「テートク!」
帰るなり金剛が駆け寄ってくる。執務室には長門に加え陸奥もいた。
「どうなりましタ?」
見上げてくる金剛の問いに白瀬は静かに首を振る。長門と陸奥は静かに息をつくが
「テートクはどうしますカ?」
金剛は白瀬を見つめたまま問いかけを続ける。その瞳にかつての赤い景色を思い出す。
――誰も沈ませない
ならばすることは一つしかない。
「捜索隊を編成する。浸透作戦になるが――」
「正気なの!?」
指示に移ろうとする白瀬を陸奥が慌てて遮る。単独で大規模作戦を行うつもりなのだから当然の反応といえる。だから白瀬はそれに驚きも見せずに応えた。
「ああ、作戦開始まで待てば生存は絶望的になる。可能な限り迅速に行動する必要がある」
「提督、本気で朝雲の救出を行うつもりか?」
長門の問いに首肯で答える。長門はあきれたように預けていた背を壁から離し、白瀬に近づく。
「もちろん危険な賭けであることは分かっているのだろう?」
今度は白瀬の反応も待たずに肩をすくめ息をつく。
「やれやれ、困った提督だ…」
長門の溜息の下から機械の擦過する冷たい音がする。無表情のまま出された機銃が白瀬に向いた。
「考え直してもらおうか」
港がいつもに増して騒がしくなった。第八駆逐隊の帰投により艦娘が集まっている中を吹雪はかき分けて進む。帰投した艦隊は立っているのがやっとであるのが見て取れるが、吹雪は構わず朝潮の肩をつかむ。
「朝潮ちゃん!場所分かる!?」
「吹雪…?」
困惑する朝潮に気づき、吹雪は落ち着いて言い直す。
「戦闘のあった位置!時間も分かれば海流とかで流れ着いた島の予想もできるし――」
「吹雪、まさか朝雲を探すつもり?」
「当たり前だよ!みんなだって――」
朝潮から困惑よりも躊躇いを感じた吹雪は言葉を詰まらせる。周りを見渡してもどこか吹雪を遠巻きに眺める空気が触れる。
「なんなのよ!」
それでも吹雪が声を続けるより前に霞の叫び声が響いた。
「霞ちゃん…?」
「もう無理なことぐらい分かるでしょ!あんたに勝手に騒がれると迷惑なのよ!」
「ぬーいぬーいちゃーん!」
廊下を歩きながら宗谷の背中を見ていた不知火は大声で背後から迫りくる存在への反応が遅れた。振り返ったときにはすでに真後ろから抱きつかれていた。
「はぁー、ぬいぬいちゃんいい匂いー!このつつましやかなお胸もかわいいよー」
不知火は嫌悪感をあらわに亜庭の腕を押しのける。この女が宗谷と同じ提督だと思うと嫌になる。
「いけずー。でもいいのかなー?艦娘が提督に暴力をふるうなんて大ごとだよ?」
「なにを言っているのですか。私はただあなたの腕を…」
「どう考えるかは人によるからねん。事実はどうであれ騒ぎになれば君の大切な提督にも迷惑がかかるよ?」
無茶な言い分にも理を感じたのか、不知火は嫌悪感をあらわにしながらも腕に下げる。それを見た亜庭は煩悩丸出しの顔で、指を柔軟に動かす。
「そうそう、大人しくしていれば悪いようには――」
「とぉぉぉう!」
その指が不知火に届く前に全身が壁にたたきつけられた。肺がつぶされたような鈍い声を出す亜庭を熊野は見下ろしながら汚物に触れたかのように亜庭を殴り飛ばした手を払う。
「提督、戯れにも限度がありましてよ」
「いいじゃんかよー。減るもんじゃないだろー」
「我が艦隊の品位が失われますわ!」
一言返すたびに一蹴り入れていた熊野が唐突に振り返って不知火の背中を押す。
「うちの提督が申し訳ありませんでしたわ。お詫びにお茶でもご一緒させてください」
あっけにとられていたために熊野に押されるままの不知火だったが、ふと宗谷と離れていくことに気が付いて足に力を込める。手に返ってくる抵抗が強くなったことに気づいた熊野は不知火の耳元に顔を寄せ、悪戯げにウインクをする。
「殿方の後ろに従うことだけがレディのふるまいではありませんわよ」
「用件はなんだ?」
宗谷は不知火が遠ざかっていくのを視界の隅に捉えながら亜庭を見下ろす。
「いやだなー、あたしと先輩の仲じゃないっすか。ゆっくりお話ししたかっただけっすよ」
亜庭は埃を払って無表情な宗谷の首に腕を回す。身長差があるのでほとんどぶら下がるような形になる。
「あの新人くん、勝手にやっちゃいそうっすけど」
「単独での大規模作戦がどれほど愚かなことか分からないわけではないだろう」
どこか楽しそうな亜庭を見て宗谷は不快感を露わにする。亜庭はそれに動じる様子はなく続ける。
「若気の至りってやつじゃないっすかー」
先輩もあったでしょう、といった軽口は一顧だにされない。だが、宗谷は宗谷なりに亜庭の言葉を受け止めていた。そのうえで亜庭を振り払う。
「奴がどうであれ問題はない。どのみちあの鎮守府は動かない」