘かの判断はまず距離を取ってから行うべきだ。
「オッケー!」
白露が隊列を見て針路を決定する。だが加速を終えた直後に妨げられる。
「回頭、取り舵!」
吹雪が声をあげるまでもなく、白露は針路を変更した。目の前にも深海棲艦が現れたからだ。深海棲艦は駆逐艦のみであったが、交戦している余裕はない。戦闘回避の判断だったが、急激な方向転換により減速は免れない。そして、吹雪の真横に砲弾が落ちた。軽巡の砲戦距離に入ったのを把握してもまだ吹雪は冷静でいられた。
――まだ大丈夫
吹雪は一度深呼吸してから意識を後ろに向ける。
単純な速度では逃げ切れなくなったが、魚雷や砲撃で牽制して深海棲艦の足を止めれば、隊列が乱れなければ――
着弾の水飛沫が夕立の頬に当たる。気づいたら深海棲艦の射程に捉えられていた。こちらの攻撃は届かず、一方的に砲撃される距離。その理不尽を思い知る。
夕立たち、やばいっぽい…?
戦闘は嫌いではなかった。他の艦娘と比較するならむしろ好きな部類だろう。しかし、それは今までの戦闘が正しく戦闘であったからだ。反撃もままならない背後から迫られ、挟撃により転進も許されない。戦いとは程遠い狩りの標的とされた今、深海棲艦も底の見えない海でさえも恐怖の対象でしかなかった。
怖い
単純な感情が思考を埋め尽くし、暗い淀みとなってあふれ出した。
――ならバ、ケスシカナイ――