陸奥は壇上に上がる長門を離れた場所から眺めていた。なんとかしろと言われてできてしまうのが長門だった。もともと指揮官向きの通る声であったし、普段からの堂々とした立ち振る舞いはそれだけで求心力がある。
話すのは耳障りのいい言葉ばかりだ。仲間を見捨てないだの、正義の行いだの、大義名分を並べ立て、厳しい戦場に送り込むことの謝罪も依願もない。恐怖も危険も忘れさせることが人を駆り立てる方法だと分かっている。分かっていて利用しているのだ。陶酔こそが戦場で生き残る最善の方法だと信じて。
もし深海棲艦が現れなければ発揮することのない才能であるのなら、普段の長門を思い出して胸が苦しくなる。
「…ほんとに、助けてくれるの?」
長門が声を止めた沈黙に小さな声が割り込んだ。
「…霞?」
大和と一緒に出撃していた艦娘の中で霞がうつむいたまま続けた。
「大和は、助かるの?」
「もちろんだ」
長門が今までと異なる優しい声音で答える。そのままゆっくりと壇上を降りる。
「お願い、大和を助けてよ!」
震える霞の肩に優しく手を置く。
「ああ、誰も沈まない。だれも欠けないまま、この鎮守府に返ってこよう!」
長門の呼びかけに皆が応える。その言葉を信じる者、不安をぬぐい切れない者、個々の感情は様々だったが、鎮守府は大和を救う意思を持ち、新たな戦いが始まった。
「本当にやる気なのだな。もう遅いと思うが」
陸奥の背後から武蔵の声が聞こえた。
「随分他人事ね。あなたの姉よ?」
表情を取り作れないことは分かっていたので振り返ることなく言葉を返すが、十分にとげを含んでしまった。それでも武蔵は腹立たしいほど態度を変えない。
「練度の足りない者が戦場で敗れた。それだけだ」
あなたは、何も知らないくせに――
壇上の言葉を長門が信じていると思っているのか。仲間を危険にさらすことに悩む長門も、それでも大和を見捨てられない長門も見ていないのに。
言葉にすれば長門の覚悟すべてが無駄になる気がして、唇とともに噛み殺す。
「長門――!」
陸奥は倒れた長門に駆け寄り、背を支える。頬の内側が切れて口から血を垂らす長門をその艦娘は上から見下ろす。
「また一人いなくなりました」
固く握られたこぶしを除いて、なにも感情が読み取れなかった。長門は向けられた視線からわずかに目をそらす。
「あなたが悪いのではないことは分かっています。でも…」
踵を返して去っていく背中を見送っても、長門は立ち上がろうとしない。その肩を強く握ってしまう。
もう何日たっただろうか。1日に1隻か2隻ほど。多くはないが確実にいなくなっていく。損害が増えるたびに熱は冷めていく。それでも艦娘は命令が続く限り諦めることは許されない。やりきれない感情の矛先は必然長門に向く。
せめて戦場に出ていれば罪悪感も薄れただろうか。数隻沈んだ時点で、長門をはじめとした主力艦が出撃することはなくなっていた。望みの薄い大和と天秤をかけて決められた命の重さが互いの理解を拒絶した。
「なんだ、こんなものか…」
頬に手を当てつぶやく長門にかけられる言葉はなく、ただ強く抱きしめた。