「夕立!吹雪!」
戦闘音が途絶えた薄もやの中に時雨はようやく駆けつける。かろうじて見える影に呼ばれ急いで向かう。
「夕立!しっかり!」
「時雨ちゃん、大丈夫だよ。だけど…」
吹雪に支えられた意識のない夕立を慌てて受け取る。吹雪が脚をふらつかせる。なんとかバランスを保って応急修理を取り出す。
「ダメコン…持ってたのかい?」
緊急時に艦娘の動力を維持し轟沈を防ぐ装備だが、現実あまり使われていない。装備を圧迫し本来の性能を発揮できないからだ。
「うん…いつもは持ってないんだけど、なんとなく、だよ」
「…そうか」
「ちょっと、時雨!私をおいて先に行かないでって…うわ、夕立!」
吹雪の戦闘を思い返そうとする時雨を後から追ってきた白露が遮る。
「白露ちゃん、ありがとう!助かったよ!」
「んえ?…あ、ああ」
吹雪が深海棲艦の駆逐艦隊との戦闘を言っていることに遅れて気づく。
「当然!白露が一番なんだから、これくらい!…てか、吹雪さ、なんか違くない?」
白露に言われて時雨もようやく吹雪に感じていた違和感の正体に気づく。大きな変化ではないが、見慣れたものとは異なる艤装。
「えっと、改二、だと思う…」
吹雪も今更気づいたかのように自信なさそうに答える。時雨は見たことがなかったが、戦闘中に艤装が変化する現象は知っている。
改二――危機を前にした艦娘にまれに起きる奇跡。
「なんか、できちゃってた…」
返す言葉に困る時雨だが、白露の手拍子で我に返る。
「とにかく、急いで帰るよ!夕立も心配だし!」
夕立への応急処置が終わると白露が時雨から奪うように夕立を背負う。時雨は夕立の背中を支える。
「いいよ、時雨も足回りだいぶきてるよね?」
「でもそれは白露も…」
「大丈夫、お姉ちゃんだもん!よおっし、帰るよ!」
腕を高く上げて宣誓した白露の加速を見て夕立の背中を静かに押す。
「あれ?」
気づかないうちにいつもの艤装に戻った吹雪が体勢を崩す。その体を受け止めると素直に体重をあずけてきた。
「ごめんね、なんか力が入らなくて…」
従来では成しえない性能を発揮する改二だ。長くはもたないし負担も大きいのだろう。
申し訳なさそうに言う吹雪に静かにかぶりを振る。吹雪に感謝をしながらも、吹雪の改二を見て生まれた疑問を告げる。
「吹雪、夕立のあれは、改二なのかい?」
時雨は改二が何かわからない。しかし、姿は艤装から変わり、性能が劇的に向上するといわれる改二の現象は確かに夕立にも起きていた。しかし、あれはどちらかというと…
時雨の思いを肯定するように吹雪は首を振る。
「違う、と思う…あれは…」
吹雪は言葉を濁し、うつむいた。
「司令官!」
吹雪は白瀬の姿を認め体を起こす。
「無理しないでそのまま寝ててくれ」
念のために寝かされたベッドだが体調は大丈夫だ。それをアピールするために上体は起こしたままにする。
「話は聞いてる。助かった、吹雪がいなかったらと思うと――」
「ブッキー!」
金剛が飛び込んできて吹雪に抱き着く。胸を押し付けられた吹雪はばたばたともがく。
「ちょっ、金剛さん!」
「ブッキー、怖かったですよネ。よく頑張りましタ」
「え…?」
ああ、そうか――
金剛の鼓動を感じながら手に触れた服をゆっくりと握りしめる。
――私、怖かったんだ…
誰かが沈んでいた恐怖、自分が沈んだかもしれない恐怖。それが今襲ってくる。それでも。
伸ばせなかった手で
届かなかった手で
ようやく掴めた。
金剛に撫でられるに身を任せ、湧き上がってくる実感を静かに心になじませた。
「まだまだ、未熟だな」
白瀬は執務室で苦々しく吐き出した。
「そんなことないデス。今回はあまりにも」
「それじゃ駄目なんだ。予測できなかったなんて許されない」
「テートク…」
金剛は心配になる。戦場に絶対の保証はない。それを知っているはずなのに、すべてを背負い込もうとするかのような白瀬の姿に。
「…金剛、夕立に起きた現象はなんなんだ?」
白瀬は足りないピースを探すように金剛に尋ねる。金剛は窓辺に背中をあずけて小さく答える。
「起きていることは改二と同じハズの、艦娘の暴走デス」
自らの損壊も顧みず、敵味方なく総てを殲滅する。艦娘の任務の過酷さと比例して減っていったが、それは艦隊が消える象徴として艦娘が生まれたときから存在していた。
「よくわかっていない改二と比べても謎ばっかりデス。ちゃんとした名前はついてないようデスガ、私たち艦娘の間ではこう呼んでいマシタ」
解明できていない理由は簡単だが、その俗称が拒否された理由はさらに明確だった。
「深海棲艦化、と――」