艦これ回想録~波濤の記憶~   作:COOH

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第19話 Set the Sunset

金剛がほとんど本能的に長門の前に入る。機銃の先端がみぞおちに当たるが、厳しいというより殺意に近い表情は長門本人に向けられる。

「ナガト、なにしてるデス。ムツ、止めてくだサイ」

「これは冗談では済みませんよ」

鳳翔も金剛の横に立ち静かに咎めるが、陸奥も腕を組みいつもより小さな嘆息をつくのみで、すなわち長門を肯定していた。

「なら良かった。冗談と思われては困るからな」

金剛は話など聞くつもりはないとばかりに機銃をつかみ握りつぶさんばかりの力を込める。

「私はさっさとどけろッテ言って――」

「金剛、いい。下がってくれ」

金剛は腰まで上げた握りこぶしを掴まれる。白瀬に肩を抑えられたことで手も機銃から離される。その先端が本来の対象に向いたことに寒気を覚えるが、当の白瀬は平然と椅子に着く。その姿に先ほどとは異なる寒気を感じ言葉を失う金剛の横で、長門が声を絞り出す。

「もう少し反応があると思っていたのだが…」

「いや、驚いているよ。長い付き合いではないとはいえ、ここまでされるとはな…なにがあった?」

「なにって、どう考えても無謀な――」

身を乗り出した陸奥を長門は手を伸ばして制した。長門を見る陸奥の視線を措いて息を吐きだす。

「提督がこの鎮守府に来る前の話だ。作戦中に一隻の艦が沈んだ。それだけならよくある話だが、沈んだ艦が――」

「大和、だった」

金剛と鳳翔はその名が出たことに表情を変えたが、陸奥と長門は一瞬の言葉の間を継いだ白瀬に目をみはる。

「知っていたのか?」

「隠されている理由は分からないが、大和型ほどになれば運用は隠せるものじゃない。記録を見ればわかるさ」

白瀬は当たり前に言うが着任して間もない提督の理解ではない。だがそれならば話は早い、と長門は続ける。

「貴重な大和型だ。本営のことは分からないが責任追及は免れないのだろう。沈没を認められない提督が無茶な救出作戦を行い、結果として多くの艦娘が沈んだ」

言葉にすればただそれだけの話だ。言葉にできないことが多すぎるだけで。

「提督、あなたが私欲で動く人だとは思っていないし、むしろ好ましく思っているの。だから、お願い。私たちはもうあんなことさせるわけにはいかないの」

懇願の切実さが機銃の意味を重くさせる。必要となれば引き金は引かれるのだろう。躊躇や悲痛といった感情を置き去りにしてでも。

「……そう、だな」

前がかりになっていた白瀬が椅子に背中を沈めて弛緩する。

「君たちの言う通りだ。一人の救出のために他の艦娘を危険にさらすわけにはいかない」

「テートク…」

白瀬のつぶやきは道理であり、届かせるつもりのなかった金剛の声は誰にも届かなかった。だから、このお話は終わりになるはずだった。

長門が黙ってさえいれば。

「あなたほどなら言われるまでもなかっただろう。なぜこんな無理を通そうとした?」

白瀬は少し躊躇い、深く椅子にもたれかかる。天井を仰いだはずの目線は覆った手のひらが遮っている。

「俺は人を殺した」

目を開く長門にその想像を否定するように手を振る。その平然とした態度は機銃を向けられても変わらない白瀬と同じだった。

「まあ、つまらない昔話だ」

白瀬は再び体を前に向けた。

「俺が海軍で初めて指揮を執った任務は深海棲艦に呑まれる島から住民を救出することだった。別に戦闘は行わないただの護送任務だな」

白瀬の淡々とした声が口をはさむのを遮る。

「深海棲艦が想定より早く迫り途中で撤退することになったものの、まだ島民の半分は乗り込めてなかった。そして撤退の決断ができないまま停滞した船は深海棲艦に襲われて壊滅した」

深海棲艦に襲われるとはすべてが蹂躙されるということ。その船も土地もどうなるかは多少経験がある艦娘なら実感を伴って分かっている。

「戦況に基づく取捨選択なんて演習でもシミュレーションでも散々やってきたのにな。俺は致命的に指揮官に向いていないらしい。なんの因果か俺は助かってここにいるが、自分では何もできないくせになんとかできると思ってる。あのときと何も変わらないな。」

金剛には静かに話す白瀬の気持ちなど分からない。だが、ずっと握りしめていたこぶしはいつの間にか解かれていた。どこかで感じていた想いははっきりと安堵に変わった。白瀬が諦めるのならば、理想はただの理想でいい。理想のままで――

「ならば、もういいだろう。任を全うすれば提督が責に問われる心配もない。たかが…」

もう十分苦しんだはずだ。だからもういい。叶わぬ願いと知った空虚な言葉でも、あの誓いを何度でも聞かせてくれれば金剛は幸せなのだから。

長門の声はそのまま金剛の心だった。その震えまでも。

「たかが駆逐艦だろう」

歯を食いしばる長門が鏡合わせの自分だと気づく前に、金剛は走り出していた。

 

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