夕立は戦場のど真ん中で立ちすくんだ。今まで考えたこともなかった深海棲艦への恐怖が襲ってくる。思いと裏腹に体はいつものように動いた。だが不意にかつての感覚が襲ってくる。熱く苦しいものに体も心も包まれながら、どこか安らかな破壊衝動。だから恐怖とは、深海棲艦に沈められることでなく誘われている感覚への恐怖だった。
その恐怖が限界に達したとき、夕立は自覚しないまま後ろを見た。かつて助けてくれたものの姿を求めて。
「吹雪ちゃ――」
「夕立ちゃん!」
だが懇願は叫び声に遮られる。こわばった視界の隅に砲弾が見えた。夕立には自身にめがけて降ってくる砲弾も、迎撃態勢をとった吹雪もはっきりと感じ取れた。意識だけが動く世界で沈む恐怖がようやく顔を出す。
――ガギン
鉄の激突する音が鼓膜を揺さぶったが、体へ直接の衝撃はなかった。助かったことしか分からないままいつの間にか閉じていた視界を開くと見慣れぬ背中があった。
「なにしてるの。ボケっとしてるなら下がりなさい」
背中越しに睨まれ、返す言葉を探していると、吹雪の声が夕立をまたいだ。
「叢雲ちゃん…?」
「ああ、吹雪。ここにいたのね」
「えっと、久しぶり…?」
「重巡か、厄介ね」
困惑したままの吹雪を無視して叢雲は槍を掲げる。
「あんた、ちょっとはマシになってるんでしょうね」
重巡に向けて槍を構えると、艤装がほのかに光を放ち、過程を意識する前に変化を終えた。あまりにも自然に行われたそれを、それでも夕立は理解した。
「改二…っぽい?」
「突撃するわよ。吹雪、ついてらっしゃい」
「艦娘の近接せんとぉ?」
あまりにタイミングのいい鈴谷の質問に亜庭は素っ頓狂な声を出してしまった。予想外の反応だったのか、鈴谷は少し身じろいで慌てて付け足す。
「いや、最上と三隈が話してたからさ、何となく…」
ただの偶然だと分かりひそかに安堵する。もっとも、鈴谷が宗谷との会話を聞いていたわけはないのだが。
「鈴谷もおばかですわねえ。艦娘が刀を振り回してどうするんですの?」
「いやいや、鈴谷が言ったんじゃないし」
「まー実際構想はあるけどね」
亜庭の返答に鈴谷は熊野とともにぽかんと口を開けるものの、熊野を小突くことは忘れない。その肘を払いのけながら熊野は少し前のめりになる。
「どういうことですの?」
「これから先はタダでは話せませんなあ」
身を乗り出して手を鈴谷の胸に伸ばすが、熊野にあっけなく叩き落される。
「提督、女同士はセクハラにならないと思っていまして?」
「いいじゃんかよー。すずやんの甲板ニーソすりすりさせてくれよう」
床に腹から落ちてもめげずにはい進む。
「キモいんですけど!うわ!提督の手、マジヌメヌメするぅ!」
鈴谷は足元に縋り付く亜庭を嫌悪を隠さずに踏みつける。
「で、どういうことですの?」
亜庭が満足した頃合いを見て熊野が話を戻す。いつも話がそれるおかげでこなれた対応の熊野に対し、亜庭は大人しく椅子に返りながら思案する。別にこれ自体は秘匿情報でもないので、隠すことはない。問題は、ある意味で今の世界の根本に迫る話をどこから話すかだった。
「深海棲艦って何だと思う?」
「なにと聞かれましても…」
「金属と生体組織ってやつー?」
鈴谷の教科書通りの解答に肯定を示すと、熊野はそれなら分かっていたとのアピールは欠かさずに質問の真意を問う。
「人類の科学の範疇では、ね。でもそれだけだったらここまで追い詰められてないだろね」
深海棲艦には人間の持つあらゆる攻撃が効かない。砲弾もミサイルも、核でさえ。観測できずとも、深海棲艦と人類の間には障壁が存在する。それを打ち破るための唯一の兵器が艦娘だった。はずだった。
「全部試したつもりでも、漏らしてたやつがあったんだよね」
「それが刀と言いたいんですの?」
正しくいうなら刃物を用いた近接武器だ。試そうと思いもしなかったのか試せなかったのかは知る由もないが、俗にいう白兵戦の意義は最近まで議論の壇上に上がらなかった。
「いやいや、わけわかんないんですけど!ミサイルぶっ放されても平気なのに刀で切れますとか言われても!」
「だからはじめの質問に戻るんよ」
深海棲艦とは何か。その仮説の一つとなる事象。
刀とミサイルの違いとは
「船への攻撃のために作られたかどうか、ってこと」
鈴谷も熊野も聞かされた答えが呑み込めずぽかんと口を上げる。
船に限らずではあるが、船は同じ船と交戦することを前提に守りを固める。かつては砲弾を防ぐために装甲を張り、現在はミサイルに対処するため迎撃システムを作り上げているように。結果的にはどうであれ、刀で切りつけられることを想定した軍艦はない。船が切りかかってくることがないからだ。
深海棲艦の装甲が砲撃戦を前提とし、白兵戦を想定していないならばそれはすなわち――
「深海棲艦は船ってことになるんさ」
深海棲艦が船を襲うのも陸を焦土と化すのも、ただ軍用艦の役割を全うしているだけだ。
深海棲艦の装甲が想定していないものには働かない力場なら、随分概念的な装甲で、そんなものを生身に携えて人類を襲っているのなら、随分な夢物語だと亜庭は思う。
鈴谷と熊野には先ほどとは異なる沈黙があった。その深海棲艦の守りを正面から打ち破り、攻撃を受け止める装甲を持つ艦娘もまた――
それは二人にとって亜庭のようにロマンで片付けられない。
二人から視線を外し思案にふける。宗谷のことは信用しているがそれは冷静さや判断力についてであり、むしろ信用の通りならば情なんてものでは動かない。艦娘を完全な兵器として見ているゆえに、損害のリスクが大きくなるならわざわざ助けようとはしないだろう。でもだからこそ、わざわざ見捨てたりもしない。艦娘の価値を知っているから助けられるなら助けるために動く。
その判断をどう行うかなど亜庭は分からない。宗谷の動きとは白瀬への評価の結果だ。なかなか面倒な男に目をつけられたものだと後輩を憐れむ。
「てか、深海棲艦を切った艦娘がいるってことじゃん!」
今更思いついた鈴谷が唐突に叫ぶ。疑問でもなかっただろうが、亜庭は肯定する。
砲弾も効かない相手に切りかかった者がいる。実のところ艦娘ですらないが。それは偶然だったが、戦いの中で人であり続ける手段と信じて、戦術にまで押し上げた。海軍にも奇特な人はいるのだ。
椅子に深くもたれかかり、湯呑のお茶をすする。
「まー、どれもこれも、しがない輸送部隊のウチには関係ない話さ」
Pixivにて行われている「アナログハック・オープンリソース小説コンテスト」へオリジナル小説「G戦場のアリア」を投稿させていただきました。
AI、ヒューマノイドなど共通の世界観をもとにした作品のコンテストです。
投稿作品は公開されているので下記URLから読んでいただければ嬉しいです。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13711163