艦これ回想録~波濤の記憶~   作:COOH

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第13話 Stain

海軍元帥入間は背後の扉が開く音を聞いた。海軍元帥のもとにノックも声もなく入る人物など一人しかいないのだから振り向くまでもなかった。

「有賀か。何の用だ」

「なに、近くに来たからついでに顔を見に来ただけだ」

入間と同年齢の男はソファーに雑に座る。老紳士然とした入間とは対照的に白く伸びた髭が顔を覆う有賀は古い武士や兵士を彷彿させる。左目の眼帯がさらにその印象を強めていた。

「お互い元帥なんて堅苦しい地位になっちまったんだ、腹を割って話せる友人も少なかろう」

「貴様は帝国海軍だがな」

入間は有賀を見もせず言い放つ。役職名だけでなく、帝国海軍その存在自体が気に入らないと暗に告げる。が、特に気にした様子もなく有賀が続ける。

「そう言うな、お前がこの老体をたたき起こしたんだろうが」

入間の沈黙により途切れかけた会話を有賀がつなぐ。

「白瀬といったか、あの小僧はよくやっているようだ。良かったのか?手放すほどの余裕が海軍にあるとは思えんが」

「貴様が欲しいと言ったから寄越したまでだ。海軍には不要な人間だ」

「ならありがたくいただこう」

「…何を考えている」

途切れかけた会話を今度は入間がつないだ。返事を待ちはしなかったのだから、独り言に近いが。

「私は深海棲艦の存在を知ったとき、神に感謝したよ」

有賀の表情をわずかに伺う。

「深海棲艦による初の被害は国境海域での某国との緊張状態のさなかに起きたことになっている。だが現実はすでに戦端は開かれ、同時に一隻が失われた。わが海軍の旗艦が、な」

有賀の表情は変わらない。入間にとってそれも確かめるまでもなかった。

「厳重に守られた司令塔が難なく沈められた。我が国が戦力を拒否していた間にそれほどの差が生まれていたのだ、数も技術も。大陸国の浸食に脅威を抱き、自衛隊が軍に代わってなお埋まらないほどに。深海棲艦が現れなければこの国は敗北していた」

有賀はすでに知っている。某国との戦力差を知らしめられた一人だ。

「深海棲艦により人は海を奪われ、艦娘により制海権は大戦時にまで戻された。シーレーン確保のために某国も我が国と和解した。だが現状が打開されればまた侵略が始まる」

わざわざ確認のように話したのは次の言葉のためだった。

「まだ深海棲艦を消すわけにはいかんのだ。国が守れるのなら艦娘の被害など物の数に入らん」

有賀がゆっくり立ち上がるのを見てその言葉が決別となるのを悟った。

「相も変わらず心配性なことだ。恐れずとも我々が勝つ手立ては見つかっとらん」

「有賀」

「俺には何もできんよ、お前の望みどおりにな」

別れの言葉もなく扉が不躾に閉められる。

有賀はこの国が置かれた状況を理解し、大局観もある。実行する胆力も。そう入間は信じていたからこそ有賀を海軍に引き戻した。だがその有賀は独自に提督を集めだし、帝国海軍を動かしている。

「何を考えている」

答えの得られなかった問を再びつぶやいた。

 

 

ぼんやりとした意識を小さなうめき声が揺さぶる。腕の下で動く布団の感触が時雨の意識を覚醒させる。

「夕立!」

「時雨…えっと…」

寝かされていたベッドから起き上がろうとする夕立だったが痛みで顔を歪める。まだ完全に理解できていないのか、視線が揺れている。

「夕立、確か…」

「大丈夫だよ。落ち着いて」

「いっちばーん、じゃなかった…」

激しく開けられたドアの音で時雨と夕立がびくっと跳ね上がる。

「なんか、いつも時雨に先にこされてなーい?」

「気のせいだよ」

白露は不満げに時雨の横の簡易椅子に座る。

「夕立、気が付いたんだ。良かったー」

「白露ちゃん、夕立どうしたの?思い出せないっぽい…」

「大丈夫だから。忘れていいんだ」

時雨はかすかな記憶を手繰り寄せようとする夕立をなだめる。それを見ながらも白露は小さく声を出す。

「深海棲艦に囲まれてね、夕立がいきなり」

言葉を切り、つばを飲み込む。

「深海棲艦に向かっていったの」

「白露!」

記憶がこじ開けられ表情が固まる夕立をかばうように白露の前に立つ。

「すごい速くて、あっという間に深海棲艦に向かっていって。吹雪が助けてくれたけど」

「白露!もういいから!」

「私、なんにもできなかった…」

肩をつかんだせいで震えが伝わってくる。

「怖かった、夕立がいなくなっちゃうんじゃないかって。でも動けなくて…私、お姉ちゃんなのに…」

うつむいたまま謝る白露の背中を撫でる。夕立が顔を覆い、再び訪れた恐怖が漏れる。

「白露ちゃん、時雨ちゃん…夕立、どうしちゃったのかな…」

決定的に変わってしまった時雨たちがもとに戻る術は誰も持っていない。だから、進むしかない。夕立を救ってくれたあの背中を追って。

「強くなろう。僕たちみんなで」

 

 

 

唐突な深海棲艦の活性化による艦娘の被害は未だ対策のない事故のようなものだ。そして、前例のないほど急速に広がったそれに巻き込まれた艦隊は白露たちだけではなかった。

 




次回の投稿は週末になります。
ストックが切れてきたので今後は投稿ペースが少し落ちますが、続けて行きますのでよろしくお願いします。
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