艦これ回想録~波濤の記憶~   作:COOH

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第22話 Private Machine

「で、どうするの?」

陸奥が問うと長門は大げさに肩を落とす。それでも姉の背中にかつてを思い出してしまった。

「最近は金剛たちのせいで忘れられている気がしていたが、お前もか」

陸奥の心配そうな顔を見てか、長門は微笑み返す。その顔の向こうにはこの鎮守府の艦娘が待っている。

「鎮守府の秘書艦は私だ。説得ぐらいなんとでもしてやるさ」

 

陸奥は壇上に立つ長門を見つめる。

長門はあのときと何も変わらない。変わらずできてしまうのが長門なのだ。

凛々しい声で告げる口上も作戦もどこか芝居がかっていて、誰も先ほどまでの長門の思いなど読み取れはしないだろう。長門は仲間を、約束された勝利で飾られた、先の見えない道へと進ませる。

……忘れるわけないじゃない。でも――

何も変わらない長門に、陸奥は静かに肩を壁に預ける。

――あなたには、忘れていて欲しかった

本当に願っていたただ1つの小さな幸福を、長門は望んでいなかった。だから、陸奥の願いは叶わない。

提督の決断がせめてこの鎮守府にとっての光となってくれるように願いながら、焦点の滲む天井を見つめた。

 

 

 

宗谷は亜庭の腕を払いのけながら、へらへらと笑う亜庭をにらみつける。

「早く本題に入れ」

「いやー、さすがにあの鎮守府の戦力でも無理があると思うんすよ。だから先輩に助けてあげて欲しいなーって」

亜庭は足を止めない宗谷の後ろを右へ左へちょこまかと動く。手を合わせて頭を下げられても、ここまで安い頼みはそうない。

「随分都合がいいことだ」

「いやいや、うちみたいなしがない輸送部隊になに期待してるんすか」

戦力面はともかく、日本海側に位置する亜庭の鎮守府からの増援が現実的でないことは事実だった。艦娘の陸上輸送であれば可能であるが、そうなれば鎮守府のみの裁量ではなくなる。もっとも、艦隊が動けば記録が残るのは宗谷であっても同じことだが。

「先輩のところにあるじゃないっすか。現状唯一の非公式部隊が」

非公式とはいえ秘匿しているわけではないのでその存在を亜庭が知っていることには驚きしない。確かに非公式ゆえ多少ごまかしが効くのも事実だが

「あれは元帥からの預かりだ。私的に使う気はない」

「先輩のけちー。新入り君はボスが引っ張ってきたんすから、ちょっとくらい文句言わないっしょ」

頬を膨らますも全く愛嬌のない亜庭の妙な肩入れも不愉快だが、元帥の意図も理解しかねる。元帥が実戦でなんの成果も残していない白瀬に何を期待しているのか分からない。

「艦隊すべてを指揮する能力なんて、ゲームでしか役に立たないはずじゃないっすか」

個人の意思で即応するシミュレーションと異なり、軍艦を動かすには多くの人と時間が介入する。動き一つひとつに指揮者を必要とすることで不特定多数の思惑が入り込み第一令が正確に反映されることはない。だから役割は細かく分けられ、上流は大枠の命令しか出せない。そもそも、広大な海で上から見下ろすような情報など入るわけがない。

「でも、できちゃったんすよ。戦況を把握できるくらい小さくて、軍艦が一言で意のままに動く戦場が」

そして、人のひしめく戦場では叶わぬ、誰も失わないことを望める世界が。

最小限の損害で最大限の戦果を得る、戦場の理想形。だがその理想形がそれでも確実性を取った妥協であることは宗谷も認めている。

現実では何も捨てられないと気づいたならば、シミュレーション上では不敗の男は安易な妥協を選べない。

「単に見たかっただけっすよ、机上の天才の本気を」

 

 

 

白瀬は深く息を吸った。鼓膜まで届く胸の鼓動は高揚ではなかった。座っているためかろうじて抑えられている震えは今指先に伝播して恐怖を視覚に伝えている。

あのときは何も分からないまま、何も決められなかった。間違えればすべてを失うと理解したうえで下した決断の重さを初めて味わう。

「提督、鎮守府近海の情報が揃いました」

鳳翔が目の前に立ち、感情の整理がつかないまま、それでも時が来たことが告げられる。

白瀬に微笑みそのまま扉に向かう鳳翔を呼び止める。

「最近間宮さんといるとつい食べ過ぎてしまいまして。たまには運動をしないといけませんね。空母の師範をしている手前、いつまでも演習って訳にもいきませんし」

いつもと変わらない調子で微笑む鳳翔に、白瀬はなぜか言葉を失う。

全てを失ったあのときから、何も変わらないと思っていた。実際、自身に得たものなど恐怖と諦めしかないはずだった。それでも――

「私たちがいます」

今ここにいるのは、この決断は、自分を信じてくれた人たちがいるからだ。

「私たちはあなたの力です。存分にお使いください」

開いた扉の向こうであがる鬨の声が体を震わせる。その震えを最後に、手に力が戻る。

画面上に開かれていくウィンドウを見て気づかず苦笑いしてしまう。

「…やっぱり俺はろくな人間じゃないな」

わずかな高揚を自覚しながら、目の前に広がった、かつて不敗を誇った見慣れた戦場に沈んでいった。

今度は一切の損失を許さない、それだけだ。

 

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