荒れた海に砲撃音が響く。背部から伸びる連装砲から放たれた1対の砲弾が深海駆逐艦に直撃し、情報が伝播する前に沈黙させる。敵の索敵範囲外からの狙撃だったが、砲撃音が他の深海棲艦に伝わった可能性があるため、進路を変更する。偶発的な遭遇があるたびに繰り返してきた行動だが、当の比叡はまだ1撃も放っていなかった。榛名、霧島さえも。
隠密性を重視して極力控えた戦闘も砲撃もすべて金剛で完結している。そもそも敵地のど真ん中とは思えないほど少ない戦闘も、金剛の針路選択のおかげだ。
もちろん比叡は理解していたつもりだったが、この特異な状況で思い知らされる。金剛の実力と、自身の意義を。
金剛の後ろを必死についていきながらも、目線は下に向く。
――もしかして、私たちはいらなかったんじゃ…
堂々巡りに入りそうな思考で見つめる手が不意に掴まれる。驚いて前を見ると、後ろ手に比叡の手を握った金剛が肩越しに微笑んだ。
「やっぱり、怖いデスネ…この海も、戦いも、一人では立っていられないくらい」
比叡に言い聞かせるように穏やかに話す金剛の手は、確かに比叡を掴んでいた。
「一緒に来てくれて、ありがとうございマス」
少し恥ずかしそうに、でも安心したように笑う金剛の手を強く握り返す。
力が及ばないのは分かっていた。それでも金剛は必要としてくれた。その喜びを伝えたいのならば、全力で応えるしかない。
「はい!任せてください!」
振り返り、榛名と霧島を見る。二人とも目と首肯で答えてくれた。
はじめと比べて確実に減ってきた深海棲艦を鑑みるに、鎮守府での作戦行動は始まっているのだろう。帰るべき場所が無事であることも、無事帰ってこれるかさえも、もう祈るしかなかった。
比叡は彼女たちの向こう、鎮守府があるはずの、もう何も見えなくなった水平線を見つめた。
開かれた戦端の先頭に立ちながら、長門は驚きを隠せないでいた。会敵するタイミングと戦力が分かっているだけでここまで楽になると思ってはいなかったからだ。
長門の行動選択以前に、最適なタイミングで最適な戦力をぶつけることができていることも大きいが、これがすべての艦娘規模で行われていることに思い至る。
艦種はもちろん、個別の性能どころか練度も性格も把握した上で命令を出しているのなら感心を通り越して寒気を覚える。やたらと細かく記録させた戦果報告を丁寧に読んでいた姿を思うと、これも努力の成果に他ならないのだろうが。
額から流れる汗をぬぐい、戦艦タ級の姿をにらみつける。
〈長門、無理はしないで〉
離れたところで戦う陸奥から短い通信が届いた。
背後のそう遠くないところに鎮守府がある。この指揮が可能なのが白瀬だけであるなら、万が一でもそこに攻撃を許すわけにはいかない。だから、疲労で弛緩する脚に力を込める。
「待ちに待った艦隊決戦だ。多少の無理もするさ」
先が見えなかろうが、正しい選択なのか分からなかろうが、ここは長門が望んだ戦場だ。下がる気などさらさらない。
砲弾の装填音が響き渡り、戦いの再開を告げる。
「なんや、あんたも出るんか」
出撃に向かう鳳翔は道中、龍驤から呼び止められた。他の空母と比べて古株の龍驤は鳳翔に遠慮なく声をかけてくる。
「ええ、遠出はしませんが」
単純な一線で守り切ることは難しいので、計画的に前線を破らせ複数段で迎撃をする。鳳翔はその最終段を担う。出撃も撤退も容易であるため肉体的な負担は少ないが、一つ取りこぼせば鎮守府の機能が損なわれる。深海棲艦のコントロールに失敗すれば前線で戦う艦娘が挟撃されることにもなりかねない。
「なら後ろは任せたで」
細かい配置に無頓着であろう龍驤のコメントはそれだけで終わったが、しばらくの間を開けて不意に訊いてきた。
「なあ、今回の作戦どう思ってるん?」
ただの雑談でしかなく特に自身の感想はなさそうな問いへの返答もまた、特に何も、だった。
「どんな命令であれ、ただ従うだけです」
私たちは兵器ですから、と繋ぎゆっくりと目を閉じる。
提督の命令がなくては何もできない。それが艦娘という兵器のあるべき姿だと思う。
人としての喜びが許されるなら――
「提督が私たちのことを想って命令を下さるならば、それは幸せだと思います」
――ただ人と見てくれる、それだけでいい。
長門の葛藤も金剛の願いも否定するつもりはない。それでも鳳翔には、一人では力がないと嘆く白瀬と、何も選べない艦娘のつながりもまた、尊いように映る。
「まあ、うちは提督のことよくわからへんのやけど、どうでもいいっちゅうのは同意やな」
龍驤は飛沫を上げる波の前で帽子をかぶりなおして不敵に笑う。
鳳翔はいつもと変わらない笑みを返し、震える海へと踏み出した。